デスクトップ鉄の雑記帳

2017-06-16

[][]基準規程旧20条 19:49

むさしの」と「しもうさ」の運賃計算経路について書いた2014年8月2日の記事のコメントで、非営業線区を経由する臨時列車に関する国鉄時代の基準規程20条の教示を受けた。「しもうさ」の運賃計算経路について新たなコメントがあった機会に、民営化時に廃止された旧国鉄の旅客営業取扱基準規程20条(1974年4月現行)を紹介する。

(旅客の非営業線区における臨時取扱方)

第20条 旅客の非営業線区を経由する臨時列車を運転し、旅客の取扱いを行う場合は、順路による旅客の営業線を経由したものとして取り扱うものとする。ただし、次に掲げる旅客の非営業駅に着発する場合は、各そのかつこ内のキロ程によりその取扱いをするものとする。

    (参考)
(1) 塩釜港陸前山王・塩釜港間 4.9km) (1) 塩釜港(陸前山王・塩釜港間 4.9km)
    (2) 東新潟港越後石山・東新潟港間6.0km)
    (3) 沼垂(越後石山・沼垂間4.0km)
(2) 隅田川三河島・隅田川間3.2km) (4) 隅田川(三河島・隅田川間3.2km)
 北千住・隅田川間4.3km)  (北千住・隅田川間4.3km)
(3) 小名木川小岩・小名木川間8.6km) (5) 小名木川亀戸・小名木川間2.1km)
(4) 越中島(小岩・越中島間11.7km)
(5) 汐留品川・汐留間4.9km) (6) 汐留(品川・汐留間4.9km)
(6) 名古屋港名古屋・名古屋港間8.0km) (7) 名古屋港(名古屋・名古屋港間8.0km)
(7) 白鳥(名古屋・名古屋港間4.9km) (8) 白鳥(名古屋・名古屋港間4.9km)
    (9) 浜大津膳所・浜大津間2.2km)
(8) 浪速(大正・浪速間3.1km) (10)浪速(大正・浪速間3.1km)
(9) 大阪港(大正・大阪港間6.6km) (11)大阪港(大正・大阪港間6.6km)
(10)高砂(高砂・高砂港間1.7km) (12)高砂港(高砂・高砂港間1.7km)
(11)浜多度津(多度津・浜多度津間2.2km) (13)浜多度津(多度津・浜多度津間2.2km)
(12)坂出(坂出・坂出港間2.9km) (14)坂出港(坂出・坂出港間2.9km)
(13)門司埠頭(門司・門司埠頭間5.2km) (15)門司埠頭(門司・門司埠頭間5.2km)
(14)博多港香椎・博多港間7.8km) (16)博多港(香椎・博多港間7.8km)

参考として右側に記した区間は、「旅客及び荷物営業細則」8条(1962年現行)のものである*1。1962年現行の細則8条は平林喜三造「旅客営業規則解説」に記載されていたもので、同書はこの規定について次のように解説している。

旅客の非営業線区に団体又は貸切運送若しくは引揚者等の特殊運送が、臨時列車を運転して行われる場合、いかなる運賃計算をするかについては、すべて順路による旅客営業線*2を経由したものとして取り扱うこととしている。この順路による旅客営業線とは、その臨時列車による運送が行われなければ当然経由するであろう通常の定期列車による運送経路によるのである。

とし、例として、東海道線から千葉方面への臨時列車(東海道線→品鶴線山手貨物線金町新小岩→千葉)は、東海道線→東京秋葉原→千葉の順路で運賃計算するとしている。さらに、

旅客の非営業線区を経由する臨時旅客列車による運送営業は若干あるが、まれにはこの非営業線区に発着する臨時列車による旅客運送営業が行われることがある。例えば、小名木川発成田行の臨時列車とか上野発沼垂行の臨時列車等である。

これらの場合には、対応する旅客キロ程がないので、それぞれ貨物キロ程を使用することとしているが、便宜上具体的にその区間とキロ程が本条に明示されている。

旧20条は当時の旅客営業規則14条の「旅客運賃・料金の計算その他の運送条件をキロメートルをもつて定める場合は、別に定める場合を除き、鉄道営業キロ程・航路営業キロ程又は自動車線営業キロ程による。」の「別に定める場合」を規定したものだった。解説から分るように、団体等の臨時列車の運転ルートのキロ程に関するきわめて特殊な規定である。例に挙げている区間は、実乗キロよりも「順路」の運賃計算キロが短い区間であり、旅客にとって有利な取扱いを内規で定めたともいえる。

