2011-07-19 「けいおん!」批判に対する反論

Wikipediaで「けいおん!」を調べていたところ、「評価」という項目に相変わらず的外れな見解が紹介されておりゲンナリ。そんなわけで、ここでは「けいおん!」のようないわゆる「萌え4コマ」と言われるジャンルに対する一般的な批判への反論を試みます。また、そのうえで萌え4コマを中心としたキャラクターものの作品をどう楽しみ、どう評価すべきかについて検討します。
ちなみに、「けいおん!」に対する批判がこの記事を書くきっかけになっていますが、事例として主に取り上げる作品は萌え4コマの元祖ともいえる「あずまんが大王」です。なぜかと言えば、「あずまんが大王」は萌え4コマを語る上で典型的によくできている作品だからということと、「けいおん!」の原作を私が読んでいないからということw や、アニメ版が好きすぎて原作に手が出ないという状況なのですw
Wikipediaの「けいおん!」の記事にある「評価」の項目で見てもわかるとおり、萌え4コマに対する一般的な批判はこんな感じ。
・ストーリー(ドラマ)がない
・4コマの基本である起承転結やオチが重視されていない
・登場人物の成長が描かれない
こうした批判をする人の中には、「物語」というものに対して確固たる見方があるのでしょう。しかし、私から言わせれば「見方が古い」。萌え4コマの面白さは、旧来の「物語」とは違うところにあるわけで、それを旧来の見方で無理やり見ようとするから、上記のような的外れな批判がでてくるのです。てなわけで、上記の批判について一つずつ反論を。
■ストーリー(ドラマ)がない
まず「ストーリー(ドラマ)がない」という点。これは「物語の中心はストーリーにある」という古い見方からきている批判です。しかし、一般的に萌え4コマといわれる作品の中心はストーリーではありません。キャラクターです。萌え4コマにおいて、ストーリーとはキャラクターを魅力的に見せるために存在するもので、思い切って言ってしまえば枝葉末節に過ぎない。この「ストーリーを描くことを目的としない」という点こそが、萌え4コマの持つ革新性で、過去の一般的な物語とは大きく異なる部分です。にもかかわらず、旧来の観点からあくまでストーリーを見ようとするから、ピントのずれた批判になるのです。萌え4コマにおいては、作品の中心となる「キャラクター」を評価してこそ、その作品を評価したと言えるのです。
ただ一方で、萌え4コマを評価する側からも、中心であるはずのキャラクターをどう評価するかについて、観点が示されてこなかったのも事実。この点については、後で自分なりの観点を提案したいと思います。
■4コマの基本である起承転結やオチが重視されていない
次に「4コマの基本である起承転結やオチが重視されていない」という点について。これも「4コマという手法であるからにはオチを描くことが目的でなければならない」という固定観念からくる批判で、的外れなものです。萌え4コマにおいて、4コマという形式を採用する目的はオチにあるのではなく、自由に場面を切り替えられることにあると考えます。
4コマの場合、一つの話が終わった後、次の話を同じ場面としてもよいし、別の場面に切り替えてもよい。例えば、教室で会話をする場面を4コマで描いたあと、次の話(4コマ)では会話の続きを描いてもよいし、いきなり外で体育をするシーンに切り替えてもよい。どちらの場合でも、4コマという手法で描いた場合には不自然ではありません。通常の漫画の手法でコロコロと場面転換した場合、ぶつ切りで読みづらい印象になることを想像してもらえれば、4コマの場面転換の早さがメリットであることを理解してもらえるかと思います。
そして、一つの物語の中で多くの場面を配置できるということは、笑いの面でもキャラクターを描く面利点があります。笑いの面で言えば、笑いどころを多く作れる点、キャラクターの面で言えば、キャラクターの魅力的な側面を多く見せられる点です。おおざっぱに言うと、一つのコメディー作品ではなく、ショートコントを複数集めているという印象でしょうか。もちろんこの手法だとストーリー性は弱くなりますが、萌え4コマの目的はストーリーを描くことにはないことを考えれば、この手法が合理的であることがわかります。
ちなみに「あずまんが大王」をぱらぱらめくってみたところ、3巻の「March-part2」(連載の1回分)では、15本の4コマが掲載されており、その中に五つの場面が描かれていました(体育の授業、英語の授業、休み時間(ちよと智の会話)、休み時間(榊と神楽の会話)、ちよの家)。この話を読むと、多くの場面を描くことで、各キャラクターの魅力的・特徴的な部分がテンポよく示されていることがわかります(大阪の不思議な部分、ゆかり先生の意地悪な部分、智の子供っぽい部分、ちよの負けず嫌いな部分…)。
■登場人物の成長が描かれない
次に「登場人物の成長が描かれない点」という点。これも「物語は成長が描かれなければならない」という、昔ながらも見方からくる批判です。「けいおん!」にせよ「あずまんが大王」にせよ、成長や変化が描かれていないわけではありません。ただ、確かにストーリーを中心とする旧来の物語に比べると劇的な変化が描かれているわけではありません。この変化のなさ(少なさ)も、キャラクターを魅力的に見せるという目的に沿った手法であると考えます。
キャラクターの魅力を示す一つの方法として、キャラクターの「らしさ」を見せるというやり方があります。「けいおん!」でいえば、平沢唯なら「天真爛漫」、秋山澪なら「怖がりで引っ込み思案」など。こういった「らしさ」を何度も見せることでキャラクターの個性を確定していきます。そして、用意されたさまざまな場面の中で、確定された「らしさ」を何度も見せていくことで、キャラクターの魅力(可愛らしさ)が読者に刷り込まれていくのだと考えます。
言うなれば「らしさ」はキャラクターの個性です。個性が失われてしまっては、そのキャラクターの魅力は一貫したものにはなりません。そして、萌え4コマにおいて、「成長」による変化以上に重要な要素は、「らしさ」を常に保つ、いわば「キャラクターの一貫性」にあるのです。「あずまんが大王」を例にとると、「天然ボケ」という個性を持つ大阪が、的確にツッコミをいれるような場面は作られません。ツッコミ役は必ず暦とちよになります。どんな場面でもキャラクターの個性をストイックなまでに守ることで、キャラクターの個性や魅力をブレないものにしているのです。
