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71/06/30 (Wed) 中村政則「現代民主主義と歴史学」(抄) 1/2

歴史学研究会/日本史研究会編『講座日本史10 現代歴史学の展望』東京大学出版会,1971/06/30 p.38-p.45



現代民主主義と歴史学

抵抗権思想を中核とする思想史研究



中村政則




第五の系列は,いわば抵抗権思想を中核に,わが国における民主主義的伝統を一個の思想主体を通して発見し,かつそれを現代に再生させようと試みる研究である. この系列の研究を,「人民闘争史」の枠の中に入れることはいささか的外れであると批判されるかも知れないが,歴史研究と現代民主主義評価との内的関連を確定する視点から,60年代歴史学の軌跡をたどることを目的とする小論の立場からするとこの研究系列を考察外におくことはとうてい許されないと考える


そこで,以下には家永三郎の思想史研究,とくに『植木枝盛研究』(1960年)と『美濃部達吉の思想史的研究』(1964年)の二著にしぼって,いくつかの論点を提出することにしたい


まず家永はこの二著を書くことによって何を主張しようとしているのだろうか. それはほかでもなく,わが国におけるブルジョア民主主義伝統を発掘し,現代に再生させること,換言すれば,一個の思想主体に体現されているところのブルジョア民主主義思想の精髄を守り発展させることはなお現代的意義を失っていないのだ,ということを主張することにあったと思われる. では,家永のいうブルジョア民主主義思想の精髄とは何か. 私はそれを国家権力の濫用に対する抵抗の精神とおきかえたい. いいかえれば,日本国憲法の基本精神である人権の保障・主権在民・戦争放棄を至上の価値と認め,これを犯そうとする権力ないし勢力に対してはあくまでも抵抗の姿勢をゆるめず,人権の確立にむかって不断の努力をつづけること,ここにこそ現代における最も重要な実践的課題のあることを,力説してやまないのが,家永思想史のライト・モチーフにほかならないと考える


家永が膨大な史料の発掘・分析を通じて定立した植木枝盛像は,人民主権説と抵抗権・革命権思想を中核として政治的自由獲得のために奮闘した革命的民主主義者のイメージであり,また封建的家族道徳を批判して,男女の平等,性の解放を大胆に主張するところのブルジョア的民権論者のイメージにほかならなかった. すなわち,家永は従来の学界の枝盛評価--彼の合法主義的・改良主義的限界の指摘にもかかわらず,それをつぐなってあまりある革命的民主主義的側面を強調することによって,枝盛の思想の現代への復権要求を情熱をこめて主張するのであった. かくして,家永の植木研究の最大の主眼点は,枝盛の私擬憲法が日本国憲法とその着想においてほとんど一致していること,否,部分的には現行憲法よりもさらに民主主義的方向に傾斜していることを明かにしつつ,われわれの継承すべき途は,明治憲法と鋭く対立するところの,この植木憲法草案と日本国憲法とをむすぶ線上にあることを指示することにあったと思われる


この発想は美濃部達吉研究においてもつらぬかれている. 家永は美濃部法学をたんにブルジョア政党のイデオロギーとして退ける短絡的評価に反対し,むしろ美濃部が明治憲法を最大限に立憲主義的に解釈する道を打開した積極的意義をこそ注視すべきであるという. 家永にとっての問題は,美濃部法学が幾多の思想的限界をもっていたとはいえ,それにもかかわらず美濃部が治安維持法に反対し,ファシズムの激流に抗して,これに堂々と批判を浴びせることのできた思想的強靭さは何に由来しているのかをさぐりあてることにあった. なぜなら,あの暗黒時代の圧制に対して最後まで抵抗の姿勢を崩さなかった美濃部の「民主主義的」「自由主義的」精神の根源をつきとめることによって,そこになお現代に継承すべき思想的遺産があるとするなら,それの現代への再生こそはいまなおわれわれにとっても切実な実践的課題としての意義を失っていないと考えるからである. かくして,家永は美濃部法学を多面的角度から検討した結果,美濃部の法学思想の「本領中の本領と認められるものは…『国家権力の濫用』に対する抵抗の精神」にほかならなかったと結論する. そしてこの「抵抗の精神」の基礎には,時代の大勢=歴史の発展方向についての鋭敏な直感的洞察力がつねに働いており,この「歴史的方向感覚」にささえられて,美濃部は時代に逆行する動きを,国家権力の濫用という観点から批判するという彼の法学思想の核心を形成することができたとするのである. 家永が美濃部法学の思想史的考察から現代に継承・発展させようとしたものは「国家権力の濫用の阻止」というこの一点にほかならない. そしてこの「権力の濫用」への闘いは,国家権力の存続するかぎり,永くその生命を失ってしまうことのない貴重な精神的遺産なのであって,それは社会主義的権力の下にあっても消えることのない課題であるとする. まして現代の日本において,新しい形のファシズムと明治憲法への郷愁という新旧二つの力によって,戦後民主主義が再び破壊されようとしている状況であってみれば,この「権力の濫用」への闘いに生涯をかけた美濃部の思想活動は,いまなおわれわれに貴重な歴史的教訓を示唆しつづけているといわなければならないというのである


