赤旗海賊版

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07/05/30 (Wed) 米軍≪新資料≫『心理戦尋問報告第二号』ほかに関連して

[][]1992年当時の新聞を読んでみる


目次[順次 追記してゆく予定です*1/関連記事 http://d.hatena.ne.jp/dempax/20070512 ]

  • 毎日新聞 1992/01/27 朝刊(26面) 慰安婦の旧日本軍関与,米にも資料
  • 朝日新聞 1992/01/31 朝刊(30面)ビルマ戦線/旧軍関与 米側に証言/米軍尋問報告書/旧日本兵が行列 休みなしに相手/雇用主に軍書簡 通行などに便宜
  • 朝日新聞 1992/02/05 朝刊(30面) 慰安婦問題/旧日本軍が「管理規則」/米軍作成報告書に全文



毎日新聞 1992/01/27 朝刊(26面 社会 事件 ひと 話題)

    [見出3行分*1段]慰安婦の旧日本軍関与,米にも資料


[本文]【ワシントン26日共同】第二次大戦中,日本殖民地下の朝鮮からビルマ(現ミャンマー)の戦線に送り込まれた朝鮮人従軍慰安婦に旧日本軍が深くかかわっていたことを示す記録が,米側資料で26日明らかになった.


この資料は,米メリーランド州スートランドにあるワシントン記録センター(国立公文書館付属)の「米軍尋問報告書」二通. 朝鮮人従軍慰安婦20人の供述などを基に作成された. 報告書によると,当時のビルマに送られた朝鮮人慰安婦は1942年8月の輸送船だけで703人. このうち捕虜となった20人は日本人が経営する慰安所で,週七日間働かされ続けた.


【出典:毎日新聞縮刷版1992年1月】

朝日新聞 1992/01/31 朝刊(30面 第2社会)朝刊(30面)

    [見出28行分*1段]ビルマ戦線/旧軍関与 米側に証言/米軍尋問報告書


第二次大戦中,日本植民地下の朝鮮からビルマ(現在のミャンマー)の戦線に送り込まれた朝鮮人従軍慰安婦の募集から現地での管理まで旧日本軍が深くかかわっていたことを示す生々しい記録が,従軍慰安婦捕虜の証言をまとめた米側資料で26日明らかになった.(ワシントン=共同)


    [見出6行分*3段]旧日本兵が行列 休みなしに相手/雇用主に軍書簡 通行などに便宜


米側資料には,朝鮮人慰安婦20人の氏名,年齢,住所も記載されている.


この資料は,米メリーランド州スートランドにあるワシントン記録センター(国立公文書館付属)の「米軍尋問報告書」二通.


報告書は,1944年8月,ビルマ戦線に送り込まれ,旧日本軍とともに逃避行中に米軍捕虜となった朝鮮人従軍慰安婦20人の供述などを基に作成された.


報告書によると,当時のビルマに送り込まれた朝鮮人慰安婦は42年8月だけで703人.


このうち捕虜となった20人は当時,19歳から31歳. 42年8月,雇い主の日本人夫妻と日本植民地下の朝鮮からラングーン(現ヤングン)に到着. 翌年1月に北部の町ミッチナに移り,この経営者が経営する慰安所で,行列する旧日本兵を相手に週七日間休みなく働かされ続けた.


一緒に捕虜になった慰安所経営者は尋問に対し,ソウルにあった日本陸軍の朝鮮軍総監部から持ち掛けられて,一人当たり当時の金で300円から1000円の前渡し金で,22人の女性を雇ったと供述した. その際,総監部から全陸軍司令部あての書簡を手渡され,その中で輸送から医療まで一行の便宜を図るよう指示していたという.


朝鮮人慰安婦の供述によると,現地では,部隊別の慰安所利用日から軍医による慰安婦の性病検診まですべて軍が決定した.

【出典:朝日新聞縮刷版1992/1月p.1418】


讀賣新聞 1992/02/05 朝刊(1面)

主なニュース[中略]「慰安婦問題」で新資料(社会面)[以下略]

讀賣新聞 1992/02/05 朝刊(31面 社会)

    [見出 12行分*4段]従軍慰安婦問題 日本軍関与の新資料「管理規則」米国で発見 責任将校の許可で少女も


[本文]【ワシントン4日=共同】第二次世界大戦中,旧日本軍の最高指導部による従軍慰安所設置の指示を受け,マニラの前線部隊がどのように慰安所や慰安婦を運営,管理していたかを具体的に示す管理規則の全文が,米軍作成の調査報告書「日本軍の慰安政策」の中にあることが4日,明らかになった.


現地部隊作成の詳細な管理規則が残っていたことにより,上層部から現地部隊まで旧日本軍が一体となって慰安所に深く関与していたことがはっきりした.


報告書は,米カンザス大学のグラント・グッドマン名誉教授が保管していた.


報告書によると,管理規則はマニラ方面通信隊のオオニシ(音訳)中佐が43年2月に出したもので,「マニラの公認飲食店と慰安所規則」と題する小冊子になっていた.


一般規則,営業活動など六章から成り,営業活動の認可や営業活動の認可や営業場所の指定,日報と月報の提出,慰安婦,従業員の休日届まで通信隊の責任将校が担当すると明記されている.


規則にはこのほか,慰安婦の売上の半分は経営者が徴収することや,軍医による慰安婦の定期検診も盛り込まれている.


さらに,高級将校用の特別クラブの設置も規則で決め,そこでは責任将校の許可があれば少女も慰安婦として雇うことができた.


報告書はこのほかタクロバン,ブラウエン(いずれもフィリピン),ラバウル(パプアニューギニア),スマトラ(インドネシア),上海の従軍慰安所の実態も捕虜などの証言で紹介. 慰安婦の多くは朝鮮人と日本人だが,中国人やスマトラ女性なども含まれている.


報告書付表には,在マニラの慰安所に関する警察の検診報告(44年2月)もあり,経営者は利益ばかりを追求,慰安婦の福利厚生には関心を払わないと指摘している. この報告によると,市内20か所の慰安所で計1183人の慰安婦が働き,うち69人が病気と診断されている.