これは、ギャグを目的としてた従来型の4コマや、ストーリーを中心とした旧来の物語には見られない大きな特徴と言えます。例えばギャグを目的とした従来型の4コマである「コボちゃん」では、早苗がクールなのかおっちょこちょいなのかはっきりしなかったり、耕二にはあまり色がなく、場面に合わせてツッコミに回ったりボケに回ったりします。これは笑いのための必然であるため問題ないわけですが、キャラクターを魅力的に描くことが目的である場合、歓迎されない手法でしょう。そして、「キャラクターの一貫性」を保つことでキャラクターを魅力的に描く萌え4コマの構造においては、作中で劇的な成長を描くことは一貫性を損なう可能性があり、得策ではないと言えます。
私が読んでいて驚いたのが、「あずまんが大王」4巻の165ページにて、卒業を前にした主要キャラクターたちが会話をする場面。大阪が「私はだいぶしっかりしてきた」と言ったことにたいし、暦が「今のは聞き捨てならねーぞ!」とツッコミを入れるのです。高校3年間を描いてきた作品の中で、卒業式を前にして「成長の否定」をネタに使えるのがこの作品の凄さ、従来の作品とは大きく異なるポイントだと私は思います。深読みしすかもしれませんが、あずまきよひこ先生はあえて「成長の否定」をネタとして使ったんじゃないかと思っています。従来の「成長ストーリー」とは違うものを書いているのだという主張だったのではないかと。
ついでに言えば、高校3年間を描いたときに成長が描かれないのではリアリティーがない、という「あずまんが大王」や「けいおん!」に対する批判自体が、あまりにも旧来型の物語に縛られた見解である気がします。現実には、高校3年間で大きく変わる人もいればそうでない人もいる。にもかかわらず、物語に登場するキャラクターは3年間を過ごせば変わらなければならないという考えは、物語に対して固定観念があるからにほかなりません。もちろん、ビルディングスロマンにおいて成長が描かれていないとなれば問題外です。しかし、「あずまんが大王」や「けいおん!」はそういう種類の作品ではない。批判するポイントがずれているのです。
以上、萌え4コマに対する批判が従来型の物語の見方から出てきた偏見である、ということを書いていきました。また、萌え4コマでは評価の中心はストーリー(ドラマ)性ではなく、キャラクターを魅力的に描いているかどうか、という点になると主張してきました。ここでは、キャラクターが魅力的に描かれているかどうかを評価する上で、どのようなポインがあるのかについて、持論を述べたいと思います。
■キャラクターの一貫性
まずは、先の反論の中でも書いてきたとおり「キャラクターの一貫性」が挙げられます。確定されたはずの「らしさ」がブレると、キャラクターの個性は確固としたものにはならず、読者の抱くイメージや期待に反することになります。一貫したキャラクター性を保った上で、キャラクターの「らしさ」を4コマならではの場面転換の早さでテンポよく見せていく。もちろん、「らしさ」を笑いのポイントに使うことでより魅力を引き出していく。これがうまくできている作品は、良い作品であると考えます。
ちなみに、アニメ「けいおん!」において私が大きな欠点であると感じているのは、第1話「廃部」です。この話において、律が「使えないドジっ子」と評しているとおり、唯のキャラクターはおどおどしたドジっ子です。しかし、2話以降の唯の行動を見ると、「天真爛漫」「マイペースで怖いもの知らず」といった印象になるでしょう。例えば、番外編の「ライブハウス!」(テレビでは未放映)では、律や澪がヤンキー風の怖いバンドのお姉さんにおびえているのに対して、唯は何事もなく質問をする場面があります。この場面はいかにも唯らしい天真爛漫さが出ていて大好きなのですが、この唯の性格と「廃部!」での唯とは性格には大きなズレがあります。「高校生活を通じて成長したからだ」という反論もあるかと思いますが、「おどおど」が「怖いもの知らず」に変わるきっかけになるようなストーリーは作中に見当たりません。1話については、「キャラクターの一貫性」という観点から、評価できない話であると考えています。
■キャラクター同士の関係性
次に重要だと考えるのは「キャラクター同士の関係性」です。「ツンデレ」や「天然ボケ」などの記号を付ければキャラクターは可愛く見える、という誤解がありますが、そんな作品は何百何千とあります。その中で、なぜ「あずまんが大王」や「けいおん!」のキャラクターたちが話題になったのか。それはキャラクターが個人で立っているのではなく、主要メンバー内の関係性を複雑に描くことで、キャラクターが多面性を持つからだと考えます。
例えば、「あずまんが大王」の大阪は「天然ボケ」というキャラクターで、悪く言えばよくある「属性」をもったキャラクターと言えるでしょう。しかし、大阪の「天然ボケ」によって引き出される空気は、会話の相手となるキャラクターによって大きく変わってきます。ちよは「困りながらツッコミを入れる」、暦は「激しくツッコミをいれる」、榊は「困る」、神楽は「大阪の言動を信じてしまうなどのバカさを見せる」、そして智は「二人でボケ倒す」。特に大阪と智が会話するシーンでは、ツッコミなしで二人がわけのわからない不思議な会話が繰り広げられるという、独特の雰囲気があります。「あずまんが大王」の完結後、10周年企画として書かれた「補習」(1年生)では、大阪と智が公園でただ亀をひっくり返す、という場面が描かれるのですが、この場面はギャグではなく、二人の醸し出す異様な雰囲気が妙におかしいのです。
このように、一人では「天然ボケ」という「らしさ」だけを持っているキャラクターが、会話するキャラクターの組み合わせによって様々な側面を見せてくれます。前述の「キャラクターの一貫性」を保ちつつ、キャラクター同士の組み合わせによって「らしさ」の範囲内で異なる側面、雰囲気を見せてくれる。関係性の中でキャラクターが多面性を見せることで、よりキャラクターが立体的になり、より魅力的に見えるのです。
アニメ「けいおん!」の第2期では、14話「夏期講習」で律と紬が二人で遊ぶ場面があり、16話「先輩!」では梓と紬が部室で二人きりになるシーンがあります。この組み合わせは作中では珍しい組み合わせで、作品の中でも独特の雰囲気があり楽しいお話でした。14話の律が紬をエスコートして遊びに連れだす場面は、律の「お姉さん」らしい側面が見えますし、紬の「無邪気」さが引き立ちます。16話では、部室で二人きりになったことを意識してして緊張する梓に対して、いつも通りに抜けた可愛らしさを見せる紬と、少し不思議な雰囲気です。そして、紬の「つまみ食い」をきっかけに梓の緊張が解け、二人で笑いあうシーンは、とても幸福で素晴らしいシーンでした。
