2006-10-25
■[オタク][喪男]隠れるオタクたち

(岡田斗司夫がしゃべり場に出たときに、専門学校の生徒が「オタクの俺を認めろ!」と言ったという話で)
てっきり僕は「アニメファンで、みんなが偏見で見ているから、そんな目で見るのはやめてくれ!」みたいな話なのかなぁと思ってたら、彼の話をよく聞いてみると、そうじゃなくて。
その人は別に、周りに自分がアニメ見ているということを言ってないんですね。
「俺は隠している」「隠してるのは、きっと言えば、みんなに変な目で見られたり、いじられたりするに決まってるから言えないんだ」
で、彼の結論というのは「こういう世の中が悪い!」「もっとアニメを見るというようなことが、当たり前でもいいじゃないか!」「アニメを見るというようなことで、人を差別しないでほしい!」みたいなことを言い出して。
で、まわりのみんなが「えっ」て思ったのは、「だっておまえアニメみるってみんなに言わなかったら、俺たち差別しようがないよ」「今日初めて言って、差別しないでほしいって言われても、俺たちも困る」みたいな話になりまして。
そりゃそうだろうと。
これは彼が口下手なのか、それとも周りのリアクションが落ち着いているのか、どっちかわかんないんだけども、「オタクって最近、変なことになっちゃってるなあ」と思ったわけです。
(岡田斗司夫 「オタク・イズ・デッド」)
また気がつくと一週間経ってしまった…ということで隠れオタクの話ですよ。
この話を書くにあたり、色々ネットで調べてみたわけなんですが、隠れオタクについて書いた文章って意外と少ないんですよね。
いや、「隠れオタクやってま〜す」みたいなブログは山ほどありますし、「どうすれば隠れオタクを見抜けるか」「どんなときにバレそうか」「どういうタイミングでカミングアウトするか」みたいな話も多くあるのですが、意外に「なんで隠れオタクになるのか」とか「オタク趣味を隠すってどういうことなのか」っていうのを真正面から書いた文章があんまり無いんですな。僕が見つけてないだけかも知れないのですが。
ただ、これも昔から語りつくされた話題なんで、「今更そんなこと言わんでも」という部分もあるのですが、前から言ってる「地方とオタク」を考えるにはこの辺も押さえんといかんかなと思いますし、最近話題のいじめだなんだという問題にも関わってくる話なんで、一応書いてみたいと思いますよ。
そもそも、なんでオタク趣味を隠すようになるのかといいますと、日常生活の中でオタクだってのが周りの人間にわかっちゃうと、色々不都合が生じるからっていうのが根本にあるわけですな。
不都合っていうのは、例えば通りすがりの女子校生にすれ違いざま「オタクキモイ」と悪口言われたりするのが嫌だ、ということでもありますが、それよりも割と身近な人間関係において支障がでるというのが大きいでしょう。
学校とか通ってる年頃の子が一番これを気に病みます。大体、中学〜高校・ひどけりゃ専門や大学生くらいまでが、そういうのを最も気にする時期ですかね。
竹熊健太郎先生も仰っていましたが、小学生の頃はみんなアニメやマンガが大好きなオタクなわけですよ。後々サッカー部とか入って女をとっかえひっかえするようなイケメンさんも、小学生の頃にはビックリマンチョコだのミニ四駆だのにメチャメチャ金つぎ込んだり、午後6時からのテレ東アニメを視聴したりしてるわけです。これが中学生くらいで色気付くと「オタクはもてない!アニメ見てるようじゃダメだ!」という意識が働いて、マンガとかゲームをやめてスポーツとか音楽とかのモテ趣味に走るようになるわけですな。男女問わず。
で、そういうなかで色気づくのが遅くて「オタク=キモイ公式」を察知できず、気がつくとオタクになってる子や、気づいているけれどオタク趣味から離れられないような子が、狭い教室のなかで「あいつらオタク=キモイ」という風に認識されて、クラスの中でイジメられたり見下されたりする層として組み込まれるわけです。
勿論オタクとかとは全く関係なしにこういう層に組み込まれる人も大勢いるわけですが、それは話が違うのでひとまず置いといて。
で、そこから逃げようと人は隠れオタクだの脱オタだのに走ってしまうのですが、その中でどうしてもオタク趣味を捨てられない人間は、隠れオタクとなってしまうのです。
さらに、その隠れオタクにもバリエーションがあるような気がします。例えばこんな感じ。
- 隠れオタク・罪悪感型…オタクを隠し「オタクってキモイよね!」みたいな一般人の発言に「そ、そうだねー」とか同意しつつも、相手と自分を騙しオタクを貶めていることに一抹の罪悪感を感じるタイプ。ワイワイオタク話で盛り上がってるオタクたちを遠めに見てうらやましく思うが、かたぎの暮らしを捨てそこに混ざる覚悟は無い。たまに普通のオタクも一般人との会話中にうっかり「そ、そうだねオタクはダメだよね」とか言ってしまい、家に帰った後罪悪感に悩まされるが、ほぼ同じ症状であると言って良いだろう。割と隠れオタクのスタンダードな形。
- 隠れオタク・オタク排泄型…オタクを隠し、オタクであることがバレるのを極端に恐れるため、「オタクってキモイよね!」みたいな発言を始めとするオタク虐めを率先して行い、それで何とか自分の心を落ち着けようとするタイプ。人によっては隠れオタクというよりも「オタクを捨てた・あるいは自分にはオタクらしさなぞ無い」と思い込んでいたりする。だがその割には深夜アニメだの午後六時からのテレ東アニメだのをチェックしていたり、旬のギャルゲーなんかを押さえていたりするので、周りからはオタクだとバレてることもしばしば。しかしそこを突っ込むと「俺はオタクじゃなくてゲーマーだよ」とか言い訳になってるのかどうか分からない事を言ったりする。全く可愛げのないツンデレのようなものと考えると、少しだけ彼らに優しくなれるかもしれない。無理か。