JR化後、営業キロが「順路」よりも短い短絡線を経由する定期列車が運転されるようになった。旅規は67条で「旅客運賃・料金は、旅客の実際乗車する経路及び発着の順序によって計算する。」と定めているが、短絡線を経由する運賃計算の例外規定は存在しない。

現行の旅規14条は、

(営業キロ)

第14条 旅客運賃・料金の計算その他の旅客運送の条件をキロメートルをもって定める場合は、別に定める場合を除き、営業キロによる。

2 前条の営業キロは、旅客の乗車する発着区間に対する駅間のキロ数による。

1項に「別に定める場合」が残っているが、現在は運賃計算キロ又は擬制キロを指すと解釈される。2項は、1980年4月20日「キロ程」を「営業キロ」に改定したときに挿入されたものである。「駅間のキロ数」は、営業キロが存在しない短絡線を意識しているのかもしれない。湘南新宿ラインは旧蛇窪信号場の短絡線を経由するが、大崎西大井間に「駅間のキロ数」は存在せず、大崎・品川・西大井間のキロ数を使用すると、読ませようとしているのか。「旅客の乗車する区間」ではないのだが。

しかし、「むさしの」が経由する西浦和与野間には4.9キロの駅間の営業キロが設定されている、JR東日本の第1種事業区間である。「むさしの」の運賃計算経路(西浦和・武蔵浦和中浦和大宮)は、実乗ルートよりも1.8キロ長い。2014年8月2日の記事に「西浦和・与野(短絡線)経由の運賃計算を認めてしまうと、武蔵浦和経由の運賃計算が有名無実化してしまうので、それを避ける意図があるのでは」とのコメントがあった。たしかに西浦和・与野間を運賃計算経路とすると、東京近郊区間相互発着の乗車券では、「むさしの」の乗車だけでなく武蔵浦和で乗継ぐ場合にも適用されてしまう。

これを回避するには、旅規の明文規定が必要である。旅規に頻出する「旅客運賃計算経路」を定義し、非運賃計算経路を明示すべきである。6月1日の記事にコメントがあった、新垂井線を運賃計算経路から除外する根拠規定としての意味もある。

*1:細則時代は見出しと本文の「旅客」が「旅客又は荷物」となっていた

*2:原文は下線ではなく、傍点

2017-06-02

[][]和久田康雄氏逝去 20:10

鉄道ピクトリアル7月号の最終頁に

本誌編集委員として長年にわたりご指導をいただいてきた、私鉄史研究の第一人者和久田康雄さんが逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。次号で追悼文を掲載する予定です。

という、あまり目立たない記事が掲載されている。他のメディアに訃報は出ていないようだ。

和久田氏の著書はけっこう読んでいる。書棚にあったのは(単著のみ)

「私鉄史ハンドブック」は、1968年刊行の「資料・日本の私鉄」の増補版で、和久田氏のライフワークである私鉄史研究の集大成。副題に"Private railways of Japan, Their networks and fleets - 1882 to 1991" とあり、事業者ごとの路線と車両の変遷を記している。巻末に英語のIndexやNoteもある。さらに改稿して2014年に「鉄道ファンのための私鉄史研究資料 1882 to 2012」が刊行されたようだが、これはもっていない。

「日本の私鉄」と「日本の地下鉄」は、岩波新書には珍しい鉄道書である。同じく1980年代に刊行された原田勝正氏の「満鉄」(1981年)、「日本の国鉄」(1984年)と対をなす。当時編集部に「鉄」がいたのかと「あとがき」を調べたが、和久田氏と原田氏の担当編集者は別人だった。

「鉄道をよむ」は、所蔵する鉄道書コレクション*1から100冊を選び、解説している。自著は「日本の地下鉄」を選んでいる。「『日本の私鉄』の方が思い出は深いが、発行された時の反応は、この本のほうが大きかったように感じた」とのこと。「鉄道をよむ」刊行後も、鉄道ピクトリアルに毎号、新刊の鉄道図書を取り上げ、的確な書評を寄稿されていた。

*1:新金沢文庫と称し、個人の鉄道関連蔵書としては国内最高を誇るものとして知られる。2009年NPO法人名古屋レール・アーカイブス寄託された

2017-06-01

[]時刻表索引地図の藤城線 20:06

最長片道切符で「新函館北斗七飯→(藤城支線)→大沼」というルートが取れないかと、読者からメールで問い合わせがあった。「通称藤城線は、函館本線の別線で、営業キロを有する独立した路線ではないから、七飯で打ち切りになり、片道乗車券は発売されない」と回答した。

