紙の動物園 ケン・リュウ短篇傑作集1

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

 ネタバレあり。巻末の「編・訳者あとがき」にファンタジィ篇とあるように、ファンタジーのような味わいの短編が多く収録されている。収録作の中では、表題作にもなっている本書最初の短編である「紙の動物園」が一番好き。

 「紙の動物園」アメリカ人の父と中国人の母から生まれた主人公。母の魔法で、彼女が折り紙で作った動物たちは意思を持ち動く。子供の頃はその動物たちが好きだった。その楽しき記憶が書かれる。ある程度成長した後、母が見合いで半ば父に買われる形でアメリカに来たことに対する周囲の嘲りを耳にする。そしていつまでたっても英語を理解せず余所者であり続ける母と、そのために自分もそう見られる。そうしたことを恥ずかしかったり苛立たしく思う気持ちが出てきて、自分がアメリカ人だと強調するためにもう一方のルーツの中国を遠ざけ、中国人の母も遠ざけた。そして親子の間が一気に疎隔となる。母が病気で死んでしばらく経った清明節に母が昔作った紙の動物が主人公の下に来た後に、その身体がひとりでに折り目をほどいて広がる。そして、その紙の動物は母が中国語で自身の出生や、息子である主人公への思いを書いた手紙となった。そこで書かれる息子への切ない思いが泣ける。血を分けた子だからこそこんなにも愛おしいのに、本人はその血を嫌っていることの悲しさ。ろくにコミュニケーションをとれなくなった悲しさがつづられていて、思わず目がうるむ。
 特殊な状況もあって、安っぽいお涙ちょうだいものにならずに親の愛を描いているのがいいね。
 「月へ」アメリカに亡命することを望む中国人親子と、その弁護士サリーの話。国に荒っぽく土地の立ち退かされ、抵抗して妻が死に自分も大怪我して、それを訴えても取り合ってもらえなかった。そのためアメリカに亡命することを望むが、そのままのことを話しても『人種、宗教、国籍、あるいは特定の社会集団の一員であること、あるいは政治的見解を理由に』したものではないから亡命認められない。そのためキリスト教徒で迫害されたと嘘をつく。
 サリーは彼を助けられるべき人だとは思うが、自身のルールを守るという強固な信念を変えてでも助けるべきかとひどく考え込む。そんな中で彼女は子供の頃にお手伝いさんが子供に食べさせるために、夕食の残りの一部を持ち帰っているのを見て、ルールは守らなくちゃと父に話して辞めさせて、その後元お手伝いさんを見た時生活に困った様子だったことを思い出す。
 この短編集「紙の動物園」「月へ」「太平洋横断海底トンネル小史」と、自分が過去に切り捨ててきたものと改めて向き合うという物語が多いな。それに「結縄」「心智五行」は人類の多くが捨ててきた技術と再び出会うという話。
 「結縄」結縄文字の描写は面白い。でも、このブラックな落ちは苦手だな。
 「太平洋横断海底トンネル小史」IF世界。アメリカと日本が戦争せず、共同してアジアとアメリカを結ぶ太平洋横断海底トンネルを作った世界。その世界で長くトンネル掘削作業に携わってきた台湾人の主人公がアメリカ人女性との出会いをきっかけに、開通を記念した青銅の銘板にある自分の名の部分を消して工事の中で見たトンネルを開通させるためにされた蛮行を暗示する鎖の絵をいれて、秘かな告発をしようとする。
 「心智五行」宇宙飛行士のタイラは大きな事故でただ一人生き残り、遠い昔に移民した人々が暮らす惑星にアーティという人工知能と共に漂着する。
 宇宙に進出した人類主流ではバクテリアが完全に排除されている。フォーツォンの一族は昔ながらの中国の五行説の食事医療でバクテリアと共存している。救援が来たが、タイラはフォーツォンと相思相愛になって、この地に根付く。救援に来て惑星を取り上げようとする人たちに対しては、最近バクテリアの大規模感染が問題となっているが、この地のバクテリアとの共存方法が参考になるかもしれないからと説得して、その地上げ屋じみた行為を辞めさせた。「編・訳者あとがき」に『クラシカルなSF風刺短編』(P261)とあるように昔ながらの物語。
 「愛のアルゴリズム」優れた会話可能な人形を娘の死から逃避するように作る。他の人間では本物だと見まごう出来だが、開発者本人だから次の反応がわかってしまい、やはり偽物だと痛感し、自分にとっては慰めにはならないと主人公は感じる。そしてアルゴリズムに通暁した結果他人にもアルゴリズムを感じて、偽物に囲まれているような孤独感を抱く。
 「文字占い師」半世紀ほど前の台湾で孤独感を深めるアメリカの女の子が主人公。偶然から友達になった甘さんとその孫のテディ少年。甘さんが昔のことを主人公に話し、彼女がそれを父に漏らしてしまったがゆえに悲劇が起こる。そしてその出来事を乗り越えて前に進んで行く。