- 隠れオタク・優越感型…オタクを隠しているというよりかは、オタク文化を何一つ知らないような、だけども興味は抱いているという顔をしている。そうしてクラスのオタク集団に接触していき、彼らの「あ、この人僕らと同じオタクなんだ!じゃあ面白いものを紹介してあげなきゃ!」という布教精神に付け込んでアニメのDVDやエロゲーを借りまくったりする。そしてさんざ相手を利用したあげく、「うん、中々面白かったよ。こういう世界もあるんだね。良いと思うよ。僕は違うけど」と、「あくまでも一般人だけど、オタク的な趣味わかることの出来る自分」を演ずる隠れオタク。意外に多いタイプ。
- 隠れオタク・完全孤立型…喪男(女)ぶりが昂じて隠れオタクになったタイプ。どういうことかと言うと、周囲にオタク友達をさっぱり発見できず、発見できても人付き合いの下手さから友達になれず、かといって一般人ぶることも出来ないので結局友達が全然出来ない。そのため「オタクってキモイよね」みたいな会話を振られて罪悪感を背負うということもオタクを弾圧することも、「オタクのこともわかってるよ」という顔もせずに済むのだが、逆に言うとそういうことを言える人自体がそもそも居なかったりする。
まあ学生時代までの隠れオタクっつうとこんな感じですかね…実際は各タイプに要素を足したり引いたりしたものや、それぞれのタイプの複合型とかが多いと思うのですが、とりあえず基本形はこの四つなんではないかなと。少なくとも僕のみたことある隠れオタクはこんな感じの人が多かったです。
で、こういう隠れオタクたちの中で、1番と4番はコミュニケーション能力云々の差こそあれ、割と近しい存在なのかなと思います。この辺の人たちが冒頭の岡田斗司夫の話にでてくる専門学校生とかになりやすいかもです。
2番と3番は見ててむかつくという点でよく似てますが、どちらも「自分は世間に蔑まれてるオタク」という現実に立ち向かえない人間という点では同じです。そこでとる方法がオタクを攻撃するか、オタクより優位に立とうとするかという違いはありますが。オタクを率先して叩く人やオルグしてくる人には、この手の隠れオタク者が結構多いです。
でまあ隠れオタクになって何か良いことがあるのかというと、隠れオタクになったら人生最高にハッピーですという話は寡聞にして聞かないので、オタクを隠したところで嫌われはしないかも知れんけど、人から好かれるようにはならないというのが隠れオタクの現実のようです。
さて、このような隠れオタは、基本的には「オタクはダメ」という前提が共有される人間関係があって、しかもそれが固定的で逃げ難い状況…ようするに、中学高校あたりで発生しやすいものです。逆に言うと、高校卒業以後の人間関係の流動性が激しい状況だと、あんまりオタクを隠さなくて済みます。
例えば大学生。これくらいの歳になると隠れオタクも徐々に減ってくるのですが、それはサークルとかバイトとかでオタク系のところを選んでいけば、そういう趣味の人たちだけと日常を過ごせるようにもなるからというのが大きいでしょう。ここでその選択肢を選ばない人や選べない人もいますが、なんだかんだで大概の人はオタクとしてそれなりに開花していくものですし、オタクは買い物とかだけなら一人でもなんとかやっていけます。脱オタの場合は、オタクと一般人を行きつ戻りつするケースも多く見られますが、結局は落ち着くべきところに落ちつくようです。
結局、「友人関係においてオタクを隠さなきゃいけない」っつうような状況は、歳をとればある程度楽になるようです。
オタクでない人はオタクでなくなり、オタクな人はオタクから逃れられんのです。
オタクちゃんであることを相手の脳裏にまず刻み込んじゃえばあとから趣味がバレて困るなんてコトもないし、それでつきあいが切れるならその人はそもそもアナタの人生において重要な存在ではなかったちゅコトよ。(中略)
だいたい興味のない話題を振られて苦痛なのはお互いさまなんだから、話題がないならわざわざ話さなきゃいいだけのハナシ。世の中想像以上にたくさんいるマジで無趣味なヒトなんちゅのは一緒にいるだけでも苦痛だし、オタクちゃんは己のオタク道をひたすら進んでりゃいいの。……
ということで人生の貴重な時間を無駄に使わないためにも、少年少女におかれましてはオタク趣味を隠さないで堂々と生きていって欲しいものです。
ただまあ、そうは言っても他人からの「キモイ」という視線より、自分の心の中の「『キモイ』と見られてる」という視線が気になるのが中高生ですから、そう簡単にはオタク全開で生きるのも難しいと思うんですよ。そこで自分の中の視線に打ち勝つ精神力が要求されるというか。
オタクであるからにはそりゃ頭がいいでしょう、オタクであるからには仕事くらいできるでしょうと思ってたのに、君たちは馬鹿なのにオタクなのかぁ、世の中変わったなぁ、と。
どうやって自分の中に折り合いつけてるのと思っちゃうんですね。なんでかっていうと、ギャルゲーが好きな自分というのは、ものすごい強い精神力がないと、世間の視線に潰されちゃうんですよ。
俺は好きだからかまわないという強い精神力がないと、それをはね返せない。そういう人は、そんなに馬鹿のはずがないのに、どうなってるの?
