パティシエの秘密推理 お召し上がりは容疑者から


内容(「BOOK」データベースより)
警察を突然辞めた惣司智は兄の季が継いだ喫茶店でパティシエとして働き始めた。鋭敏な推理力をもつ智の知恵を借りたい県警本部は秘書室の直ちゃんを送り込み、難解な殺人事件ばかり相談させている。弟をお菓子作りに専念させたい兄は、なくなく捜査を手伝いを。人が好い兄の困った事態を見かねた弟は、しぶしぶ事件解決に乗り出す羽目に…。

 似鳥鶏さんの新作、発売することをすっかり見過ごしていて、amazonからのメールでこの本が発売されていたことを知った(笑)。
 連作短編形式。どうも短編でミステリーだと事件と解決で多くの分量が取られるということでいまいちキャラが立ってこないということや、また本作はなぜ事件に関わる理由に合理性がなく、ちょっと唐突という感じを受けるのもあるので、似鳥さんの小説としては一番微妙かも。個人的にミステリーを読むときは主役級のキャラクターの魅力があったり、会話の雰囲気が良ければ楽しめるんだけど、今回はそうした日常の会話分も少なめで、会話や物語のムードもあまり好みでないからいまいち好みとあわない。あと警察が全面に関わっている作品とかよりも、いかにも探偵小説といった雰囲気で推理を登場人物が愉しんだり、少し現実世界とは違うミステリー世界独特のムードがあるほうが好きというのもあるし、語り手である惣司兄が直井に流されるまま、身分偽証を何度もしているというのがちょっと苦手というのもある。身分偽証がされると、それが解かれるまで、読んでいてばれないか冷や冷やしてしまうし、楽しむという気分は全く感じなくなるどころか苦痛に感じてしまうので、そうしたシーンが何回かあるからどうもな。しかし惣司兄は直井が好意を抱いているようだから、地の文にはなくとも彼女と居られる選択ならと意識があるから、関わる必要のない事件に関わりを持っているという理由もあるのかな、それならまだ納得できるが。
 少なくとも20数年前からアルパカの油彩画がかかってあったというのは、惣司兄弟の父は先見の明があるね(笑)。
 弟の智は店のことを「継がねばならない義務」と思っているふしがあるらしいが、父が始めた店で伝統あるものでもないのに何でだろうと思ったら、男手ひとつで兄弟を育てた父が死ぬ間際まで店のことを気にしていたという事情があるからか、それなら納得だわ。
 直井、口調だけ見ていたら男かと一瞬思ったが女性でしたか。そして「直井さんは人を乗せて働かせるのがうまいんだ。だから秘書室に引き抜かれた」ということで、居る場所と行動の印象がいまいちあわないと思ったらそういうことか。
 「いいっスねえ、弁護士の卵ゲットで」という直井の台詞を受けての、ロースクールを卒業して弁護士資格を取るために浪人している中沢の「七割がた無性卵なんですけどね」というのは、いい返しだ(笑)。
 2話で冤罪について扱っているが、結局現状(操作するとき士気を挙げるためとかそんな理由である時点でもっとも疑わしいものを決め撃ちして、有罪まで持っていこうとする姿勢)をある程度肯定している姿勢なのはなあ、まあ、冤罪を生むのは警察だけじゃなく、裁判とかで「可能性がある」というだけで有罪にしている裁判官がまま居ることにも問題があるのだから、警察だけじゃなくて法曹全体が冤罪を作りやすい現状であるから、それなりに問題意識を持っている人でも諦めムードで仕方ないとなってしまうのかなあ。というか真犯人を見つけることよりも、冤罪でもとりあえず犯人にして事件を終結させることを目的としているようにみえ、手段と目的が逆になっているような感じがするなあ。冤罪でずっと「任意」同行で取調べを受けている、手嶋さんは、犯人について心当たりがないといって、犠牲の羊を捧げることなく、勝手な疑いで他の人間に自分が受けている責め苦を受けることがないようにしているのは素晴らしいね。
 しかし『何があったんですか』では言い出せない子供、「智さんも、そういう子供だったんですか?」と尋ねられ智が「僕の場合、兄さんが聞いてくれたから」と話しているのはいいなあ、いい兄弟だなあ。
 3話冒頭にようやくそうした2ペアだということを気づいた(笑)。旅行に言って旅行先で事件に目撃者として関わり、それからこの事件について調べるというのは、それまでと比べて事件に関わる理由が(無論現実なら違うけど、ミステリーなら)納得できるレベルにあって最初からこういう導入なら良かったのにと思う。それに事件が発生するまで少し時間がかかるので、キャラクター同士の事件とは関係のないシーンの描写があるのもいいね。
 そして3話で智が外部からでも推理させる理由が明かされるが、それは気持ちのいい話ではないが納得、確かにそれなら外部(裏)のアドバイザー的立ち居地の方が都合がいいよね。
 しかし3話のトリックは大掛かりだなあ、というか確実にいずれバレるだろうに、なんでそんなことをしたのかしら、埋めるほうが手間なく発見されにくいだろうに。まあ、ミステリでそんなことを言うのは野暮か。
 4話、うーん最初から犯人が見え見えなのはどうなんだろう。真相を聞いた後の「騙し取った」という発言は、ああ……、何がとは形容できないが理解はできるわ、でも、こうして直接聞かない限りそうしたことは意識に上ってこないんだなあ。智の「許さなくていいです」という発言で救われたようで、それをわかり読んでいるこちらも救われた。
 ラストに「この店には時折、事件を抱えた奇妙なお客様が来店する」とあるが、本書では一般の客の相談はなくて、刑事か弁護士の相談しかないから、思わずちょっと首を傾げてしまった(笑)。
 そして「あとがき」の次のページに「この作品は書き下ろしです。」と書いてあるが、それだけでなく「この作品は書き下ろしです。原稿枚数564枚(400字詰め)。」と原稿の枚数まで書いてあるのには思わず笑ってしまった。これは似鳥の洒落っ気ということでいいのかな(笑)。と思っていたら、どうやら幻冬舎の本の奥付には入っているもののようだ。