【出典:讀賣新聞縮刷版1992年2月】


毎日新聞 1992/02/05 (3面 総合 ニュースの焦点)

    [見出 6行分*3段]旧日本軍による「慰安所」管理/米軍新資料も裏付け


[本文]【ワシントン4日共同】第二次世界大戦中,旧日本軍の最高指導部による従軍慰安所設置の指示を受け,マニラの前線部隊がどのように慰安所や慰安婦を運営,管理していたかを具体的に示す管理規則の全文が,米軍作成の調査報告書「日本軍の慰安政策」の中にあることが4日,明らかになった. 旧日本軍が上層部から現地部隊まで一体となって関与していた記録が出て,朝鮮人慰安婦をめぐる日韓両国の補償問題の行方にも大きな影響を与えそうだ.


報告書は,米カンザス大学のグラント・グッドマン名誉教授が保管していた. 教授は終戦の1945年から一年間,占領軍の語学将校として日本に滞在,報告書の作成に携わった. 45年11月にまとめられた36ページの報告書のうち,慰安所については付表も含め29ページが割かれている.


報告書によると,管理規則はマニラ方面通信隊のオオニシ(音訳)中佐が43年2月に出したもので,「マニラの公認飲食店と慰安所規則」と題する小冊子.


一般規則,営業活動など六章から成り,営業活動の認可や営業活動の認可や営業場所の指定,日報と月報の提出,慰安婦,従業員の休日届まで通信隊の責任将校が担当すると明記されている.


規則にはこのほか,慰安婦の売上の半分は経営者が徴収することや,衛生面では軍医による慰安婦の定期検診も盛り込まれている. さらに,高級将校用の特別クラブの設置も規則で決め,そこでは責任将校の許可があれば少女も慰安婦として雇うことができた. 報告書はこのほかタクロバン,ブラウエン(いずれもフィリピン),ラバウル(パプアニューギニア),スマトラ(インドネシア),上海の従軍慰安所の実態も捕虜などの証言で紹介している. 慰安婦の多くは朝鮮人と日本人だが,中国人やスマトラ女性なども含まれている.


【出典:毎日新聞縮刷版1992年2月】


讀賣と毎日の縮刷版1992年1月と2月を眺めたかぎりでは,他にもいろいろ新資料がみつかり一面トップ記事もあるに対して,米軍新資料についてはいずれも小さな扱いという印象. 記事が≪旧日本軍≫という言葉を使っているのも昨今の産経新聞記事に比べ,印象深いものあり.*2


id:pr3 2007/05/29 ■[watch][komorin][iza]古森義久氏, 勘違いする. より抜書き

奴隷であるかどうかの定義は, 1.強制的にあるいは詐欺的に連れてこられたか 2.労働を強制され休んだり辞めたりする権利はあったのか といったあたりによります. 奴隷, すなわち財産として扱われる人間を保護するのは使役者の判断ですが, これは奴隷扱いしているかどうかとは関係ありません. 財産を保護するのは当たり前だからです. 非難されている内容を理解せずに, あるいは曲解して反論するから, こういうおかしな発言になるんでしょうね.

同じくコメント欄より

Stiffmuscle 『sexual slavery の定義は, 「マクドガル報告」にありますね. それから, ラバウルの件ですが, 連合軍の大規模な攻撃があり, ラバウルあたりの海域は連合軍が制圧してたので, 避難させる時期が遅かったことは言えます. ラバウルなどの慰安婦の実態はあまりよく知られていない部分もあり, 古森さんは, そこらへんも承知の上でブログの記事を作ってるかもしれません. 』 (2007/05/29 23:34)

[pr3] 一般的には, たとえば日曜を休日にするなどの仕組みがあるとしても, 働かされる本人の任意で(疲れたから, などの理由で)休めるかどうかが, 強制かどうかのポイントになっていると思います. これはわたしが祖父から聞いた話ですが, 戦前は内地の工場でも日曜はなく, 月に1回か2回しか休めなかったものだそうです. 公式には土曜半休・日曜全休というルールはあったはずですが, そういう時代だったことも踏まえておく必要があるかもしれません. (2007/05/30 07:05)

=2007/05/31追記=

松岡農水相自殺::事象の地平線 2007/05/28 http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=5352#comments

早速,石原慎太郎都知事が,「死をもって償ったという意味では,彼も侍だった」といったようなコメントをしているようですね. 大変そら恐ろしい気持ちにさせられました. 今回は,死によって,多大な混乱と迷惑を撒き散らして自分だけ逃げた──という状況になってきているように,素人目には見えるのですけど……. 「償った」という感覚なのか……. 【コメント欄:at 2007/05/28 22:18:39】

[中略]

作家や文学青年がこういう情緒的なことを言うのなら、それはそれで仕方がないのですが、都知事という公職にある人の言うことではないでしょう。 publicという概念をまともに持っていないということをさらけ出しているわけで。恐ろしいというよりも、無知、恥といったところではないかと。【コメント欄:at 2007/05/29 12:54:05】

[中略]

ニセ科学の論争で、仮説を否定しているに過ぎないのに、自分の全人格を否定されたかのごとくムキになる人というのは、たくさんいますよね(自分もあまり人の事は言えませんけど(苦笑))。【コメント欄:at 2007/05/28 22:18:39】

虚構の皇国blog 2007/05/29 松岡利勝の「日本国万歳」! id:tadanorih:20070529

ナントカ還元水の人は,身辺に迫った緑資源機構事件追及の手を逃れ「生きて虜囚の辱を」受けないために死を選んだのだろうが,死んで何らかの「責任がとれる」と思ったら大間違いだ. そもそも遺書の末尾に「日本国万歳」と書く国士気取りと,事務所の水光熱費をちょろまかす糞セコさのギャップは,国民的嘲笑に値する.



=2007/06/01追記=

≪仮説を否定しているに過ぎないのに,自分の全人格を否定されたかのごとくムキになる人≫については,id:dempax:20060112#p1 (d)の反対 で指摘したことがあるが, 逆に言えば (d)相手の部分的間違いを見つけると相手のすべては間違い!!であることにしてしまう(ex.渡部昇一御愛用)型. 解決不能 2007/05/29 無能な善人より有能な悪人 から抜書き

しかしそれでも彼の醜聞を取り上げる際には,たった一言でも「彼の実績」について触れて欲しいと私は思うのです. このままでは彼はただの「悪人」で評価が決定してしまうでしょう. それが私には惜しい.