以上に明らかなように,家永の問題意識は首尾一貫している. すなわち,日本国憲法の最も大切な思想=基本精神は人権の保障,主権在民,戦争放棄の,この三つに集約されているとし,これを犯そうとする権力ないし勢力に対しては不断の抗議の姿勢をゆるめまいとする抵抗権思想が中核にすえられているといえよう. このように書けば,人はあるいはいうかも知れない. それだけのことなら,要するに日本国憲法を死守せよというだけのことであって,決して突飛な主張でもなんでもないと. むしろ問題なのは,ブルジョア民主主義の形骸化が白日の下に曝されている今日においては,その先をどう突破すべきなのかが問われているのだ,と. 私もその主張の一面の正さを率直に認めたいと思う. たしかに現代民主主義の構造は,のちにも述べるようにブルジョア民主主義の精髄を守り,発展させるという観点だけでは解決できない問題をふくんでいる. そしてそのことが家永の植木・美濃部評価の甘さに連なっていることは部分的にせよ,すでに指摘されているとおりである(書評遠山茂樹『歴史評論』No.127 犬丸義一 同誌 No.173 参照)


だが,家永の問題意識のユニークさは単純に日本国憲法の基本精神を守れと主張しているのではないということである. ブルジョア民主主義の徹底的遂行を観念的に叫ぶのではなく,まさに支配の手段としての法を逆手にとって,逆に権力者を裁く道具に転化しようとするぎりぎりの合法精神あるいは強烈な法意識が,家永の思想の基底に脈打っていることに注意しなければならない. 家永はしばしば「正義」という言葉を使い,また「歴史を力対力の関係としてとらえる思考様式」よりも「正義の観点から物事を見る思考様式」を大切にしたいという意味のことを述べている(「『関特演』の違法性」『歴史学研究』No.317[*1]). このことは,何を意味しているのだろうか. おそらくつぎの点と関係していると思われる.「歴史を力対力の関係としてとらえる思考様式」(卑俗な階級闘争史観はそうだが…中村)は,往々にして法に対する軽視乃至無関心の態度につらなりやすい. たとえば「いまはブルジョア社会だから,裁判所は,権力の走狗である,そんなところで争うのは愚である. 裁判官は支配階級の手先だから,そんなものに公正な判決を求めることが,そもそもナンセンスだ」(家永『歴史家のみた憲法・教育問題』)というように. これが現代のマルクス主義者への一般的批評だとすれば疑問だが,ひるがえってマルクス主義の立場に立つ研究者が,人民の革命的高揚の時期にはつよい関心を示しながらも,その人民闘争史の研究の中に法をめぐってのつばぜり合いの闘いを歴史を前進させる重要な闘いとしてきちんと位置付ける努力をしてきたかといえば,たしかに不十分であったといわざるをえない. たとえば,戦前=明治-昭和初期の労働運動・農民運動においても,実力行使による激突のほかに,よしそれが無残な敗北に終わったにせよ,法廷闘争に持ち込んだ粘り強い労働者・農民あるいは小市民の闘いはあったはずである. そこにおいて彼らおよび弁護士はどういう論拠によって自己の正当性を主張したのか,その過程で彼らはいかに権力の仕組みや社会のからくりを認識し,自己変革を遂げていったのか(あるいは逆になぜそれが出来なかったのか)等のことを明かにする作業はほとんど進んでいないといってよい. また,家永の指摘するように,あの15年戦争の法的評価を日本人自身の自発的・主体的責任において積極的に行おうとする発想が,今日までほとんどまったく生じていないことも事実である[*2] ユーゴ人,ドイツ人は自らの手で戦犯裁判を行った. だが日本国民はかつての戦争犯罪人を首相に頂くという屈辱的な歴史を戦後に経験している. それを許した日本国民の歴史意識・法意識には何か大切なものが欠けてはいないか. 家永が「正義の観点」を重視するのは右のことと関係しており,また日本の歴史学がそのように国民の歴史意識の形成に寄与できないのだとしたら,そこには歴史学の弱さがあるのではないか. 家永の問題意識にはおそらくこのような主張がふくまれている. 換言すれば,ブルジョア民主主義の精髄を継承し,発展させたいと願う家永の問題意識は,同時に歴史に対する認識方法および歴史的現実に働きかける方法そのものと固く結びつけられており,それ故にこそ,家永は単なる護憲論者としてではなく,日本国憲法のラディカルな解読者→実践者としての地平に自己を位置付けることができているのだと思う




