赤旗海賊版

 | 

46/06/10 (Mon) 津田左右吉「建国の事情と萬世一系の思想」前文

今,世間で要求せられていることは,これまでの歴史がまちがっているから,それを改めて真の歴史を書かねばならぬ,というのであるが,こういう場合,歴史がまちがっているということには二つの意義があるらしい


一つは,これまで歴史的事実を記述したものと考えられていた古書が実はそうではない,ということであって,例えば『古事記』や『日本書紀』は上代の歴史的事実を記述したものではない,というのがそれである. これは史料と歴史との区別をしないからのことであって,記紀は上代史の史料ではあるが上代史ではないから,それに事実でないことが記されていても,歴史がまちがっているということはできぬ. 史料は真偽混雑しているのが常であるから,その偽なる部分を捨て眞なる部分をとって歴史の資料とすべきであり,また史料の多くは多方面をもつ国民生活のその全方面に関する記述を具えているものではなく,或る一,二の方面に関することが記されているのみであるから,どの方面の資料をそれに求むべきかを,史料そのものに吟味しなければならぬ. 史料には批判を要するというのはこのことである. 例えば記紀において,外観上,歴史的事実の記録であるが如き記事においても,こまかに考えると事実とは考えられぬものが少なくないから,そこでその真偽の判別を要求するし,また神代の物語の如く,一見して事実の記録と考えられぬものは,それが何ごとについての史料であるかを見定めねばならぬ. 物語に語られていること,即ちそこにはたらいている人物の言動などは,事実ではないが,物語の作られたことは事実であると共に,物語によって表現されている思想もまた事実として存在したものであるから,それは外面的の歴史的事件に関する史料ではないが,文芸史思想史の貴重なる史料である. こういう史料を史料の性質に従って正しく用いることによって,歴史は構成せられる. 史料と歴史とのこの区別は,史学の研究者においては何人も知っていることであるが,世間では深くそのことを考えず,記紀の如き史料をそのまま歴史だと思っているために,上にいったようなことがいわれるのであろう


いま一つは,歴史家の書いた歴史が,上にいった史料の批判を行わず,またはそれを誤り,そのために真偽の弁別がまちがったり,史料の性質を理解しなかったり,あるいはまた何らかの偏見によってことさらに事実を曲げたりして,恣[ほしいまま]な解釈を加えたりして,その結果,虚偽の歴史が書かれていることをいうのである


さてこの二つの意義の何れにおいても,これまで一般に日本の上代史といわれているものは,まちがっている,といい得られる. 然らば真の上代史はどんなものかというと,それはまだでき上がっていない. という意味は,何人にも承認せられているような歴史が構成されていない,ということである. 上にいった史料批判が歴史家によって一様でなく,従って歴史の資料が一定していない,ということがその一つの理由である. 従って次に述べるところは,わたしの私案に過ぎないということを,読者はあらかじめ知っておかれたい. ただわたくしとしては,これを学界ならびに一般世間に提供するだけの自信は持っている




トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/dempax/19460610

46/06/05 (Wed) 中西功「科学性と神秘性/津田博士の「建国の事情と萬世一系の思想」

『日本読書新聞』[*1]No.348(1946/06/05) 2-1



津田博士の「建国の事情と萬世一系の思想」を読みて

「科学性と神秘性」



中西功




『世界』1946年4月号の津田左右吉先生の「建国の事情と萬世一系の思想」といふ論文が問題の論文であることは私も早く編纂者たちから□□していた. その事情は同誌に収録された編纂者の書簡[*2]の中に刻明に書かれているため改めて述べる要は無いがわたくしたちが先生の論文やこの論文発表のいきさつなどを通して教へられることは天皇または皇室に対する日本国民の神秘的な考へ方が非常に根強いといふことである


農民の間に根強いことは多くの事実によつて示されているが,近代的,学問的教養の深いインテリの間にも一つの気分としてかなり広く存在していることは津田先生が身をもつて示されたわけである