個人的な評価ですが,彼は「悪人」ではあっても政治家としては「有能」であった.

【出典:解決不能 2007/05/29 無能な善人より有能な悪人 http://d.hatena.ne.jp/hagakurekakugo/20070529

島根県選出青木参議院議員に飛び火して*3,小学校4年から中学3年まで松江に住んでいたあたしは田部長右衛門を思い出す. 戦後農地改革がもっと徹底していたら, 住宅問題なんかもさぞすっきりしてたことであろう. と,≪玉葱を載せたその皿一枚を足元に置けば,ワンルームの台所兼廊下という一畳に満たないスペースが,通行不可能になる[笙野頼子「なにもしてない」『三冠小説集』河出文庫し4-4 p.178]≫冷蔵庫をおいた日には封鎖状態の部屋[\6.5万/月]で考え込んでしまうのであった. *4

 

*1:朝日記事は複写済み,赤旗,産経は次の休みの日に調査

*2:≪旧日本軍≫と≪日本軍隊≫がどう違うかわからないが,さんけいなひとたちに≪自分と日本軍≫の一体感の高揚が感じられるという点で

*3:06/01 8:30現在ぐぐると東京新聞しか載っていない??

*4:…冷蔵庫欲しいんだけど置く場所が風呂の中くらいしかない. 本を捨てろ!!!!!と押掛け[時々]同居人は言う. 他人様から見ればゴミの海に溺れてるとしか…………

07/05/28 (Mon) 明治おんたこ公娼制度

[][]市川房枝 娼妓取締規則解説

内務省警保局>その他>種村氏警察参考資料第3集

公娼制度に関する件(アジア歴史資料センタref.code:A05020103300) DjVuファイル 6/23から9/23に娼妓取締規則 http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/MetaOutServlet?GRP_ID=G0000101&DB_ID=G0000101EXTERNAL&IS_STYLE=default&IS_TYPE=meta&XSLT_NAME=MetaTop.xsl

blog*色即是空 2007/05/25 "公娼制度は合法だったから「慰安婦」制度も違法ではないという嘘"に娼妓取締規則テキストと簡単な解説あり http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20070525/p1



娼妓取締規則が,対外的には日本が人身売買の無い近代国家であることのアリバイ作りであると同時に,国内的には警察管理の国家売買春制度=業者と警察,政治家の癒着した利権=の継続であったことは忘れない方がよいだろう.



以下『日本婦人問題資料集成第1巻=人権』市川房枝解説"第2編 買春問題 第4部 公娼制度確立への過程とキリスト者の抵抗運動"からの抜書き

思わぬペルー側からの反撃(引用者注:資料4-3マリヤ・ルーズ号事件[1872年])に,明治政府は1872年(明治5年)10月,有名な娼妓解放令(4-4,4-5)を布告する. 俗に牛馬切りほどきといわれたが,津田実道の建白書に出てくる「牛馬」と同じ語が使われているのは偶然の一致か,または影響なのか. 太政官達は人身売買の禁止・年期奉公の制限をしており,司法省達では前借金無効を通達している. この二つの布告が完全に実施されれば日本は1872年で公娼制度廃止の"名誉"をかちえたのだが現実はそれにそむいた. 同年10月の太政官達以降,東京府ではたてつづけに通達(4-6)が出るのは,さすが徳川幕府の高官であった大久保一翁知事の手腕かと思うが,抜け道があり,「今後当人ノ望ミニヨリ」での渡世は認められ,「本人真意ヨリ出願」に相違ないことを区戸長が調べたら,本人は出頭せずともよいことになった. 本人の自由意志で客に接するのはかまわず,業者は遊郭の施設を貸座敷として自由営業者-娼妓に使わせることは認められる. 娼妓規則(4-8)によれば,娼妓は自宅より通勤することも自由であるが,後年の規則(4-28)では「娼妓ハ貸座敷内に寄寓スヘシ」「外出ヲ為ストキハ貸座敷主ヲ経テ取締ノ承認ヲ得常人ノ服装ヲナシ貸座敷ノ付添人ト同伴スヘシ」となり,娼妓は厳しく取締られ,貸座敷業は所轄警察署に届出の義務さえ果たせば営業は守られ,まさに公娼制度が確立されてくる. せっかくの娼妓解放令は一年後の東京府令第145号(4-8)で水泡に帰したのである. 【『日本婦人問題資料集成第1巻=人権』p.39-40】

引用者注

4-4:太政官達第295号(娼妓解放令) 1872/10/02

4-5:司法省達第22号 1872/10/09

4-6:人身売買厳禁に関する東京府令 1872/10/04-10/10

4-8:東京府令達第145号(貸座敷渡世・娼妓・芸妓規則) 1873/12/10

1900年(明治33年)10月2日に発布された娼妓取締規則(4-37)は,一連の自由廃業運動の結果であることは疑いもないが,一面,イギリスとの同盟関係も考え,政府は苦慮していたので早急に処置を取った. 各県まちまちであった規定を統一し,娼妓の年齢を16歳から18歳に引き上げ,自由廃業の規定を明文化した. 公娼制度の枠内ではあったものの,反対運動の盛り上がりに押されて制定された規則は,娼妓たちのために一歩前進の規則であったのに,彼女達が自由廃業にふみきれず依然として貸座敷業がつづくのは何故か. それは1905年に出される判決(4-39)で,前借金返済義務が課せられたのと,娼妓取締規則第5条第2項の悪用のためである. 1項と3項を適用すれば娼妓は自由に廃業が可能であるのに,2項を厳守して必ず本人が警察に出頭するのでなければ申請を受けつけず,楼主と警察官の前での交渉は娼妓にとって圧倒的に不利であり,そのうえ,債権を握られていては決意を固めていても崩れ易いのは当然である. 警察官が娼妓の自廃に冷淡なのは,4-52,5-1,5-2に見られるごとく,多くの場合の常識であった. 山室軍平は「然しながらそれから後,間もなく反動が来た. 所謂警察の手心で自由廃業を取扱うこととなり,廃業を願ふ娼妓がある時は,楼主を呼出して『示談』させ,或はその親を呼び出して之と『協議』させ,警察官は又之に,所謂『説諭』を加へて廃業の意思を翻へさしめ,之を遊郭に送り戻すやうなこととなつたのである. かくして娼妓を廃業し,堅気になりたいといふ者に,説諭を加へて醜業をつづけしめるといふのが,既に奇怪千万なことであるのに,それに加へて楼主側のあらゆる圧迫を以てし,暴力を以て之を威嚇することを許容するに至つては,真に沙汰の限といふべきであつた」(山室武甫編『山室軍平選集』第6巻「救世軍機恵子寮開設に際して」)と述べているし,彼の『社会廓清論』に詳しい. 【『日本婦人問題資料集成第1巻=人権』p.46-47】

