蒼龍のタワゴト-評論、哲学、認知科学- このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-08-21

[]メンタルモデルについて書いてみた

メンタルモデルはいくつ想定すればよいのか? http://blog.goo.ne.jp/woodywood/e/47010ceddba25b68da454562eb8eead0

ネット上で調べ物をしていたら、メンタルモデルについて書かれた記事を見つけた。そこに書かれていることに違和感を感じ、さらに検索して調べてもろくな記事に当たらない。しょうがないので少し説明してみる。その前に、少しおしゃべり。

私がメンタルモデルといってすぐに思い出したのは推論のメンタルモデルと文章理解のメンタルモデルだ。前者はジョンソン・レアードによるもので簡単な説明は「考えることの科学」ISBN:412101345Xに書かれているので説明しない。後者は確か「認知心理学〈5〉学習と発達」ISBN:4130151053に説明があったはずなので興味のある人は読んでもらうとよい。しかし、どうもどちらもネット上で言及されているのとは違うようだ。と思ってさらに調べていくと、どうも参照元はノーマンだと分かった。たしかにデザイン関連の文脈でばかりこの用語が出てくる。で、手元にあるノーマンの著作を見たけれど、何だかあいまいな説明で素人には意味が分りにくいと思った。ゲントナーのアナロジー研究がデザインにおけるメンタルモデルの源らしいことだけは分かったが。ネット上にあった一番マシな説明は「使いやすさ研究所」にある用語解説だが、説明が簡潔すぎて、これでメンタルモデルが何であるかを知るのは難しい。

メンタルモデルとは何か

メンタルモデルとは、頭の中で作り出されるイメージのようなものであり、命題でもなければ意識できるイメージそのものでもない(だから、冒頭のリンク先にある思考による分類例はおかしい。それではメンタルモデルではない。メンタルモデルは主にマニュアルを用いない使用において使われる。フローチャートがメンタルモデルってのは場合によってはありそうだが、それでも思考でなくむしろイメージに近いことに変わりはない)。私たちはその頭の中で作り出されたメンタルモデルと現実とを対応させて物事を理解する(ここでアナロジーが使われる)。メンタルモデルは私たちにとって知覚できる情報だけから構築されるので、必ずしも現実を正確に反映しているとは限らない。普段、自動販売機を使っているときにその正確な機構を知らずとも「入れる-押す-出る」のメンタルモデルがあればそれで十分だ。例えば、パソコンのGUIシステム、つまりWindowsだのMacだの、は机の上の書類をイメージして使うことが出来る(これがアナロジー)。*1

ただし、ある人が思い描くメンタルモデルはその人の知識や経験によって異なる。例えば、専門家と素人では思い描くメンタルモデルは正確さや詳細さにおいて全く異なる。WindowsのようなGUIシステムでも、素人は机の上の書類がそのままメンタルモデルかもしれないが、もう少し知識のある人はツリー構造をメンタルモデルにするかもしれない。ということは、デザイナー専門家なときは、本来の使用者である素人とは異なるメンタルモデルを用いている可能性が高い。だから、そのときは素人には使いにくいデザインとなりがちだ。そして、他人がどんなメンタルモデルを用いているかは単に気を配るだけでは分かるものではない(それで分かるなら心理学研究なんていらない)。他人がどんなメンタルモデルを用いているかの想定そのものが、その人の知識や経験に依存する。重要なことは単に察知することではなく、きちんとコミュニケーションをとることだ。付き合ったこともない人のメンタルモデルが察知できるわけがない。もちろん心理学研究などを参照することもできるが、自分が関わっているデザインにとって必要な研究が見つかる保障はない。結局メンタルモデルを知りたかったら、横着せずにユーザーテストするとか、想定ユーザーに近い人を身近で探して意見を聞くとか、そういう地味なのしかない*2認知科学は万能理論なんかじゃない(というか、そんなのどこにだってない)。

