徳永利行ブログ 戦略思考への道(仮)

2011-03-20

[]500日と1日ともうそれから先もずっと 01:04

「(500)日のサマー」

サマーと出会って恋に落ち、別れてしょんぼりするストーリーを

時間軸を入れ替えつつ描写するという痛い映画。

ボーイミーツガールを過去と現在(?)入り乱れて描く様子が

今までにない体験、というのが触れ込みの映画だったので、

観てみたわけですが。


タイトルバックから。

分割画面で主人公と彼女サマーの幼少期を小刻みに

いいテンポで描ききるので引き込まれる。

ポール・トーマス・アンダーソン

「パンチドランクラブ」での

を彷彿とさせる色使いと

記憶が正しければスパイク・ジョーンズアダプテーションズ」的

風景描写が印象的だったなと。

調べてみるとミュージッククリップ監督としての

そうそうたる経歴がみょうに納得の絵作り。

スタイリッシュ、というほど作り込まれてないように作り込んでいるので、

どのシーンが印象的か、と問われると

なんとなく雰囲気。雰囲気かい!とつっこまれてもしょうがない。

映画全体的になんかうまくまとまった雰囲気でございました。


時間軸を入れ替えつつの映画としては、

分かりにくさはなかった。

もう、時間軸の入れ替えという手法に慣れきっているからやろな、と。

もちろん、いま何日目ときっちり教えてくれるからでもあるわけで。

(二人の関係が)

うまくいっている時と、

うまくいっていない時を

対比しながら見せる事ができる作劇が面白く。

というかこれはアイデアだな、と。

そしておよそ恋愛が盛り上がっていくかという要素よりも

いかに恋愛が廃れていくかという要素を強調し、忠実かつ

現実的に展開するので本当に痛い映画だったなと。

まあ、あるよな、という場面がありすぎるというかなんというか。

多くは語らないけれど。


そして、ですが。

500日ということで思い出すのが、

「ビフォア・サンライズ

こっちは男女が旅先で出会ってなんでそこで急に

恋に落ちるのよ、という疑問を吹き飛ばすためなのかなんなのか、

出会って1日の男女が、ただ延々ひたすら話すだけで進行していく

ストイックすぎるどうしようもなく退屈な映画。

退屈というのは良い意味で、まったく事件なども起こることなく

ただ、延々と街をダベりながら巡るだけというのが画期的だったわけで。

えー、それで終わり?みたいな。

映画の中で男は確か「理想の恋人関係は続かない」とか、

「そんな関係に憧れはするがそんなものは夢で現実的ではない」

とか言っていたな、と。

とにもかくにも価値観は相互にすれ違いを見せつつも

この1日は最高の1日だったというオチで終わる。

どないやねん。金返せ、とは言ってないけれど。

二人の会話だけで映画を進行させていくのが何かの参考になるかと思いきや。

ロマンチックな雰囲気だけで、あとはなにも印象に残っていなかったりします。

だいたいが恋愛映画なんぞ雰囲気あってなんぼのもんやろうからして、

雰囲気がうまく作れていればOkみたいなところもありますよね。

SF映画とおんなじ(←言い過ぎ)

ただこの映画がスゴイのは続編が・・・また。

ビフォア・サンセット」・・・続きって。


話がそれた。

500日では反対に女が抱える恋愛観が「ビフォア・サンライズ」と逆の設定。

男が運命の人だと思い込み、うまくいかなくなっても苦しむのに対して

女が運命ではなかったのよ、とさらっと切り捨てるあたりが、

グッとエモーショナルな組み立て方になっていて、

間に挟まる日数カウントのアニメーションも

恋愛の進行によって華やかだったり寂しげだったりと

ただの恋愛映画をただの恋愛映画にしない細かなアイデアに溢れていたので。

ダメな男の側の、正真正銘ダメな映画として面白かったと思います。


映画を観る順番として起承転結を考えてみたら

「ビフォア・サンライズ」・・・美しき出会

(500)日のサマー」・・・恋愛は廃れ

ビフォア・サンセット」・・・思い出は残る

「ブロークンフラワーズ」・・・時間はただ漫然と過ぎ去る

こんな感じをたどり、人生の機微を思い知って、

それに耐えうる強いココロを持てば、

たいていのことは解決がつくんじゃないかと思った次第。

しかしまあこの流れで一気に全部見たらキツいやろなー。

色んな意味で。

では本日はこの辺で。