引用者注

4-39:貸金請求の件判決 1902/02/06

4-52:警察権の蹂躙-貸座敷業者と娼妓との関係(『廓清』第1巻 第1号)

5-1:娼妓の廃業に対する中央警察官と地方警察官の処決振り-静岡警察と東京警視庁の取扱ひし事実(『廓清』第2巻 第12号)

5-2:艶衣事件-改正娼妓取締規則劈頭の正式裁判(『廓清』第3巻 第3号)

 

07/05/26 (Sat) 晴れた土曜日は図書館まで散歩

某図書館HPの検索/分類番号368[犯罪?]|367|210で見つけた何冊かを借りてくる.


市川房枝編集/解説『日本婦人問題資料集成第1巻=人権』(ドメス出版 1978/08/15)

序[市川房枝] p.1-3

凡例 p.4

目次 p.7-24

解説[市川房枝] p.25-75

第1編 婦人の人権に関する諸法令及び事例・判例

    第1部 婦人の人権に関係ある現行の国際条約・宣言・勧告等 p.81-123
    • 国際連合(UN)関係
    • 国際労働機関(ILO)関係
    • 教育科学文化機関(UNESCO)関係
    • 世界保健機関(WHO)関係
    • アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)関係
    第2部 婦人の人権に関係ある主な現行の国内法規及び行政等 p.125-166
     
    第3部 婦人の人権侵害に関する事例及び判例 p.167-187
    • 事例
    • 判例

第2編 売春問題

    第4部 公娼制度確立への過程とキリスト者の抵抗運動 p.189-305
     
    第5部 公娼制度とのたたかい p.307-390
     
    第6部 廃娼運動のたかまりと戦争による挫折 p.310-532
     
    第7部 戦後の混乱から売春防止法の制定・施行へ p.533-817

初出・出典 p.819-833



若尾典子『闇の中の女性の身体/性的自己決定権を考える』(学陽書房 1997/04/20 isbn:4313470107)

第1章 近代日本を貫く「女性の身体」観

  1. 公娼制
  2. 天皇家にみる女性の身体-皇室典範
  3. 「家」の生殖学

第2章 戦場となった女性の身体

  1. 政治変革としての新民法
  2. 国家買春保障制度にひそむ国体護持
  3. 女性の身体の自律へ向けての第一歩

第3章 戦後復興を担う女性の身体

  1. 身売りされる少女
  2. 買春防止法と主婦
  3. 企業と主婦

第4章 囲い込まれる女性の身体

  1. 団地と天皇家
  2. 学校の中の女性の身体
  3. 結婚届の意味

終章 性的自己決定権に向けて



高崎隆治編・解説『教科書に書かれなかった戦争part17 アジア全域に「慰安所」があった 100冊が語る「慰安所」・男のホンネ』(梨の木舎 1994/12/08 isbn:4816694056)

  1. フィリピン
  2. ベトナム・タイ・ラオス
  3. ミャンマー(ビルマ)
  4. ボルネオ島・セレベス島・スマトラ島・ジャワ島・アンダマン島
  5. ニューブリテン島・トラック島・コロール島・パラオ島・ボナペ島
  6. 中国
  7. ラサ島・沖縄・その他



以下は従軍「慰安婦」問題の古典

金一勉『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』(三一書房 1976/01/31)

  1. 「日本軍隊の慰安婦」の構造
  2. 「日本軍隊の慰安婦」の発起
  3. 対中戦争と朝鮮人慰安婦
  4. 「女子愛国奉仕隊」募集の実態
  5. 日本軍隊と「死の商人」と女と
  6. 慰安所および慰安婦の実態
  7. 慰安婦の周辺事情
  8. 慰安婦の現場事情
  9. 太平洋戦争と軍隊慰安婦
  10. 南方戦線の慰安所
  11. ラバウルの将兵と女
  12. 敗走軍と慰安婦
  13. 「軍隊慰安婦」の変容



金一勉編著『戦争と人間の記録 軍隊慰安婦』(現代史出版会/徳間書店 1977/12/30)

  • 川田泰代 日本軍隊と朝鮮人慰安婦
  • 伊藤桂一 慰安婦と兵隊
  • 麻生徹男 元軍医の証言
  • 金一勉 軍隊慰安婦の実態
  • 富村順一 沖縄の慰安婦
  • 上坪隆 芸者・黒須かなの従軍
  • 金一勉 軍隊慰安婦の源流-日本の人身売買・遊女・カラユキ・戦場慰安婦の系譜
  • 生咲千穂子 一日本女性の"軍隊慰安婦"観


千田夏光『"声なき女"八万人の告発-従軍慰安婦』(双葉社 1973/10/20)



千田夏光『従軍慰安婦 正編』(三一新書883 1978/09/30)



千田夏光『従軍慰安婦 続編』(三一新書884 1978/09/30)


 

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07/05/12 (Sat) 土曜日の朝は『産経新聞』を読む(古森義久氏の大発見)

[]『心理戦 尋問報告 第二号』/吉見義明『従軍慰安婦資料集』を読む

"「民間が慰安婦集め」【ワシントン=古森義久】[本文省略]米軍調査「日本軍は利益得ず」"【産経新聞2007/05/12の3面(総合14版)】読解の参考資料として『従軍慰安婦資料集』の該当箇所を写経してみた.