しかし,この気分と旧来の絶対専制的政治制度としての天皇制とは別個のものであることは先生自身も認められているし,この気分はその人の立場や環境の如何によつて非常にちがつている. 農民は封建制度に反対して一致して戦っているが,その考へ方には保守と進歩の二つが交錯しており,その保守的考へ方が天皇崇拝気分と結びついている


また文化界にあつては,日本民族のよき伝統を愛し,新日本民族文化の興隆を心から念願している人々の中でも,民主主義的再生なくして日本民族の復興はなく来るべき新日本文化は民主主義及び社会主義を内容とすることが必至的なるを知りつつあつてもその民族形式の中に「民族伝統」としての皇室的存在が欲しいといふ人もある. 或ひは捨てきれないといふ人もあり,積極的に新文化の民族化と皇室存置とを結びつけたいと考へている人もある. わたくしたちは先生の説はこのやうなものとして考へたい


いふまでもなく,民主主義的,社会主義的新文化は決して民族伝統を無視しない,いな,それこそ真の発展である. それは今まで文化活動に参加し得なかった労農大衆の中に伝えられた一切のよきものを掘り出し,また日本国民と文化の発展のためにつくした真の歴史的偉人を見出すからである. いま,ロシア諸民族がピュートル大帝をたたへている如く,われわれも亦日本歴史の中にかうした幾多の偉人を見出し,その中に現代の血を通はして敬愛し,世界に誇るであらう


しかし,それは日本の民主主義的・社会主義的文化の大衆がその解放闘争を通じて作るもので,その形式もまた一新を必要とする. 特に民族的伝統に対して大衆自身の徹底的検討を必要とするのであつて,少数の人々が豫め設定することは出来ない. またそれは政治行動と分離して発展し得ない


問題は古代の歴史にではなくここにあるが,日本の民主革命が当初,上から行はれ,政治制度としての天皇制が上からこはされているのに,その観念形態は殆どそのまま残っている. そしてまたいま反動勢力が大衆に示している「天皇制」は今までの上からの革命をやむを得ないこととして受け入れた新しい「天皇制」であり,或る人々は天皇を儀礼的存在であるかの如く思ひ込ませようとしている. このために天皇制問題に混迷が起つて居り,大衆の政治行動と観念形態の間に矛盾がある. 軍部,官僚,大資本等の反動勢力は大衆の中に残存しているこの観念を唯一の政治資本として利用し,その反動支配を再編成しようとしている. そしてこの勢力が打倒されないかぎり日本の新文化は生まれない


今の日本民族の中心問題はこれである. それはまた文化問題の中心内容でもある. したがつて反動勢力の利用を封殺し混迷した非科学的な大衆の考へ方を克服することが急務であると共にその大衆の気分に対しては慎重な考慮が必要であるが,この問題も,そして新文化の民族形式の問題も結局,津田先生の如き民主主義者がこの大衆の偉大な民主主義的活動の中に飛び込まれさへすれば自然に解決する問題であると思ふ. 現に先生がこれを書かれた1月以来,僅に半歳のうちに,特にメーデーや食糧メーデーの大衆行動を通じて大衆は如何に目覚めたことであらう. また総選挙に「天皇護持」を唯一の看板とした自由党は民主政府の成立を極力妨害した. 先生もわれわれもこの事実の中から大きい教訓を引き出したい

関連図書


今井修編/解説『津田左右吉歴史論集』岩波文庫 青140-9,2006/08/17 p.278-p.322「建国の事情と萬世一系の思想」


津田左右吉歴史論集 (岩波文庫)