(岡田斗司夫 「オタク・イズ・デッド」)
そこで頭脳や容姿や運動能力やらの、自分に自信のもてる要素が別にあればオタクとして開きなおることも容易いと思うのです。そういう「オタク趣味以外での心の拠り所」がない人は隠れオタクでなくなるのがキツイかもしれません。
しかしですね、何度も言うように「隠れオタクになったからって幸せになれるわけじゃない」のですよ。むしろ変なストレス溜め込んだり、オタクから嫌な奴と思われたりするし、だいたい頭脳も容姿も運動神経も特筆するようなところの無くて性格も普通、という人は、なにかした時に悪く見られこそすれそれ以上評価が上がることはまず無いのです。
ですので、他人の視線と自分の内側の視線を両方を引き受けて「どうせキモがられるんだったらアニメみようぜ('A`)」という悟りを開いたほうが、人生楽しく生きられると思いますよ。
ただ、それも出来ない人もいるんですよね…どうしてもね…
さて、社会人になってからの隠れオタクというと少々事情がことなってきまして、今までどおり「ノンケの人とどういう会話をすれば良いのか」という問題も無いではないのですが、割と瑣末なものとなっていきます。
それよりも「上司が大谷昭宏」とか「親が大谷昭宏」とか「夫が大谷昭宏」とかの、「フィギュア萌え族(仮)と思われたら人間関係どころか食ってくこと自体に影響が出る」とか、あるいは社会人とか学生どうこうに関係なく「フィギュア萌え族(仮)と思われた血縁レベルでの人間関係が危うい」とかいう状況で「社会人の隠れオタ」はおこるもんで、それは隠しても仕方ないんかなという気はしますが…親がオタク=犯罪者予備軍的な見方をしていると、その子どものオタクは「親はオタクを犯罪者予備軍だと思っている→自分はオタクである=オタクであることがバレたら、親に犯罪者予備軍と軽蔑される」という風に考えてしまうでしょう。まあ「バレたら」って、多分そういう場合は殆どバレてるんでしょうが。家族から軽蔑されるとかは、「家出ろ」としか言いようがないのですが、世の中そうもいかない事情のある人間もいますから、難しいもんです。
しかしそれにしても、家族に軽蔑されたり、上司の大谷昭宏を恐れて隠れオタクをやっているオタクは意外に多いと聞く…
隠れオタクにも色々とありますが、世の中にこうも隠れオタクが多いというのは、結局未だにオタクがカタワ扱いされてるっつうことですね…誰だチョイオタがモテ趣味とかいったやつは。そうやってオタク釣られたところを叩こうとするオタクホイホイみたいなもんでしょうか…('A`)
そこでどうするのかというと、結局「オタクはいいもんだよ」「オタクをいじめるんじゃないよ」ということを、オタクの息子や娘を内心で軽蔑している親とか、趣味を隠しながら付き合ってる友人とか、そういう身の回りからでも少しずつ伝えて広めてくしかないのかなと思います。
それは確かに、冒頭に引用した専門学校生のように、馬鹿で必死で幼稚で、引いちゃう部分もありますし、そんな面倒でつらいことしたくないと思うでしょう。俺も思います。
だけど、それでもやるしかないんだよ。そうしないと、しんどい思いする人が増えるだけだから。
やっぱり世間は僕らをヘンな目で見ます。どうやっても、いじります。
わかってもらえなくても平気という貴族主義はもうつかえないし、こんないいものがあるんだ、わからないおまえらが悪いんだというエリート意識もつかえない。
で、わたしたち、ついさっきまでオタクだった個々人で残ってるのは、やっぱりわかってもらえなくて不安、一番最初に言った「しゃべり場」に出てきた高校生のように、いやちがう、声優学校生だ。彼のように、「なんでみんなわかってくれないんだ、わかってくれるべきだ」
その彼の主張は愚かなんだけれども、ギリギリの本音なんですよね。
彼を笑っちゃいけない。笑ってすませたらいけないんです。
(岡田斗司夫 「オタク・イズ・デッド」)
- [日記]オタ隠し
- オタクは臭くて汚くてキモチワルイ
- http://d.hatena.ne.jp/cinnamon_m/20061030
- オタクと趣味
- http://d.hatena.ne.jp/wagtail/20061030
- 隠れオタ
- http://d.hatena.ne.jp/twooclock/20061031
- http://d.hatena.ne.jp/amasakiiori/20061031
- 色々ニュースまとめ
- http://d.hatena.ne.jp/blue_sky_blues/20061105
- http://d.hatena.ne.jp/someguys/20070517
- http://figure-navi.info/837E836A8E6C8BEC/
- (元)うつ病患者の独り言 for はてな - リア充でなくてもいいんじ...
