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2012-10-04

[]天才を考察する

「天才」という言葉をWikipediaで調べると、『天から与えられたような、人の努力では至らないレベルの才能・その人を指し、主にきわめて独自性の高い能力的業績を示した人を評価したり、年若いのにあまりに高い才能を示した人への賛辞的形容に使われる。』とある。出てくる名前を見ても、アインシュタインニュートンゴッホフォン・ノイマンなど錚々たるメンバーだ。

誰もが天才に興味があると思う。特にどうやって天才が生み出されるのかを。天才が生まれる過程はというと、「天才とは生まれながらに天才であり、すべては遺伝子が決定する」そんなイメージが強い。しかし、著者はこれを「G×E」という言葉で否定する。「G×E」とは、「遺伝子かける環境」を省略した言葉。遺伝子は、体や知能などあらゆる特徴の形成に大きな影響を及ぼす。しかし、どう発現させるかを厳密に命令することはめったにない。遺伝子はさまざまな刺激に反応し、それらと相互作用して、ひとりひとりの独特な環境に合わせる。


遺伝子と環境の相互作用を示唆する実例」としては、以下のようなものがある。


ウミガメとクロコダイルは、卵のときの周囲の気温によって生まれる子の性別が決まる

イナゴは、密集した環境で生まれ育つと、そうでない場合に比べて筋肉がよく発達する


こういう実例は出ているが、どうしても「すべて遺伝子が決定する」という印象は残ったままだ。例えば、親子でスポーツ選手という例はよく目にする。これは遺伝子もたしかに関係あるが、親がどう育てるかというプロセスを体得しているからこそ、2代続けてなどという現象が起こるのだろうか。たしかに、自分がこれまで生きてきたなかで、親が知っていることは継承できるが、未知の世界は自分で切り開くしかない。しかも、そこに多大な労力と時間がかかる。そこに目がなかなか行きにくいため、「すべて遺伝子が決定する」というイメージがまとわりついているのではないか。


本書の第2部では、「天才を育成する」とある。第1部の「生来の才能という神話」が主張にあたり、第2部は根拠だ。決してハウツー本のような内容ではなく、第1部の根拠である。第2部で、気になった文章を引用してみる。


『それでも、生まれつきの才能という神話はいつまでも廃れないだろう。(中略)それは、われわれが神話に頼っているからである。生まれつきの才能と限界を信じる方が、精神的に楽なのだ。自分がいま偉大なオペラ歌手になっていないのは、そうなる器ではないからだ。自分が変わり者なのは、生まれつきなのだ。』

確かに。人はどこかで自分の限界を決めてしまっているように思う。努力することが面倒くさい、また、できなかったときの言い訳として、無意識に「才能」を挙げているのではないか。ここは妙に納得してしまった。


『親がなすべき仕事は、そのプロセスを尊重することと、自らそれに関与することだ』

これも納得。結果を重視しすぎると、失敗することを恐れるようになるという。良い結果を出した子どもへの褒め方としても、「よくやったね」よりも「よくがんばってたからだね」のようにプロセスを褒める方が良いように感じる。プロセスを褒められると、「努力する」、「挑戦する」ということを覚えるのではないか。


最後に、天才とは、知的障害も関係すると言われる。一番有名なのは、サヴァン症候群であろう。知的障害のある者のうち、ごく特定の分野に限って、優れた能力を発揮する者の症状を指す。レオナルド・ダ・ヴィンチガリレオ・ガリレイなどもこの症状だったと言われている。この辺りも興味が広がる。


いずれにしろ、子どもを持つ人、部下を持つ人など教育に興味がある人には断然お勧めの一冊。


こちらは遺伝子と「こころ」を結びつけた本。こちらもおすすめ。