最初に古森記事

[...]


報告書は米国陸軍の戦争情報局審理戦争班により第二次世界大戦中の1949年9月に作成された.「前線地区での日本軍売春宿」と題され,同年8月にビルマ北部のウェインマウ付近で米軍に拘束された日本人の慰安所経営者(当時41歳)の尋問結果が主に記録されている.


この経営者は,日本人の妻(同38歳)と朝鮮女性の慰安婦20人とともに米軍に捕まった.この慰安婦の尋問結果をまとめた報告書は別に存在し,日米両国の研究者などのあいだで参照されてきたが,経営者だけについての報告書は公開の場所で論じられることが少なかった.


[...]



==ni0615さんの御教示により古森記者が使った史料判明 古森記者コメントを引用追記 2007/05/28 (新しい史料≪経営者だけについての報告書≫がみつかったと勝手に早とちりした読者のあたしが馬鹿でした)==

2007/05/27 13:31

Commented by 古森義久 さん

ni0615さん


まじめなご質問だと思って,お答えします.


しかし,なにかキーの打ち間違いその他で,以下の記述にミスがあっても,ここは産経新聞の紙面ではありませんから,必ずしも責任は持てませんので,念のため. あくまで私の私的な説明です.


  --
引用者疑問点:産経新聞2007/05/12記事【産経新聞2007/05/12 3面(総合14版)】での≪戦時の日本軍の慰安婦に関して,日本側の民間業者が慰安婦候補とした女性家族にまず現金を支払って彼女らを取得していたことを示す米陸軍の調査報告書があることがわかった≫=新史料が発見されたように読める.≪この経営者は、日本人の妻(同38歳)と朝鮮女性の慰安婦20人とともに米軍に捕まった. この慰安婦の尋問結果をまとめた報告書は別に存在し,日米両国の研究者などの間で参照されてきたが,経営者だけについての報告書(=新史料が発見されたかに読める)は公開の場で論じられることが少なかった≫という無知なのかデマなのか出鱈目なのかいづれにしろ読者を馬鹿にした記事==≪両国の研究者≫を≪公開の場で論じられることが少なかった≫と誹謗している点でも問題だ==についての責任はどうなっているのか
  --


"A Japanese Army Brothel in the forward area"という題の文書(報告書)は,South-East Asia Translation and Interrogation Center という組織が出した Interrogation Bulletin No.2 のなかに含まれています. このBulletin の日付は1944年11月30日です.


この報告集は9本の個別の報告書から成っており,その一つ(最後の第9の報告書)が前記の「日本軍の売春宿--」なのです. だからそのタイトルは中見出しではありません. 他の8本はまったく別件ですから.


そして「日本軍の売春宿--」という報告書は先の1944年9月21日付の尋問報告書を基礎にしている,と記されています.


  --
引用者注記:古森記者は自分が何を書いているかわからなくなってしまったのだろうか.[5月12日記事では≪慰安婦採用の過程については日本軍が「許可」あるいは「提案」したとされ,経営者の女性集めはすべての個々人に現金をまず渡していることが明記され≫軍隊が人身売買を要請し,費用を出し,輸送その他の便宜をはかった=金一勉『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』によれば兵士29人に「慰安婦」ひとりの割合=古森用語で軍隊≪買春宿≫の背後には日本軍の関与があったと明記してしまった. 2007/05/28 12:18の古森コメントでは5/12記事を5/18記事にすりかえながら=自覚症状無し?での詭弁?=,≪あなた方が知っているのに,自分たちの政治的主張に都合が悪いため,あえて無視,軽視してきた資料ですよね≫と続けている居直っている.]
 
引用者注記その2:以下の古森コメントは論点のすり替え. 「心理戦尋問報告第二号 9 前線地域における日本軍慰安所」冒頭に"Note:The following is derived from interrogation at C.S.D.I.C.(I) of M.739, and from O.W.I. Interrogation at Ledo Base Stockade of 20 Korean "comfort girls",Report dated 21 Sept. 1944."[『従軍慰安婦資料集』訳文"注 以下の記述は,CSDISC(I)において行われたM739の尋問,ならびに戦時情報局によりレド捕虜収容所において行われた朝鮮人「慰安婦」(20名)にたいする尋問(1944年9月21日付報告)に基づくものである"]とあるとおり≪1944年9月21日付の尋問報告書≫が≪経営者[民間人の慰安所経営者M739とその妻]だけについての報告書≫ではなく="朝鮮人「慰安婦」(20名)にたいする尋問"の報告を含む=ことは明らか. ≪経営者だけについての報告書≫またはひとりひとりの尋問についての報告は別にあるのだろうが,≪存在した≫あるかもしれない≪経営者だけについての報告書≫を使ったかの記事は捏造記事と呼ぶしかないだろう.
  --


あなたが日本語で「報告日1944年9月21日」と訳している部分は


Report dated と Rが大文字になっているので,やはりそこにもう一つ「報告書」(9月21日付の)が存在したのだと思います.


【出典:古森記者のblog 2007/05/14 22:59 "米軍も日本側の慰安婦は民間調達と認めていた." http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/171421/ コメント欄いちばん下の方】


なお『従軍慰安婦資料集』資料No.103[p.491-p.562]は"日本軍隊における生活利便施設(ATIS調査報告 第120号)1945/11/15"


==05/28追記ここまで==



吉見義明『従軍慰安婦資料集』(大月書店1992/11/27 isbn:4272520253)から写経*1してみる.