このように「珍しい組み合わせ」を作中で描くことは、キャラクターをより多面的に見せるうえ、一つの作品の中で様々な雰囲気を醸し出せるという意味で、重要な要素であると考えます。個人的には、「けいおん!」2期の14話、16話のような物語が描かれるのは、キャラクターものという作品の性質上、必然であったと考えています。
以上、「けいおん!」批判への反論と、萌え4コマのようなキャラクター重視の作品を評価する上での視点の提示を試みてみました。「けいおん!」のようなキャラクター重視の作品については、サブカル系の評論では「視聴者・読者層の薄っぺらさに対する批判」がなされるか、または無視される傾向にあり、まともな評論を避けられている印象があります。しかし、「ストーリーもなければ新しさもない」という批評では、数あるキャラクター重視の作品の魅力や、特に「けいおん!」がなぜ突出しているのかという点について1ミリも説明できません。アニメ「けいおん!」を愛する一ファンとして、私はこのお話のどこが優れていて面白いのかを解明したい。そのような想いから、「キャラクターの一貫性」と「キャラクター同士の関係性」という観点を提示してみました。「けいおん!」や「あずまんが大王」を中心とする、物語ではなくキャラクターを重視するという革新的なスタイルの作品群について、何が面白さにつながるのか、今後は真剣な議論がなされることを期待しつつ、この文章を終わりにしたいと思います。
2010-01-29 半年振りに更新して2009年総括とか。。。

年始の挨拶もせずに更新滞ってしまい申し訳ありません...。もう、言い訳のしようもないくらいに放置してしまいました。本は読んでいるのですが、いまいち感想をアップできないうちに次の読書にいってしまう。。。
とりあえず、私の2009年の読書は冲方丁につきましたね。シュピーゲルシリーズの面白さが群を抜いていた。小説でも漫画でもアニメでも実写でも、あの勢いと迫力は今までにない体験でした。本屋大賞にノミネートされた「天地明察」とは大きく方向性が異なる作品ですが、やはりシュピーゲルシリーズのほうが冲方丁らしくて、今後もこっちの方向性で書き続けてほしいと思ってしまいます。
船戸与一「蝦夷地別件」も素晴らしかった。まさに映像が思い浮かぶような文章。映画を観ているようなイメージで文章を読める作品でした。明るい物語でもなければ、読後感の爽やかな話でもありませんが、しっかりとエンターテイメントになっている不思議。ミステリ的に話を展開させる点も、読みやすさの点でポイントが高かったです。これだけ長い物語になると、どうやって「読ませるか」も作家さんの力量だと思うので。
「とらドラ」の小説版は、10巻で号泣w 過去に物語でこんなに泣いたことはないよ!テレビ版は大河と竜児の恋愛についてはきちんと描かれていた反面、竜児の親子問題については展開が急すぎた印象でした。しかし、それはこの10巻を読んで補完できた!竜児とやっちゃんの再開シーンは、実家で読みながら涙が止まらなくて、親が部屋に入ってこないかヒヤヒヤしていましたよw
アニメでは「とらドラ!」が大傑作でした。上にも書いたように竜児の親子関係については、話数の問題もあってか急ぎすぎでした。しかし、アニメ版は一つ一つのシーンとても印象的。クリスマス「あの」シーンや雪山のシーンなど、小説版に比べてアニメ版のほうが圧倒的にインパクトが強かったです。
あとは「化物語」。映像がカッコイイ!映像にしづらいであろう「無駄話」の部分を、クールな映像で演出するという素晴らしいアニメ化でした。これは小説も読みたくなるなー。
…とまぁ、間に合わせ的に2009年の私の読書などを総括してみましたw 今後、こちらでどれだけ更新できるかはわかりませんが、とりあえず読了した本の一言コメントはこちらで書いていく予定です。
http://book.orfeon.jp/public/?user=m-16015792
また、twitterでもつぶやいていたりしますので、もしこんなサイトをみている方がいればフォローしていただけるとうれしいです。読了本についてもたまにつぶやいていますので。
http://twitter.com/yokohamalotte
…もしこれでフォローしてくれている方がいたら、素直にうれしいなぁw
2009-08-18 冲方丁 「マルドゥック・ヴェロシティ」
■[冲方丁]「マルドゥック・ヴェロシティ」

崩壊の楽園、虚無の覚醒
廃棄処分を免れた男とネズミは悪徳の都市へ
戦地において友軍への誤爆という罪を犯した男--ディムズデイル=ボイルド。肉体改造のため軍研究所に収容された彼は、約束の地への墜落のビジョンに苛まれていた。そんなボイルドを救済したのは、知能を持つ万能兵器にして、無垢の良心たるネズミ・ウフコックだった。だが、やがて戦争は終結、彼らを“廃棄” するための部隊が研究所に迫っていた……生き残った者たちの再生の物語『マルドゥック・スクランブル』以前を描く、虚無と良心の訣別の物語。
「マルドゥック・スクランブル」のラスボスであるディムズデイル=ボイルドが、暗黒面に堕ちるまでを描いた作品。同時に、「マルドゥック・スクランブル」という物語の前提となっている「スクランブル-09」という法律(事件における証人をマフィア等による危機から保護するために、緊急避難的に禁止された科学技術の使用が許可される)が成立、試行される段階が描かれた作品でもあります。つまり、「マルドゥック・スクランブル」の設定の裏側がいろいろと覗けるわけで、ファンにとってはたまらない1冊というわけです。実際、私はヴェロシティの読後、スクランブルを再読することになりましたw
戦争の道具として肉体改造されたボイルドらの面々が、戦争終了とともに危険物とみなされ、廃棄処分の危機に直面するところか物語が始まります。そこで、クリストファー博士とボイルドら「改造人間」達は証人保護プログラム「スクランブル-09」を立ち上げ、社会に自らの「有用性」を示すため奮闘します。この物語の行き着く先がボイルドのダークサイドへの失墜であることはわかっていても、「スクランブル-09」を根拠にして活躍する彼らの姿を見ていると、なにかワクワクするものがあるんですよね。そのくらい、09メンバーはみなが魅力的です。
