日々の読書を糧にして-備忘録と駄文感想 このページをアンテナに追加 RSSフィード

deku_decさんの読書メーター

2011-12-27 江戸のお白洲

江戸のお白洲

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内容(「BOOK」データベースより)

婿殿毒殺を企む大商家の女たち。牢人五人で吉原立てこもり。結婚式翌々日の新郎殺し。下半身接待を強要した町奉行同心。嫉妬のはての同僚イジメで暴発した刃傷沙汰。呆れた事件から凄惨な事件まで、お奉行たちはどう対処したのか?近世史の第一人者が、確かな史料をもとにして紹介する、江戸の犯罪判例全25話。

表紙のイラストが時代小説っぽいので(時代小説は読まないから)、文春文庫の新刊でたしか買うものあったけどなさそうだ、と思って、スルーしそうになってしまった(笑)他の本の中の「12月の新刊」を少しみてタイトルを思い出して改めて見てみてようやく見つけた。

山本さんの本、対馬藩とか薩摩についての本に前から興味があるがまだ読めていないので読まなくては。

刑罰死罪多い、というか牢に入って死ぬ例が結構あるので、正直牢に入れられたら死ぬ確率やたら高そうだ。懲役何年とか間が無いから死罪多いんだろうけど、まあ、牢に何年も入っていたらどうせ死ぬから死刑と同じ結果だろうけど。

『馬場文耕はお熊を悪女の見本のように描いているが、実は好きな男と添い遂げられなかった女の悲劇であり、忠七と一緒に死ぬのなら心中同然のことで、本望だったのではないだろうか』(P168)いやあ、結婚後もそれ以前からの恋人とずっと続いていて、持参金がないと店がつぶれるから、病死に見せかけて夫を殺そうとしたり、心中に見せかけて殺そうとしたりと二度の殺人未遂をしでかしたのを、悲劇と片付けていいものか。それに自身らの放蕩で店を傾かせ、家族が共謀して婿を殺そうとするというのは異常で薄ら寒いものを感じる。「心中同然」というのは、婚儀のとき『好きな芝居を思い起こせば、駆け落ちの末路は心中ばかりで、あまり乗り気がしない』(P162)と思って駆け落ちしなかった人が、「心中同然」で本望と思うかな?まあ、心中描写は創作だろうけどさ。

2011-10-18 こんなに変わった歴史の教科書

こんなに変わった歴史の教科書

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こんなに変わった歴史教科書 (新潮文庫)

こんなに変わった歴史教科書 (新潮文庫)


内容(「BOOK」データベースより)

昔、お札で見慣れたあの絵の人物は聖徳太子ではなく、鎌倉幕府が開かれたのも1192年ではなかった?昭和生れの歴史知識は、平成の世にあっては通用しない。歴史の基礎中の基礎、中学校教科書は、この三十年の間に、驚くほど多くの記述が書き改められている。それはなぜなのか?昭和と平成、新旧二つの歴史教科書を比較しながら、その変化の理由=史学研究の成果を楽しく学ぶ。

山本博文さん、「はじめに」と「おわりに」だけかい。

『中学校の教科書は、じつは日本史教科書ではなく、歴史教科書なので、簡単ながらも世界史の記述も含んでいる。』(P10)へえ。

三内丸山、1500年も続いたのか、長く続いた集落とは知っていたがそんなにとは知らなかった(もしくは忘れていた)。

エミシ『「弓師」の転訛で武人を示すとするせつが細粒力で、「東国の武者」といった意味合いが強く』(P65)

『歴史学会では明治時代以降、もっとも有名なG説ではなく、D節が通説だった。』(P76)G説=1192、D説=1185。じゃあ、なんで昭和まで、1192だったんだ?戦前は天皇重視した歴史だろうから仕方ないにしても、戦後まで。

武田騎馬隊、騎馬だけで作った隊がいなかったというのはそりゃそうかと納得だが、「ポニー」並みの軍馬って、馬の能力に体高は関係ないらしいのに、一々付け加える必要あるかな。

長崎で貿易と居住を許されていたオランダ人と中国人が、江戸時代初期には上陸前に絵踏をしたという記録が残されている』(P148)「オランダ風説書」では書かれていなかったが、イギリス人が貿易再開するために来たときにオランダ人もやっているといわれ、絵踏をしたが実際はオランダ人はやっていなかったという感じの記述はあったが、初期にはそんなこともあったのか!

『田沼家の家臣たちは寄せ集めであって、その統制は容易ではなかった。加えて当主の意次は、朝から晩まで幕政に忙殺され、家中を顧みる余裕はなかった。その結果、家来たちによる収賄や不正行為が生じやすかったと言えるのである。』(P168)田沼、通説的な賄賂政治のイメージどこから来たのかと今まで疑問に思っていたけど、家臣たちの行動から着たのか!

2011-02-08 学校では習わない江戸時代

学校では習わない江戸時代

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学校では習わない江戸時代 (新潮文庫)

学校では習わない江戸時代 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

「参勤交代」や「元禄文化」を習っても、そこで止まっていては勿体無い。大名行列がトラブルばかりと知り、近松こそが恋愛の発見者と分かれば、そこから先の江戸時代こそが面白い。時代小説や歌舞伎も材料に、江戸人たちの息づかいとホンネを読み、赤穂浪士の討ち入りや町奉行の制度から、武士のオキテと常識を感じ取る。江戸時代をとことんまで学べる一冊。

最初、藤沢周平さんの小説を例にとって、江戸時代の武士階級の身分について語られているけど、藤沢さんの小説読んだことないからわかんないなあ。

『長矩は、勅使饗応役に任命されており、その指南にあたったのが高家の吉良義央であった。両者の喧嘩がこの役を務める過程で発生したことは間違いない。ところが、「仇を討った」家臣たちの誰もがその原因を知らないのである。』(P15)誰も知らないって、本当かよ、って疑いたくなるほど衝撃。

『死んだ主君の後を追って腹を切るという殉死は、戦国時代ではなく、江戸時代に入ってから盛んになっている。そもそも主君の寵愛する小姓たちが殉死するというような愛情関係が濃厚な行為であったが、次第に主君のわずかな恩を言い立てて、取るに足らない家来たちが大勢追い腹を切るようになっていった。』(P52)戦国ではなく江戸からの「殉死」

『参勤交代は、大名の経済力を削ぐために行われたということがよく言われる。確かに、藩財政のうち江戸での経費が六割近くを占め、参勤経費が二割、国元経費が二割ほどであった。しかし、だからと言って、そのために考案された制度ではない。大名財政を圧迫したというのは、あくまで結果論に過ぎない。』(P133)結果論に過ぎなくとも、経費の八割が江戸にいる期間と参勤交代時で消費されるのは、後に「大名の経済力を削ぐため」というような風に考えられてもそれはしょうがないよなあ。

『中世の国家的統一の未完成状態は、かつては中央集権的な古代の律令制が崩れたことによって現われたかのように考えられるのが一般的であったが、日本の古代が外観ほど中央集権的な国家であったわけではない。むしろ、現在では、日本の国家的な統一は、古代から中世を経る過程で徐々になしとげられていったのだという説のほうが有力である。おそらく、古代の国、郡、郷、諸共同体は、かなりの権限を本源的に所有して、自立的な法を定め、完全な自治を行っていたに違いない。』(P136)