- 4584 http://www6.ocn.ne.jp/~katoyuu/
- 3520 http://hw001.gate01.com/karzu/
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- 1477 http://blog.livedoor.jp/moepre/
- 1301 http://www.sukumizu.jp/
- 1065 http://retro85.blog33.fc2.com/
- 861 http://homepage2.nifty.com/kugo/
- 733 http://d.hatena.ne.jp/
- 684 http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Hanamizuki/9167/
- 263 http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51500433.html
内容は、涼宮ハルヒの憂鬱の批判記事なのですが、記事の大半は、涼宮ハルヒを批判しているのではなく、涼宮ハルヒに夢中になっているおたくにレッテルを貼る事によって、間接的に涼宮ハルヒの憂鬱批判を行なっているというものでした。
記事に書かれていたものをいくつかあげるとすれば、例えば、
1「涼宮ハルヒの憂鬱は、ハーレムアニメの典型みたいな作品だけれども、SFという皮をかぶっているから、おたくは、「萌えアニメとしてではなくSFとして、このアニメが好きなんだ。」という免罪符がもれえたから、涼宮ハルヒの憂鬱はヒットした。」
2「「ハレ晴れユカイ」は、ネットでオリコン1位にしようという運動が起こり、それにつられたおたくが買っただけであり、たいした事ではない。」
(これは、私の意見ですが、現在はオリコン上位の曲でも、そのミュージシャンのファンしか知らない曲がほとんどでは、ないでしょうか?ある特定の年代にしか曲が聴かれなくなり、それに伴い、CDの売り上げ枚数も相対的に減ったから、おたくの人しか買わないような、アニメや声優のCDもオリコンの上位に入るようになったのです。ようするにある特定のターゲットにしか売れないという批判は、ハレ晴れユカイだけに通用する批判ではなく、現在の音楽業界全般に通用する批判になると思います。)
3 「涼宮ハルヒの憂鬱」を普段アニメを見ない一般人に見せて感想を聞いた記事があるのですが、その内容が典型的なパターンで
このアニメに出てくるような、男に都合が良い女性なんていないよ。もっと外にでて現実を見ようよとかアニメにはまっているおたくが私のクラスにもいるけど、みんな暗いよねとか批判的な意見ばかり。」
涼宮ハルヒの憂鬱をリアルタイムで楽しんだ私にすれば、こんなレベルの批判では、涼宮ハルヒの憂鬱のヒットが妬ましいから恨みで書きましたとしか思えないのですが、こんな低レベルの記事でもやっぱり、アニメに関して何も知らない人がこの記事を読めば、内容を鵜呑みにしてしまい、「おたくを見下す事によって相対的に上になろうとする人」が生まれてしまうのでしょうか、少し心配です。
>わかってくれるべきだ」
結論から言うと無理でしょ。いわゆるアニメ等のオタク系の趣味
が馬鹿にされるのは、それらが「子供の遊び」だから。
無論、当のオタク自身はそれを承知で楽しんでいるんだけど、
それが出来ない人達からすれば、みっともないとっちゃん坊や
なんですよオタクって。だから侮蔑の感情しか抱かない。
どうしても一般の人達にも認めてもらいたい、というのならば
中年のサラリーマンとかオバチャンとか若いネーチャンとかにも
受け入れられるような作品をリリースし続けるしかないんじゃ
ないかと。
漫画はその辺、上手くいっていると思います。
あなたの意見も同様で、批判だけで中身がない。ハルヒのヒットの理由を書かなければ、反論としての価値がない。
どもです。
>サイゾー11月号の「涼宮ハルヒの憂鬱のひみつ」という記事
さっそく読みました。
サイゾーは半年に一回くらい町山アニキや山形浩生さんのコラム読む程度なのですが、相変わらずどっちの方向向いてるのかようわからん雑誌でした。しかもハルヒがどうこうの記事よりジブリの鈴木Pにインタビューしてめっちゃ怒られてる記事の方が面白かったです。
「ゲド戦記バッシングに鈴木Pがマジギレ!」とか、タイトルだけ見るとオタクとかおすぎが怒られてるような気がするんですが、実際キレられてるのはインタビュアーに対してだったりとか。
そりゃこの人にこんな質問すりゃこう怒るわという。
で、問題の記事なのですが、とりあえずハルヒをダシにしてオタクをシメたいんだなっていうのはビンビン伝わってきました。
一応内容について文句つけときますと、この「SF的な要素を逃げ場に出来て、かわいそうな女の子を救いたいとかマッチョな願望を抱いていても絶対に自分を拒絶しないからハルヒが大好きなオタク」ちゅのは具体的にどこの誰なのよと。ちょっとここに連れて来なさいと。自分の頭の中だけででっち上げた「オタク」をシメて、批判のための批判してるなあと。
そういう芸風なんかもしれませんが、ネットならこういう皮肉芸で「アハハそうそう俺キモイんよ」と思えても、金取る雑誌でこれやるかっつう気はしました。オゼゼくれるお客さんシメてどうすんだろうかと。
ただまあオタクだと、怒る人がいると同時に「ほうハルヒをこんな見方をするかね」ちゅ人もそれなりにいると思うんですが、この記事をオタク以外の人に見せても「やっぱりオタクってキモイわね」とか思う以前に、その…読んでも多分あんまり面白くないから…
なんで、体裁として一般人に向けたこの記事を通じて、最終的に誰に何をどうしたいのか良くわかりませんでした。オタクにこういうキモイことやめろよって言いたいの?一般人と「こいつらバカでしょw」って嘲笑いたいの?どっちも失敗じゃね?みたいな。
でも映画秘宝も一時期オタクを叩いてましたし、ライターをやっていて一般人にウケたいのにオタクにしか売れない文章書いてると、オタクに反抗したくなるもんなんじゃないですか。それにこの人たちはこの人たちでオタクにこうあって欲しいっつう何かがあるかも知れませんし(つってもこの記事だけだとあんまりわかりませんが)、気持ちが他人を怒らせる形でしか出せないんじゃないですか。
ただ、これはオタクに失礼というよりも、製作者に失礼ですし、ハルヒっていう作品そのものに失礼なんで、ハルヒをダシにするようなマネはよせば良いのにと思います。せっかく鈴Pに怒られたんだし。
>こんな低レベルの記事でもやっぱり、アニメに関して何も知らない人がこの記事を読めば、内容を鵜呑みにしてしまい、「おたくを見下す事によって相対的に上になろうとする人」が生まれてしまうのでしょうか、少し心配です。
一番の問題は、これ一般人が読んだらどうすんだっつう話ですね。
しかしまあ、サイゾー自体がオタクしか読まないような雑誌ですから大丈夫なんじゃないですか。のんびりしすぎかも知れませんが。
>p_shirokumaさん
どもです。
オタク自身が心身ともに鍛えることで、周りの恐い人たちに立ち向かえるように強くなるのも大事だけど、周りも変わってくれたってええじゃないかヽ(゜д゜)ノと思ってます。
そこで
>僕も微力ながら、伝道に努めたいと思っています。
と言ってくれる人が居ることは、とてもありがたいです。ありがとうございます。
>DOOMさん
どもです。
>どうしても一般の人達にも認めてもらいたい、というのならば
>中年のサラリーマンとかオバチャンとか若いネーチャンとかにも
>受け入れられるような作品をリリースし続けるしかないんじゃ
>ないかと。
それだと、ただその作品だけが認められて、オタクは認められないですよ。
例えばスラムダンクは一般人も大勢読んでて、おばちゃんでも若いねーちゃんでも中年でも好きな人とかいますが、じゃあその人たちが「小暮×三井これね!」とか言ってる腐女子見て「そうそう!俺も小暮好きなんだよ!」とは思わないでしょう。極端すぎる例ですが。
作品に対する評価だけ上げても、作品と作者だけ持ってかれて、それ読んでるオタクもセンス良いよねとはならないでしょう。
>結論から言うと無理でしょ。
でも、もしそうなったら良いなっていう部分も心のどっかにあるから、DOOMさんも反応したんじゃないですか?
