赤旗海賊版

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54/12/27 (Mon)

『中央公論/緊急増刊/松川裁判特別号』73(12)No.846 巻頭言

巻頭言

    志賀直哉


広津和郎君の「松川裁判」は立派な仕事になつた. 末広がりに反響が大きくなつた. 広津君の無私な誠意が人々の胸に通じ出したといふ感じである. 個人の仕事でその主張がこれ程に盛上つたといふ例はこれまでなかつたやうに思ふ. 実に稀有な事である


この運動が変に殺気立たなかつた点もよかつた. 若い被告の人達も広津君を信頼しきつて,広津君のペースを少しも乱す事なく,冷静さを保つている事も気持がいい. そして,広津君は注意深く,この運動を政治に利用されないやうによく守つた. この点も吾々に何か清々しい感じを与へている. 完全とは云へないかも知れないが,兎に角,言論の自由が云はれている此時代であつた事もよかつた. そして此雑誌が広津君をよく理解し,五年もの長い間,商売気を離れて,紙面を割いてくれた事は賞賛に価する


広津君は五年間を通じ,精魂を傾けてこの仕事に当つた. 会へばこの話の出ない事はなかつた. 広津君は老作家とよく書かれているが,少しも老込まず,老込んでなんか居られないではないかといふ意気込みで,実に勤勉に調書を調べていた. 勉強家ではないと自称し,---正にさうだらうと思はれる広津君がよくも五年間調書調べの勉強を続けたものだ. これは誰にでも出来る事ではなく,死刑,或は無期などの宣告を受けた無この被告達に対する広津君の生まれつきの優しい温かい心がそれをさせたのだと私は思つている



【出典】志賀直哉『全集10』岩波書店,1999/09/07 p.64-p.65「松川事件特集号巻頭言」


【初出】中央公論/緊急増刊/松川事件特集号 73(12) No.8x6 (195x/x) x…潰れていて読めない

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54/12/20 (Mon)

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54/12/17 (Fri) 志賀直哉が語る「廣津和郎と松川裁判」

志賀直哉「広津君の仕事」

広津君の仕事


9月に放送した梅原竜三郎との対談の時にも話したが,ああいふ問題といふものは,起つた時には誰でも熱心に書いたり,現地まで行つたりするが,そのうち水爆実験とかビキニとかいふと,またすぐそつちの方へ行つてしまふ. ジャーナリズムが新しい問題から新しい問題へ移るのは仕方がないが,評論家のさういふ態度は浮気だと思ふ. いひ出したからには,それがかたのつくまで責任を持つてやりとげなければいけない. 松川事件の被告にとつても頼りないことだらう


水爆実験も大問題だが,ひとつのことにかじりついてやることも大事だ. 広津君がそれをやつているのは気持のいいことだと思ふ. 中央公論がその広津君の仕事を快く続けて出しているのにも感心している. なかなか人も読まないだらうし,途中から読んでもわかりにくい問題なのだが,それにあれだけの紙面を割いていつまでもやりなさいといふことは商売を離れたことだ


広津君は被告たちが助かつてくれればいいとそればかり考へている. 裁判官などをやつつけたいところもあるらしいが,できるだけそれを避けている. 相手を刺戟して,その為,被告に迷惑がかからないやうに気をつけている. また政治的な問題にのめり込まないやうにも気をつけている[*1]. 政治的な要素が出てくると,政府の反共にひつかかり,公然と弾圧される場合もないとはいへないので,それをおそれている. さういふことで迷惑するのは被告だから,気をつけている. この間我々も一緒にソ連から呼ばれたが,広津君などにソ連を見てきてもらふのはいいと僕は思つたし,広津君にも多少はその気もあつたやうだが,松川事件の方で自分が赤の同調者と思はれると被告が迷惑するといふので断つた. 広津君は自分の立場をちやんと守り,さうすることが被告の迷惑にならないやう,万事に気をつけてやつている.

かういふ問題には,裁判官は自分を専門家だと思つているが,技術的にとらはれて本当の事を見落としている場合もあるのではないか. そんな時に小説家の不自然なことに対する敏感な気持は,案外裁判官の見落としている事がわかるのではないか. 小説を専門とする広津君の考へを裁判官は素直にきいてもらひたい


ゾラのドレフュース事件の真似のやうにとられるのは広津君に気の毒だ. それほど広津君は低級ではない. 広津君は正義のためになどといふふうにとられたくないと思つているやうだ


広津君は気持の温い,公平な人だ. 広津君が徹底的にやつているので,それが近頃漸く少しむくいられて来たやうだ. これをやり遂げれば広津君の立派なひとつの仕事になると思ふ



【出典】志賀直哉『全集9』岩波書店,1999/08/06 p.269-p.270 広津君の仕事


【初出】『毎日新聞』1954/12/17学芸欄

志賀直哉「松川事件と広津君」

松川事件と広津君


僕は松川事件について,事件そのものを完全に知つているわけではないが,とにかく裁判官というものは,すこし暢気[のんき]といへば暢気,ややハンブル(謙虚)でないといふ感じを受ける. たとへば,広津君が石坂長官の書簡を発表したことに対して,当の石坂といふ人が,人権がどうのかうのといつて怒つているさうだが,被告にとつては人権どころではない,死刑になるかどうかといふ問題である. これは人権がどうかういふのとは,全然比重のちがふ問題である. だからこそ広津君もむきになつているわけだ


