赤旗海賊版

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58/07/30 (Wed)

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58/07/10 (Thu) 「核武装阻止・民主主義擁護国民運動月間 中間発表」 日本原水協

「核武装阻止・民主主義擁護国民運動月間の現状」1958/07/09 id:dempax:19580709 id:dempax:29580705 から続く

「核武装阻止・民主主義擁護国民運動月間 中間発表」 原水爆禁止日本協議会

「核武装阻止」運動空前の盛上り

核武装阻止・民主主義擁護国民運動月間 中間発表

原水爆禁止日本協議会[*1]

【1】「核武装阻止・民主主義擁護 広島東京1000キロ行進」について

【現況】

「日本の核武装を断固阻止する」という固い決意を込めて 去る6月20日広島の爆心地を出発した一行は 暑さにもめげず既に四府県 21主要都市(500キロ)を通過し本日京都府内に入った


(A) 全行程1000キロの約1/2を既に踏破した


(B) 行進参加者延人員は婦人・青年・学生・労働者・宗教家等老若男女一萬名を突破した


(C) 此の間 各府県知事・各都市市長 市議会等の絶大なる協力と援助をうけた 岡山県玉島市を始め多くの市議会は 単に行進への協力だけでなく「核武装反対」の決議を行い 一行を限りなく激励してくれた


(D) 一行の西本敦氏(33歳) 増本紫雲女史(59歳) 藤田日遷氏(59歳) 龍武一郎氏(50歳) 木島たい(60歳) 下河内馨氏(28歳) 皆元気で増々「核武装阻止・原水爆禁止」の決意を固くしている[*2]


【今後】

(A) 7月12日に京都市を一行は出発するが これに外国代表が 進んでこの行進に参加することを申出ている 京都原水協はこの日全市をあげての大平和行進を計画中である 従ってこの日には最近急速かつ広汎に発展しつつある欧州の平和運動と日本の平和運動が直接手をたつさえて「原水爆禁止と核武装阻止」を訴える一大デモンストレーションが繰り広げられることになる


(B) 7月20日名古屋市に於ける平和行進には北陸地方の代表も合流し 日本西部の代表が此処に結集する この日は全国各地に於いて(県単位で行う)核武装阻止・民主主義擁護の平和行進を行う日でもあるので 第4回世界大会を目前にした平和運動の頂点となるだろう


名古屋より参加希望者(7月10日現在)


Ο 石川県代表 6名


Ο 大阪市立盲学校生徒 2名


Ο 愛知県原水協代表 2名


計 10名


Ο 全逓労組代表 ?


(C) 8月9,10日に鎌倉海岸に於いて「海の平和祭」を行う 丁度この頃1000キロ平和行進の一行が鎌倉を通過するので「海の平和祭」参加者全員がこれを歓迎するように計画を進めている 神奈川原水協は既に 鎌倉市長以下の協力を得て 盛大な集会を計画している


(D) 猶 神奈川以降の平和行進には劇団「民芸」が全面的に協力してくれることになっているので 女優さん等にも平和行進に参加して貰うことにした

【2】全国自転車リレー式平和行進について


1000キロ平和行進と前後して 全国自転車リレーによる平和行進を行う これは 青年諸団体(総評青婦協,国鉄青年部,日本青年団協議会,全国学生総連合,くらしの会,社会党青年部)が実行委員会を作り準備を進めている 原水協もこの一員に加わりこれに参加する


(A) 長崎7月21日出発 東京8月11日着


(B) 青森8月1日出発 東京8月11日着






*1:日付不明 『原水爆禁止運動資料集 第5巻(1958年)』目次では「1958年7月」となっている 「現況」7/9 全国自転車平和行進出発7/12から 7月10日か7月11日 京都へ入った日は新聞記事を追いかければ分かるだろう 朝日新聞記事より7月11日に発表されたと確認出来る

*2:広島出発時点で東京を目指していた倉知和明(国鉄横浜支部)氏の名前がない

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58/07/09 (Wed) 日本原水協「核武装阻止・民主主義擁護国民運動月間」の現況(1)1000

出典

小林徹編/解説『原水爆禁止運動資料集 第5巻 1958年』緑蔭書房,1996/02/29,p.151-p.153


謝辞)千葉市中央図書館の蔵書を利用させて頂きました 御世話になった司書さん・受付の皆様に感謝します


1958年7月9日

「核武装阻止・民主主義擁護国民運動月間」の現況

原水爆禁止日本協議会

【1】1000キロ平和行進[*1]