だったら、みんなにわかってもらえるようにしていくのは、決して無駄なことじゃないと思いますよ。「オタクはみっともないとっちゃん坊や」っていう考えなんてな、あくまで文化的なもんなんですから、書き換えることだって出来るはずです。
ってなんかやたら真面目ぶった感じになっちゃいましたが、まーとにかくやんなきゃいけねんだよーっオリはウンコけ!つうことですわハイ。
meさんは、どうして私が、サイゾーの記事を取り上げたのかを理解していますでしょうか?
derorinmanさんが、今回の日記で伝えたかった事は、「日常生活の中でオタクだってのが周りの人間にわかっちゃうと、色々不都合が生じるから、オタク趣味を隠すようになる。」という事だと私は、理解しました。
だから私は、サイゾー11月号の「涼宮ハルヒの憂鬱」に関しての記事を、世間一般のおたくに関しての偏見を助長させるものの実例の一つとして取り上げたのです。
サイゾーの記事が真正面から涼宮ハルヒの憂鬱に関しての批判記事を掲載しており、その記事に関して私が批判しているならば、meさんの言うとおりにハルヒのヒットの理由を書かなければ私の文章は価値がないと思いますが、私がサイゾーの記事で一番問題視したのは、「涼宮ハルヒを批判しているのではなく、涼宮ハルヒに夢中になっているおたくにレッテルを貼る事によって、間接的に涼宮ハルヒの憂鬱批判を行なっている。」という部分なんですよ。
だからわざわざハルヒのヒットの理由を書く必要は無いと私は、思ったのですが、逆にmeさんにお尋ねしますが、どうして私の文章は、「あなたの意見も同様で、批判だけで中身がない。ハルヒのヒットの理由を書かなければ、反論としての価値がない。」と思ったのでしょうか、ぜひ理由もお聞かせ下さい。今後の参考にさしてもらいます。
あともう一つどうして、わざわざ涼宮ハルヒの憂鬱のヒットの理由を書かなかった理由があるのですが、ネット上では、すでに私の文章力よりも、何百倍も上手な人が、涼宮ハルヒの憂鬱に関しての考察や感想文がたくさんあがっているからです。
特に、「MOON PHASE 雑記」「発熱地帯」さんの4月から7月あたりの記事に涼宮ハルヒの憂鬱に関しての、興味深い記事がたくさん書いてありますので、meさんもお暇なら見てみると
よいのではないでしょうか?