私信を発表したことを問題にしているけれども,あの書簡は雑書綴ぢの中に出ていたのだから,純粋な私信とはいへないものだと思ふ. それもおそらく鈴木裁判長が進んで出したのではないかとさへ僕には思はれる. つまり専門家の先輩などは,ちやんと自分の判決をこのやうに認めてくれているのだ,といふことを,ひとに見てもらひたい気持があつたのではないか. 鈴木裁判長宛てに来た手紙だから,他人がそれを無断で出したとは考へられない. またうつかりしてまぎれこんだといふやうなことは,かへつてをかしい. そんなはずはない. やはり見てもらひたい気持で出したとしか考へられない. とにかくさうして一度人の目にふれた以上,これはもはや私信といふことのできない性質のものではないか. それを広津君が発表したからといつて,人権をどうのかうのといふのは,厚顔すぎる形式論だ. その後,あの手紙は早速雑書綴ぢじから抜いて,隠してしまつたさうだが……



広津君が松川事件を根気よく追求しているのは,決して正義のためにといふ考へでやつているのではない,と僕は書いたけれども,他の人なら正義を看板にして,いやに肘をはつてやるところを,広津君は,さういふふうにとられることを非常にてれて,ただ,調べてみると興味津々[しんしん]たるものがあるから,といふふうにいつている. もちろんそれは,正義のためにではあるのだけれども……. 要するに,ああいふ裁判では誰しも不安でたまらないといふこと,裁判といふものは,さういふものではないといふ考へでやつているわけだ


万が一にも,無実の罪で死刑にされるといふやうなことは,考へただけでもたまらないことである. 僕ははじめ,あの被告たちの書いたものを読んだとき,むしろそのたまらない気持が出ていなさすぎるのが変だと思つた. ずいぶんやりきれない気持のはずだと思ふのに,わりに冷静なのが不思議に思へたくらいである. しかし,むろん書いた者にしてみれば,必ずしもさうではないと思ふのだが……


広津君は,はなばなしくやつてそれがまた被告の方へはね返って行つたら大変だ,といふことに非常に気をつかつている. ところが左翼の人たちのやつていることは,なんだかをかしい. 先日もある人が手紙でソ連へ行つてこの事実を愬[うつた]へてもらひたい,といふのだがさういふ気はしない. どうもさういふところが,左翼の人たちと僕たちは全然別だ



それから,これは話はちがふが,この間(まだ吉田がやめないうちのことだが)新聞でみると,ある右翼の会があつたとき,どこの代表だつたか忘れたが,吉田内閣を倒せといつて騒いでいるけれども,そんなひまに吉田を抹殺したらいいぢやないか,と演説したさうで,私はその記事を読んで実に不愉快になつた. これは実に卑怯なやつだと思ふ. 若い者を煽動してやらせ,自分は犠牲を払わずにすますといふわけである. 5.15とか2.26などにも,かうした人間がずいぶんいたはずだ. かういふ奴らはどしどしつかまへて,2年でも3年でも入れておいた方がいいのではないか. ある意味の暗殺教唆罪だからだ. しかもかういふ連中が,不断は大した人物のやうな顔をして歩きまはつているのだらう



【出典】志賀直哉『全集9』岩波書店,1999/08/06 p.280-p.281松川事件と広津君


【初出】『中央公論』70(2)1955/02/01

『中央公論/緊急増刊/松川裁判特別号』73(12)No.846 巻頭言

巻頭言

    志賀直哉


広津和郎君の「松川裁判」は立派な仕事になつた. 末広がりに反響が大きくなつた. 広津君の無私な誠意が人々の胸に通じ出したといふ感じである. 個人の仕事でその主張がこれ程に盛上つたといふ例はこれまでなかつたやうに思ふ. 実に稀有な事である


この運動が変に殺気立たなかつた点もよかつた. 若い被告の人達も広津君を信頼しきつて,広津君のペースを少しも乱す事なく,冷静さを保つている事も気持がいい. そして,広津君は注意深く,この運動を政治に利用されないやうによく守つた. この点も吾々に何か清々しい感じを与へている. 完全とは云へないかも知れないが,兎に角,言論の自由が云はれている此時代であつた事もよかつた. そして此雑誌が広津君をよく理解し,五年もの長い間,商売気を離れて,紙面を割いてくれた事は賞賛に価する


広津君は五年間を通じ,精魂を傾けてこの仕事に当つた. 会へばこの話の出ない事はなかつた. 広津君は老作家とよく書かれているが,少しも老込まず,老込んでなんか居られないではないかといふ意気込みで,実に勤勉に調書を調べていた. 勉強家ではないと自称し,---正にさうだらうと思はれる広津君がよくも五年間調書調べの勉強を続けたものだ. これは誰にでも出来る事ではなく,死刑,或は無期などの宣告を受けた無この被告達に対する広津君の生まれつきの優しい温かい心がそれをさせたのだと私は思つている



【出典】志賀直哉『全集10』岩波書店,1999/09/07 p.64-p.65「松川事件特集号巻頭言」


【初出】中央公論/緊急増刊/松川事件 特集号 特別号 73(12) No.8x6 (195x/x) x…潰れていて読めない




*1:「のめり」に傍点強調,下線太字強調とした

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