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2005-11-10-Thu

[]恐怖政治から統領政府まで

ロベスピエール国民公会を牛耳り権力を握るまでの過程は早々に説明して、恐怖政治とは何かという部分を説明。恐怖政治の何が怖いかというと、反革命やら人民の敵などといった罪状でギロチン行きというのだから怖いものである。さらには、地方の農民反乱は完膚無きまでに鎮圧されるのである。ヴァンデ地方の反乱はさいたるもので、15〜16万人が虐殺されたと言われている(いろいろと説はあるが)。それに、フランス全土で16000人が処刑され、パリだけで2600人を超えている。授業では再びセレスタン・ギタール氏の日記にご登場いただくことにする。パリに住む彼は、処刑についても記録しているのである。彼は、1794年3月24日から7月27日までの約4ヵ月間の処刑の人数などについて記録しており、それによるとその間74日処刑が行われ(どうやら1日1回の公開処刑だったらしい)、合計で1933人が処刑されている*1。1回平均26人で、最多処刑者数は7月7日の69人で、最小処刑人数は2人である。何とも、ひどい話である。ちなみに、この同時期ジョゼフ・フーシェリヨンでも多くの処刑を行っている。これで怖いと思わない人がいれば、出てきて欲しいものである。セレスタン・ギタール自身、日記の中では最初こそ処刑者のプロフィールを詳細に書いていたものの、6月14日から7月6日までは処刑人数しか書いていない。

正義は勝つというわけではないのだが、ロベスピエールが告発され逮捕されるのは1794年7月27日である。この日も処刑はふつうに行われ、45人が断頭台の露と消えている。テルミドールクーデタによって山岳派(モンターニュ派)は放逐され*2、翌28日にはロベスピエールサン・ジュストなど22名が処刑されている。本当にフランス人は仕事が速い。翌年に総裁政府が成立し、保守的な権力分散を考えた政府ができる。このころ、セレスタン・ギタールの日記は終わる。彼の日記には、1795年10月のパリでの王党派の暴動鎮圧を書いているが、それを鎮圧したナポレオン・ボナパルト少将の名前はない。そしてセレスタン・ギタール自身がいつ亡くなったかは、よく判らない。おそらく、日記の記述が無くなってから比較的早い時期であろう。

フランス革命というのは暗い話もあるのだが、メートル法というわれわれの生活を縛るものや革命暦といった風変わりなものの発明キリスト教否定による最高存在など、エピソード盛りだくさんである。授業ではメートル法の説明を地球儀を使って、行う。あまり道具を持って行かないのが私の授業なのだが(地図くらいは用意しますが)、今回は良く持ってくるので、生徒は珍しがっているらしい。メートル法の考え方や日本におけるメートル法の普及についても触れて、200年前の事件が今に与えている影響を説明。革命暦テルミドールブリュメールの2つが出てくるくらいだから、これも簡単に説明。実用的ではなかったので、使いにくいものだったらしい。では使われなかったのかというとそうでもない。「ナポレオン戦線従軍記 ISBN:4122015081」では、作者のフランソワ・ヴィゴ=ルシヨン大佐は1805年まで几帳面に使っている*3。統領政府の説明まで行けたらと思ったのだが、時間が来てしまう。教科書にはナポレオンの登場はあっさりしたものなので、少し煩雑にならないように、工夫したい。明日は皇帝即位まで行きたい。逆にその方が、すんなり説明できるかもしれない・・・。

*1:この中には男女問わず、反革命やら秩序を乱しただのという罪状での処刑が行われている。身重の女性も処刑対象者となり、出産後に処刑となる例や、元貴族や聖職者や居残った王族、アメリカ独立戦争の際にフランス軍を指揮したロシャンボーも入っている。そして政敵や訳のわからない占い師など、多種多様である

*2ナポレオン・ボナパルト中佐はこの際、投獄されている

*3:ヴィゴ=ルシヨンは、皇帝ナポレオンが廃止するまで、記録は革命暦を使っている。そして廃止後は何の説明もなく、西暦に切り替えている。従軍記は後年になって戦地で書いたノートを集めてまとめたものなのだが、きちんと暦は書き写したのだろう

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