蒼龍のタワゴト-評論、哲学、認知科学- このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-12-25

このブログハイデガーについて書くとろくなことがない

はい、表題の通りです。私がここでハイデガーについて何か書くとろくなことがありません。私がハイデガーを擁護しようが批判しようがどっちにせよ起きたのはろくでもないことばかりです。はっきり言ってこう思った、もうハイデガーのことなんか金輪際かくもんか!

実は今回でハイデガー関連のうんざりする出来事は二度目だ。一度目は、某学者の書いたハイデガーに関する記事に言及したのだが、そこでおそらくその某学者本人からと思われるコメントが来た。一つ目のコメントは冷静な批判で問題はなかったのだが、連続ですぐに来たコメントが論者への誹謗中傷だった。そのあとにトリマキっぽい人たちからの誹謗中傷が続いてすっかりうんざりしてしまった。それ以来ハイデガーのことなんかもう書くもんかと、分析哲学の話ばかりするようになったするようになった。

それがこの前、つい解禁とばかりに気が緩んでハイデガーについての記事を出してしまった。今回は前回の擁護中心と違って批判が中心の記事なのだが、その記事に対して反論したブログ*1があったというので、そこのコメント欄に顔を出した。そこでまたろくでもないことが繰り返された。こっちが相手の反論に答えているのにそれを無視して、自分の言いたいことが伝えられなかったの一点張り。相手を説得しようとする気が一切ないのにあきれてしまった。その後も、私がいろいろと丁寧にコメントを書いても、一方的にこちらに詰問して来るばかりで、こっちの言ってることにどこまでは賛同なり理解なりをしてくれているのかはさっぱり示してくれない。まるで相手の言うことをろくに聞かずに一方的に質問ばかりを攻め立てる出来の悪いジャーナリストのようだ。または、こっちとしては一方的に攻め立てられるだけじゃ、刑事からの尋問で犯人扱いされてるのと同じ気分だ。それで議論が成立しないことにうんざりして、私はそこから立ち去った*2

いや、私の言ってることが全部正しい訳ではないだろうし(当たり前だ)、その点に関しては批判されても構わないし、それに納得できれば受け入れるけど、状況はそれ以前の状態だ。コメント欄でのやり取りは誤解を解いて理解を深めるためのものだと私は思っているけど、そうは思ってない人は多いようだ。

お口直し

このブログに来たblupyさんの行動主義に関するコメント(→こちらです)は有益なので、ぜひお勧めします。正直言って、私は行動主義にあまり詳しくないので大変参考になりました。

*1:そこで私の書いたものが雑多な思い付きだと非難されていたが、私の書いたハイデガー記事が雑多なエッセイなのは読めば分かることであって、何でそのことで非難されないといけないのかよく分からない。私が哲学的なエッセイを書くことは許されないことなのか?あと、批判されたからといって それを読まない奴がいるのは私の責任じゃない。その点では、しょっちゅう批判されているプラトンデカルトの方がよっぽど可哀想だと思う

*2:というか「人はいかなる形而上学からも逃れることはできない」という現在の哲学ではさして珍しくもないテーゼについて書いて何でこんなに一方的に非難されなきゃいけないんだ。哲学史全体を敵対視したいなら勝手にしてくださいと思う

deepbluedragondeepbluedragon 2008/12/25 15:26 後からアレ?と思って「いかなる形而上学からも逃れることはできない」に書き換えてみたのだが、それでもどうもしっくりこない。なんか「少なくともひとつから逃れることができない」なのか「すべてから逃れることができない」なのかいまいち分かりにくい気がしてきた。ここではもちろん後者なんて馬鹿なことはなくて前者を意図してます。あぁ、なんかこれってなんか形式意味論の議論で見たことある気がする。でも、解説書けるほど形式意味論に私は詳しくないです、残念!

deepbluedragondeepbluedragon 2008/12/26 01:05 どうせこれから先ハイデガーについて語ることはないだろうからここに書いちゃえ

Ontotheology(存在神学)の話をするなら神の存在論的証明をしなきゃいけないのか?やっかいだなぁ…と思っていた私は深く考えすぎていたのだろうか。どっちにせよその話はもうする気もないからどっちでもいいけど。
実はいままでは文学的な語り口に違和感があったのだが、最近は「あることを端的にある」と捉えているかのような気がして、もしかしてfinalventさんはハイデガーの良き理解者なのかもしれないと思うようになった。