6月20日広島を出発した1000キロ平和行進は沿道各県原水協の積極的参加と協力を得つつ盛大な発展を示している


[7月]9日現在までに判明した各地の状況は大略次の通りである


【広島県】


広島市(6/20) 150名が行進に参加 スーダン代表ママドウ氏・森滝[市郎]広島原水協理事長[*2]氏もこの行進に参加 呉市へ向かった


呉市(6/21) 市長夫人以下十数名が吉浦まで出迎え 21日には約名が市中行進を行つた 市では宣伝カーを出し 市内に宣伝 市長を始め多数が歓迎に協力した 一行は安浦町・竹原を通過し 23日三原市に到着した


三原市(6/24) 三原では労組中心に約100名が行進に参加し市長も歓迎に出向いた


尾道市(25) 尾道では300名が出迎え共に行進に参加した 地区労・婦人団体・遺族会・被害者団体が積極的に協力した 市では助役以下が出迎え 夜は一行を囲んで懇談会を開いた 尾道-福山間は降雨にも不拘[かかわらず]20名が行進に参加した



【岡山県】[*3]


笹岡市(27) 白銀山病院長 瀬崎正夫氏指揮のもとに歓迎体制をとり 助役以下が出迎えに参加した 参加人員200名


玉島市(28) 市では横断幕を飾り全市が歓迎態勢に入り堀口市長・朝倉議長・原田原水協代表が出迎え200名が参加した


倉敷市(29) 岡山原水協常任理事 大源氏以下歓迎体制を取り 三宅市会議長も参加した 市中行進参加者60名 歓迎大会には200名が参加した


岡山市(30) 岡山市では一行を迎え先ず200名が参加して第一次歓迎大会を開き 午後市中行進には200名が参加した 更に一行は市公会堂に入り名の集会を開き歓迎を受けた 夜市公会堂では「岡山市戦災記念平和祭」が開かれ1200名が参加した 同集会には知事代理が挨拶を寄せ 安井理事長・平野義太郎代表委員の記念講演が行われた


瀬戸市(7/1) 町外れから500名の町民が行進に参加し 到着後 役場2階会議室で土井町長・片山町会議長を始め60名が参加した 一行は三石町を経て(一行には三石町長 三石中学生等150名が参加)


赤穂市(7/3) 赤穂市では兵庫県原水協・山崎赤穂市助役・橋本市会副議長らが県境まで出迎えに出た 市内では赤穂小児童名が市役所前で出迎えた


龍野市(7/4) 衣笠市長を始め労組・婦人会・青年団・龍野高校生約名が姫路市境まで行進した 一行は姫路・加古川を経て 5日 明石市に入った


明石市(7/7) 神戸大学生名が行進に参加 歓迎の集会を開いた(詳[細 欠]不明)


神戸市(7/8) 西神戸まで一行を出迎え 労組(金属・教組)・婦人・被爆者等が歓迎し 行進には約名が参加した 途中一行は永田神社に参拝し「原水爆禁止・核武装阻止」を祈願した 一方神戸では兵庫教組前で集会を開き金井副知事の挨拶をうけ 市庁舎前で市長代理の挨拶をうけた 行進参加者は500名であつた


⇒以下へ続く id:dempax:29580705



■ 「核武装阻止・民主主義擁護国民運動月間」の現況 原水爆禁止日本協議会 1958/7/9


【2】地方自治体の決議状況


【3】7・20平和大行進デー





*1:西本敦師が掲げるプラカードには「キロメートル」が漢字一文字…「米」へんに「千」

*2:森滝市郎 … 1958年当時 広島県原水協事務局長 日本被爆者団体協議会[1956年8月10日 第2回原水爆禁止世界大会2日目 長崎・国際文化会館で結成大会 被爆40年と原水爆禁止運動編集委員会『写真記録 ドキュメント 1945→1985 核兵器のない世界を』原水爆禁止日本協議会,1987/01/30,p.54 写真No.54説明文より](被団協)代表 1964年の原水爆禁止運動「分裂」に際しては日本被団協の統一を守り抜く

*3:【兵庫県】が抜けているが兵庫県は赤穂市からか瀬戸市からなのか調査中なう

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58/07/02 (Wed) ぱっちりした目が 飯島喜美さんのこと … 山本菊代