また、09メンバーにはそれぞれ特殊能力があります。例えば、ボイルドは自分の周辺の重力を自由に操り、天井へ「落下」するなどのアクションが出来る、ボイルドの相棒であるウフコックは、自由に姿を変えてあらゆる武器や道具に変身できる、ジョーイは雷撃によるパンチ力を持つ(「オイレンシュピーゲル」の涼月と同じですね)、レイニーはどんな人物にもそっくりに変身できる…などです。これらの特殊能力を使って事件を解決していく様子は痛快です。
しかし、物語は裏世界(マフィアの「ネイルズ・ファミリー」)と表世界(大企業「オクトーバー社」とマルドゥック・シティーの市長)の世代交代を軸にして、徐々に複雑さ、陰惨さを増していきます。そんなサスペンスと同時に、09メンバーのライバルに当たる奇怪な改造人間「カトル・カール」の面々が登場すると、特殊能力者達による派手なアクションシーンが繰り広げられることになります。
サスペンス部分については、非常に多くの謎が現れ、それが未解決のまま物語が進んでいきます。そのため、興味を惹かれてぐいぐいと読み進められるのですが、一方で事件が複雑になりすぎて理解できなかったり忘れてしまったりということも…。また、最後の数ページで一気に謎が解決されてしまうという構成も、もうちょっと工夫がほしかったかなぁという感じがありました。…「シュピーゲル」シリーズもそうなのですが、最近の冲方作品はちと複雑になりすぎるところがあるような気がします。「マルドゥック」くらいの事件だと理解しやすいんだけれどなぁ…などと思うことも(ヘタレですいませんw)。ただ、複雑な中でも事件を要約するなどの配慮はありますし、十分に読ませます。また、これだけ複雑な物語を見事に収束させている、という点についても評価したいですね。
アクションシーンについては、「シュピーゲル」シリーズのようなミリタリーテイストのアクションというよりも、完全に妖怪大戦争(!?)ですw というのも、カトル・カールの面々がかなり奇怪な容姿をしており、ペニスが銃砲になっている奴やら、巨大な赤ちゃんやら、簡単に言えば妖怪のような奴らなのですよ。対する09のメンバーたちも特殊能力者であるため、よく言えばド派手、悪く言えばしっちゃかめっちゃ(笑)なアクションになっています。これ、ハマるところはスゴイ面白いんですよ!ただ、イメージできないシーンはひたすらイメージできないw まぁ、アクションシーンって多かれ少なかれ、イメージできるか否かで面白いかどうかが決まってくるところはありますよねぇ。個人的には「マルドゥック・スクランブル」や「シュピーゲル」シリーズのほうが楽しめましたが、ヴェロシティのほうもまた別な面白さがありました。
そして、ボイルドがダークサイドに堕ちていくシーンは…まぁとにかく読んでください、ということでw 一言だけ感想を書くと、「スクランブル」の主人公であるバロットは、ウフコックに「ルールを守ること」を教わったことに対して、ボイルドはルールを破ることでダークサイドへ堕ちていった、という点で対照的だなぁと思いました。もちろん、ルールを破ることになったのにも仕方がない点があったわけですが。。。そして、ラストシーンはグッときましたねぇ。
さて、この「マルドゥック」シリーズですが、いつか続編が出版されることになるのでしょう。というのも、「ヴェロシティ」では物語の終盤になって、シリーズにとって重要な設定が明かされることになります。この設定が結構びっくりするような内容で、「スクランブル」の主人公であるバロットたちがこの設定の中どのように動いていくのかとても気になりますね。…続編が出版された際にはもう一度「ヴェロシティ」を読み直そうかしらw
2009-08-05 冲方丁 「オイレンシュピーゲル」「スプライトシュピーゲル」
■[冲方丁]「オイレンシュピーゲル」「スプライトシュピーゲル」(1,2巻)

「なんか世界とか救いてぇ―」。あらゆるテロや犯罪が多発し『ロケットの街』とまで渾名される国際都市ミリオポリスに、「黒犬」「紅犬」「白犬」と呼ばれる3人の少女がいた。彼女たちはこの街の治安を守るケルベルス遊撃小隊。飼い主たる警察組織MPBからの無線通信「全頭出撃!」を合図に、最強武器を呼び込み機械の手足を自由自在に操り、獲物たる凶悪犯罪者に襲いかかる!クールでキュートでグロテスクな“死に至る悪ふざけ”開幕。
あらゆるテロや犯罪が多発し、『ロケットの街』とまで渾名される国際都市ミリオポリス。「黒犬(シュヴァルツ)」「紅犬(ロッター)」「白犬(ヴァイス)」と呼ばれる警察組織MPBの“ケルベルス”が治安を守るこの都市に、ロシアの原子炉衛星“アンタレス”が墜落した。七つのテログループが暗躍する、この事件を収拾するため壊れかけの“ケルベルス”遊撃小隊が、超警戒態勢の街を駆け抜ける―!クールでキュートでグロテスクな“死に至る悪ふざけ(オイレンシュピーゲル)”第2幕。
(あらすじは「オイレンシュピーゲル」の1,2巻)
今年度ナンバーワン候補の最右翼!私がどれだけはまったかと言うと、「オイレンシュピーゲル」と「スプライトシュピーゲル」を一気に8冊読んだあと、同じく冲方氏の作品である「マルドゥック・ヴェロシティ」3巻をまとめて読み、さらには過去に読んだはずの「マルドゥック・スクランブル」3巻をも読み返してしまったほどですw なにが面白いって、アクションシーンがとにかく格好いいんですよ!「マルドゥック」シリーズだけを読んでいる方も、表紙で引いてしまって手を出せずにいる方も、はたまた冲方氏をまったく知らない方も、是非一度は読んでいただきたい作品(特に「オイレン」の2巻までは是非)。感想なんて書くのも野暮なんですが、一応は感想を書くブログなんで何か書いておきますw
「オイレン」と「スプライト」はどちらも舞台は同じミリオポリス(現在のオーストリアのウィーン)。「オイレン」ではMPB、「スプライト」ではMSSという治安組織を舞台にして、3+3人の機械化された少女達を主役にして物語が進みます。2つの組織が別々の事件を追うこともあれば、同じ事件を追っている話もあります。いずれにしても、二つで一つのシリーズと考えて、片方に手を出したなら両方に手を出すつもりでいたほうがいいでしょう。というか、どっちも読まないと事件が複雑で分かりにくいところもあるので。。。
さて、私がこの作品で触れたいのは、最初に書いたとおりアクションシーンの格好よさなのです。ミリタリ的なロボットアニメとして「起動戦士ガンダム08MS小隊」や、最近何かと話題の京都アニメーションが制作した「フルメタルパニック TSR」を見たときに、映像のアクションシーンの格好よさに痺れた覚えがあります。一方で、どうしても活字のアクションは映像には勝てないのかもなぁ、とも思いました。…しかし、この作品を読んで、その考えが大きな間違いだと分かりましたよ!