>勉助さん
どもです。
なんかコメントのタイミングがちょうど前後する感じで重なってしまい、うわこれ反応ムズ!とかなんとか考えてたら、返事するのに一日空いてしまいました。スイマセン。
でも勉助さんがうまいこと言ってくれてるんで今更なにか書くこともないのですが…
>サイゾーの記事が真正面から涼宮ハルヒの憂鬱に関しての批判記事を掲載しており、その記事に関して私が批判しているならば、meさんの言うとおりにハルヒのヒットの理由を書かなければ私の文章は価値がないと思いますが、私がサイゾーの記事で一番問題視したのは、「涼宮ハルヒを批判しているのではなく、涼宮ハルヒに夢中になっているおたくにレッテルを貼る事によって、間接的に涼宮ハルヒの憂鬱批判を行なっている。」という部分なんですよ。
まあ要するにここが大事なんかなと。
ハルヒについてでもオタクについてでも、「ここが良くないからこうした方が良いんじゃないか」とか、そういう風に書かれてたら反論はあっても反感はなかったと思うんですよ。
少なくとも、
>アニメに関して何も知らない人がこの記事を読めば、内容を鵜呑みにしてしまい、「おたくを見下す事によって相対的に上になろうとする人」が生まれてしまうのでしょうか、少し心配です。
という怒り方はされないですよ。
でもあの記事は、遠まわしにオタクを小馬鹿にするような感じで、「こんな作品一つとっても、こいつら低俗で気持ち悪いでしょ。なってないですよねえ」みたいな、差別の目線で書いてあったから勉助さんは怒ったわけですよ。
しかもそれをよりにもよってマスメディアがやってるから、オタクじゃない人にその差別を煽ってまわるような真似してるから、なお許しがたい!という風に見られたわけですね。
でまあ僕が「いやあオタクが読むような雑誌じゃないから放っといて大丈夫だよお」みたいな事言ったのは、「オタクは差別されて当然」って人を放っておくと、オタクだっていうことで今苦しんでる人が余計苦しめられるのがよくない!っていう僕のエントリとズレてるコメントだったので、正直言って勉助さんに呆れられたと思うのですが。(’A`)
ただ、僕は頭が悪いので、ああいう記事書く人に「てめえこのゴミ野郎クソみてえな駄文世間様に撒き散らしやがってぶぶぶぶぶぶっ殺す!」みたいな気持ちで望んでも、きっと向こうの方にゴニャゴニャと理屈たてられて言い負かされそうだな、それは余計不味いことになるな、とか考えてしまって…
怒るときはちゃんと怒らんといかんと思うのですが、根がヘタレなんであんまり上手く人に怒れないんです。すいません。
それよりも「でもこっちの方がこんな所がこんなに面白いぜ!」みたいな言い方のほうが僕は好きなんで、そういうやり方で「アニメやマンガをダシにオタクを馬鹿にするような人たち」に対抗していきたいです。
で、meさんの良いたいことはあの短いコメントから察するのは難しいので、これは僕の妄想になるのですが、
「ハルヒは低俗なオタクにあわせて作られた低俗な内容だからヒットした」という記事→その「低俗なオタク」の部分を否定するには「オタクにあわせた低俗な内容だからヒット」の部分を批判しなきゃいけない、という考えなんかなと。
いやまあ妄想なんで全然違うのかもしれませんが。
でも今も述べたように、「オタクのこういう部分がよくない」とか、そういう指摘の内容が問題なんじゃなくて、「オタクってこんなこと考えながらこんなアニメみてんですよwホントにキモイっすよねw」みたいな言い方がよくないっつう話なんで、やっぱり話題とズレてるかなと。
勉助さんの挙げられたサイゾーの記事については、褒めるのもおたくなら貶すのもおたくといった感じで、実のところはおたく内での勢力争いのような気がします。
即ちこの記者も隠れおたく(?)2で、同系統の自らの趣味の対象より盛りあがって評価されている涼宮ハルヒの憂鬱を叩くことによって、同レベルまで引き落とそうという狙い。
他に叩く理由ってあるのでしょうか。
話を本筋に戻すと、おたくである事に支障を来すのは、過剰に自らがおたくである事をアピールする人なのではないでしょうか。
自分の好きなものに対して饒舌になってしまうのは仕方がない事として、話す相手がどう思っているかが認識からすっぽりと落ちてしまう。
結局はそこが原因でコミュニケーション不全と相手に受け取られ、おたくは気持ち悪いという認識に繋がっている気がします。
誰だって何かしら好きなものや趣味はありますし、そういった話題は話が合う人同士なら何処でだって盛りあがります。
要するに、差別の対象として論ぜられる「おたく」は実際はアニメ・ゲームが好きな人≠おたくで、自らの趣味に対して過剰に反応しすぎる&饒舌になりすぎる=おたくではないか、と思います。
冒頭の「おたくの俺を認めろ!」にしたって、別にそれを宣言したから何だって他人は思うでしょうし、むしろそれしか趣味が無い、幅の狭い人間だと受け取られる可能性も高い。
アニメが好きだからって同好の士を増やすために布教活動をしなければ、取りたてて日常に問題は起きないのではないかと思います。
あの記事、2chのアンチスレからの引用かと思いましたよ。
そしてその後のやりとりも。
matroxさんの言うとおり、同じおたくの争いなんじゃないかと思います。
それだけここ最近ではなかった大きな規模の作品だったということでしょう。
サイゾーの件は、曲りなりにもネットよりも、影響力が高いであろう雑誌のくせして、あまりにも低レベルな記事が載っていたので、怒ってしまっただけであり、このHPで意見を書いて怒りを発散さしたおかげで今では、その怒りも別にありません。本当にありがとうございました。
話を本題に戻しまして、大人になってからのおたく趣味は、マイナーな趣味にあたるのだから、ある程度、奇異な目でみられるのは仕方がないと思います。逆に、多少圧迫されている方が、濃い人が増えて面白いのではないかなと思うぐらいです。
ただ、おたくというだけで即、差別するという所までは、いって欲しくないなと思います。
Matroxさんの文章にあるような、他人とアニメの話題以外では、コミュニケーションがとれないとか、あまりにもマナーがなっていないとか何かしらの原因がある場合に、その原因の基になっているおたく一人だけを差別するのは、仕方が無いですが、その差別の範囲を安易におたく全員の広げる事だけは、しないで欲しいというのが私の考えです。
「それよりも「でもこっちの方がこんな所がこんなに面白いぜ!」みたいな言い方のほうが僕は好きなんで、そういうやり方で「アニメやマンガをダシにオタクを馬鹿にするような人たち」に対抗していきたいです。」 この部分が一番の正論ですよね。でも、面白い事を人に伝える事って難しいですよね。