せっかく打ち込んだ引用も勿体無いのでここに出してしまおう
否定神学に関連して
>>
古代西洋の哲学者たちは何らかの意味で承認していたけれど、究極の実体は概念作用を持って把捉することができないという見解は、非常に古く、おそらくナーガールジュナからあまり遠く隔たらない時代に現れている。
新プラトン派およびグノーシス派の思想形態、特にプロクロスやダマスキオスのような後代の新プラトン主義者たち、またそれらがキリスト教的な形態をとったものとしてオリゲネースやディオニュシオス・アレオパギタなどの諸著作がそれである。特に後者の『神秘神学』は『般若心経』のキリスト版であるとさえいわれている。
中村元「龍樹」isbn;4061595482のp.440-1より
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これを次の引用とセットで読むといいでしょう
>>
ハイデガーが彼の教義の反-形而上学と反-神学に忠実であろうとするかぎり要請せざるをえないSeinohne Seiendes(「存在者なしの存在」)なるものはDeus absconditus(隠れたる神)やアリストテレスの不動の第一動者やアウグスティヌスの超越主義が考えることも語ることもできないのと全く同じ意味で、考えることも語ることもできないものなのだ。
ジョージ・スタイナー「マルティン・ハイデガー」isbn:4006000178のp.21-2より
<<

DrMarksDrMarks 2008/12/26 06:59 クリスマスの多忙にありながらも蒼龍さんを覗いてみたら只事ではない。お陰で外出予定を延ばしてまで探してみましたよ。見つかりましたが蒼龍さんがわざわざ明らかにしないので私もどこのサイトかは書きません。しかし、私の探したところが「そこ」であることは間違いないでしょう。

まず、学者の倫理などということは大嫌いな私でも、はっきり言って異常に嫌味な物言いだと気分が悪くなりました。確かに、学者がブログで随筆的に自由に書いたものをあのように言わなければならないものかと不思議でなりません。しかも、自分の書く内容に関しては逆に「このブログはメモ帳」だとか「私はあなたのために書いているわけではないのです」などと、自分だけは言い訳をしている気がします。

以上で終わりにしたいと思いますが、一応公平な立場で読めば、彼(彼女ではないですね)の説明はわかりやすいが、ほとんどの根拠を自分の原典の読み込みではなく、他人の(他の研究者の)議論で「証明」まで持っていっていることには驚きました。あと、細かなことですが、あの記事の少し前(数日前)私のブログでハイデッガーの「日常性」に触れました。彼は、ハイデッガーの後期と言っていますが、私の引用で明らかなように前期からの概念です。また、これは(ハイデッガーのいつもの手で)彼の創作のようにしていますが、フッサールの「生活世界」からインスパイアされたものだと思っています。更に細かなことですまないと思いますが、あの方に、どうせ原語を入れるならウムラウトくらい付けておかれたらと言いたいところですが、もう言うつもりもなくなりました。

蒼龍さん、哲学なんて議論だけしていたらつまらないし、新しい考えも浮かびません。外野は無視して随筆で行きませんか。

deepbluedragondeepbluedragon 2008/12/27 00:10 年末のお忙しいところDrMarksにまで迷惑をかけてしまってすいません
(DrMarksのブログは見てます!)

実はここのブログの中にそこへのリンクがすぐに見つかるのですが、あまりに不愉快なのでどこかは書きません。おそらくそこで間違いないと思います。日本語のネット圏にはおかしな人がたくさんいることは分かってるのですが、いざ自分がそれに巻き込まれるとなると本当に気分が悪くなります。ギャラリーの目を気にして自尊心を守ることしか考えていない人を相手にまともな会話なんてできそうにありません。

自分も原典の読み込みなんてろくにしているとは言えないので恥ずかしいところがあるのですが、でも何でそこまで(批判を通り越して)非難をされないといけないのかとゲンナリしました。彼が(ブックマークのコメントで)お前はOntotheologyを分かってないと言っているのですが(私のような素人から見てさえ)その彼が当の神学を理解しているかはどうも怪しいです。ある程度の必要な情報はそのブログの自分のコメントでも示したので、あとは読者で勝手に判断してもらえばいいと思います。それから、木田元は「ハイデガー『存在と時間』の構築」isbn:400600009xでハイデッガーの「世界内存在」の概念はマックス・シェーラー(世界開在性)からの影響もあると言っていますし、さらに辿るとユクスキュルなどの(特に生態学的な)生物学も関係があると言っています(そういえばこの同じ本のあとがきで木田元は、日本にはハイデガーの信者と言った方がよさそうな人が大勢いる、と言っているなぁ)。

少なくともDrMarksには理解してもらっていると分かったのはありがたいのですが、さすがにハイデッガーについて書く気には当分なれません。

匿名匿名 2008/12/27 18:56 僕も同じ人に絡まれたことがあるので、正直、気持ちわかります。自分の見解をまとまったものとして積極的に提示するのは不得手なくせに(むしろだから?)他人を批判するときだけやたら張り切るんですよ。眼高手低の好例です。放っておけばいいんですよ。

匿名匿名 2009/01/02 15:03 あの人は少し病気です。勝ち負けにこだわり正気を失ってしまうのです。残念です。たまに発作が起きるようです。

deepbluedragondeepbluedragon 2009/02/03 23:47 いまさらの返答もなんですが、コメントありがとうございました。しばらく様子を見てました(事情は察してください)。ご迷惑をおかけした方にはお詫び申し上げます。つくづく他人と話ができない(で挙句に錯乱する)人はうんざりです。

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