特に「オイレン」の2巻の格好よさは半端じゃない。その格好よさは、主人公である涼月、陽炎、夕霧が持つそれぞれの武器(拳、ライフル、ワイヤー)の特性を見事に活かして描いているからこそ。特に陽炎の使うライフルは、絵にすればおそらく弾を撃つ一瞬だけの映像になるでしょう。しかし、この作品では、相手のスナイパーがいつ撃ってくるかわからない恐怖の中で、集中力を研ぎ澄ませ、一発の弾丸で仕留めるまでの過程が、息詰まるような迫力で描かれます。この静かな迫力は活字ならではと言えるのではないでしょうか。
また、体言止めや「+/-&」などの記号をぶち込んだ、冲方氏曰く「バラバラ(クランチ)文体」が文章に迫力を持たせており、映像としても頭に残りやすいんです。これは「マルドゥック・ヴェロシティ」の頃から使っている文体で、エルロイの「ホワイトジャズ」という作品に影響を受けているんだとか。正直最初は読みにくさを感じますが、読んでいると徐々に気にならなくなる、どころか、この文体じゃないと物足りなくなるくらいクセになりますw 「オイレン」の267ページから始まる、ロシア人部隊+涼月がある敵と戦うシーンは、とくにこの文体が生きていて、その迫力に圧倒されました。どんな文体かということで、この267ページからの戦闘の冒頭部分だけ少し抜粋しておきます。
世界中から音が消えたみたいだった。
自分の口から迸り続ける、火のような叫びが、あらゆる物音をかき消しているのだ。
叫びがとまらない―怒りが止まらない。
何もかもが止められない。
おかしくなりそうだ。
火。
銃撃。
血が舞った。
一斉射撃―一方的な虐殺を試みる者たち。
ヘリの機銃。
ジープの機銃。
大型装甲車の機銃。
こんな調子の文体で、ものすげぇアクションシーンが描かれるんですわ。最初は読みにくさを感じるかもしれませんが、慣れてくると文章から何ともいえないパワーを感じるんですよ。1巻が比較的読みやすい内容になっているため、そこで文体に慣らしておいてから一気に2巻を読むといい感じになるんじゃないかと思います。
中身についても少し触れておくと、「オイレン」「スプライト」ともに1巻はキャラクターの紹介といった内容で、正直それほどのインパクトはありませんでした。が、2巻では核テロの脅威にさらされた街をMPB、MSSの両組織が守り抜くまでを描いており、話は一気に大きくなります。事件の背景は複雑ですし、場面がころころ変わるため、読んでいて状況を把握しにくいところもあります。が、両シリーズとも同じ事件を別の角度から追っているため、両方読めばまぁわかってくるようにはなっています。あと、シリーズ通してテロやら武器の密輸やら結構ハードなネタを散りばめているので、その辺に詳しい方はより楽しめるのではないかと思います。正直、あんまりライトノベル向きの内容ではないんだよなぁw
そして「オイレン」では3人の主人公の活躍を中心になっているのに対して、「スプライト」では3人の主人公を含めたMSSのメンバー達全員が捜査にあたる姿が描かれています。どちらが好きかは好みの問題になりますが、単純な私は「オイレン」のほうがシンプルかつ熱い!ってわけで、「オイレン」がメインというイメージですね。ついでに言えば、「オイレン」のほうが残酷なシーン(血が出たりグチャグチャになったり…)が多いような気もします。。。
以上、とりとめもなく書いていきましたが、とにかく面白い、ということだけがいいたいのです!シリーズはまだ続いて、今年の冬に新刊が出るのだそう。楽しみで仕方がないです!
2009-07-30 竹宮ゆゆこ 「とらドラスピンオフ!」
■[竹宮ゆゆこ]「とらドラスピンオフ!」

高校一年、生徒会庶務にして不幸体質の富家幸太は、ある日みんなの兄貴な生徒会長すみれの妹、さくらと出会う。明るくてかわいい彼女に幸太は惹かれるが、さくらは自分の色香に無自覚で無防備な天然扇情娘だった!彼女の追試の勉強を手伝うことになった幸太は、いけない妄想と煩悩との戦いを強いられることになるが―。幸せに不慣れな幸太と天真爛漫なさくらの恋の行方ははたして!?「電撃hp」に連載された三編に大河と竜児が登場する書き下ろしを収録。超弩級ラブコメ番外編、待望の文庫化。
食欲の秋。秋刀魚、栗、きのこ…おいしいもの、たくさん…かくして虎は、太った。実乃梨考案の不思議ダイエット法を早々に断念した大河は、不倶戴天の敵、亜美とジムに行くことにするが、そこで彼らを待っていたものとは!?春田浩次、十七歳。女子との理想の出会いは、川で溺れているところを助けて人工呼吸、そのまま彼女の部屋へ、その後は…フヒヒ!そんな妄想がなんと現実のものに。はたしてその顛末は?などなど「電撃文庫MAGAZINE」に掲載された短編を詰め合わせました。注目の書きおろしは独身話です!超弩級ラブコメ、待望の番外編。
まずは「スピンオフ1」について。「わたしたちの田村くん」の感想で「今年で27の男が読むには少しむず痒い」などと書きました。それでも、「田村くん」は2巻が二股で泥沼〜だったこともあり、作品全体として「純粋なラブコメ」とはいえないかもしれません。それに対して「スピンオフ1」は男女が好き合うというだけの完全なラブコメなので、「田村くん」に増してむず痒さ倍増!しかし、全身をかきむしりながらも、楽しく読ませていただきましたw
話としては、何をしても不幸が訪れてしまう「不幸体質」の富家幸太と、明るく可愛く、そして何をやっても天然でエロいというさくらが、お互い好きあうまでを描いたラブコメ。不幸体質と天然エロ、という設定が主にコメディー部分で活かされていて、幸太がさくらに勉強を教えるシーンは爆笑ものw このシーンのためにさくらの設定を考えたんではないかと思えるくらいでしたよ。また、幸太が「自分が幸せになると周りが不幸になる」と考えてさくらとのデートをあきらめようと考えたときに、デートのときまでは幸太が不幸になるよう二人で努力する、といった無茶苦茶なシーンがあるんですが、その状況でとある人物に幸太が襲われたときにさくらが放った言葉がスゴイw
「2ミリ!3ミリ!離せ、私は3ミリにのされた富家幸太が見たいんだよぉ!」
もうね、腹抱えて笑いましたよw
もちろん、この設定を活かしているのはコメディー部分だけではありません。2話目の「幸福のトルネード 接近警報発令」のラストシーンは、富家の呼び寄せた不幸でも二人でいれば楽しくなってしまう、というもので、とても幸福なシーンでした。まぁ、ある種ドタバタラブコメのテンプレといえばそうなんですけれど、最初の設定をドラマでもコメディーでもしっかりと活かしている(そしてきちんと面白くなっている)ところに好感を持ちました。