藤城線は、1966年10月1日七飯・大沼間の複線化に際し、勾配緩和のための下り線として開通した。同様の勾配緩和別線として、東海道本線大垣関ケ原間に1944年10月11日開業した下り専用の通称新垂井線がある。こちらは国鉄の線路名称に記載された営業キロを有する路線で、JR東海の路線として引き継がれ「鉄道要覧」に記載されている。藤城線と異なり中間に新垂井駅*1が設置されたため、正式な営業路線となったと思われる。

読者の疑問が生じたのは、時刻表の索引地図に藤城線が表示されているためだろう。正式路線の新垂井線は当然表示されており、両者の区別がつかない。2013年3月28日の記事に旅客列車の運行があるJRの短絡線・線増別線を記載したが、このうちJTB時刻表の索引地図に表示されているのは藤城線だけである。開通と同時に、1966年10月号にすでに表示されていた。なぜ、藤城線は別格の扱いなのだろう。

*1:1986年11月1日廃止

やまやまやまやま 2017/06/03 02:25 交通新聞社版「JR時刻表」索引地図には、大阪を経由しない「はるか・くろしおルート」が別線として表示されています。
(JR貨物2種としての独立区間は吹田貨タ・福島間ですが、索引地図に別線表示されているのは新大阪・西九条間です。)
これだと、最長片道ルートの「京都(東海道)尼崎」の部分が「京都(東海道)新大阪(別線)西九条(大阪環状<福島経由>)大阪(東海道)尼崎」でも良いように解釈できてしまいます。
別格扱いにしている点は、確かに疑問ですね。

takataka 2017/06/03 06:34 ということは、経路が垂井→大垣→関ケ原以遠となる片道乗車券が今も発券可能なのでしょうか。

yy2017yy2017 2017/06/03 09:21 発券できませんね。
鉄道要覧に記載されている=運賃計算経路にできるではありませんから。

desktoptetsudesktoptetsu 2017/06/03 18:34 やまやまさん
JR時刻表には旧梅田貨物線がでているのですね。「JTB時刻表」を追加しました。

desktoptetsudesktoptetsu 2017/06/03 18:40 yy2017さん
新垂井線は運賃計算経路から削除されているのですか。情報源を教えてください。takaさんのルートや岐阜方面から環状線を一周して大垣に戻る6の字ルートが片道乗車券として発売されると思っていました。

yy2017yy2017 2017/06/03 20:21 すみません、いつの公告や通達でという情報は持ち合わせておりません。
ですので、発券できるとお思いであれば、そういう乗車券の発券を依頼されてみてください。

ゆうきゆうき 2017/06/03 22:06 新垂井の話題が出たので便乗質問です。垂井〜新垂井間を乗車するときの運賃計算には特例があったとどこかのサイトで読んだ記憶があるのですが、ご存じないでしょうか。

desktoptetsudesktoptetsu 2017/06/04 08:11 おそらく私のサイトでしょう。「JR旅客制度特例の変遷」に、新垂井駅発着の区間外乗車の特例(基準規程旧150条)について書いています。運賃計算ではなく、乗車券の効力に関する規定ですが。

ゆうきゆうき 2017/06/04 17:41 desktoptetsuさん
基準規程旧150条は承知しているのですが、私が書いたのは垂井から新垂井までとか、新垂井から垂井までという乗車のときに、運賃計算の特例があったらしいということです。

desktoptetsudesktoptetsu 2017/06/04 20:46 ウェブ検索して見つけました。「昭和の鉄道員ブログ」
http://s.webry.info/sp/shinano7gou.at.webry.info/201609/article_4.html
によると、新垂井・垂井間相互発着の運賃は名鉄局のローカルルールで垂井・関ケ原間の営業キロによると決められていたようです。根拠規定は名鉄局旅客営業等取扱基準規程55条だそうですが、内容は出ていません。初めて知りました。

やまやまやまやま 2017/06/07 23:45 垂井・新垂井間相互発着運賃の特例が存在した、ということは、当時すでに通常の別線扱いではなかった(同一線の線増扱いだった)、と言えるのではないでしょうか。
もし普通の別線扱いだったならば、「新垂井→関ケ原→垂井」のキロ程を適用すればよく(ただし、逆方向の「垂井→大垣→新垂井」を同額にする特例は必要ですが)、わざわざ「垂井・関ケ原間のキロ程を適用」とする必要はないはずですから。
そう考えると、現在でも「垂井→大垣→関ケ原以遠」「大垣以遠→関ケ原→垂井or大垣」のような乗車券は発売できないものと思います。根拠規定は不明ですが。