冒頭のリンク先の質問に戻ろう。メンタルモデルはいくつ想定すればよいのか?、答え:必要ならいくらでも。ただし実際にはそうもいかないから、そのあたりは適当にやる。それ以前に、一番重要なのは多様なメンタルモデルが現われないようなデザインをすること。そのためにも、デザインを複雑にしすぎないとかメンタルモデルとの対応関係を明確にするとかの工夫が必要だ(その点ではiPhoneは本当にすごいと思う)。でも結局一番問われているのは、デザインする者自身の経験や知識、そしてそれらを活かせる想像力だったりする。

ちなみに、ノーマンの本にはメンタルモデルの側面(頭の中の知識)とアフォーダンスの側面(頭の外の知識)が混ざっているので注意が必要だ。

*1:メンタルモデルの別の例も挙げておこう。もし学校やメディアで教わらなければ、太陽が日々地平線から昇って沈むのを見て、太陽が地球の周りを回っていると思うかもしれない。この場合は、天動説がその人のメンタルモデルである。しかし、学校などで教われば、地球が太陽の周りを回っているとする地動説がメンタルモデルに代わるかもしれない。(きちんと理解していれば)太陽が日々地平線から昇って沈むという見た目が同じでも、天動説をメンタルモデルにすることも地動説をメンタルモデルにすることもどちらも可能だ。だが、これが専門家であれば、星のくわしい動きから(現在では)地動説しかメンタルモデルにとれないであろう。つまり、メンタルモデルと現実の観察との間の対応関係こそが問題になる。

*2:本当の困難はこの先にあるのではないかという正当な突っ込みは放っておく。話が進まない

woodywoodwoodywood 2007/08/31 00:44 引用、トラックバックおよび回答を示していただきありがとうございます。その「適当に」や「経験」の中身をどこまで解明できるだろうというのが私の関心事です。専門家でも専門職でも何でもないので、趣味の範囲での話ですが。
「メンタルモデル」という言葉は、ご指摘の通り概念モデルや理解モデルといった意味に拡大解釈して使っており、それはすでに「メンタルモデル」の定義を超えたものかも知れません。
ただ、実際にものを作る上では「それ」を何と呼ぶかは別として、人間の頭の中で起きるであろう「それ」を想定するしかないため、「それ」について説明するには「それ」を表すのに最も近い概念を使わざるを得ないといった所です。
傍観する者としては、この方面の似たような概念が各分野で別々に議論されていることを不便にも感じています。

deepbluedragondeepbluedragon 2007/08/31 02:38 コメント、ありがとうございます

私は単なる認知科学マニアにすぎませんが、たまにおせっかいでこんなトラックバックを送ってしまいたくなることがあります。余計なお世話でなかったのならばよろしいのですが…

もともと認知科学は人間の頭の中で起きていること(いわゆる認知)を異分野同士で一緒に研究や議論しましょうってところから生まれた学際領域のはずだったのですが、今ではあっちこっちでバラバラに研究が進んでしまって収集が付かない状態になっています。特に日本では(無知からか)認知科学に敵対的な人まで現われる始末(認知科学には様々な批判を取り入れてきた歴史があるのに)。似たような概念が各分野で別々に議論されている現状は一般的な状況としてどうしようもないのかもしれません(ちなみにメンタルモデルは心理学の概念)。

誰か概念を整理してくれる人が現われてくれればいいのですが、私の印象ではもうしばらくはそれも無理だと思います。そういう点では専門家は期待できない(専門的な研究だけで忙しい)ので、素人は素人でいろいろと参照しながら自分でやっていくしかないように思います。そういうのって面倒だといったら面倒ですが、考えようによっては自分でいろいろ考えられる状態ってのもそれはそれで楽しいものかもしれません。ただ、問題は日本には参照に相応しい資料が少なすぎることですかねぇ(困った!)。

woodywoodwoodywood 2007/09/03 22:42 いえいえ、補足していただいた形になって助かってます。それに、このサイトの膨大なリンクや情報はかなり参考になります。

「人間の頭の中で起きていること」の議論、哲学者や心理学者が今までと変わらぬ調子で議論している間に認知科学や認知○○学、人工知能などの分野がどんどん先へ進んでいってしまって、さらに溝が大きくなりつつあるような印象があります。だからこそ、かえって素人の方が分野のしがらみに縛られずに自由に考えられて都合がいいかもしれませんね。これは私もそう思います。

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