【p439】

第一三部 連合国軍による調査報告・指令


一 ビルマ


99 *2

アメリカ戦時情報局心理作戦班

日本人捕虜尋問報告 第四九号 一九四四年一〇月一日 [写経にあたり以下No.99本文『従軍慰安婦資料集』p.452まで省略]


【p.453】

100

東南アジア翻訳尋問センター

心理戦 尋問報告 第二号 一九四四年一一月三〇日


部外秘

    心理戦 尋問報告 第二号
    東南アジア翻訳尋問センター監督官
    アメリカ陸軍歩兵大佐  
    アレンダー・スウィフト
    心理戦
    尋問報告 第二号
    一九四四年一一月三〇日


【p.454-457】省略


【p.458】[写経にあたり漢数字をアラビア数字に改めた箇所があります*3]

9 前線地域における日本軍慰安所

     注
      以下の記述は,CSDIS(I)において行われたM739の尋問,ならびに戦時情報局によりレド捕虜収容所において行われた朝鮮人「慰安婦」(20名)にたいする尋問(1944年9月21日付報告)に基づくものである.*4

     情報提供者
      1944年8月10日,ワインマウ付近において妻および20名の陸軍慰安婦とともに捕虜となった民間人の慰安所経営者M739.


M739と妻と義姉(妹)は,朝鮮の京城で料理店経営者としてかなりのお金を稼いでいたが,商売が不振に陥ったため,より多くの金を儲ける機会を求めて,朝鮮からビルマへ「慰安婦」を引き連れて行く許可を京城の陸軍司令部に申請した. この捕虜の言によれば,その示唆は陸軍司令部から出たもので,朝鮮に在住する何人かの同じような日本人「実業家」に打診された.


M739は,朝鮮人未婚女性22人を買い受けたが,彼女らの両親に対する支払額は,それぞれの性格,容貌,年齢に応じて300円から1000円であった. これら22名の女性の年齢は,19歳から31歳であった. 彼女たちは,この捕虜の独占財産となったのであり,軍は彼女たちの人身売買からは何らの利益も得なかった. 朝鮮軍司令部は,日本陸軍のあらゆる司令部宛ての書面を彼に渡したが,それは輸送,食料の支給,医療など,彼が必要とするかもしれないすべての援助を差しの


【p.459】

べるよう,各司令部に要請するものであった.


M739とその妻は,料理店の経営を義姉(妹)に委ねたうえで,1942年7月10日,買い受けた女性22名を引き連れ,703名の女性(すべて朝鮮人)と90名ほどの日本人男女(ほからなぬ彼と同じように人格低劣な連中)の一行で釜山を出航した. 彼らは,7隻の護送船団を組み,4000トンの客船で航行した. 無料の渡航券が軍司令部から提供されたが,渡航中のすべての食事の代金はこの捕虜が支払った. 彼らは台湾とシンガポールに寄港し,台湾ではシンガポールへ向かう女性が新たに22名乗船し,シンガポールで全員が別の船に乗り換え,1942年8月20日にラングーンに到着した.


[...]

以下464頁までM739とその妻が経営する「慰安所」と「慰安婦」の実態と歴史に続くのだが,「慰安婦集めの強制性」にこだわる古森記事 *5 とは関係なくなるので省略.



==2007/05/14 5:25追記==

吉見義明 解説「従軍慰安婦と日本国家 第8章ビルマにおける慰安婦・慰安所」『従軍慰安婦資料集』p77-79より

ビルマには推定で約3200名の朝鮮人・日本人慰安婦がおり,ほぼ同数のビルマ人慰安婦がいたのではないかという説があるが(千田『従軍慰安婦』正編),正確なことはわからない. 資料99・資料100は,アメリカ軍の捕虜となった慰安業者夫婦二名と朝鮮人慰安婦20名に対して,アメリカ戦時情報局(OWI)レド本部心理作戦班のアレックス・ヨリチ(依地)軍曹(日系)らが尋問した大変興味深い資料である(資料103にも収録されている). 同班に属して自らも尋問したカール・ヨネダによれば,ヨリチ軍曹は2週間にわたって一人ずつ詳細に調べ,膨大な報告書をつくってOWIレド本部に送ると大評判になったというから(カール・ヨネダ『アメリカ一情報兵士の日記』),もっと詳細な報告書が出てくる可能性がある. なお,森山康平『太平洋戦争写真史 フーコン・雲南の戦い』には,ミッチナの臨時抑留所で撮影されたこの慰安婦たちとヨネダの写真がある.


この資料によれば,1942年に朝鮮人慰安婦703名がビルマに送られた. また,慰安婦たちは傷病兵の看護の仕事などとだまされて,親に前渡し金を渡すのと引き換えにビルマに連れてこられた. この業者の場合,朝鮮軍司令部の斡旋で,22名の未婚女性に関し,一人当たり300円から1000円の前渡し金を親に払って,慰安婦を徴集している. しかし,この業者は料理屋が不振で慰安業者になったのだから,そんなに資金をもっているはずはない. したがって,この金は軍から出たにちがいない. 渡航費は無料で,ビルマでは部隊ごとに配属され,この業者は小倉歩兵第一一四連隊付となった. 一一四連隊がいたミッチナ(ミートキーナ)には「キョウエイ」「キンスイ」「モモヤ」(共栄・錦水・桃屋か)の慰安所があり,前二者は朝鮮人慰安婦,モモヤは中国人慰安婦であった,とある(筆者が,一一四連隊の元兵士に尋ねたところ,桃屋は確かに記憶があるとのことであった). また,医療・交通は軍が便宜をはかり無料だった. また,前借を返し終えた慰安婦も帰国することができなかった,とある.


この資料を読めば,これらの慰安婦の多くはだまされて連行され,慰安婦となることを強要されたこと,慰安所の経営は事実上軍の丸がかえであったことなどがよくわかる. また,20名の朝鮮人慰安婦の年齢は,徴集当時21歳未満の未成年者が12名もおり,最低年齢は17歳であったこと,2名がいなくなっていること(爆撃による死亡)も重要である. 慰安婦は最高で月1500円を稼いだが,半分は業者が取り,また,食費をはじめ衣服・日用品など諸費用の名目で多額の金を取り上げている.


[...以下省略]【出典:『従軍慰安婦資料集』p77-78】



従軍慰安婦資料集』解題 p.597より

100 心理戦 尋問報告 第2号(1944/11/30)


アメリカ国立公文書館所蔵. 共同通信社提供.


South-East Asia Translation and Interrogation Center,Psychological Warfare Interrogation Bulletin,No.2(11/30/1944)の抄訳. タイプ印刷. これも*6共同通信社が発見し,1月31日[1992年]の各紙で報道された.