ぱっちりした目が 飯島喜美さんのこと



    山本菊代



『前衛』(1958年)3月号伊藤憲一氏の「無名戦士の墓に」を読み飯島さんのことを記憶をたどりながら書きます


飯島さんは私が昭和8年[1933年]5月に検挙され, 大井署から上野署にたらい回しされていたとき, 私より後から入ってきたのでした. どこで. どういうところから検挙されるにいたったかについては, 聞いた記憶がありませんが,ただ「彼に売られたかと思った」ということをいっていました. 伊藤同志が検挙されたときのことに一寸ふれていたが, 誤伝ではないかというような気もします. とにかく, おとなしい落ちついた人であったが, どことなし淋しい感じを受けました. だが, たまたまソビエトで山本[山本正美=山本菊代の連合い]を知っているといって, ソビエト時代の話をしてくれましたが(飯島は1930年にプロフィンテルン第5回大会代表として出席, 1931年帰国した)[「(…)」は原文], そういうときにはぱっちりした目がいきいきと輝きだすのでした


また, いわゆる「赤旗事件」(熱海事件後, 共産党中央の再建にあたったのはスパイ大原, 小幡たちで飯島と内海秋夫,山下平次の3人がかれらを信用出来ず独自に『赤旗』を再刊した) 伊藤同志は 飯島さんが除名されたように書いているが, それは誤りで昭和8年[1933年]1月20日, 中央委員会の名で内海の除名と3名の譴責を決定発表し, のちに飯島・山下の両名は譴責を解除し, 飯島君は婦人部長に任命することに決定したと山本[正美]はいっています. 処分ならびに解除(『赤旗』復刻版第3巻[三一書房,1958年]を見ますと1933年1月20日付第114号および3月20日第127号はそれを発表しています)については, 処分は当然で確信をもって, 中央指導部を信頼して処分をうけられたといい, そのとき, いちばんに会いたくなったのは職場の友だちだった, 京モス工場の門前で友だちの出てくるのを待ち, 会ったときの話をし, 私が労働者だったから堪えられたのだろう. もしそうでなかったら没落したかも知れないともいっていました. 天皇制警察のものすごい弾圧下にあった非合法時代に党から処分をうけた精神的打撃と生活の困難は相当のものだったでしょう. 決められた部署[党中央婦人部長]につかないうちに検挙されたことは, 飯島にとってはなんといっても不幸なことで, 淋しい感じをうけたのもそうしたことのためであったのではないでしょうか


上野署では 東京女子大の関口さん[*1], 女子経済専門の大山つね江さん[*2](後に岡部隆司氏[*3]と結婚, 岡部氏は1939年ごろ検挙後発病し, 埼玉県の実家の近くで一人淋しく死亡されました. 『解放のいしずえ』には夫君はでていますがつね江さんはでていません. 解放運動の尊い犠牲者です. 「無名戦士の墓」に納めてあげたいと思います) ,名前は忘れましたが 天草出身の紡績女工さん, 風早夫人の嘉子さん[*4]などといっしょでした. みんな元気で, ことに風早夫人が検挙されたとき酷い拷問をされ, 夜おそく死人のようになって監房へかつぎこまれたときや, 特高が調べだといって呼び出しにきたとき, まだ体がなおっていないから駄目だとみんなで風早夫人をまもったのでした,


それから2年ほど後のある日 栃木刑務所の入浴場で後から入浴にきた新入生といっしょになりました. それが飯島さんだったのです. 飯島さんが「私案外安かったのよ」といい「体に気をつけて」など言葉をかわしたのが最後になろうとは. その後も作業をしていたので病気とは気がつかずにいたのですが, 便器交換を雑役さんがしだしたのできいたら, 病気であること・やっと牛乳が入るようになったことを教えてぐれました. ある日かんかんの音に驚き, 部長を呼び確かめたら亡くなったのだという. 告別を要求したが, 家から行けないから骨を送ってくれと返電があったのでお棺の釘を打ち付けたと拒否し, 告別することさえ許可しなかった


生死を誓った党員が何人かいながら, 目の前にいる同志の病気も知らず, 見舞の言葉ひとつかけてもらえず, だれにもみとられることなく, 淋しく息を引きとった飯島さんを思うと心苦しくなるのです. せめて生前親しかった人や私たちのように獄中で一堂に会して, 歳そこそこの若さで国際舞台で活動し, 党史にも労働運動史にも足跡をのこした飯島喜美さんを語り合うことを提案します



【出典】『アカハタ』No.2625(1958/7/2 4面)





*1:関口さん: 鈴木祐子編『日本女性運動資料集成 第3巻 政治・思想III』治安維持法違反女性起訴者調べ「昭和8年 東京の部 45名」p.473では飯島喜美(23)隣に「関口美代子(26)東京女大中退 党中央機関紙資料配布係, 同盟東京女大細胞大衆団体 処分12.2」とある