「ほぼ日刊イトイ新聞」のすごいところは、面白さを人に伝えて、面白い事をみんなで共有しようという意思の基、HPの記事が作られているから、次々とヒット商品が生まれるのかなと思っているのですが、私も他人に面白さを伝えれるぐらいの文章力と大好きになるアニメ・ゲーム・漫画など等をたくさん持ちたいですね。
自分は隠れオタク貴族型なのかもしれませんが……。
オタクがキモイのは結局、空気が読めない奴だからに過ぎないと思うのです。TPOをわきまえる事が出来るなら、一般人でも相手が分かるそれぞれのレベルのオタクネタを会話の「話題の一つ」で振ればいいだけですから。
私はマンガ・アニメ・ラノベオタなのをカミングアウトしてますけど、会社に行く前のニュースでスポーツ・芸能関連のネタを流し聴きし、そこで仕入れたネタを交えつつ時にはマンガネタでも普通に話をしますし。
会社の同僚(腐女子)にFateを貸したら、その後一般人の女の子とも一緒に飯を食っている時にエロゲって単語を飛び出した時、マジで勘弁して欲しいと思いました。空気嫁って真剣に感じたのはあの時でしたね。
見た目に構わないだとか、コミュニケーション能力に乏しいだとか、そういったことは表面的な事にすぎなくて、非オタクからオタクが嫌われてしまう根本にあるのは「フィクションに耽溺している人間の気持ち悪さ」だと思います。
しかもオタク文化がテレビなどでおおっぴらに開陳されてしまっている現代では、オタク達がキャラクターを801同人誌やエロゲで陵辱しているのも非オタクにバレてます。
今後オタク達が訴えるべきなのは、「自分達を気持ち悪がらないでくれ」ではなく、「自分達はキモイオタクだけど、犯罪者予備軍なんかじゃないし、ひきこもりでもない。ちゃんと社会に貢献してるよ。だからいじめたり差別したりしないでね!」ってことじゃないかと思います。かなり困難な未知だとは思いますが(キモイ奴らは差別されてもしょうがない、という考えの人はどうしても居るだろうから)
オタクが隠れオタクにならないためには、何かほかの部分でアイデンティティを確立しなければならない、というのも、結局はオタク本人にキモイという自覚があるからではないですか。
と、キモイ腐女子は思いました。
「ある分野に通じてる人」と取れば尊称になるし、
「いい歳してアニメなんかに熱を上げてる幼稚な人」と意味付けすれば蔑称にもなる。
中には「(趣味が何であるかはともかく)キモイ奴」という意味合いで
使ってるとしか思えないような人も居るし、
オタク内部でも、”キモオタ”なんて言葉は、そのネガとして
”キモくないオタク”が存在することを暗に言い含めている。
オタク批判にしろオタク擁護にしろ、この手の議論を見ると思うのですが、
”オタク”というのは本当に、このように一括りにして論じられるような、
何らかの同質性を持った集合なのでしょうか?
「オタク」という言葉の多義性に振り回されて、
それぞれの論者がそれぞれ違った”オタク像”を前提に
話を進めているために相互に齟齬を生じているような、
そんな感じがします。
まあ、上のサイゾーの云々なんかは、わかってて利用してんだろうな、
という感じもするのですが。
ということですいませんが、ちゃんとしたコメントはもう少々お待ちください…
ということで大幅に返事が遅れてしまい申し訳ないです。
ブログ自体の更新も全然出来てないし(’A`)
>Matroxさん
どもです。
>勉助さんの挙げられたサイゾーの記事については、褒めるのもおたくなら貶すのもおたくといった感じで、実のところはおたく内での勢力争いのような気がします。
向こうもオタクだっつうのはそうなんでしょうね。勢力争いかどうかはわかりませんが、あれで拡大する勢力ってなんなんだろう…どっちかというとテロ活動にも近いような。
>おたくである事に支障を来すのは、過剰に自らがおたくである事をアピールする人なのではないでしょうか。
>要するに、差別の対象として論ぜられる「おたく」は実際はアニメ・ゲームが好きな人≠おたくで、自らの趣味に対して過剰に反応しすぎる&饒舌になりすぎる=おたくではないか、と思います。
>アニメが好きだからって同好の士を増やすために布教活動をしなければ、取りたてて日常に問題は起きないのではないかと思います。
うーん。いや、ちょっと関係あるようで無い様な話になるのですが、なんか他のコメントとかリンク張ってくれたサイトさんとか見ると、「べつにオタクだって主張するようなことはしないけど」みたいな事を言う人が多いんですね。
でも「俺はオタクだ文句あるか」みたいなことを周りに言いふらせとか、頼まれてなくても自分の好きなマンガを無理やり貸し付けろとか、そういうことが言いたいのじゃなくて、周りが自分の趣味のことだけで虐めてきたり軽蔑したりするようなら、なんとかして相手が許すようにするのが大事なんちゃうかなという話で。
そうすると「この言い方なら共感される」みたいなコミュニケーション能力が必要になってくるので、どうしても上手くいかん人…要するに、「自らの趣味に対して過剰に反応しすぎる&饒舌になりすぎる=おたく」が出てくるんだと思います。ただ、それは個人の資質の話になってしまうので、オタクという趣味についての話じゃないですね。
で、じゃあオタク趣味がバレるのを戦々恐々としてる人たちがこういうコミュニケーション能力の無いオタクなのかというと、少なくともオタクを隠さないといけないと考えてる以上、ある程度の社会性やコミュニケーション能力を持ち合わせてると思います。
だから彼らが恐れてるのは、「コミュニケーション能力のない人間に見られること」じゃなくて、「その趣味を持っていることそのものがバレること」であり、「その趣味があるだけで自分の性格だとか資質とは無関係に差別されること」だと思います。
だからオタクが差別されるようになった大元のところでは、確かにそういったコミュニケーション能力云々の話が絡むと思うのですが、現在オタクであることに支障を感じる人というのは、必ずしもオタクを過剰にアピールする人や相手のことを考えない人じゃなく、むしろ逆なんじゃないでしょうか。
>mantoさん
どもです。
>ハルヒのことになると皆さんとても活発になりますね。
どっちかというと藤岡さん家のハルヒくんの話の方が活発になれます。
>matroxさんの言うとおり、同じおたくの争いなんじゃないかと思います。
>それだけここ最近ではなかった大きな規模の作品だったということでしょう。
なんでオタクすぐ内ゲバしてしまうん?