2017-05-21

[]「木曽あずさ」・「諏訪しなの」 16:49

JR各社から夏の臨時列車が発表されたが、JR東日本リリースに記載されている「木曽あずさ」と「諏訪しなの」が注目される。7月からの信州デスティネーションキャンペーンにあわせて、「木曽あずさ」は189系新宿南木曽間に、「諏訪しなの」は383系名古屋茅野間に運転される。中央東線中央西線を直通する列車である。

時刻表復刻版を調べてみると、戦前は東西の直通列車がけっこうあった。昭和5年10月号によると、飯田町・名古屋間に5往復の直通列車(うち4往復は、松本・長野行列車に併結)が運転されていたほか、飯田町・中津川間や甲府・名古屋間の列車もあった。昭和19年10月号でも、下りは新宿・名古屋間5本、八王子・名古屋間2本、新宿・中津川間1本、上りは名古屋・新宿間6本、名古屋・大月間1本、中津川・新宿間1本の列車があった。

戦後は直通列車がなくなり、運行系統は東西に分離された。唯一直通列車を見つけたのは復刻版時刻表1956年12月号。新宿発長野行き413レと塩尻行419レに「客車の一部は名古屋着」と注記され、それぞれ西線区間を828レ、808レに併結されていた(名古屋発新宿着も2列車)。

1982年5月17日、東西を結ぶ本線上にあった塩尻駅は500メートル広丘駅寄りに移転した。東西両線はそれぞれ松本方面に直通する線形となったが、旧本線も連絡線として残っている。「木曽あずさ」と「諏訪しなの」が塩尻駅に停車するかどうか不明だが、塩尻駅で停車するときは、スイッチバックする必要がある。

そのほか、特急料金がどうなるかも興味深い。JR東日本の「あずさ」の特急料金とJR東海「しなの」の特急料金は、150kmまではJR東日本の方が安い。JR東海が夏の臨時列車のリリースで、「諏訪しなの」について記載していない*1ところを見ると、JR東日本の料金体系に合わせるのかもしれない。

*1信州デスティネーションキャンペーンのリリースには、「JR東日本とJR東海が共同で運行する」と記載されている

戦部ゆーと戦部ゆーと 2017/05/21 17:19 現行の旅客の定期列車では全て塩尻で東日本と東海の乗務員が交代していると思われるため、当該列車も塩尻駅を経由する可能性が高いと考えられます。
東海のワンマン普通列車も塩尻〜松本間は原則車掌乗務になっています。

また、特急料金については竜王以西はA特急料金なので東日本と東海で料金差はなく、通常のA特急料金での発券になるかと思われます。東日本と東海で料金差があるのはB特急料金です。

desktoptetsudesktoptetsu 2017/05/22 08:05 特急料金はそのとおりです。該当部分を削除しました。

きっぷ好ききっぷ好き 2017/05/23 00:15 木曽あずさ号に関しては、乗車券の運賃計算も気になるところです。

久々に辰野駅を経由する優等列車ですが、みどり湖経由との経路特定区間を廃止して以来、はじめての直通列車ではないでしょうか。

新宿から乗車し、塩尻で下車するのであれば、大都市近郊区間で問題になりませんが、中央西線の駅まで乗車するのであれば、券面表示外区間の乗車となり、区間変更が必要になるはずです。

もっとも、規則を改訂しなくても、時刻表に「みどり湖経由の乗車券で乗車できます」のような注意書きがしてあれば、こんな問題はおきないでしょう。過去には、仙台発小牛田経由石巻行きの直通快速が仙石線経由の乗車券で乗車できる旨が時刻表にあったことを考えると、来月号の時刻表が楽しみですね。

やまやまやまやま 2017/05/23 02:23 停車駅は、
「木曽あずさ」=新宿・立川・八王子・甲府・茅野・上諏訪・岡谷・辰野・塩尻・奈良井・木曽福島・南木曽
「諏訪しなの」=名古屋・千種・多治見・中津川・上松・木曽福島・奈良井・塩尻・岡谷・下諏訪・上諏訪・茅野
です。

