バッタを倒しにアフリカへ

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

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 アフリカではバッタの大量発生が現在も起こっているが、『過去40年間、修業を積んだバッタ研究者は、誰もアフリカで腰を据えて研究しておらず、おかげでバッタ研究の歴史が止まったままだということを知った。誰もやっていないのなら、未熟な博士でも全力をかませば新しい発見ができるかもしれない。』(N25)そうすれば昆虫学者として食える道が開けるだろう。そしてモーリタニアに向かったポスドクだった著者。
 そしてモーリタニアのバッタ研究所のお世話になりながら、バッタの研究をしながら就職先を見つけるのに苦労していた日々が書かれる。バッタ研究についての話も、マイナーな研究分野で今後も研究を続けられる就職先を探す難しさが書かれた話も、モーリタニアでの生活の話もどれも面白い。
 モーリタニアのバッタ研究所。バッタ研究所のババ所長、著者の事を気にかけてくれ、褒めたり励ましたりしてくれるいい上司。ティジャニ氏は著者の専属ドライバーで彼と一緒に行動することが多い。彼は著者と研究所からの給料の二重取りを画策して、後にバレて研究所からの給料が一時カットされる。そのようにお金への執着が強い一面はあるものの、気の良い人間でモーリタニアで著者がバッタ研究をする上で不可欠なパートナーとなる。簡単な単語とジェスチャで二人は意思疎通する。ババ所長やティジャニとのエピソードが面白い。
 最初のフィールドワークでバッタの幼虫がある程度大きいトゲの生えた植物にしか潜んでいないことに発見する。そうした早速の発見に気分が浮き立っていることを率直に描いている。また、たくさんのバッタがいるから色んな実験ができて楽しそう。そのようにとても楽しんでフィールドワークをしている様子が書かれているのはいいね。

 バッタ研究の状況。 『単に実験材料としてバッタを扱っている研究が多く、防除に直結する成果は、長年にわたり発表されていない。』(N847)多くの研究者がアフリカに来ず、単にバッタを実験材料にした研究ばかりしている。
 バッタ研究で2年間毎日のようにバッタを触っていたらバッタアレルギーになった。まえがきで、バッタアレルギーのバッタ研究者ってなんでその道を選んだんだろうと思ったら、バッタを研究対象に定めてからアレルギーになってしまったのか。
 『長年にわたって、孤独相と群生相はそれぞれ別種のバッタだと考えられてきた。その後1921年、ロシアの昆虫学者ウバロフ卿が、普段は孤独相のバッタが込み合うと群生層に変身することを突き止め、この現象は「相変異」と名付けられた。』(N1189)そのことが発見されて100年もたっていないのか。
 『サバクトビバッタの野外観察はほとんど行われておらず、手つかずの状態だった。』(N1231)新発見もできるだろうし、バッタ問題の解決も成るかもしれない。ここが勝負の賭け時だとモーリタニアへ行くことを決める。
 ゴミムシダマシ。野営中、夕飯の余りのスパゲティの傍らに落とし穴のを掘ると次々とその落とし穴にはまり、翌朝には落とし穴に数百匹のゴミムシダマシがいたというエピソードは著者の語り口もあって面白い。

 毒バッタ飼育のために、それなりに給料を出して人を雇いたいとティジャニに相談したら、自分がやるとティジャニが言う。給金がいいなら、労をいとわず色んな仕事を自分でまじめにやる。そうした彼のキャラクターは憎めない。
 予想外に急にバッタがいなくなって、バッタがいなくなった時期に研究する時のためのバッタを確保できなかった。そこで以前に乱獲したゴミムシダマシ(以下ゴミダマ)の研究をする。
 ゴミダマ、動けなくなるほどに食べる食い意地。その満腹にさせたゴミダマは頭もお尻も少し飛び出す。それを押しこむことで、殺さずに雌雄の判定ができることを発見。その研究についてババ所長に話したら『バッタがいなくてさぞかしコータローが困っていると思っていたら、あっという間に論文のネタを仕上げたな。』(N1794)と笑いながら褒めてくれたというエピソードもいいね。

 『砂漠にも実は道があり、そこには生活の知恵が隠されている。道といってもアスファルトで舗装されているわけではない。単にタイヤの跡なのだが、長年にわたり多くの車が通るため、くっきりとした轍に仕上がっている。場所によっては、轍があみだくじのように何本にも分かれている。最も溝が濃いものが往々にして最短ルートで安全な道だ。
 各々が勝手に走行するのではなく、轍を走れば、でこぼこがすり減り滑らかになるので高速で走行できる。また万が一車が故障しても、後続車に発見してもらえる可能性が高まる。砂漠での安全走行のコツは、いかにして良い轍を見つけ出すかにかかっている。』(N2397)こうした砂漠の豆知識的な話も面白い。
 冬のバッタ。日が暮れてくると大きな植物に移動して夜を過ごす。敵は地上から来ることが多いので高いところの方が逃げやすく、また高いところの方が早く体温を挙げることができる。さらに寒さで動きづらくても、地面に落ちることで植物の根元へかくれることもできる。
 バッタを見つけたらさっさと退治されてしまう。そのため防除する前に観察する時間を作ってもらうためにヤギの贈り物をして、退治前に連絡してくれたらまたヤギを持って駆け付けるといって、観察する時間を作る。『後日、ババ所長に一連の流れを告白したところ、大笑い。ヤギの差し入れは砂漠で戦う男たちの士気を挙げるので、どんどんやってくれと言う。』(N3232)そうして許可も貰い、防除前に観察できるシステムができた。このヤギのエピソードも好きだな。
 『モーリタニアに渡り、2年半が過ぎ、手がけた研究が続々と論文になりはじめていた。論文を発表したことで、研究所内でみんなの私を見る目が変わっていた。(中略)以前から、バッタ研究所は外国人研究者にいいように利用されることが多かった。さんざん研究のサポートをしたあげく、成果だけ取り上げられ、論文発表時には研究所の名前がどこにもなかったり、30年にわたって記録してきたデータを無断で発表されたり、さんざんな目に遭い、外国人研究者を警戒していたのだ。私はきちんと研究所の研究者たちと連名で論文を発表したので、信頼度も上がっていた。』(N3240)
 最後にバッタの大群を観察したことや帰国後に母校で講演した話などが書かれて終わる。
 『この本で研究内容についてあまり触れていないのは、私の怠慢が原因でほとんど論文発表していないため、まだ公にできないという事情がある。論文発表したら、また読み物として紹介するつもりだ。』(N3864)そうした発見やその時のエピソードも気になるので、次の本が出るのが楽しみ。