『津田左右吉全集 第3巻』岩波書店,1963/12/17 p.450-p.473 「萬世一系の皇室といふ観念の生じまた発達した歴史的事情」


□ 津田左右吉「建国の事情と萬世一系の思想」前書き http://d.hatena.ne.jp/dempax/19460610





*1:不二出版復刻版を使った

*2:吉野源三郎「津田博士「建国の事情と萬世一系の思想」の発表について」=3段組8頁にわたる長文=『津田左右吉歴史論集』解説p.395,吉野源三郎「終戦直後の津田先生」『みすず』1967→『職業としての編集者』岩波新書

 | 
0000 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 09 | 11 |
0001 | 01 |
0002 | 09 |
0010 | 03 |
0014 | 01 | 04 | 08 |
0016 | 11 |
0100 | 11 |
0114 | 04 | 05 |
0214 | 04 |
0984 | 05 |
1013 | 08 | 09 |
1014 | 01 |
1114 | 01 |
1889 | 10 |
1915 | 03 |
1923 | 04 | 08 | 09 |
1924 | 06 |
1925 | 06 |
1927 | 08 |
1928 | 09 | 10 | 12 |
1929 | 02 |
1930 | 02 |
1931 | 09 | 12 |
1932 | 02 | 09 | 12 |
1933 | 01 | 03 | 06 | 08 |
1935 | 09 | 10 | 12 |
1936 | 10 |
1937 | 09 | 10 | 11 |
1938 | 02 | 04 | 05 | 06 |
1939 | 04 | 06 |
1941 | 04 |
1942 | 03 | 08 |
1943 | 05 | 06 | 11 | 12 |
1944 | 01 | 11 |
1945 | 01 | 08 | 09 | 11 |
1946 | 04 | 06 | 10 | 11 | 12 |
1947 | 04 | 06 | 11 |
1948 | 03 | 04 | 05 | 11 |
1949 | 01 | 06 | 07 | 09 | 12 |
1950 | 02 | 08 | 10 |
1952 | 04 |
1953 | 06 |
1954 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
1955 | 08 | 12 |
1956 | 10 |
1957 | 01 | 02 | 08 |
1958 | 03 | 06 | 07 | 08 | 09 | 11 | 12 |
1959 | 08 |
1960 | 07 | 10 |
1963 | 12 |
1964 | 01 | 05 | 08 |
1965 | 01 | 08 | 11 |
1966 | 08 | 09 | 10 |
1967 | 11 |
1968 | 01 | 02 | 06 | 09 |
1969 | 04 | 11 |
1970 | 01 | 09 |
1971 | 06 | 10 |
1972 | 01 | 04 | 08 | 09 | 11 |
1973 | 07 | 09 | 10 |
1975 | 02 |
1976 | 09 |
1977 | 04 | 09 | 10 |
1978 | 03 | 04 | 05 | 08 | 09 | 11 |
1980 | 04 |
1981 | 03 | 04 |
1982 | 05 |
1983 | 01 | 03 | 06 | 11 | 12 |
1984 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 |
1985 | 01 | 07 | 08 |
1986 | 04 | 08 | 09 |
1987 | 03 |
1988 | 09 | 10 |
1989 | 08 |
1990 | 04 | 08 |
1991 | 07 |
1992 | 01 | 03 | 05 | 07 | 12 |
1993 | 08 |
1994 | 12 |
1995 | 08 | 12 |
1997 | 01 | 02 | 11 |
2001 | 02 |
2003 | 01 |
2004 | 03 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 00 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 |
2011 | 04 | 05 | 06 | 07 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 |
2052 | 11 |
2053 | 11 |
2054 | 11 |
2058 | 07 |
2091 | 04 |
2092 | 03 |
2114 | 06 | 07 |
2158 | 07 |
2214 | 05 | 06 |
2216 | 11 |
2258 | 07 |
2358 | 07 |
2518 | 07 |
2558 | 07 |
2658 | 07 |
2758 | 07 |
2858 | 07 |
2958 | 07 |
2968 | 09 |
2973 | 09 |
3013 | 07 |
3014 | 04 |
3015 | 06 |
3016 | 10 | 11 |
3213 | 07 | 08 |
3358 | 07 |
3958 | 07 |
4000 | 02 |
4013 | 08 | 10 |
4358 | 07 |
4958 | 07 |
5358 | 07 |
5958 | 07 |
9013 | 10 |
9017 | 01 |
9018 | 06 |
9913 | 07 | 10 |

-*-