「木曽あずさ」に関しては、基準規程第110条第3号が現存していれば、みどり湖経由の運賃・料金の適用が可能ではないでしょうか。

両列車とも塩尻に停車しますので、塩尻では全方向発着可能な4番線を使用するものと思われます。

きっぷ好ききっぷ好き 2017/05/25 18:45 >>やまやまさん
当該区間に列車特定区間が残存していたんですね。お客様センターに問い合わせたところ、規程110条を根拠に乗車できるとのことでした。

それにしても、JRの広報不足ですよね。6月号の時刻表にはその注意書きはありませんでしたし、ホームページにも言及がありません。desktop鉄さんがおっしゃるように、旅客の運賃・料金に関わる重要事項を規程に定めていることは非常に不可解です。これでは、一部の旅客は特例を知らずに高い料金で列車に乗ることにつながります。指定席券売機やマルスはこの特例に対応しているかとは思いますが、長距離を移動する旅客など、乗車券を別購入する旅客には駅員が誤案内する可能性も否定できません。

110条の列車特定区間ですが、上野東京ライン開業時など、他の列車の規程が新設されている可能性はないのでしょうかね。同路線が開業した際に、規則172条の2が追加されましたが、規程110条などには変更が生じなかったのか、気になるところです。

全く話が変わりますが、「諏訪しなの」を茅野止まりにしたことには何か理由があるのでしょうか。一つ理由があるとするならば、名古屋・茅野間の営業距離が201.7kmであるところかと思います。料金ゾーンが1ランク上がるところに終着駅を持ってきたのは、JRの密かな狙いのような気がします。

やまやまやまやま 2017/05/27 03:13 >きっぷ好きさん
運賃・料金に関する事項が基準規程のみに定められているのは問題ですが、規則と基準規程の二本立て状態のまま国鉄時代から脈々と改定を重ねてきた歴史的経緯や、JR各社の個別規定ながら内容を統一しなければならない実態を考えると、現実問題としてはやむをえないのかもしれません。ただ、一般利用者が目にすることのできる時刻表やHPには載せてほしいですね。

「諏訪しなの」の運転区間については、他意はないと思います。茅野は、県内代表観光地の一つである蓼科高原へと繋がるビーナスラインの入口駅でもありますし、県内の中央東線上では上諏訪と共に全特急が停車する主要駅ですので、距離云々を意識したものではないでしょう。

2017-05-08

[][]荷物営業規則 19:59

国鉄の荷物運送は、鉄道開業とともに始まった。当時の荷物運送規程について「日本国有鉄道百年史」(第1巻、p415)は、

手回り品および手荷物の取扱いは、品川横浜間の仮開業と同時に開始した。これに関する制度は、「鉄道列車出発時刻及賃金表」中に定められていた。6年9月15日、新橋・横浜間で開始された小荷物の制度は、「鉄道貨物運送補則」第31条に規定されていた。他方、明治7年5月大阪神戸間で小荷物の取扱いを開始したさいには、「小包荷物運送規則」が制定された。新橋・横浜間では、明治7年11月17日、「小包荷物運送規則」11項が工部省達で定められ、12月1日から施行された。

と書いている。鉄道貨物輸送とともに開始された小荷物は、旅客運送に伴う手荷物とは、区分されていたようだ。

1920年旅客運送関連の単行規程を一本化して制定された「国有鉄道旅客及荷物運送規則」は、第3編として「手荷物、小荷物及旅客付随小荷物ニ関スル規定」を定め、これ以降荷物運送は旅規に規定されていた。旅規ポータルに掲載の旅客及び荷物運送規則(1958年10月1日施行)には荷物編も記載しているが、「国鉄旅規改訂履歴1958-1987」は旅客編だけで、荷物編の改定は省略していた。今回、旅客及び荷物営業規則から荷物編を分離して制定された荷物営業規則(1974年10月1日施行)を掲載した。おそらく国鉄が初めて「ですます体」で書いた規則だろう*1

1949年6月1日公共企業体としての日本国有鉄道の発足以降、荷物運賃制度は次のように推移した*2

施行日手荷物通常小荷物
1949/06/01定額距離制(距離500km刻み、重量10kg刻み)
1950/06/01 距離制(距離1000kmまで250km刻み、以降500km刻み。重量30kgまで5kg刻み、以降10kg刻み)
1950/06/01定額(託送は3個まで。2,3個目は通常小荷物運賃)
1951/11/01 距離制(距離同上。重量40kgまで5kg刻み、以降10kg刻み)
1953/01/15定額(30kg超は通常小荷物運賃)距離制(距離500kmまで100km刻み、1000kmまで250km刻み、以降500km刻み。重量同上)
1966/03/05定額(託送は2個まで。30kg超は通常小荷物運賃)地帯制(都道府県別5地帯。重量10kg刻み)
1969/05/10地帯制(都道府県別5地帯。30kgまで10kg刻み)地帯制(都道府県別5地帯。重量10kg刻み)