*2:大山津禰江と岡部隆司については山岸一章「産業労働の岡部隆司 14歳の少年給仕から」『不屈の青春』p.93 - p.113を参照

*3:岡部隆司: おかべたかし…1911.6.4-1942.7.31 広島県神石郡豊松村豊松(現豊松町)生れ 農家の三男に生まれ1925年(T14)産業労働調査所の給事となり夜間中学に通学しつつ野坂参三,野呂栄太郎,岩田義道らが検挙されていく期間も持続して産労に勤務, 産労の生き字引的存在となり29年頃には『産業労働時報』の編集に参加. 海外との秘密連絡も担当し産労の中心的な活動家となった. 30年3月眼病手術のため仮出獄した野坂参三(31年1月共産党中央委員に選出された)が中央委員会の決定でコミンテルン日本代表として妻野坂龍とともにソ連に赴いた時, 共産党中央との連絡任務を担当した. 31年1月中央が再建されると煽動宣伝部農民部を担当した岩田義道に協力『第二無産者新聞』の編集責任者となったが31年11月検挙された(岩田はこの翌32年10月30日, スパイMこと松村昇の策謀により東京神田の街頭で逮捕され11月3日に拷問により虐殺)岡部は34年5月まで広島刑務所に投獄される. 35年夏上京して木材通信社に就職. 36年7月には小林陽之助が秘密裡に帰国すると連絡をつけコミンテルンの統一戦線方針の普及に尽力した. また岡部は長谷川浩とともに東京Gr.を結成, 春日正一, 山代吉宗らの京浜Gr.とともに党再建につとめ, 東大の学生とも接触, 東大では木村三郎が中央となって38年9月「イニシァティヴ・コミッティ」を結成,経済学部を基礎に活発に活動している. だが40年6月には「イニシアティヴ・コミッティ」及びその周辺の学生59名も検挙され, 党再建Gr.にも検挙の手が伸びる. 岡部は40年7月, 東上線川越市駅前で検挙され42年7月に巣鴨刑務所で獄死した. なお, 彼の妻岡部津禰江(旧姓大山)は彼が検挙された時, 重症の肺結核で妊娠もしており, 42年3月12日29歳で病死している(笠井忠)【参考文献】山岸一章『不屈の青春-ある共産党員の記録』新日本出版社 1969年/高桑末秀『日本学生社会運動史』1955年…『近代日本社会運動史人物大辞典(1)あ〜お』日外アソシエーツ,1997/01/20 p.716

*4:風早嘉子: 風早八十二氏の連れ合い…山本菊代『たたかいに生きて 山本菊代自伝』社会評論社,1992/7/20 参照

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58/07/01 (Tue) 原水爆禁止ニュース No.61(1958/07/01) 3面

原水爆禁止ニュース[*1] No.61(1958/7/1) 3面

核武装阻止の平和行進・200キロを踏破

沿道各地の運動を盛り上げながら 岡山県から2名参加・東京まで


6月20日世界最初の原爆投下地 広島市を出発した「核武装阻止と民主主義を守る」一千キロ平和行進は沿道各地で盛大な歓迎と支援を受けながら一路東京に向って進んでいる 出発してからちょうど1週間目の27日には150キロを踏破して岡山県玉島市に到着 29日には岡山市に入り 同市の戦災記念平和祭に参加のため来岡していた安井理事長・平野義太郎代表委員らを先頭に200名の行進となって市内をねりあるいた


平和行進は核武装阻止と民主主義擁護を宣伝し大衆行動を盛り上げて行くうえでまた各地の核武装宣言・決議を推進し 第4回世界大会の準備活動を具体的組織するうえできわめて大きな成果をあげながら進んでいる 連日度を超える炎天下 一千キロの道程をただ原水爆禁止一すじに訴えながら歩く平和行進のその厳粛な壮挙そのものが人びとを感動させふるいたたせずにはおかぬのであろう


道端で合掌する人も 各地で盛大な歓迎

【平和行進同行記】広島市を出発した西本あつし氏と東京からかけつけ広島県竹原市で合流した竜武一郎氏(抵抗者インター[*2])の一千キロ平和行進の一行は29日 岡山県に入り笠岡市に到着した ここから岡山県代表として増本紫雲女史(59)と先に抗議船乗組に名のりを上げた藤田日是(日本山妙法寺)の2名が参加し東京まで歩きつづける一行は4名[*3]になった 27日午前7時 平和行進は笠岡市役所前を出発 市助役はじめ市労協・婦人会・青年団それに一般市民約300名が盛大に見送る中を玉島市原水協から出迎えに出た宣伝カーを先頭に同市から玉島市まで同行する156名とともに行進は次の目的地玉島市にむかって元気一杯に進んだ


