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2009-3-21-Sat
■[TV]藤村DがNHKに出ていて驚愕した件
※まぁ、この文章はmixi日記に書いていて長くなったので、こちらに転載する。当初の日記の部分は最初の1行のみで、あとの長々とした部分は翌日朝方に書いたものにさらに加筆したもの。だからこのエントリは土曜日にあげたものではなく、日曜日にあげたものである。何だか注記も長いな。ではどうぞ。
もう終わっちゃうけど。
以下追記。
藤村Dが出ていたのはNHKの「日本の、これから」というながーい時間にわたる討論番組。テーマはテレビ。最近テレビが見られないよーという話で、少しだけ見たら、「相棒」や「カンブリア宮殿」などの民放プロデューサーやらの中にさりげなく我らが藤村Dが混じっているんだな、これが。ちゃんと名札に「水曜どうでしょう」とあるのは感動。ちなみに、藤村氏が番組中喋ったかは不明。 だってまともにみてないんだもん。
以下はまじめな話。で、最近感じていることを含めつつ。間違いが含まれていると思いますので、ご注意を。
テレビの未来については、まぁテレビというものの特性と、メディア全体としての問題、報道とそうでない部分と、切り分けて考えることが出来ると思う。 テレビは双方向性を持たせようといろいろやっているが、成功するのかなというのが正直なところ。だってボタンばかりあるコントローラーでいろいろやりたいかね? ああいうことするんだったら、PCにキーボードがあった方がまだマシ。プレイステーションとかのコントローラーの方がまだマシじゃね? 基本的にテレビは一方的に情報等を垂れ流すメディアだと思っているので、別に見なくなっても特段困らないのが現状。 それがテレビ屋さんにとっては死活問題化しているんだろうなと。
メディア全体としては、これまでやってきたCM(広告)というものの存在が大きい。CMがあるから民放をただで見られる。勿論ただじゃないんだよ、というのが模範的解答なんだろうけれども、誰もそれを意識しない訳なら、やっぱりただなんですよ。セブンイレブンのおにぎりの何処にテレビCMの分があるってんだ。食っちまったら糞になるだけじゃねぇか(汚くてすいません)。リーマンンショック以来、広告費激減でラジオ業界は大変だと言う話は多く聞く。TBSラジオのストリームやコサキンという高聴取率の長寿番組が消え(ポッドキャストで楽しんだだけだけどつらいよ)、文化放送では愛川欽也が怒ってた。 伊集院光だって怒っている。面白くないって切られるなら良いけど、スポンサーがつきません,だからおしまいですなんてって。
新聞だって、読者の購読料だけで新聞社が利益を得てはいない。広告収入だ。朝日新聞なんてここ10年、読む場所が相当減ってしまっている。記事3割に広告7割って話だ。それに字まで大きくしたらどうなるというんだ。ま、他だって似たようなもんだろう。毎日新聞なんかは例の英語版での馬鹿事件で、毎日.jpの広告が消えたりもしたし、毎日OBが新聞のビジネスモデルはおしまいだとか本まで出す始末。読む気力が無くなってしまう。そこに1面広告乗っけて誰が注視するというのだろう。 企業だって馬鹿じゃないから(馬鹿だったらもうタヒんでるさ)、広告出してそれが利益につながるかを考えたときに、これまで通りにやって来て正解かどうかって考えるわな。
広告料モデルが拙い状態になる一方で次のビジネスモデルが出来ていない。だから録画制限とかCM飛ばしは駄目とか言うのだろうし、次のモデルは著作権だと考えているのかもしれない。「ちょwwwwwwビデオに録るのも駄目なのかよwwwwwアフォなんじゃね」って言うのが普通の人の判断だろう。 CCCD問題が懐かしいよ(問題は解決してませんがね)。自分ちにあるCDにまでああだこうだと言われるかもしれない著作権ビジネスなんて、誰が支持するのかね(支持しなくても良いよって言う話もある)。でもテレビは何故か多くの人に見てもらわないといけない理由があるらしいから、どっかの政党が2万円でアナログテレビ買い上げるだの(速攻で却下www)、無料で配れとか民放の偉い人が言ったりとかしている訳だ。何でそんなにって思いつつ、テレビのショーウィンドウ化と広告モデルの維持なんだろうかとか無駄に考えてたりする訳で。
まとめると、長い過渡期の中に私たちはいる・・・いやそのはるか以前から過渡期は始まっていたんだ。ネット万歳だなんてもう誰も言わない。ネットには確かに広大だし(素子キター)、可能性はある。私が10月にアップしたNHK(またかよ)の「デジタルネイティブ」の番組なんて、そんな感じだった。世界中でつながることが出来る凄さをネットは持っている(SNSと英語は不可欠ね)。しかし、一方で国内でネット規制をかけているところもあれば、低料金で天国のようなブロードバンド環境のところだってあるし、そこから再び従量制へと舵を切りつつあるところもある。ネットの無料サービスだって、いつまであるか判らない。Googleだって広告料でもっている。GMailだって右横に広告出るじゃん。最近はMozilla FirefoxのAdblock Plusが効かなくなってメチャクチャうざいんだが。
問題はその過渡期がいつ終わるのかということだ。過渡期が当たり前になっている現状。未来を決める人々は、まさに以下の引用文のようなのだろう。この台詞のあとに「だから、遅すぎたといってるんだ!」と誰もが怒鳴るのだ。
戦線から遠のくと楽観主義が現実にとって代わる。そして最高意思決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けているときは特にそうだ。
おそらく私達の眼前には、さして明るくもない、面白くもない未来が広がっているに違いない。それがどんな姿をしているのを、私達はあと少しで見ることになるだろう。




