忘れられた日本人

忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

昭和14年以来、日本全国をくまなく歩き、各地の民間伝承を克明に調査した著者(1907‐81)が、文化を築き支えてきた伝承者=老人達がどのような環境に生きてきたかを、古老たち自身の語るライフヒストリーをまじえて生き生きと描く。辺境の地で黙々と生きる日本人の存在を歴史の舞台にうかびあがらせた宮本民俗学の代表作。

 今まで著者の名前は知っていて、以前からいずれ読もうと思っていたが今まで読んでこなかったことを後悔するほど面白く、読みやすい。
 各編それぞれ文章の雰囲気が違って、冒頭の「対馬にて」は良質の紀行文のような雰囲気の文章だし、他にも対談、聞き書き、家族について記したエッセイ、小伝記など、各編ごとに、その内容に相応しい様々な文章の形式を選び、書いている。(主に西日本の)伝統的な農村についてや明治の農村・庶民の日々の暮らしについて、あるいは当時失われつつあった地域の文化・習俗を描いた本である。その地の古老から体験談を語ってもらい、それが書かれるが、そのとき方言をそのまま書いてくれているのは、語られた話に雰囲気や味が出ていいね。
 一番最初の「対馬にて」はその土地に調査に行って、史料を見せてもらう許可を貰う前のシーンから始まっている紀行文みたいな読みやすい文章で始まり、何気ない描写から土地に根付く文化について巧みに書かれて、それと同時にそこでの描写の節々からかかれた当時の時代も感じて、それらがとても面白いので、この本はきっと面白いぞと思い、最初の数ページからこの本に惹きつけられる。
 戦後5年とかそのくらいの時代で村と村の間の馬で移動していることには、やはりその時代のイメージは都会のものを想像してしまうから少し考えればそんなものかと納得できるが一目その記述を見たときには少し驚いてしまう。そして細くて見通しが聞かず、迷ってしまいそうな中世の道はこんなものだったのだろうと思わせる道。そうした道で歌を歌うことは、それを聞いたら同じ村のものなら誰がどこに向かっているか知ることができ、もし行方不明になったのならどこの山中でどうなったかが想像できる。そして、著者のように迷っているときに歌を聴いて他の人間と合流することもできる。なんて、こうした雰囲気あるエピソードが続くから読んでいて楽しい。
 東北・北陸など東日本では結構な年を取るまで家の実験を握っているが、西日本では一定年齢に達すると老人たちは隠居する。
 「名倉談義」日本の村、土地の過半を持つ大地主と小作人の多い村と、所有地が比較的平均している村の二つのタイプのうち、後者のほうが多い。しかしそうした平凡な村は当時はあまり注目されず、大地主と小作人と別れている村に目を留めることが多かったよう。また、この村は名主は一軒一軒順番にやる習慣があったと知り、なんとなくそういう名主は固定されているイメージだったが、そういうところもあったんだ。
 「名倉談義」で、稗は何年保存しても虫も付かず味が変わらないので、郷蔵による凶作の備えは稗でやったという話は、稗がそんなに保存するのに優れたものだとは知らなかったのでちょっと興味深かった。
 また、同じく「名倉談義」で、茶桶にお茶の葉と少しの塩を入れて、茶せんでかき回して、十分泡を立てたものを茶柄杓で茶碗にくんで飲んだという描写を見て、そうやっていっぺんにお茶を一杯作ってのみ様な習慣があったことは知らなかった。以前「チベット滞在記」の中でもっと大容量で、たしかバターも入れていたと思うが、チベットにもそうやって茶を一度に多く入れてそこからとって飲むという描写を見たとき、チベット独特なものかと思っていたが、茶を常飲するような地域にはそうやって多くのお茶をいっぺんに作っておくというような風習があったのかな。
 「土佐源氏」橋の下に住む盲目の乞食の老人の、あけっぴろげな性の体験も含んだ自伝的な語り。解説に、創作だと疑った人もいたというのも頷けるほどの物語性を持っていて、興味深い話。
 「私の祖父」狭い道で武士の刀のこじりに誤って触ってしまい、それを誤っても、まだ難癖をつけられ、「それではお相手しよう」と脇差を抜き放ったというエピソードは、そのほかのエピソードからまじめで芯の強い人で乱暴者とは程遠い人物ということがわかるから、これも著者の祖父のいさぎよさを感じて魅力的に映る。まあ、このエピソードが結局上位の武士による仲裁で刀を納めて終わり、血が流れなかったからこそそう感じるのかもしれないが。後年、70を超えたころ、剣道が村ではやったときに体が不自由になっていても他の人を軽々と打ち負かしたという話も含めて素敵なエピソードだし、素敵な、格好いい祖父だな。
 明治時代、芸人は船の中で芸を見せる必要はあったが、すべての船の船賃がただだったというのは聞いたことがなかったので、ちょっと面白い。例えば、台湾に渡るために利用した船もただだったようだ。
 この本の最後においてある「文字を持つ伝承者(1)」、「文字を持つ伝承者(2)」は在地の民俗学者の小伝記で、どちらの人も知的なのは当然として、穏やかで利他的で魅力的な人柄で両編とも面白いな。