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厳しい時代を引き抜く為の資産防衛と不動産投資戦略 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-03-01

[]日本の大家さん 森ビル元社長:故森泰吉郎氏の伝記を読む

時には伝記でも読むかと思い立ち、日本を代表する大家さん、森ビルの元社長の「私の履歴書 森泰吉郎」(日本経済新聞社)を読みました。

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実は、サラリーマン時代に日経新聞にてリアルタイムで読んだ記憶があるのですが、内容を覚えておらず、今回新たに書籍を購入し読んでみました。


なんと言っても港区の大家さんであり、元世界一(当時の2位が西武の堤氏)の資産家とバブル期に米国誌で掲載されたこともある方です。

横浜市立大学の経済学部の教授から55歳で家業の森ビル社長に転身したという変わった経歴の方です。

森ビルは、土地は独自でも買うものの基本は地域との共同事業を行ってきた異色のデベロッパーです。

言うまでもなくその結晶が、アークヒルズであり、六本木ヒルズです。


印象的に残った点を抜粋します。


  • 元来家は米屋であったが、明治時代から愛宕下辺りで米屋の傍ら近所の大名屋敷跡にできた貸家の「差配」を引き受けていた。つまり元来米屋をやりながら「賃貸斡旋」と「管理」を行ってきた。
  • 生まれた家は35坪の3軒長屋、間口は二間のお米屋だった。
  • 米屋と差配等々で儲けたお金で借家(借地権付き建物)を買い進んだ。
  • 米問屋への支払いを分割してもらいその浮いたお金で家作を買っていった。
  • 関東大震災で殆ど資産を一回失いかける。この時借地約150坪。
  • 関東大震災と太平洋戦争との間に、底地を底値で買い進め終戦後には約150坪の土地が、郊外を入れて約2,000坪になっていた。
  • 学生時代に「家賃という不労所得を得ているのは世の中の寄生虫ではないのか」と家業を真剣に悩んでいた。
  • 55歳で家業を継いだ後は、昭和30年代初めの頃からビルを建て始めたが、三井不動産社長の江戸英雄氏からビル経営のイロハを教えてもらった。
  • 森泰吉郎氏自身は、質素倹約かつ生真面目な方である意味日本の古き大家さんの典型のような方だった。
  • 本人曰く「何よりも港区という場所で創業したことが幸運だった」とも。

以上です。

あの日本全国で地価が高騰し誰もが儲かった不動産バブルの時にも投資エリアを港区に限定した点はやはり異色かつ自分の指針を貫いた経営者であったと感じます。(一部のラフォーレ修善寺等の開発を除いて)


また、底地を買って借地権者と共に共同事業をする点等は今では珍しくありませんが、取得簿価を下げるという点は我々個人投資家も応用できるのではないかと思いました。


後何と言っても、(言うまでもないことですが)港区という将来一大オフィス街となるエリアにおいて、関東大震災後から第2次世界大戦に掛けて正に底値?で土地(底地)をこつこつと買い増していったことでしょうね。

問屋への支払いを延ばしてまで底地を買った・・・。


***

PS.1

本当の意味でこれ程の底値?で土地を買うことは日本ではもう無理かもしれません。(当たり前か・・)これと同じことができるのは、今の中国(もう遅いか)やベトナム、タイやインドかもしれません。

しかし、我々には将来の「港区」がどこかを判別することはなかなか難しいかもしれませんね。

港区と業者に言われ買ったが東村山だったといったことはよくあることです。

東村山ならまだよくて、実は西湖だった・・・とか。


PS.2

この本を読んで驚いたことはもうひとつありまして・・・・。

この方の一生を通じてのビジネスに何も感動も涙する点が無かったということです。

業界でも有名人である方の「履歴書」に一か所も・・・。

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