ファンタジスタドール イヴ

ファンタジスタドール イヴ (ハヤカワ文庫JA)

ファンタジスタドール イヴ (ハヤカワ文庫JA)


内容(「BOOK」データベースより)
「それは、乳房であった」男の独白は、その一文から始まった―ミロのヴィーナスと衝撃的な出会いをはたした幼少期、背徳的な愉しみに翻弄され、取り返しようのない過ちを犯した少年期、サイエンスにのめりこみ、運命の友に導かれた青年期。性状に従った末に人と離別までした男を、それでもある婦人は懐かしんで語るのだ。「この人は、女性がそんなに好きではなかったんです」と。アニメ『ファンタジスタドール』前日譚。

 「ファンタジスタドール」というアニメの前日譚というか、アニメの世界観が出来上がった理由が描かれている、メディアミックスの作品だとは想定外だった。というか最後の解説部分を見るまでそのことに気づかなかったよ。今まで野崎さんの本はほとんど表紙がイラストだったけど、表紙にイラストがないというのもあるから、アニメのメディアミックス本だとなおさら気づきにくいよね。しかし、本編を読んだ後に解説にアニメ「ファンタジスタドール」は『女の子がたくさん登場する明るく楽しいアニメを作りたいという思いから始まった』とあり、この本のトーンと全然違うから思わず吹いてしまった。でも解説を書いている「ファンタジスタドール」の企画を考えた人が、陰の側面、闇の部分を描かれることを望んでいたようだからある意味注文どおりの品なのかな。それでもそのアニメが単純に明るいアニメなら、こうした側面を描く必要性という意味では謎なままだけど(笑)。
 そしてそこでこの小説がアニメの前日譚でもあると知り、タイトルの「イヴ」は単にアダムとイヴの「イヴ」という意味だけでなく、クリスマスイヴみたいな前夜といったような意味も含んだダブルニーミングなものだったのかとそこで気づいた。
 語り手の大兄が、回想のような形式で書いた手記という体の作品。そういう形式で書いているからというのもあるし、原作(原案?)があるからこそ今回は真面目でちょっと暗めなトーンに終始していて、いつものような笑わせてくる地の文だったり言葉遊びなんかはない。でも物質を自在に構成する異常な技術なんかが出てくるの野崎さんっぽく、それがあるから野崎さんにこの前日譚を書いてもらおうとした理由なのかなと思ったりした。
 大兄が幼少時にミロのヴィーナスに魅入られたエピソードは、はじめ美術品でも裸の作品は見るのに恥ずかしがっていたのに、ミロのヴィーナスをもっと見ていたいと父に反抗したというのを見ると、いかに強力に魅入られたのかが分かるよ。
 子供の頃の女中相手のはじめての性体験は彼に歪ませたようだが、その描写が始まったときは思わずおねショタきたと思ってしまった僕をお許しください。
 小学校の頃の同級生で友人だった入鹿、名前からしてもう嫌な予感しかしなかったが、想像に反して小学校以降では出てこなかったし、弑殺するということも(小学生だから当然ながら)なかったな。しかし彼女の着替えをたびたび覗いていたが、その後も普通に会話して、卒業式のときにはじめて彼女が自分が覗いていたことを知っていたということを知るというのは、なかなか精神的にくるなあ、まあ自業自得なんだがね。
 『朝まで飲んで、はいて、体調も整わぬまま大学に出るという、一見すれば自堕落で、あまり良い事には見えない行為の中に、いうなれば人の営みの妙のような、清濁併せ飲んで初めて解る、ある種の幸福的な感覚があることを知った。』(P48)というが、そんなものなのかね、酒は匂いが強く香ってくるだけで軽い頭痛がしてくるから飲まないし、個人的には体調が悪いときはひたすら向ける対象も不確かなまま神だか仏だか天だか、ともかく何かに痛みをとるように願いを繰り返す哀れな存在となるだけだが。
 大兄は中砥に好意を持っているがトラウマから恋仲になれず、素晴らしい知性を持つ遠智に惹かれて友情を築いていくことで、中砥との距離が微妙に離れていくという微妙な距離感はなんかいいなあ。
 遠智に指摘されて大兄が自分も気づいていなかったいやな本心に気づき絶望し、それを否定するために中砥を求めたが、既に彼女は他の男と付き合っていてその性交シーンを目撃してしまって更なる絶望に叩き落された。今まで散々近くにあったのに掴もうとしなかったものを、初めて切実に求めたときには失っていた、知らぬ間に他の男と付き合っていたということに絶望しているのは滑稽でもあるが、ただでさえ痛手を受けているときに更なる打撃を受けてどん底に突き落とされたという絶望の感情もよく伝わってくるから、本当に可哀想でもある。
 そして遠智は大兄と中砥が上手くいった、普通の世界に行ったと思って孤独に泣いているが、そこで彼が決して完璧な人間じゃないとわかるし、その感情の表出をみて遠智のことが哀れな人、可哀想な人と思えてくる。
 しかし最後に至高の女性を作るために、才能や技術のある人たちがY-omeという秘密結社を作って、本気でそれを目標にして行動をおこしているのは滑稽というよりもちょっと困惑する。
 生身の女性に絶望して理想の女性を作ることを夢みたことや大兄が片腕を失って退院するときに中砥が彼氏と共に謝りに来たときに、大兄は不意に彼女胸を揉んで、彼氏が怒ったのに対して遠智が「帰りたまえ。彼が、残された右腕で触れる乳房が、こんな陳腐でありふれた、そこら辺の、ダレにでも手に入る乳房でいいはずがない」といって、大兄はそこから振り返らずに遠智に行こうと告げてそこから離れて、Y-omeという秘密機関の一員になったことで普通の世界からも離れていったという一幕を見ると、今まで文章に童貞っぽいと言われているものがあるのがよくわからなかったんだが、これを読んでなんとなくそうした感覚がわかったような気がする、まあ、別にわからなくてもよかったんだけどさあ(笑)。それにたぶん、大兄は小学生時代に経験しているから童貞ではないとは思うけど。
 写真までつけて、その世界の年譜をもっともらしく写真まで使って作っているのは面白いとは思うけど、その年賦が小説本文の10分の1もあることや、わからないことばかり書いてあることもあり目が滑りに滑って結局読み飛ばした。