秋の牢獄

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

十一月七日水曜日。女子大生の藍は秋のその一日を何度も繰り返している。何をしても、どこに行っても、朝になれば全てがリセットされ、再び十一月七日が始まる。悪夢のような日々の中、藍は自分と同じ「リプレイヤー」の隆一に出会うが…。世界は確実に変質した。この繰り返しに終わりは来るのか。表題作他二編を収録。名作『夜市』の著者が新たに紡ぐ、圧倒的に美しく切なく恐ろしい物語。


 短編集。「秋の牢獄」、「神家没落」、「幻は夜に成長する」の3つの短編を収録している。この作者さんの小説は個人的には設定が特に魅力的で、色々と想像力をたくましくさえてくれるというか、同じ設定でのifだったり、こういう設定ではこういうドラマがありそうだというような、ちょっとそうしたその設定下での色々な場面を自然と想像させてくれる楽しさがあるから好きだ。まあ、ようするに同じ舞台設定での色々な物語が見たいと思わせるほど設定が魅力的だということです。
 「秋の牢獄」何度も続く11月7日水曜日、秋の一日とその日にはまり込んでしまった多くの「プレイヤー」たち。SF的なタイムループ物の作品。ただ、そのプレイヤーも全く同じときにその日を繰り替えしているわけではなく、その日を繰り返した回数は別々で、11月7日から解放されるのは不気味な超現実的存在である北風伯爵に捕まるしかない。
 北風伯爵は禍々しい雰囲気を持った化け物のような存在で、ループ中のプレイヤーたちの口からは奴に捕まると殺される、あるいは捕まることで次の日に送られるなど様々な憶測が語られる。永遠の余暇のような日々を過ごすうちに退屈の牢獄にとらわれる。
 この永遠に繰り返す一日は、その日が終わると全てはリセットされる世界でプレイヤーたちは散々好きなことを楽しむこともできる。しかし虫歯だったらずっと虫歯のままとか、妻が不倫していたことを知って妻を愛人と共に殺しても、翌日にはその妻に起こされたり、自分が事故で死んでも生き返る、あるいはプレイヤー間での怨恨が発生したら永遠の殺し合いが起きる可能性もあるなどという恐ろしい空間でもある。
 1日でできることには限界があるということもあって、次第にどんな楽しみも飽きて、単調な日々にプレイヤーたちは倦んでいく。そして主人公は最後には、最初は恐れていた北風伯爵を待ち望むことになり、どんな形であれこの永遠の一日から解放してくれる存在である北風伯爵が自分の元にやってきたことに救いを見ることになる。
 そうやって、その設定で出来るいろんな可能性を楽しさや辛さ、恐ろしさ含めて見せてくれるのはうれしいね。ぱっぱとこんなことできるこんなことできるとして紹介するが、短編と言うこともあってその一つ一つをあまり描写しないのも、そういう体験したらなんてことやそうした永遠の一日の味わった開放感なんてものも想像させる。
 そして今までルーチンのように常に変わらなかった友人が、11月7日にはまり込んでしまうといったように、世代が色々あるようで、そうしたところでもifでの色々な物語を想像させるね。
 「神家没落」数日に一度と日本全国周るように動く家、一人の状態ではそこから脱出できない。かつては一定期間で交代することになっていたが、何らかの自由でそうした習慣が廃れたことによって、長らくその家を守っていた老人は、よって近道しようとした時に迷い込んだ主人公に家主のバトンを渡すと共に消え去り、死んだことで、主人公である男は家から出られなくなった。
 主人公がそうした動く家を、かつては列車のように利用して移動した人もいるだろうし、そんな時代には『きっと悲喜こもごもの、たくさんの物語があっただろう。』(P93)と想像しているが、そんなこと書かれたら、そんな時代の話、あったであろう場面や物語が気になるしちょっと思いをはせたりしちゃうよね。
 そこに来る人もいるが中々代わりの人身御供にするようなことはできないでいた。しかしそんな理不尽に囚われている中でもこの生活に少なからず魅力を感じているというように、そうした閉じ込められた状況の良し悪しを書いてくれているのはいいね。
 あるとき決心をして、一人の男に家主を無理に押し付けて家から脱出する。しかし出てみるとその家への恋しさ、あの生活に自分が魅力を感じていたことを知る。そして押し付けた男が、その家を犯罪行為に利用していると知って憤り、犯罪事実で脅しつけて、再度家主を変わってもらおうとする。最後は最後はその男が家と共に焼け死ぬ、そしてその男も今際にざまあみろとでもいうような笑いを見せたことで、彼もまたグロテスクな使い方であり愛し方ではあったが、その家への愛着を持っていたことを知る。
 「幻は夜に成長する」幻術を使える特別な能力のある資質のある少女は、子供のころに一時期同じ力を持つ「祖母」(といっても血縁はないが)にその力を使うための指南を受けた。
 彼女の能力で作った風景を、付き合っていた最近全然描けないといっている美大生に見せたら、彼は感動で泣いて、君は神かと尋ねたというのは、世界の美しい風景を作り出せるのだからそれはそう思われるだろうなあ。特にそうしたものを紙で表現する人間であるのだから。だからこそ、彼女の首を絞めかけたり(嫉妬か、神なのかという試しか)、自分が彼女の隣にふさわしい人間と思えなかったりしたのも無理はない。
 かつて教団のトップとして力を振るっていた「祖母」だったが、後に身を引きその教団は解体したが、その教団にいた人物が大人になった彼女を拉致して薬を使って、思いのままに能力を使おうとするが、内で折を食い破る能力を蓄えていた彼女は、十分な力を得た最後の場面でその力を発揮し、暗い復讐の喜び、そして解放の喜びで笑うというところで終わる。彼女の現在の状況を思えば、その終わりはこれ異常ない爽快な終わりのハッピーエンドだ。
 解説『牢とは、諦観とともに安らぎを与えてくれる存在であるのかもしれない。』(P216)とあるけど、そうした牢という不自由な状況での楽しさと倦みが書かれているから好きなのかな。
 そして最後の短編「幻は夜に成長する」は完全に人為的に作られた牢であるし、そのような楽しさや安らぎがないからこそ、牢からの解放が単純明快なカタルシスとなったのだろう。読者にとっても主人公当人にとっても。