2010-04-29
論考完成! 掲載!
.review噺 |
と、いうわけで、僕が参画させていただいているプロジェクト「.review」のサイト内にて、僕の論考が掲載されました。
『果たしてウェブ・メディアの台頭は「スカウト雑誌」の未来を殺すのか』←こちらをクリック!
他の業界においては、もはやクリシェ化してきている「ウェブ・メディアと既存メディアの共存」というアイデア。それが、いわゆる「音楽雑誌業界」においては、ほとんど「問題にすらされていない」現状に対して「それってどうなの?」的立ち位置から、具体的な「革新案」を提示しています。
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(序文より引用)
「ロキノン系」と呼ばれるアーティスト達がいる。
日本でもトップクラスの発行部数を誇る邦楽雑誌『ロッキング・オンJAPAN』(以下、ロキノン)。この雑誌に頻繁に掲載されることでファンを増やし、その地位を安定させることに成功したアーティストの総称としてこの言葉は生まれた。ある者は熱狂的に彼らを歓迎し、ある者はそれが「ロキノン系」であるということだけで批判的に突き放そうとする。いずれにせよ、日本でロック・ミュージックを聴く者にとって、この強力な磁力を持ったロキノンクラスタの存在は無視できないものであった。あった、と曖昧な記述をとったのは、現在、その「ロキノン」の存在意義が――と、いうよりも、ロキノンを含む「スカウト雑誌」の存在意義が――非常に危うくなってきているからである。
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本論を書くうえで、最も気をつけたこと。
それは「希望」を持つ、ということ。そして、なにより「わかりやすく」。
結構頑張って書かせていただきました。
是非、読んでいただければと思います。
ではでは、ですますですた!
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オレは安定して自分の趣味に合う情報を紹介してくれるページがあったら見るけどね。
紹介者が楽曲についての思い込みを語ってくれてもいいし
情報が溢れかえっている今だからこそ、そこから抽出できるスキルは重宝されていいはずだし
それはなにも権威のあるメディアでなくたって構わないと思ったり。
でも、大きなメディアは目に付きやすいという一点だけで大多数のリスナーであるライトなリスナーに
届きやすいと言う利点があるわけだし、ライトなリスナーがロキノンは読まねぇよという突っ込みは
置くにしても読者と雑誌がもっと近付くというのはもっとあってもいいのかもしれない。
専門誌ならなおさらだ。
と、解らないながらに書いてみた。
また誤読してたら辛いけど、それもまたコミュニケーションなのだ。
ものすごい「速さ」と「量」を一気に手に入れられるようになった、ってのはあるわけです。
ジンさんの仰る「見る」ページも、やはりそういう欲望を満たしてくれる場所だと思います。
ただウェブ2.0において最も重要なのは「誰でも発信者になれる」ことなわけですよね。
で、システム的に、それが適っているにもかかわらず、誰もが「大物ブロガー」になれるわけじゃない、という不思議がある。
もちろん、実力がなきゃ「大物ブロガー」にはなれません。
しかし、普通に実力があっても、この膨大な情報網のなかでは、そもそも「発見されない」場合が多々ある。
そこを権威でカヴァーすることによって、権威側は集合知的な「情報の〈量〉と〈鮮度〉」を充実させていき、なおかつ読者へのアピールを成し遂げる。
一方で発信者側は「大物ブロガー」にならずとも、パースペクティヴの大きい知識披露の「場」を獲得できる、と。
そして、読者としては「権威」という後ろ盾があるぶん、その「披露」に、安心して注目できる。
で、蛇足ですが、ちょっと視点を変えてみると
そもそも「大物ブロガー」って、「質」よりも「速さ」を預けられた存在なんです。
それは「集合知」の主人公としては当然の役割なんですが「知識披露」したい人々のポストとしてはちょっと物足りない立場だといえる。
そこらへんを、「ウェブ2.0至上主義者」は見落としてきた。
これは「権威」というものの重要さについても同様ですが。
ウィキやグーグルは「集合知」としてもてはやされますが、正直明確に「信頼」されているとはいえない。
この状況は、無名の、これからウェブを使ってのし上がっていこうという「表現者」にとっては致命的な状況であるといえます。
僕の論考は、そこらへんの……つまり「表現者」救済のための「2.0メディア」論だと思っていただければありがたいです。