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2005-05-29
■[日記]本日見て回ったもの
自転車だと意外に遠くまで行っても時間がかからないのだ、ということを久しぶりに思い出した日曜でした。いや、長いことろくに乗っていなかったので。
- 靖国参拝問題〜大局的見地に立って考える(4)(木走正水さん)
- http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050527/1117201669
- この中で公明党の福本潤一議員が首相への質問で
〜ヨーロッパでいうと、ヒトラーの墓に例えば参拝するドイツ首相というような形が起こった場合、ユダヤ人とか、またさらにはドイツ人、どういう感覚を持つかという側面も考えていただければと思いますし、〜
小泉靖国参拝をヒットラーの墓参りに喩えていますが、こんな過激な質問を国会でしていいんでしょうか?
これって、この質問自体がかなり問題発言じゃないんですか?
- とのことで事なかれ主義っぽいというかスクープ、キター!という感じの反応をされています。情けないです。私などむしろ国の内外からそうした見地からの批判がもっとされてしかるべきだと思うのですが。
- 「生き延びるための思想」上野千鶴子〜『at あっと』0号 (みどりさん)
過ちと歴史の暗い部分に誠実な態度をとる国は、信頼と共感を得るということだ」。これはまさにそのとおりである。
- 当たり前のことなんですが、なぜかこんな簡単なことが判らず不信と不安を自分と周囲に増殖させようと懸命になる人たちが多すぎます。
- 米軍は解放軍?(Dead Letter Blogさん)
- とのことなんですが、なんだかもうわけがわかりません。
- 理系の処遇を上げるには(sivadさん)
理系の数を減らす。
■[戦争と平和]憲法9条と非武装国家宣言とテロリズム
手抜きなタイトルですみません m(_ _)m
Arisanさんから憲法9条についてトラックバックをいただきました。
http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20050527/p1
国家が国民もしくは住民を守るという義務を放棄することではないか。もし憲法がそれをうたっているのだとすると、主権者は国民だから、われわれ国民は自ら「他国の侵略に対してわれわれを守ってくれなくてよい」、いやある意味では「守ってはならない」と国に命じていることになる。
この他国の侵略、に対しては、警察力の一環としての国境警備隊みたいなものでは駄目なのだろうか、と小手先のごまかしみたいなことを思いつくのですが、いっそのこと絶対平和主義を目指すことを目指して積極的に行動することも重要に思います。守ってはならない、のではなくて、守るためには武力以外の手段を用いる、ということではないかと思います。様々な交渉や主張を通じて問題解決を図るということではないでしょうか。あまりつながりのない例ですが、ガンジーたちがインドで取った手法が武力によらない問題解決手法の一つですね。別にそこまでの苦難の道を取らなくても色々なルートを通じての交渉という手段が取れますし。
玉川さんとおっしゃる方がArisanさんのところのコメント欄(http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20050515#c)で
人々に絶対平和主義を要求することも困難
と書いていらっしゃるのですが、しかしそれが憲法9条の思想ではないか、とも思います。最近いくつかの都市が「非武装都市宣言」を行っていますが、実はそもそも日本は憲法で「非武装国家宣言」を行っていたとも言えるかもしれません。そのような平和のリーダーとして、様々な世界における紛争に対しても自衛隊の派遣ではなくて、当事者間の解決のための交渉の場を設けたり説得を行う国になって欲しいという願望も私にはあったりします。また9条は吉田茂が行ったように外交カードとしても使えますね。もっとそれをうまく生かすことを政治家のみなさまも考えてもらいたいものです。
などと考えていたら5月29日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20050529/p1)でちょうど非武装平和国家のことについて書いていらっしゃいました。問題はここまで改憲、改憲(しかも改悪)と叫ばれている中でこのような主張をしても「何をいまさら」と鼻で笑われるのが落ちだろうということですね。
また、そのコメント欄にコメントを書いていらしたyuto-nさんの「非武装平和国家」(http://d.hatena.ne.jp/yuto-n/20050510#p1)には、このようなことを考えている方がいるのか、と勇気づけられるものがありました。
※ところで「テロなどが起こったらどうするのだ」というツッコミがあるのかもしれませんが、テロの背景には自分の考えを主張することすら奪われた(あるいは聞いてもらえない)人たちのルサンチマンが存在しています。逆に言うとそのような状況に人を追い込まないことでテロが予防出来るはずです。カルト的な集団に対しても常に対話を試み続けること、が重要ではないでしょうか。アレフの人たちと監視所の地域の人々との間にも交流が生まれるのです。
※テロとの関連で言うとumetenさんがエントリ:「監獄」の誕生――「地域」という名のコロッセウム (http://d.hatena.ne.jp/umeten/20050524)や「コロッセウム」は「村八分」か (http://d.hatena.ne.jp/umeten/20050526)が重要な指摘をされています。
↓ところで一度これを読んでみたくなりました。でも難しいんだろうなあ(言葉遣いが)。
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