しかし、実質ラストにあたる3話目の「幸福のトルネード F12」は、設定的な面白さではなく、ド直球のラブコメのみで攻めてきます。そして、2話まですっかり楽しんでしまっている私とすれば、もうド直球でもきちんと楽しめてしまうのですよ。いきなり3話目みたいなストレートな話だと拒否反応を起こしそうだけれども、1,2話でキャラクターへの思い入れやらもできてますんでねぇ。まぁ、どこかで冷静な自分が「はいはいよかったですね」などと突っ込みを入れていたりもするのですけどねw
さて、この「スピンオフ1」は「とらドラ!」のシリーズではありますが、本編を読んでいなくても一つの作品として十分に楽しめる作品です。なので、竹宮ゆゆこ氏の作品を初めて読むという方にお薦めしたいですね。
その一方で「スピンオフ2」です。これはもう、本編読んでいる人が楽しむだけのものといっていいでしょう。具体的に言えば、竜児と大河の二人が日常をだらだらと過ごすのを見て、ニヤニヤできる人が読めばよいのかなと。そして私は、そういうことができる人だなとw まぁ、どうしてもシリーズを読んでいることが前提になるので、単品で楽しむものではないと思います(ただ、春田の話を読んで、短編のラブコメでも「田村くん」のときよりうまくなっているなぁ、という印象を持ちましたが)。
…ちなみに、表紙を含めて大河が何か食べているシーンの挿絵が多く、それがとても可愛いかったです。はい。
2009-07-27 竹宮ゆゆこ 「わたしたちの田村くん」
■[竹宮ゆゆこ]「わたしたちの田村くん」

「中学生活最後の夏」という魅惑のフレーズに浮かれるクラスから取り残されていた田村くんの前に現れたのは、進路調査票に「故郷の星へ帰る」と書き続ける不思議少女系、松沢小巻だった。受験直前のバレンタインデー、田村くんの部屋に投石して窓を粉砕&チョコを誤爆したのは、学年随一の美少女にしてクールなツンドラ系、相馬広香だった。そんな変わり者の女の子二人と、空回りしながら奮闘する田村くんが贈る、おかしくてちょっと切ないラブコメディー。「電撃hp」で人気の『うさぎホームシック』『氷点下エクソダス』に、田村をそそのかす男・高浦とその奇妙な妹を描く番外編を加えて待望の文庫化。
松澤小巻。進路調査票の志望校欄に「故郷の星へ帰る」と書き続ける不思議少女。中学三年の夏、田村くんを魅了し翻弄し、その心をとらえたまま家庭の事情で遠方へ去る。相馬広香。孤高の美少女。でも少し寂しがりやの意地っ張り。高校一年の春、罵りあったり励まされたりした末、田村くんのファーストキスを奪う。そして奇しくもそのキスと同じ日、久しく音沙汰のなかった松澤から届いた一通のハガキが波乱を呼ぶ―。はたして三人の恋の行方は!?おかしくてちょっと切ない、あなたのツボにくるラブコメディー第2弾。
「とらドラ!」を読み終えた勢いで、たけゆゆ先生の本を一気に読んでしまおうと思い読了。1巻で田村くんの中3時代の恋(松澤)と高1時代の恋(相馬)を描き、2巻では意図せぬままに二股の泥沼にはまって苦しむ田村…というお話です。
1巻は竹宮氏のデビュー作。どこか既視感漂う設定(特に1話の「うさぎホームシック」)ですが、まぁしっかりと楽しめました。「とらドラ!」のようにグッとくるような話ではなく、サラッと楽しめてちょっと切ないという、純粋な学園ラブコメ作品です。ただそれだけに、今年で27の男が読むには少しむず痒いというところもあり…。まぁ、「とらドラ!」の「重たい」部分が苦手で、純粋にラブコメを見ていたいという人にはお薦めです。
2巻は一転して、意図せず二股の泥沼にはまった田村の苦しみが延々と…。ただ、泥沼な展開の中にもしっかりとコメディーを入れてくるあたりはさすがですね。しかし(意図せずとは言え)二股をかけるようなモテる男の気持ちなんて私に分かるわけもないので、いまいちピンとこなかったw あと、設定として松澤と手紙以外でやりとりしていなかった、という点にどうしても無理があるような気がします。今のご時世、遠くに引っ越してもケータイでメールなり電話なりできるわけですから、どうしても不自然に感じてしまいます。こういう細かい違和感が作品のリアリティーを一気に奪ってしまう、ということもあるので、もう少し設定を練ってほしかったなぁと思います。
ちなみに、2巻の帯は「不思議少女系とクールなツンドラ系 あなたはどちら派?」。私は断然、松澤小巻(不思議少女系)派だと明言させていただきますw
2009-07-15 佐藤賢一 「傭兵ピエール」
■[佐藤賢一]「傭兵ピエール」

十五世紀、百年戦争下のフランス。王家の威信は失墜、世には混沌と暴力が充ち、人々は恐怖と絶望の淵に沈んでいた。そんな戦乱の時代の申し子、傭兵隊を率いる無頼漢ピエールは、略奪の途上で不思議な少女に出会い、心奪われる。その名は―ジャンヌ・ダルク。この聖女に導かれ、ピエールは天下分け目の戦場へと赴く。かくして1429年5月6日、オルレアン決戦の火蓋は切られた…。
オルレアンの戦いから二年、田舎町の守備隊長となったピエールのもとに、ある密命が届く。英軍の捕虜になり、魔女裁判にかけられたジャンヌ・ダルクを救出せよ―。愛する女のため、ピエールは独り敵地深く潜入する。ルーアンの牢獄で再会した二人。だが、ジャンヌの火刑執行まで残された時間はあと一日…。傭兵と聖女の運命的愛を描く歴史ロマン、堂々の大団円。
読後に池上永一「テンペスト」を読んだときと似たような感想を持ちました。つまり「面白い!でも感想書きづらい!」w なぜ感想を書きづらいかというと、物語の展開自体は無茶苦茶なんですよ。登場人物が急に(私の感覚では)ありえない突飛な行動に出るんです。「テンペスト」で言えば、ある人物が急に主人公の寧温を裏切るとか(このパターン2回くらいあったな)、「傭兵ピエール」では主人公のピエールが「そこでかよ!」というタイミングで女を抱いたりとか…w 両作品とも、登場人物が(ほとんど)伏線もなく突然な行動に出たりして物語が展開していくので、読み始めは結構戸惑うこともありました。しかしそれでも面白いと思えるのは、描かれる場面が生き生きとしていて、展開はどうあれ「おいしい場面」が数多く描かれているからです。
