赤旗海賊版

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46/10/31 (Thu) 『くにのあゆみ』について

『宮本百合子全集 16巻 文化・社会評論 1945-1951』新日本出版社,1980/06/20[古い全集] p.96-p.98 初出:『婦人民主新聞』1946/10/31


『くにのあゆみ』について



    宮本百合子



去年の8月からきょうまで,14カ月ほどの間,日本じゅう幾百万の国民学校の上級児童は,日本の歴史教科書というものを失っていた


小学校令が行われ,国定教科書で教えるという方法がきまったのは明治何年であったか知らない. けれども,日本の子どもが歴史の教科書をもたなかったことはかつて無かったことなのであった


その異常な経験におかれた日本の子どもがやっと新しい『くにのあゆみ』を持つことになった. 各新聞に,その梗概がのせられている. 政府は,新しい民主憲法を,何故か世界民主国人民の祭日である5月1日に実効発生することをきらって,11月3日に発布することにきめた. 文部省は一億円という尨大な予算を憲法祭のためにとった. 新歴史教科書もその関係で発表されたのであろう


考えてみると,このようにして日本の児童が新歴史教科書をもつようになった事実は,決してただ国民学校の一課目の教科書が新しく制定されたというだけの意味ではない. 全日本の私たち,すべての人間が,これまでいく久しい歳月の間,民主日本の発足とともに,子どもに話してやることさえも出来ないような片手落ちに書かれた日本歴史で養われて来ていたのであったという深刻な反省をもとめられるのである


かえりみれば,これまで私たち日本人が教えこまれていた日本の歴史は,むきになって強調されていた上代の神話と,後代の内国戦の物語,近代日本の支那,ロシア,朝鮮,満洲などにおける侵略戦争とその植民地化との物語であった. その時代時代の軍事上の覇者たちが英雄権力者として扱われていた. 庶民の日々の営みとその生産の発展などにつき,これまで,日本歴史は眼をくれなかった. 幼ごころのそもそもから,軍事的であり侵略を勝利として扱ったものの考えかたで養われてきた正直な幾千万日本人が,今回の第二次大戦で支配者に万事をあやまられしかもなおそれを十分自覚していないようなのも,避け難いことであった


『くにのあゆみ』が,従来のように東洋における覇権の争奪者としての日本を描き出す態度をすてて,平静に,われらが生国日本における民族生活の推移と,諸外国との関係を扱っているのは当然である. 新制『くにのあゆみ』は,その点に特別の配慮がされていて,物語る口調そのものの平らかさにまで随分気がくばられている


抗争摩擦の面をさけてなるべく平和にと心がけられた結果,その努力は一面の成功と同時に,あんまり歴史がすべすべで民族自体の気力を感じさせる溌剌さを欠いている. それは,これまでの調子から離れようとしているときの避けがたいあらわれかもしれない. 何年かさきに,必ずもう一度日本の歴史教科書は書き直されるべき見通しに立っている


もう一度書き直されたとき,はじめて日本民族は,自分たちの祖先が,世界進歩の波瀾の間にどんな失敗をし,どんな貢献,建設をしたかということを率直具体的に知ることが出来るだろう. 真に自主日本の物語をもつに至るであろう.『くにのあゆみ』が日本の歴史学的な根拠もとぼしい皇紀をやめて,西暦に統一して書かれたことは,この将来の展望の上からも妥当である(1946年10月)





46/10/21 (Mon) 【海賊版】新歴史教科書の特色

新歴史教科書『くにのあゆみ』完成を朝日新聞1946/10/20が報じ,翌21日 2面 学芸[欄][*1]に掲載された,執筆者の一人=家永三郎による解説. 太字強調は紹介者による[*2]

『朝日新聞』1946/10/21 2面


新歴史教科書の特色





日本歴史の新教科書が許可されたが,最も著しく今までの教科書と変つたのは古代歴史の部分である. 従来の教科書では,古事記・日本書紀の神話伝説からはじまつていたが,今回は考古学及び大陸の文献を研究して確実な歴史的事実と認められる事柄のみを以てあてることとした. 従って石器時代から金属文化の発生,国家の成立といつたやうな順序で筆を進めている. これが正しい古代史の学び方であることは,今までも歴史の専門家の間では誰しも異論のないところであつたのであるが,教育においては公に認められるに至つていなかつたのである. 新教科書がかやうな内容を備へて世に出たことは,学問的には決して新しいこととはいへないが,歴史教育の上からいへば,画期的な出来事といはねばならぬ. 今まで往々にして歴史教育と歴史科学とは別のものであつて差支へないといはれていた. 然るに今回の教科書によつて歴史教育がはじめて正しい学問的基礎の上に立脚することとなつたのである. これは必ずしも古代史の部分だけに限らず,新教科書ではすべての部分にわたり学問的に確認された事実のみを記すことにしたのである. 私たちのやうに歴史学と歴史教育とが一つのものでなければならないと信じてきたものから見れば,歴史教育の大きな進歩といふべきであらう


