「Neuroscience Needs Behavior:Correcting a Reductionist Bias」を読む

最近は気が向いて、ネットに上がっている認知科学関連の論文を読むことが多くなった。その中で、たまたまある学者が関わっていた論文を読んだら面白かった。それはNeuroscience Needs Behavior:Correcting a Reductionist Bias」(pdf)だ。基本的に神経科学の論文はあまり読まない(というか読めない)のだが、これは例外的に自分の知識で理解できる自分に合った論文だった。実際の内容は複雑でここで要約するのは面倒なのだが、主旨だけ取り出すとそれほど難しいものではない。つまり、神経科学では還元主義的な方法が主流だ。しかし、因果的説明だけでは不十分で計算的説明も必要だ。もっと多元的な神経科学を推し進めよう!…という話だ。
もちろん実際にはもっといろいろな話が書かれている。だが、例えば最後の方に多元的な説明を理解するための三人の人物…アリストテレスティンバーゲン、マー…が出てくるのだが、実質的に論文の中で詳しく扱われているのはマーぐらいでしかない。ティンバーゲンはコラムで多少触れたれているだけだし、アリストテレスは一度さらっと引用されているだけだ。その上に、因果的説明と計算的説明(または記述と説明)の間の違いの議論はかなり詳しく扱われている。だったらむしろ、論文全体を計算論的神経科学の勧めに集中して論じたほうがもっと見通しの良い論文になったのでは…と思った。
正直な所、昔からの認知科学を知っている私のような人間にはそれほど目新しい主張でもなく、今になってやっとNeuronのような神経科学の専門誌にこんな話が載ったことに驚いている部分もある。ただ、「神経科学には行動が必要だ」というタイトルは内容をそれほど反映していなくて、本文では冒頭に神経パターンと行動との対応関係について軽く触れられているだけで、後は行動についてのコラムがあるだけだ。むしろ副題の「還元主義バイアスを正す」の方が内容を適切に反映している。まぁ、それにしても計算論的神経科学の勧めを超える話はそれほど書いてあるとも思えないのだが。

後は論文とは関係のない個人的な見解

(認知神経科学を含む)認知科学の基礎みたいな話はもともとの私の興味対象で、ある程度までは自分の中で解決した問題だがそれでも時々そのことについて考えてしまうことはある。それについてここに書こうとすると大変なのでやらないが、今回の話題に関連した話だけ書いてみる。
もともと私は(物質への)還元主義が大嫌いで、(そこそこ数学の出来た)私がいわゆる理系に進まなかった理由も学生時代に認知科学にハマったのも(少なくとも)当初は身体化論に好意的だったのも、どれも還元主義嫌いに原因があると言われればある。しかし、今は還元主義をそれほど恐れてはいない。その理由は私が歳をとって寛容になったせいもあるかもしれないが、自分の意識では還元主義嫌いが弱まった原因ははっきりしている。それは私の中での存在論から方法論への転換だ。
つまり、還元主義を文字通りに存在論的に捉えるから嫌煙する原因になるのであって、還元主義をラカトシュ的な研究プログラムを導く方法論的なものだと捉えてしまえば、還元主義は研究プログラムとして生産的だから採用されているだけなのだ…と考えてしまえば還元主義なんて気にするほどのものではないと思えてきた。これを思いついたのは結構前なのだが、その後に(欧米での)方法論的自然主義の広がりを知って、その方法論への転回という共通点に気づいてびっくりした経験がある。
と言う訳で、現在の自分は科学を(ラカトシュ的な)研究プログラムとして生産的かどうかで見るようになった…もちろんそれで科学のすべてを説明できるわけではないが。