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/ja あやつる YmrDhalmel このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-01-22

起伏について

いろいろある。出かけたところと、出かけていないところと、ことばになることと、ならないことと。

日々の起伏の中に居る。

ちゃんと書ききれないままに時が過ぎているような気がするので、桜の2日で撮ったしゃしんのありかだけリンク先に置いておく。

20170115|Keishicho-TUSG

2016/17 V Challenge League I | Flickr

2017-01-09

いろいろな活きかたがあるということ

年を越しながらぼんやりと考え続けていたことを、ちょっと書き出してみようと思う。たぶんとりとめのないものになるだろう。

正月にこの記事を読んだ。→【嫁は二次元】走るガルパンおじさんが語る #箱根駅伝 の注目「オタクランナー」

この記事自体はいろいろ捉えられかたがあるんだと思うのだが、いちばん思ったことは、ひとがそのスキルを活かす場所って、いろいろあるんだなぁということであった。確か、この記事を見つけて読む傍ら、てれびでニューイヤー駅伝を見ていたのだが、そこでは「実業団」という括りと、見る側にとってのその「括り」の安心感中の人はその中でセッサタクマしトウカクをあらわしトウタされる。そちら側の安心感という意味ではない)をじんわりと思っていたのである。そこは(そして次の日から箱根も)チームスポーツなのだが、その「チーム」を構成するひとにはそれぞれの目的目標があって、たとえばマラソンを走るとか、トラック競技に挑むとか、走ることに何らかの付加価値をつけるとか、選手ではない立場で関わり続けるとか、いろいろ…それは、大元個人競技だからなのだろうな、昨今取りざたされる「○○選手プロ転向」って、大概個人選手だしなぁ…

などと思っていたところ、年が明けたところでJT越川ビーチバレー転向の報せ。それはなんというか、複雑な味わいを以て受け止める報せになった感がする。

書くことをここまでにしておくと「誰か、とても突出した人の話」で終わりかねない。ただ、この時期、「そっちじゃない」方向で考えを巡らせることが、けっこうあるのだ。

これからの方向性を決めて、新しい場所で活躍したいと考えるひとたちが、続々と新しい場所にやってくる。そういう時期になっている、ということを、春高が終わったとか、Vリーグが再開されたとか、そういうところから感じている。しかし、その「場所」を定める機会はワンポイントなのか、それでいいのか、そうじゃないだろ、という気持ちになるところもある。

これまで見たことのある、そこから熱い何かを受け止められた、いろいろなひとが、やっぱり、どこかで、それを受け止められるような場所を得ていてほしいのだと。「流動性がゆるされる」機会としての、新しい枠組みには、少々期待はしてみたものの、やっぱり、「安心感」のおおきさにはかなわないのかな…という気持ちもある。概ね、わたしは、たぶん、往生際の悪い方の人間なのだと自覚はしている。視線の先のひとびとについてだけではなく、自分自身のありように対しても。

これから、しばらく、祈るようにして、コートの内外を見る日々が続くのかもしれない。

わたしの、としのはじめ

バレーを見たり見たり見たりしていたのだが、わたし自身の新しい年は、まだ明けていない、ということを、改めて思った。

ことしも、明ける場所は、桜なのだ、と、しみじみ感じ入っていた。

しばしば、2年前の、年が明けたときのことを思い出しながら。

20150111|TUSG-OitaMiyoshi

あれからボクタチ(誰)は入れ替わってしまったし、コートを挟んでいたふたりがともに、今そこのチームの初勝利に貢献していたのを見たし、もうコートで見られなくなったひともいるし、かわらずにそこにその存在を顕しているひともいる。かわっていることと、かわっていないこと。かわっているようにみえて、じつは全然かわっていないこと。いろいろなものを包みながら、桜は近づいてきている…んだなと。

最近、桜って「すべてを見届けている場所」になりつつあるなぁ、なんというか。いろいろなひとたちの、いろいろな起伏の、すべてを。

願わくば、ちゃんと飛んで、帰ってこられるように。それは、とてもとても大切なことだ。

2017-01-08

顔を壊してきた

見たいと思っていた映画があった。その前に行きたいと思っていたモーニングがあった。朝早く家を出て、コメダに向かってみたものの、けっこうな列が出来ていた(クルマは入りきらないでいたみたい)、さっさと断念して、地下鉄に乗って映画館へ向かった。モーニングをすっとばしてお腹が空いていたので、ポップコーンを最小単位で買って中に入った。しかし、なんで、映画館って、ポップコーンなんだろうな。

映画を見てきた。びっくりした。オープニングのところと、真ん中あたりと、最後で、顔がちょっとしょっぱい液体まみれになった。オープニングのところというのが意味不明だが、かつて、試合前のアップを見ていて同じような状況になった人間であるからなぁ。うーむ。

映画を見て(小説を読んで、も同じようなじょうきょうになるんだが、あ、芝居もかな)、その見た情景が、ずっとずっと妙に頭の中をループしてしまうのって、自分がそのジャンルを「数」こなしていないからなのかなと思ったりもする。でも、そうなのかなぁ。

その場所と、立ち位置と、背景と。読むべき行間は沢山ありそうで、その行間について語ろうとしちゃったら、また、何かが決壊しそうになっちゃったりするのかなとか、思っちゃって。

でも、あのこの、パースを切るしぐさが、すごく印象に残っちゃったのですよ。そうやって、はかるんだな、って。だから、2回目の決壊が起こっちゃったのかなとか。

さすがに、終わってから、といれにかけこみ、変わり果てた顔を見て、どうにもならなかったのだけれども、珍しく、そこで一塗りしたのだった。

その数時間後。ご飯食べて髪を切ってちょっと街中に佇んで帰ってきて、その、広島で、FC東京の初勝利するところを、だぞーんで見届けた。