続き→id:dempax:19710629

*1:「『関特演』の違法性」→『家永三郎著作集14』p.194-p.206

*2:このあたり二点「人民闘争史の研究の中に法をめぐってのつばぜり合いの闘いを歴史を前進させる重要な闘いとしてきちんと位置付ける努力をしてきたか」「15年戦争の法的評価を日本人自身の自発的・主体的責任において積極的に行おうとする発想[の欠如]」は家永からの批判への応答ですね

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71/06/29 (Tue) 中村政則「現代民主主義と歴史学」(抄) 2/End

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[p.43]


ところで,家永のこうした姿勢を支える精神的拠点は何なのだろうか. これは先ほどの「正義の観点」ともかかわっている. 家永はかつて,法解釈の「客観的基準として,それが歴史的進歩の方向に向っているか,逆行の方向に向っているか」を重視したい旨を述べたことがある. では,何を基準にして進歩か逆行かを判定しようというのだろうか. 家永はその点につき,明示的には述べていないが,限定付き[「限定付き」に傍点強調]にせよ,ベンタム流の「最大多数の最大幸福」を具体的な価値基準とすることに賛意を表している. 別言すれば,「『自由』に向っての全人類的前進」を希求する立場こそ「正義の観点」にほかならない(この点に関し『美濃部達吉の思想』159〜164頁). そしてこの観点はさらに家永の戦争体験と戦後体験とによって強く裏打ちされているという関係になっているのではないか. とくに注目されるのは,家永が新憲法の実質的意義を完全に理解できるようになったのは,憲法改正が公然と論議されるようになった1950〜1951年頃,すなわち朝鮮戦争と逆コースの時代であったことを記している点である. すなわち,家永が,主権在民・戦争放棄・人権確立の三点にこそ日本国憲法の基本精神があるのだということを体得するにいたったのは,50年代の「平和と民主主義」の闘いの中であったことが判明するのであって,このことは家永の「正義」の観念がいかなる歴史的条件の下に,何を基準にして形成されたかを,そのまま暗示していると考えられるのである. そして,このような切実な体験をふまえているが故に,家永は,美濃部の「民主主義」の思想的限界を次の四点 --明治憲法の解釈学であることから来る制約,天皇制への忠誠,国家への過大の信頼,帝国主義の是認 -- にわたって指摘することができたのであった. これを裏返せば,日本国憲法,共和制,抵抗権,国際連帯の思想が,家永の思想的立脚点となっているとも考えられ,また,そうであるからこそ60年代初頭の家永の思想史研究がいまなお鮮烈な生命力を保持しているのである. 勿論,このようにいったからといって家永の方法に批判がないわけではない. とくに問題となるのは,現代の国家独占資本主義の下における民主主義の構造が,かっての産業資本主義段階の民主主義の構造(=市民的自由)とまったく異なった相貌を帯びていることを,ほとんど原理的につめようとしていない点である. また,現実の社会主義国家において権力と個人の対立があることを理由に,資本主義下の国家対人民の関係と社会主義下の国家対人民の関係における問題性を,人権擁護の視点を前面に押し出すことによって,ほとんど同一視するかのような発想は,何とかしてブルジョア民主主義の限界を突破しようとする志向を逆に弛緩させてしまうことになるのではないか. その点を私は危惧する. だが,そのことを前提にしたうえで,最後に次の点は指摘しておかねばならないだろう


最近の日本近代思想史研究の方向は,どちらかというと頂点的思想家の研究よりは,むしろ民衆思想の研究にむかって大きく動きつつあるかに見える. そのため,家永の植木枝盛美濃部達吉研究のような頂点的思想家の研究に対する興味・関心はしだいに薄れつつあるのではないか. しかもそのような傾向が近代主義の限界を強調するあまり,それがついには反近代主義あるいはニヒリズムアナーキズムへの思想潮流へとつらなっていく契機を内包しているのだとしたら,私はむしろ家永的な頂点的思想家の研究の健全さを選びたいと思う. 現代のわれわれは,それほど簡単に「近代の超克」を叫べるほどには,近代市民精神をわがものとはしていないのである

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71/06/28 (Mon) 中村政則「現代民主主義と歴史学」(抄) 2/End

最近の日本近代思想史研究の方向は,どちらかというと頂点的思想家の研究よりは,むしろ民衆思想の研究にむかって大きく動きつつあるかに見える. そのため,家永の植木枝盛美濃部達吉研究のような頂点的思想家の研究に対する興味・関心はしだいに薄れつつあるのではないか. しかもそのような傾向が近代主義の限界を強調するあまり,それがついには反近代主義あるいはニヒリズムアナーキズムへの思想潮流へとつらなっていく契機を内包しているのだとしたら,私はむしろ家永的な頂点的思想家の研究の健全さを選びたいと思う. 現代のわれわれは,それほど簡単に「近代の超克」を叫べるほどには,近代市民精神をわがものとはしていないのである

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