「テンペスト」の著者である池上氏は、首里城の正殿と後宮の両方を描くために、主人公の設定を「男として生きる女性」にしたというようなことを話していました。
http://www.kadokawa.co.jp/movie/tempest.html
つまるところ、「テンペスト」で池上氏が最も描きたかったのは、琉球の様ざまな伝統・文化・歴史だったのだと思います。一冊の作品に、琉球の多くの側面を出来るだけ多くぶち込みたのだと。それが一番の優先事項であり、読者に紹介したい琉球の側面が書けるのであれば、多少展開に無茶があろうともとにかく突っ込んでいく。そういう作品なんだと思います。
で、「傭兵ピエール」もまったく同じで、なによりも中世フランスの様ざまな側面を魅力的に描くことを優先しているのだと思うんです。だから、展開にはやはり無茶があります。強姦されそうになった男に惚れるとか、惚れた女を助ける過程で他の女を抱くとか、急に「人から声を奪う毒薬」が出てくるとかw でも、そうした納得できないような無茶な展開のおかげで、本当にさまざまな「おいしい」場面が描かれています。
・オルレアン解放までの一連の戦争
・守護者としての街の人々との交流
・囚われのお姫様の救出作戦
・悪魔城(?)での中世ホラー
・傭兵からの出世物語
もうね、これらの場面の一つ一つがしっかりと面白い!平たく言えば、ピエールを主人公にした冒険小説というか英雄譚というか、そんな感じで楽しめるんです。それもしっかり歴史的事実にそって描かれている、歴史の解釈をわざと変えることで印象的な場面を演出するなど、そういったところも面白い。この作品を読んだ後にウィキペディアで「ジャンヌダルク」の項目を見ると、登場した様ざまな場面を思い出しながら楽しく見られますね。
さて、ここまで書いて思ったのは、これら2作品と、最近どっぱまりしていた「とらドラ!」ってまったく逆の立場の作品だなということです。「とらドラ!」はそれほど大きな事件は起こりませんが、登場人物の行動一つ一つにすべて心理的な裏づけがある。だから読んでいて展開が「突飛だ」と思うようなことはほとんどありません。いや、突飛に見えてもそこにしっかりと心理的な裏づけがある、というべきでしょうか。で、個人的に言えば心理的な裏づけのある物語のほうがすんなり読めて好みではあるなと。
しかし、「テンペスト」や「傭兵ピエール」を読むと、小説ってそれだけでもないなとも思うわけです。歴史小説に顕著なのかもしれませんが、魅力的な場面をばんばんぶち込んでくるような作品も面白いなぁと思いました。「テンペスト」の帯に「ジェットコースター王朝絵巻」というコピーが使われていて、作品をうまくあらわしたいいコピーだなぁと思っていたんで、あえて「傭兵ピエール」は「ジェットコースター中世絵巻」とでも言っておきましょうかw とにかく、楽しい読書体験でありました。
2009-07-13 森見登美彦 「恋文の技術」
■[森見登美彦]「恋文の技術」

京都の大学から、遠く離れた実験所に飛ばされた男子大学院生が一人。無聊を慰めるべく、文通武者修行と称して京都に住むかつての仲間たちに手紙を書きまくる。手紙のうえで、友人の恋の相談に乗り、妹に説教を垂れ―。
今まで読んだ森見氏の作品が「太陽の塔」「四畳半神話体系」「夜は短し歩けよ乙女」の3冊だという友人の放った一言。「モリミーの話はどれも同じだよね、面白いけど」。同じものしか読んでいない私としても、まったく同感でございますw
で、今回の「恋文の技術」もやっぱり同じ話でございましたw 主人公が暮らしているのが京都大学ではなく石川県の七尾なのだけれども、京都の大学から実験所に飛ばされたから七尾に住んでいるというだけで、もともと暮らしていたのは京都。しかも、主人公の守田が七尾から京都の友人や先輩などに送りつけた手紙の文面という体で書かれているため、やっぱり京都の話が中心になるんですよ。主人公である守田の性格も、ひねくれもので、片思いをしていて…というところもいつもどおり。それでも面白く読めるのは、もはや芸の域に達しているユーモアにとんだ回りくどい表現の賜物でしょう。そして、毎回「見せ方」を変えていることも読者を飽きさせないポイントになっているのではないでしょうか。以下では、最初に挙げた3作品と今回の作品について「見せ方」に注目して書いてみます。
「太陽の塔」は「京都、ヒネクレもの、片思い」の森見節がもっともストレートに書かれた作品で、主人公の一人称で話が淡々と進んでいきます。私はこの作品に一番初めに手を出したのですが、正直よみづらかった。おそらく、森見氏の独特の表現になれていなかったこともあるとは思いますが、見せ方がストレートな分、ちょっと引いてしまったのでしょう。なんというか、ストーカー的なところとか、ひねくれた表現とかを一人称で延々とやられるとちょっと辛いものがあったw
次に読んだのが「夜は短し歩けよ乙女」。「太陽の塔」と同じプロットですが、こちらは主人公の一人称ではなく、ヒロインである「黒髪の乙女」からの視点で描かれたパートが半分を占めています。この乙女の視点が入ることで、同じような物語でも、雰囲気が男臭いものが一気にかわいらしいものに変わるんですよ。で、実際に「黒髪の乙女」が可愛いw
次が「四畳半神話体系」。今度は同じプロットを「平行世界」を使って描いています。すなわち、大学1年時に違うサークルに入った場合、という設定で4つの物語を描きます。すべての平行世界で登場人物がほとんど同じ、展開は違えども結論はほとんど同じ、そして表現もわざとコピー&ペーストを多用するという、かなりトリッキーな見せ方をしています。しかし、1つ目の世界で登場した小道具が3つ目の世界にでてくるなど、遊び的な要素も満載で、読者が楽しめるよう様ざまな工夫がなされています。
そして「恋文の技術」。あらすじにあるように、主人公の守田が京都の友人へ書いた手紙、という形式で物語が進んでいきます。こういう設定の場合、普通は往復書簡の形式になりそうです。しかしこの作品は、守田が送った手紙へきちんと返事はきている(と言う設定)のですが、その内容を読者に見せないで延々と守田の手紙だけを見せる形で物語を進めていきます。なかなかトリッキーですね。この形式だと、こちらは文通相手のことを守田の主観(手紙)からしか想像できません。かなりキャラクターが濃いであろう文通相手たちの行動を直接見たいなー、とも思うのですが、これはこれで想像の余地があり面白いですね。