関連リンク

13日の水曜日 2007/05/13 もしかして本当にまだ解ってないのか? http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-138.html


誰かの妄想 2007/05/13 備忘録・日本人捕虜尋問報告 第49号に関し気になった点(追記あり)http://ameblo.jp/scopedog/entry-10033444895.html


美しい壺日記 2007/05/14 [慰安婦問題]産経が14年前の調査結果を新資料のように報告する http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-65.html


彎曲していく日常 2007/04/14 拉孟の慰安婦たち http://d.hatena.ne.jp/noharra/20070414


従軍慰安婦の深層 http://d.hatena.ne.jp/abesinzou/


blog*色即是空 http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/


ATiS Research Report No.120(1)AMENiTies in the JAPANESE ARMED FORCES II.Amusement 9.Brothels

『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』5 米国国立公文書館所蔵資料(龍溪書舎出版)p.137-155 [日本語訳概要 p.105-110] http://www.awf.or.jp/program/pdf/ianfu_5.pdf (pdf 英文192-175,日本語訳概要110-115) *7



==2007/05/25 0:05 補足説明追記==
 
ATiS Research Report No.120(1)AMENiTies in the JAPANESE ARMED FORCES II.Amusement 9.Brothels 『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』5 米国国立公文書館所蔵資料(龍溪書舎出版)p.151[pdf:179/294]頁左下
b.BURMA
(1)A prisoner of war,a civilian brothel-owner captured with his wife and twenty army protitutes near WAINGMAW on August 1944. stated:
から始まって,p.153[pdf:177/294]頁右中央あたり c.SUMATRAの前
"The women were medically examined once weekly but men could also obtain cintment(similar to that in American ETtubes)on application to troop headquarters.(Source available on request)"
までが『心理戦 尋問報告 第二号』9 "前線地域における日本軍慰安所"の内容に相当=Stiffmuscleさんによる対訳[p.153左中央(2)項まで]が"美しい壺日記"2007/05/21連合軍通訳翻訳部(ATIS)調査報告第120号(1945年11月15日) http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-68.html に掲載されています.
 
なお『心理戦 尋問報告 第二号』(1944/11/30)の目次は次のとおり.(『従軍慰安婦資料集』では4,9を所収)

  1. ビルマにいる日本軍に対する連合国側宣伝の効果
  2. 対日宣伝における「べし・べからず集」(ある捕虜の手記)
  3. 『軍陣新聞』のある号について捕虜が詳述した批判
  4. 悪名高い丸山大佐
  5. 日本軍将校による兵士の人命軽視
  6. 増援部隊の混成による難点
  7. ビルマへの増援部隊兵士の平均年齢
  8. 日本軍隊内の平和主義者
  9. 前線地域の日本軍慰安所

via 産経新聞ニュース特集:慰安婦問題 http://www.sankei.co.jp/news-special/0037/nsp0037.htm
[国際]慰安婦「契約の下で雇用」米陸軍報告書,大戦時に作成【ワシントン=古森義久】2007/05/18 03:34
については 以下を参照ください

参考図書:

  • 伊藤桂一『兵隊たちの陸軍史 兵営と戦場生活』(番町書房 1969/04/10 1972/06/31改定版)
  • 広田 和子『証言記録従軍慰安婦・看護婦 戦場に生きた女の慟哭』(新人物往来社 1975/11/15 isbn:4404006950 著者は元『週刊アサヒ芸能』記者)
  • 神崎 清『売春 決定版・神崎レポート』(現代史出版会 1974/12/15)
  • 臼杵敬子『現代の慰安婦たち 軍隊慰安婦からジャパゆきさんまで』(現代史出版会/徳間書店 1983/11/25 isbn:419812731X)
  • 小林 大治郎・村瀬明『みんなは知らない国家売春命令』(雄山閣出版 1992/11/20 isbn:4639011334 『内外タイムス』連載 初版は1961年秋)
  • 吉見 周子『売娼の社会史 増補改訂』(雄山閣出版 1992/05/20 isbn:4639004184)
  • 高崎隆治『教科書に書かれなかった戦争part14「陣中日誌」に書かれた慰安所と毒ガス 南京大虐殺にかかわったとみられる特設第13師団第65連隊の後日譚』(梨の木舎 1993/12/08 isbn:4816693068)
  • いのうえ せつこ『敗戦秘史 占領軍慰安所 国家による売春施設』(新評論 1995/08/31 isbn:4794802692)
  • 倉橋正直『北のからゆきさん』(共栄書房/花伝社 1989/03/20 isbn:4763410261)
  • 倉橋正直『従軍慰安婦問題の歴史的研究-売春婦型と性的奴隷型』(共栄書房/花伝社 1994/08/10 isbn:4763410180)
  • Pierre Viddal-Naquet/石田靖男訳『記憶の暗殺者たち』(人文書院 1995/06/25 isbn:4409510347)
  • 長谷川博子「儀礼としての性暴力 戦争期のレイプの意味について」(『ナショナル・ヒストリーを超えて』isbn:4130033131 所収)
  • 笠原・吉田ed.『現代歴史学と南京事件』(柏書房 2006/03/25 isbn:4760128859) 第5章-第7章

[][]"鏑木清一 米兵"でぐぐってみた

===この項,2007/05/15 追記===

「朝霞の歴史から世界が見えてくる」というテーマで朝霞で教鞭をとりつづける社会科諭,中條克俊の活動をまとめたwebsite 君たちに伝えたい,中條克俊 http://chujo.tv/

2007/03/30 パンパンの文化

2007/03/30 「パンパン考−パンパンなる悲しくもたくましき存在」パンパンに生きる

2007/03/30 米軍基地の名前の付け方

ラク町のおトキ [上記 パンパンの文化 より 一部を紹介 http://chujo.tv/category/2861546-1.html ]


ところで,パンパンの世界にはそれなりのヒエラルキー,つまり上下関係の秩序と掟があった. そのパンパンの世界がNHKのラジオ放送の電波にのった. パンパンの生の声が「ガード下の娘たち」として放送されたのである. 1947(昭和22)年4月22日の『街頭録音』という番組の中でのことである. NHKの藤倉修一アナウンサーのインタビューに答えたガード下の娘=闇の女は19歳の「ラク町のおトキ」こと西田時子さんである.


