スプーンと元素周期表

スプーンと元素周期表 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

スプーンと元素周期表 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

紅茶に溶ける金属製スプーンがあるって本当?空調ダクトを清潔に保つ素材は?ネオン管が光るのはなぜ?戦闘機に最適な金属は?そもそも周期表の順番はなにで決まる?万物を構成するたった100種類余りの元素がもたらす不思議な自然現象。その謎解きに奔走する古今東西の科学者たちや諸刃の剣となりうる科学技術の光と影など、元素周期表に凝縮された歴史を繙く比類なきポピュラー・サイエンス。

 単行本のときからちょっと気になっていた。私は科学系の知識ろくにないのだけど、科学者たちのエピソードが面白いことが多いからたまにこうした科学系のノンフィクションを読んでしまうな。
 元素にまつわる四方山話、元素表の歴史や元素発見の歴史について、あるいは実験や研究である元素を使ったことで成果を上げたという話などのさまざまなエピソードが書かれている。
 それから注にもコネタめいた話などが載っていて面白い。
 SFでしばしば登場するケイ素生命体というアイディア。『ケイ素生命体は組織やら何やらを修復するため、地球の生命が身体から炭素を出し入れするのと同様に身体からケイ素を出し入れする』(P55)必要がある。地球では気体の二酸化炭素によってそうした出し入れを行うが、ケイ素が気体になるのは2230度。そして『細胞呼吸のレベルになると固体を呼吸するというやり方はうまくいかない。固体はくっついてしまって流れていし、細胞は物質を分子単体で取り込む必要があるのに、それが難しくなる。池の浮きかすに相当する原始的なケイ素生命体でも呼吸に苦労するだろう(中略)周囲の環境と気体をやりとりする方法なしには、植物型のケイ素生命は飢え、動物型のケイ素生命体は老廃物で目詰まりを起こすだろう。』(P56)
 また、宇宙で最も豊富な水にもシリカは溶けないため『ケイ素微生物は、血液などの液体を使って栄養や老廃物を循環させるという、進化的に有利な方法を諦めることが必要になる』(P56)ので、実際には生命体になるのはかなり厳しい。
 初期のアメリカ開拓民はたいてい、どんなに硬貨が不要な土地でも『良質な銀貨を少なくとも一枚手に入れるのにお金を使った。』(P220)そしてほろ馬車の旅で牛乳が悪くならないように牛乳を入れておく便に牛乳と共にその銀貨を入れていた。こうしたちょっとしたコネタは好きだな。
 『バナジウムに関する事実をもう少し、ある生き物は(誰も理由は知らないが)血液中で鉄の代わりにバナジウムを使っており、生き物によって血の色は赤だったり、青りんご色だったり、青だったりする。バナジウムを鋼に振りまくと、ほとんど重さを買えずに合金の強度を上げることができる(モリブデンタングステンと同様。第5章を参照)。なにしろ、ヘンリー・フォードもかつてこううなった。「これだったのか、バナジウムなしじゃ自動車はできん!」』(原注P17。P477)血液の色が赤でないのがあるのはバナジウムが関わっているのか、面白いな。
 民間療法として、銀を「薬」として摂取する人がいるが、そうして銀を摂取すると皮膚の色が『血の気がなくて灰色っぽい、ゾンビ漫画の主人公のような青』(P226)になってしまう。
 キラリティー『人間がみな分子レベルで左利きと言うのは少々言い過ぎかもしれない。私たちの場合、たんぱく質は確かに全て左手系だが、糖質とDNAは右手系だ。それでも、パスツールの主な論点は生きている。状況が違えば、私たちの身体は決まった聞き手の分子を予期し、それだけで処理できるようになる。私たちの細胞は左手系のDNAを解読できないし、左手系の糖を与えられても身体は飢えを解消できない。』(原注P18。P476)こうした話は面白いな。
 人間の身体は酸素を検出する計器がない。そのため、『呼吸のたびに二酸化炭素を追い出して炭酸濃度を抑えている限り、私たちの脳は警戒しない。』(P247)
 なので、窒素ばかりで酸素のない密閉された場所では『坑道内の鉱員や地価の粒子加速器の作業員などを窒息させてきた』(P247)が、倒れた人は前兆なく不意に昏倒して、苦しまない。
 『だが、フィラデルフィアにあるモネル化学感覚センターの科学者は、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味のほかに、人間はカルシウムに対しても独立した味覚を持っていると考えている。ネズミでははっきり見つかっており、人間にもカルシウムが豊富な水に反応できる人がいる。それでカルシウムはどんな味か? 発見に関する発表から。「『カルシウムはカルシウムの味がします』と語るのは〔主席科学者のマイケル・〕トルドフだ。「これ以上の表現はないでしょう。苦くて、更に酸っぱいかもしれません。でも、他の何があるのです。何しろカルシウムの受容体が実際にあるのですから」』(原注P20、P474)
 元素の味。『塩味の未来も電化の流れの影響を受けるが、その相手は特定の元素の電荷に限られる。塩味の未来を最も強く刺激するのがナトリウムなのだが、その化学的ないとこ分であるカリウムはそれにただ乗りしてやはり塩味を刺激する。』(P254)『ありふれたカリウムが私たちを欺くというのも奇妙だが、能の快楽中枢を過剰に熱くさせたり報いたりすることは、栄養素にとっては優れた戦略なのかもしれない。ベリリウムの場合、私たちが欺かれるのは、フランス革命後のパリにいた化学者が単離するまで、純粋なベリリウムに出合ったことのある人類が一人もいなくて、そのため私たちが健全な不快感を進化させる時間がなかったからだ。要は、私たちは少なくとも部分的には環境の産物なのであり、実験室で化学情報を解析したり、化学実験を計画したりするうえで脳がどれほど優れていても、感覚は独自の結論を出して、テルルをガーリックだと思ったり、ベリリウムを粉砂糖だと感じたりするのである。』(P255)
 泡の構造。『私たちはフォームの硬さをせいぜいシェービングクリーム程度と思いがちだが、空気が混ざったある種の物質が乾いたり冷えたりすると、長持ちするタイプの石鹸の泡のように形が崩れなくなる。現に、NASAは再突入時のスペースシャトル保護に特殊フォームを採用しているし、カルシウムが豊富な骨は同じ理屈で強くて軽い。』(P383)
 『キログラムが人工物に縛られた最後の基本単位』(P407)。メートルは光が真空中を1/299792458秒間に進む距離と後に定義しなおされた。秒もセシウムが9192631770回行き来する時間が1秒となった。しかしキログラムだけ未だそうした再定義なく、原器が基準となっている。