また、手紙形式であることをうまく利用しているのが9章の「伊吹夏子さんへ 失敗書簡集」。守田がヒロインある伊吹さん宛てに書こうとして失敗した恋文を集めたという章で、失敗作のラブレターが爆笑もの。失敗作には必ず「反省」がついていて、なぜこんな手紙を書いてしまったのか自己反省するのも面白い。そして、この成果を活かして書かれた最後の手紙を読むと、やれば出来るじゃないか守田!などと思ってしまうのです。
以上のように、森見氏の作品は「同じような」(失礼)物語を書いてるからこそ、見せ方に工夫/こだわりがあるのだと思います。だから、どの作品も面白く、読者を飽きさせないんですね。これからも「同じような」物語をいくつも書かれるのだろうなぁとは思いますが、それをどうやって見せてくれるのか、その「見せ方」にに期待したいと思います。
…なお、「きつねのはなし」や「有頂天家族」などはまだ読んでいないのですが、既読の作品とは違う雰囲気の作品なのかな?と思っています。時間があったらいつか読んでみたいと思います。
追記。
「見せ方」以外にこの作品で触れておかなければいけない重要な点が。それは「おっぱい」についてやたらと書かれているということw 一つの小説の中で、これだけ「おっぱい」という単語が連発されている作品はなかなかないのではなかろうか。おっぱいがいかに男の冷静な判断力を鈍らせるか、なぜおっぱいに魅了されるかなどについてとくとくと語られており、このパートは爆笑ものです。電車でこの作品を読んでいたときは、自意識過剰により回りも視線が気になるほどでしたよw まぁ、これだけおっぱいおっぱい言いながらも、うまい具合に表現を「いやらしく」しないのが森見氏のうまいところなんですよね。だから女性読者にも人気なんだろうなぁ。
2009-07-12 更新できませんでした。。。

病気のせいで(そして、徐々によくなってきている今は怠惰のせいで)長いこと更新できませんでした。調子もよくなりつつあるので、少しずつですが更新していきたいと思います。でも、いままでよりちょっと短く書くこともあるかも。。。
あと、「とらドラ!」小説版は、友人にまとめて貸してしまっているので、返してもらってから感想書きます。手元に作品がないとやっぱり書きづらいんですわな。
2009-05-06 アニメ「とらドラ!」21話の感想
■[その他]アニメ「とらドラ!」21話の感想

21話「どうしたって」は作中でとても重要なお話ですが、ここでは「罪悪感」発言の回答編としての21話について書いてみたいと思います。例によってネタバレしかありませんので、未見の方は注意。
16話のラストで亜美が実乃梨に言った「罪悪感はなくなった?」という発言。正直、私はすぐには意味が分かりませんでした。実乃梨の竜児に対する気持ちは、意識はしていてもまだ微妙なところにあると思っていたので。しかし、この発言の意味を無理なく説明するためには、大河に対する「罪悪感」が、大河が北村の写真を持っているのを見て「なくなった」と考えるしかありません。そうすると、実乃梨の竜児への気持ちははっきりと「好き」までいっていて、そのことで今まで大河に対して罪悪感を感じていたということになります。また、竜児に好意を持たれていることに罪悪感を感じていた、という部分もあるのでしょう。
さて、「罪悪感」の意味がわかったところで次に謎なのが、亜美がこのような発言をした意図です。もともと亜美は全体の流れを俯瞰して、先を読んで行動するタイプのキャラクターです。そのため、この発言にも何がしかの意図があるはずなのですが、これについてはさっぱり分かりませんでした。そして、17話から始まるクリスマスの話でもなかなか明らかにされません。
ちなみに、何がしかの理由で亜美が大河を応援するような姿勢を見せているのは確かで、罪悪感発言もその一環のはず、という推測はできます。ただそれにしても、この発言以降の亜美の実乃梨に対するあたり方は理不尽なほどに強く、「大河を応援する」ための手段としてやはり適切だとは思えませんでした。
そんなわけで、「罪悪感」発言の意図が謎のまま話が進み、それが明かされるのがこの21話です。実乃梨との喧嘩のあと、雪山を作りながら竜児に「なぜ嫌味(罪悪感の件)を言ったのか自分でも分かっていない」と吐露するのです!その後、「正面から相手してくれない実乃梨がムカついた」とも。亜美とキャラクターの性格上、その行動には何がしかの意図があると思っていたのに、自分でも自分の行動の意味がわかっておらず、ただ単に実乃梨にムカついていただけだったのです!そしておそらく、「ムカつく」の裏には、竜児に好意を持たれている実乃梨に対する嫉妬心があるのでしょう(原作を読むと「嫉妬」という単語も出てきていました)。
「発言の意図が何か?」と考えていたら意図などなかったという、いい意味で期待を裏切られて、驚かされた名シーンでした。また、竜児に忠告しながら、結局亜美自身も「自分のことが分からない」人間であり、4人の関係を俯瞰しているようでも、皆と同じように一人の高校生でしかないことがわかりました。亜美の人間くさいところが見えたことにより、彼女は今まで以上に魅力的なキャラクターになったと思いますねぇ。
さて、この「罪悪感」発言ですが、実は原作小説では発言の直後に「バカなことを言った。言わなければよかった」と亜美が後悔するシーンがあります。この場面で、亜美の発言に意図などなかったことが明かされているのです(実乃梨に対する嫉妬もあったことにも触れられています)。しかし、アニメでは亜美が後悔するシーンをあえて飛ばすことで、発言の意図がどこにあったのかを隠しました。そして、「発言の意図は何か?」と疑問を持たせ続けたことで、亜美が竜児に気持ちを吐露するシーンがとても印象的になっています。本当に素晴らしい演出ですねぇ。原作を読んでみると、アニメ版の完成度の高さがよりわかってきます。
…と、アニメで印象的だった話について書いていきました。もちろん、21話で言えば大河の「どうしたって…」の発言だとか、24話での橋の上(と下)での告白シーンだとか、いろいろと印象的なシーンはありましたが、それらについては「素晴らしかった」くらいしか書けないので省略w 次は原作を読んだ感想をつらつらと書いてみたいと思います。
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