なんにしても大きなムーブメントに集まる血気盛んな人は、スタンスはどうあれおっかないですね、ホラーですね(’A`)
>勉助さん
どもです。
>このHPで意見を書いて怒りを発散さしたおかげで今では、その怒りも別にありません。本当にありがとうございました。
どういたしましてというかなんと言うか、なんにせよ気が楽になったようで良かったです。
>話を本題に戻しまして、大人になってからのおたく趣味は、マイナーな趣味にあたるのだから、ある程度、奇異な目でみられるのは仕方がないと思います。逆に、多少圧迫されている方が、濃い人が増えて面白いのではないかなと思うぐらいです。
オタクはある程度変人に見られる分にはむしろ喜びますからね。めぞん一刻の四谷さんとか、あ〜るの鳥坂先輩とか好きですし。ああいうポジションでオタクが認識されるのが、理想的な状態の一つかもしれませんね。
>ただ、おたくというだけで即、差別するという所までは、いって欲しくないなと思います。
上のMatroxさんへのコメントでも言ってますが、そこが問題だよねーというお話ですな。
>「ほぼ日刊イトイ新聞」
糸井重里なんかは、岡田斗司夫の「プチクリ」を体現している人物のような気がしないでもないですね。あれほど色々なことを楽しんで楽しませることが出来るのは本当に稀有な才能だと思います。
>くろねこさん
どもです。
>オタクがキモイのは結局、空気が読めない奴だからに過ぎないと思うのです。
上でも書きましたが、今の若いオタクや隠れオタクの人たちなんかは、それだけじゃ無いと思うのですよ。
まあ空気読めなかったり、外見や挙動が悪いからキモがられるんだ、ていうのは良く言われますし、実際そういう部分も無いわけではないと思いますが、今回話したこととは別の話になると思います。
>会社の同僚(腐女子)にFateを貸したら、その後一般人の女の子とも一緒に飯を食っている時にエロゲって単語を飛び出した時、マジで勘弁して欲しいと思いました。空気嫁って真剣に感じたのはあの時でしたね。
きっとその腐女子の方は、一般人の子にオタク臭を嗅ぎ取って、エロゲという単語に引っかかるかどうかカマをかけて見たんですよ。多分違うけど。しかも結局は空気読めてないし。
>ユッカさん
どもです。
>オタクが嫌われてしまう根本にあるのは「フィクションに耽溺している人間の気持ち悪さ」だと思います。
そうすると、映画マニアとか古代神話が好きな人も同じくらい嫌われても良さそうですが、そうでも無いことから察するに、仮に「フィクションに耽溺しているから気持ちわるがれる」としたら、フィクションの質によるものも大きいのでしょう。じゃあその質の差っていうのはなんだという話になると、どんどん面倒くさい話になってしまうのでここまでにしておきます。
何が言いたいのかというと、フィクションだからダメだとか、オタクが嫌われる理由を何か一つに還元するとしっくり来ない部分がどうしても出てきますから、結局はケースバイケースだったり、様々な要因が絡み合った結果で嫌われるんでしょうね。
>今後オタク達が訴えるべきなのは、「自分達を気持ち悪がらないでくれ」ではなく、「自分達はキモイオタクだけど、犯罪者予備軍なんかじゃないし、ひきこもりでもない。ちゃんと社会に貢献してるよ。だからいじめたり差別したりしないでね!」ってことじゃないかと思います。
オタクからは「日和ったか、卑屈だ」とか言われて、非オタクからは「自分でキモイと思ってるんならオタクやめろ」と言われるという図を想像してしまいました。
そもそも、少なくとも非オタクと同じくらいはオタクもキモイし、オタクと同じくらいは非オタクもキモイと思うんですよ。そういう認識が前提にあれば、こういう言い方で相手もわかってくれると思うのですが、そうでないと難しいかなと思いました。
>オタクが隠れオタクにならないためには、何かほかの部分でアイデンティティを確立しなければならない、というのも、結局はオタク本人にキモイという自覚があるからではないですか。
他の部分でアイデンティティを確立してるとオタクを隠さないで済む、というのは、TOEICで良い点取ってると就職が楽とかいうのと同じレベルの話ですから、無けりゃ無いでも大丈夫な人は大丈夫で、あると助かる人は助かるっつうだけの話だと思います。
で、やっぱりあると助かるという人、単にオタクっていうだけだとキツイ人が多いのは確かなんですが、それは自分がキモイという自覚のせいというよりは、自分をプラスに捉えられない自己不全観のせいじゃないかなと思います。まあ裏表みたいなもんですが。
>ROMerさん
どもです。
ハイ、今回、オタクの定義については意識して避けてました。スイマセン。(’A`)
エントリでもコメントでも、オタクとはなんぞやというのを文章の中に盛り込んで書こうとすると、話の要点がズレそうな気がしたので外しました。
なので
>”オタク”というのは本当に、このように一括りにして論じられるような、
>何らかの同質性を持った集合なのでしょうか?
というのも、本当はきちんと考えて書いた上で隠れオタクだとかの話をするべきだったのですが、今述べたような理由からスルーしてました。スイマセン。
>まあ、上のサイゾーの云々なんかは、わかってて利用してんだろうな、
>という感じもするのですが。
そんなことないよ〜(・3・)