    「私はラク町のおトキという不良少女,まあ愚連隊ね. このへんの女親分の夜嵐のアケミ姐さんとお盃を交わした妹分です. 妹たちはそうね,ラク町だけでもいま150人くらいはいるでしょうね」
     
    「こんな生活を3カ月もつづけたら,もう決して救われないわね. 病気にはなる,サツにはあげられる. だんだん箔がついてくると,一生かたぎにはなれないんだという気がしてヤケになるのね」


ラク町とは有楽町のことである. よその女がシマを荒らしたといっては『肉体の門』さながらのリンチが加えられ,仲間のものを盗んだといってはヤキをいれられるということは日常茶飯事であったようだ. 藤倉修一アナウンサーは当時を振り返って「頭がいい子だったんだよ. まだ19歳だったけど. 両親とも戦災で焼け死んじゃってね. 自分も髪の毛が抜けちゃったらしくとずっとターバンを巻いていたな」といい,その1年後に思いがけず西田時子さんから手紙が届き,あまりにも感激して平行して担当していた『社会探訪』という番組でラク町おトキの更生談を放送したとのこと. すごい反響で,全国からお金が来たり,バイブルが送られたり,結婚の申し込みまであった. 藤倉アナウンサーに届いた西田時子さんからの手紙とはどんな内容だったか.


    「私は実はあの後,自分が出た放送を聴きました. 女だてらに思い上がって,ヤミの女たちに姐さんと呼ばせ,親分て慕われていい気になっていた私は,何という馬鹿でしたろう. あの時藤倉さんに威張ったように,ラク町の女を一人でも多く更生させるためには,私自身がまず足を洗って現実の社会に飛び込み,その苦しみを味わなければと思い,東京を去りました. ずいぶん固い決心で堅気の生活に入った私ですが,浮世の風はあまりにも冷たく,私の決意も時には崩れそうになります. そんな時いつも思い出すのは藤倉さんの言葉です. 『あなたの力で一人でも多く,ここの娘たちを更生させてやって下さい. 』そして私は決心を固め,心の底から武者震いいたします. 今私はあの放送が私の更生のポイントになったことをお知らせして,心から藤倉さんに感謝します」


西田時子さんのその後は定かでないという. またこの『街頭録音』の「ガード下の娘たち」に関して,『週間朝日』(1947/11/2号)の「闇にひらく東京の花」という題で開かれた山川菊栄労働省婦人少年局長(当時)を囲む座談会で「ラクチョウの女」の一人である仮称D子がその時のことを次のように語っているのは興味深い.


    「アタイ一番シャクにさわったのは街頭録音,ほらのったでしょう. ヤミの女の街頭録音って. あれ,アタイたちなのヨ,最初は看破られちゃって,二度目に来た時も,アタイが電気のヒモを見つけちゃったのヨ. そしたら『これは電話を直しに来たんだ』なんていったけど,アタイたち,もう相手にならなかったワ,そいでネ,上野はノガミ,池袋はブクロ,なあんて返事しといて,『あ,彼氏が来たわよう』って叫んで向こうへいっちゃったの,だけど,あれは卑怯だと思うわ,なぜ,初めから堂々と来ないのかしら・・. 」



関連記事

米兵の防波堤となった女たちの24時 http://d.hatena.ne.jp/dempax/20070510

外国軍駐屯地における慰安施設の設置に関する内務省警保局長通牒ほか http://d.hatena.ne.jp/dempax/20070426


--

*1:同書頁毎写経し頁を明記しました

*2:99:『従軍慰安婦資料集』での資料No.

*3:原典英文の表記に戻したわけです

*4:CSDIS:『従軍慰安婦資料集』p458に誤植/正しくはCSDIC(Combined Services Detailed Interrogation Centre) 誰かの妄想2007/05/19産経症・今さらだけど、古森氏の記事参照

*5:「軍が要請し資金を出した」と≪皇軍の恥部≫をいばられても,某管理売春組織のバックにいる暴力団代紋の自慢話にしか聞えないのはあたしだけ??

*6:"これも"に対応するのは資料No.99

*7:13日の水曜日 2007/05/13 コメント欄 05/13 20:30 eichelberger_1999氏のコメントを参照しました

ni0615ni0615 2007/05/19 15:47 いつもお世話になってます。
>『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』5 米国国立公文書館所蔵資料(龍溪書舎出版)p.137-155 [日本語訳概要 p.105-110] http://www.awf.or.jp/program/pdf/ianfu_5.pdf (pdf 英文192-175,日本語訳概要110-115) *6
pdfの日本語概要は見つかりましたが、英文の原本コピーの該当個所(ビルマ)が見つかりません。おひまな折によろしく。

ni0615ni0615 2007/05/27 17:24 英文の原本コピーの該当個所(ビルマ)、教えてくださりありがとうございました。ページが逆順なのですね(汗)。
ところで古森氏がようやく2週間経って、心理戦 尋問報告 第二号であること、つまり新発見物語捏造を認めました。
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/171421/allcmt/

ni0615ni0615 2007/05/28 14:25 いつもいつものお尋ねですいません.
作成中の記事http://www22.atwiki.jp/doc_exam2007/pages/12.htmlに関連して、
>『資料99・資料100は,アメリカ軍の捕虜となった慰安業者夫婦二名と朝鮮人慰安婦20名に対して,アメリカ戦時情報局(OWI)レド本部心理作戦班のアレックス・ヨリチ(依地)軍曹(日系)らが尋問した大変興味深い資料である(資料103にも収録されている). 』
の資料103とは、ATiS Research Report No.120 のことでしょうか?

07/05/10 (Thu) 米兵の防波堤となった女たちの24時

[]敗戦直後の進駐軍用慰安婦の実態

この記事読んでも実態はわからないとおもいますが,知りたい方は小沢昭一/永六輔『平身傾聴裏街道戦後史 色の道商売往来』(ちくま文庫お/36/6 2007/05/10) 色の道商売往来―平身傾聴・裏街道戦後史 (ちくま文庫) 880円+悪税

でお勉強してください.


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