次に,今までの歴史教育ではともすれば政治上或は軍事上の所謂英雄の事蹟に重きが置かれがちであつたが,このたびは広く国民生活の全般にわたつてその歴史的展開を少国民に理解させることを目標として教科書を編纂した. 私たちの考へによれば歴史というものはあらゆる国民文化の総合の上に成り立つものである. この見地からつとめて国民の全体にわたり,いろいろな層の人々の生活を描き出すことにつとめてきた. まだまだ不十分ではあらうが,従来に比べれば多少の進歩のあとはあらうと思つている. 第三に,今まで歴史といふものは左右を問わず,特殊な政治的主張の基礎づけに利用されがちであつた. 歴史哲学の理論からいつて純粋に不偏不党の歴史が成り立つかどうかはしばらく措くとして,歴史教育において特殊な政治的主張の強くあらはれることは望ましいことではないと考へる. 新教科書ではつとめて公平な立場から歴史上の人物の行動なり出来事なりを賞賛したり非難したりしないやうにし,正邪の弁別はすべて被教育者の自主的判断にまかせることとしたのである. これも一つの新しい試みといつてよい


細かい事柄について思ひつくままを一二拾つてみると,新教科書では年代は年号の他すべて西暦であらはすことにした. これはメートル法を採用したのと全く同様の理由からであつて,日本歴史を世界歴史の中において見る場合に世界共通の西暦によることが最も便利だからである. その上日本書記の紀元は客観的な時代の長さを示していないから,殊に古代史においてはどうしても西暦を用ひなければ正確な歴史を書くことが出来ないからでもある. ただしここで注意しておきたいのは日本書記の紀元が正確な年代をあらはしていないとしても,日本の歴史がずつと短くなると考へてはならない. 考古学の教へるところによれば,日本列島では西暦前数千年の前から人類の生活が営まれていたのであつて,日本の文化には従来文献だけで考へられていたよりもずつと古く長い伝統の存することを見逃してはならないのである


次に,今まで所謂北朝の天皇には天皇の尊号を附せず何々院と申し上げてきたのを,新教科書では天皇と申し上げることにしたのも注意すべきところである. 所謂北朝の主を天皇と申すべきことは豊統譜令皇室陵墓令の明文の示すところであるにもかかわらず今まで教科書では正しい呼び名が用ひられていなかつた. これも新教科書の一つの特色となつている


新教科書の編纂は極めて短い期間に行はれたから必ずしも完全無欠とはいへないであらうが,少なくとも従来のものよりはいろいろな点で改善されていると思ふ. これを出発点として将来一層国史教育の進歩を期したいといふのが私たちの最も念願するところである

書誌情報

家永三郎集14評論3[歴史教育・教科書裁判]』岩波書店,1998/08/06


(p.5-p.7) 新歴史教科書の特色


家永三郎集〈第14巻〉評論3(歴史教育・教科書裁判)





この記事の右下に次のような記事があるのは,皇室と重臣が国体護持を至上使命としていた,この時期の情勢を特徴付けている[*3]

陛下・けふ御巡業/愛知,岐阜両縣下へ


天皇陛下はけふ21日午前7時30分東京駅発の特別列車で6日間にわたる愛知,岐阜両縣下の民情御視察行脚の旅におのぼりになるが,今回の地方民情御視察は7回目で,去る6月静岡縣下へ御視察以来は議会開會のため延びていたもので4ヶ月ぶりである






*1:当時の朝日新聞は表裏2面,1日1回発行

*2家永三郎「戦後の歴史教育」で註(9)に続く要約箇所

*3:『服部之総著作集7 大日本帝国』「天皇制ファシズムの崩壊過程」1.行幸【権力の危機に際して行幸が演出されたものであることは,明治初年のばあいと全く同じであった】

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