中国地方の夏の太陽は9時をすぎる頃からもうじっとしていても堪らない程にはげしく照りつける この日射しを浴びて行進は進んだ [岡山県]笠岡から加わった一行はその半数以上が女性 その中には和服に下駄ばきのかなり年輩の婦人たちの姿も見られる どう見ても何々行進といった勇しいかっこうのものではない しかしこの人達が炎天下の5里[20km]の道を歩いたのだ 手にプラカードやのぼりをもち 滝のように流れる汗もぬぐわずもくもくと歩き続けるこの行進は たしかにデモや勿論ハイキングとはまったく違った真剣な雰囲気につつまれていた それは一つの信念の行進であり厳粛な行進であった


核武装への決意固く 玉島市・全市あげて平和行進

笠岡-金光-麿船-玉島の道中沿道の歓迎・接待は大変なものであった 部落 部落では沢山の人たちが沿道で出迎えた「御苦労さん 御苦労さん」と水やジュースをさげて慰らう人たち その中に一人の老婆が行進によりそいながら「大変だったでしょう 頑張って下さい」と歩く人びとの汗をふいてやっている姿が行進する人たちを感激させた 田植の手を休めて一生懸命手拭をふるお百姓さんたち また道端で合掌する年輩の人や帽子をぬぎ頭を下げて行進を迎える人たち 行進は文字通り平和への願いに人々の心をむすびつけ ふるいたたせながら進んだ


一人の老婆がそのお孫さんたちである二人の小さい子供に行進を指さしながら「ようく見ておけよ あの人たちは一番つらい一番だいじなことをやっているんだぞ ようく見ておけよ」とくりかえしくりかえし言っている言葉が胸に深く響いてくる


玉島市にさしかかる麿船で玉島市の各団体から出迎えに出ていた一団の人々が行進に加わっていた 行進が玉島市に近づくにしたがってプラカードや旗・のぼりをかかげた人が加わって行進はふくれて行った 玉島市議会からも議員13名が迎えに出て合流 市内にさしかかるころにはすでに100名を突破するまでになった


市中には歓迎の横幕が張りめぐらされ道路の両わきは歓迎の人垣でうめられた 沿道の小学校も授業を一時中止して歓迎 市中は平和行進で湧きたった この中を市中行進に入るや行進はどんどんふくれ上がり最終点の市役所広場に到着する頃には300名ほどがあとについていた 市役所では3階建ての庁舎から五色のテープが投げられ市助役・市会議長に迎えられた


行進は市役所広場できせずして平和の市民大会となり核非武装と民主主義擁護をめざして運動をさらに推し進め世界大会を成功させるために全力を上げて努力することを宣言した


この日の玉島市はメーデー以来の湧きかただといわれ「大人も子供も 男も女も 一時間でも一歩でも」のスローガンをそのまま実現したものであった


[写真]沿道の歓迎を受けて進む行進


[写真]横幕[道路上に張られた「原水爆禁止 核武装阻止 1000キロ 平和行進」の横断幕]をくぐって玉島市に入る


[写真]岡山県から東京にむかって歩いている4名の代表 右から西本,藤田,増本,竜の4氏


[写真]平和行進をむかえて開かれた岡山市戦災記念平和祭


[地図]7月11日[大阪]までの分(広島から岡山までの黒線はすでに行進した)


[四角枠の中に]平和行進の出発予定日


7月1日 赤磐郡瀬戸市 出発


7月2日【岡山県】和気郡三石町 出発


7月3日【兵庫県】赤穂市 出発


7月4日 竜野市 出発


7月5日 姫路市 出発


7月6日 加古川市 出発


7月7日 明石市 出発


7月8日 神戸市 出発


7月9日 西宮市 出発


7月10日【大阪府】大阪市 出発


7月11日 高槻市 出発

出典

小林徹編集・解説『原水爆禁止運動資料集 第5巻[1958年]』緑蔭書房,1996/02/29 p.147


初出


原水爆禁止日本協議会「原水爆禁止ニュース」No.61(1958/7/1) 3面

関連拙クロニクル


http://d.hatena.ne.jp/dempax/19580623






*1:原水爆禁止ニュース … 当時の原水爆禁止日本協議会機関紙 毎月1,15日の2回発行 編集長は黒田秀俊

*2:「第4回原水禁世界大会議事速報第1日目」掲載の「一千キロ平和行進・西本氏あいさつ」id:dempax:19580812 では「抗戦インター」とある 戦争抵抗者インター WRI

*3:広島市出発時点で東京を目指していた倉知和明(国鉄横浜支部)氏の名がない 事情は不明 前註「1000キロ平和行進・西本あつし氏あいさつ」で東京まであるきとおした13人[西本あつし氏を除く]に藤田日是氏の名はない

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