1969年5月等級制からモノクラス制に移行した旅規の大改定時に、定額だった手荷物運賃に地帯制を導入した。国鉄百年史(第13巻、p165)は、その理由を次のように記述している。

旅客・手荷物の同時輸送が減少し、配達個数の増加などから旅客が携行する代わりに託送するという手荷物の特質が年々失われ、小荷物との品目の差がなくなってきたからである。

掲載した荷物営業規則は、この時点の規定である。5地帯の区分は別表3に記載されている。1985年4月20日施行の荷物営業規則改定で、地帯区分を都道府県単位から地方単位にまとめる一方、運賃区分を5地帯から12地帯に細分化した。

地方区分都道府県/地方区分北海道北東北南東北関東信越中部北陸関西中国四国北九州南九州沖縄
北海道北海道124556681011121212
北東北青森岩手秋田21122334678912
南東北宮城山形福島41111223567812
関東茨城栃木群馬埼玉千葉東京神奈川山梨52111122345611
信越新潟長野52111112345611
中部岐阜静岡愛知三重6321111122349
北陸富山、石川、福井6322111123349
関西滋賀京都、大阪、兵庫奈良和歌山8432211112237
中国鳥取島根岡山広島、山口10653322112126
四国徳島香川愛媛高知11764423221348
北九州福岡佐賀長崎熊本、大分12875533213114
南九州宮崎、鹿児島12986644324113
沖縄沖縄12121211119976843-

荷物営業規則は、その後民営化直前の1986年10月1日に全面改定され、大幅に簡素化された現行のJR荷物営業規則に至っている。

追記(5月10日):1974年の都道府県別地帯区分にも、1985年の地方別地帯区分にも、国鉄の線路がない沖縄県が含まれているのは、おそらく、沖縄航路が国鉄の連絡運輸会社線だったためだろうと調べてみた。Wikipedia琉球海運に「1972年5月15日 - 沖縄の本土復帰にともない、鹿児島駅を接続駅とした本土 - 那覇の国鉄小荷物連絡輸送を開始」と書かれている。また同日の旅客及び荷物営業規則の改正公示(国鉄公示第56号)に、別表第4号の鹿児島県の次に沖縄県を加えることが記載されていた。

国鉄時代の連絡運輸規則別表は所持していないが、1987年4月JR発足時点の別表に琉球海運株式会社航路が記載され、西鹿児島駅接続(Wikipediaの鹿児島駅と異なる)で、JR九州各駅から那覇港、平良港石垣*3までの片道、往復、団体乗車券が発売されていた。

2011年のJR東日本荷物営業規則の荷物地帯区分表には、沖縄は記載されていない。1997年版にもなかった。いつ琉球海運との連絡運輸が廃止され、荷物営業規則別表から沖縄が削除されたのか不明だが、1987年から1997年までの間である。

*1:同日全面改定して制定された貨物営業規則も「ですます体」

*2:国鉄百年史(第13巻、pp164-167)、時刻表復刻版、旅規改正国鉄公示などによる

*3:Wikipediaによると、1976年に鹿児島−那覇−先島航路の直行便を開設した

さくら夙川さくら夙川 2017/05/10 22:17 荷物営業規則を収録したJR発足後の旅客関係単行規程集で、1989年(平成元年)のJR東海版を参照したところ、すでに沖縄県は削られていました。
なお、国鉄末期の国鉄と琉球海運の連絡接続駅は、旅客と手荷物は西鹿児島駅、小荷物は鹿児島駅となっていました。

desktoptetsudesktoptetsu 2017/05/11 07:01 ありがとうございます。旅客連絡運輸の範囲がJR九州に限定されていたことから、JR発足時に別表から削除されていたのかもしれませんね。また現行JR規則のベースになったと思われる、1986年10月の荷物営業規則全面改正時(国鉄公示94号)の可能性もあります。この国鉄公示は、官報では「内容省略。ただし、昭和61年9月30日鉄道公報号外参照」で、号外は国会図書館に所蔵されていないので、読めないのです。