対人TDD:意見の対立をデバッグせよ〜『組織を変える5つの対話』解説 III 〜

2024/3/5にオライリー・ジャパン様より出版された拙訳『組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る』からすぐに使える具体的なテクニックの紹介

 

導入

解説I解説IIでは本書の背景にある思想について扱ってきました。今回は予告通り具体的なテクニックについて解説していきたいと思います。

 

本書において組織変革のゴールとして目指しているのは、いわば「適切な権限委譲と現場での柔軟な意思決定による機動的な組織運営」と言えるでしょう。これは、次に挙げる5つの対話を通じて組織文化を整えていくことで実現できるとされています。

  • 信頼を築く対話
  • 不安を乗り越える対話
  • WHYを作り上げる対話
  • コミットメントを行う対話
  • 説明責任を果たす対話

まずは信頼関係を築き、心理的安全性を確保して、共通の理念を持つ。さらに、それを基盤として、約束をして説明責任を果たすループを繰り返していくという流れです。

 

今回はその基礎となる「信頼を築く対話」で紹介される「対人TDD(人のためのテスト駆動開発)」について解説していきます。

対人TDD

先に「対人TDD」(翻訳では「人のためのテスト駆動開発」)の名前の由来について「テスト駆動開発」という名前がついてはいますが、「一歩ずつ確認しながら進むことで安心感を得られる」という意味が大きく、「レッド/グリーン/リファクタリング」というサイクルとはあまり関係がありませんので、ご注意ください。

さて、この対人TDDは意見の対立を解消するために使えるテクニックです。意見が対立した場合、みなさんはどうしているでしょうか?例えば「自分の意見の正しさを細かく論じる」というやり方が考えられるかもしれません。確かにひとつのやり方ではありますが、うまくいかないときにはトコトンうまくいきません。意見の異なる2人がそれぞれ自分の意見を言い合っているけれどまったく結論が出る気配がない、という場面を目にしたことがないでしょうか。傍目で見ていると「こういうことなのでは?」と思うことはありますが、自分が当事者になったときにどうすればいいのかはなかなかわからないものですよね。この問題に対して方針を示してくれるのが対人TDDです。

対人TDDの基本的な考え方は「人が意見を形成するプロセス」をモデル化したうえで、意見がズレている場合にそのプロセスを1つずつ検証することによって、どこまで合意できていてどこで意見がズレているのかを明らかにするというものです。「ここまでは合意できている」ということを確認しながら先に進める点をTDDと呼んでいるんですね。

 

この人が意見を形成するプロセスが「推論のはしご」として説明されます。これは目にするものを元に行動に至るまでの思考過程をはしごとして分解してたものです。

  1. 観察可能なデータ
  2. データの選択 - 人は目にしたものをすべてフラットに評価することはなく、何らかの取捨選択をします。したがって、自分が目にしてはいるけれど気にしていないことを相手が重視していることがあり得ます。
  3. 意味 - 選択したデータに対して何らかの意味を与えます。
  4. 仮定 - 自分で付け加えた意味に基づき仮定をします。
  5. 結論 - 結論を出します。
  6. 信念 - 結論に対して自分の信念/価値観を加えます
  7. 行動 - 実際に行動に移します。

これらのうち、外から見えるのは「1.観察可能なデータ」と「7.行動」だけです。同じものを見ているのに行動がズレるのは、2〜6のどこかで違いが出ているということです。その違いを明らかにするために、「はしごを一段ずつのぼる」ことが推奨されます。選択した行動について議論しても落とし所は見つからず、データの選択やそれに対して付与した意味(解釈)といったところから順番にズレていないか確認していくのです。

具体的な例として本書では、新しく開発チームに入ったメンバーが「ビジネスロジックが難解なので自分は触れない」と主張しているケースが取り上げられます。元々のメンバーは最初「ビジネスロジックリファクタリングしろ」と言われていると感じますが、一つずつ紐解いた結果、お互いが次のように考えていたことが明らかになります。

結果として、「新規参入メンバーがビジネスロジックを理解できるようになるよう古参メンバーの一人がサポートする」という結論で合意することになります。

なぜ信頼につながるのか

本書では、信頼関係が築ける条件の一つとして「出来事に対する解釈が一致していること」があげられます。価値観が異なるせいで結論が異なるとしても、「これってこういうことですよね」までが合意できていて、その先も「あなただったら確かにこう考えるよね」が予想できれば、異なる結論を出す相手とも信頼関係を築けるでしょうし、妥当な落とし所を見つけることもできるでしょう。

おわりに

対人TDDは応用範囲が広いので、ぜひ実践していただきたいテクニックです。ただし、そのために「推論のはしご」を暗記する必要はありません。ポイントは、意見が対立したときや自分の意見にうまく相手が納得してくれないときに、意識を「どう自分の意見を説明すればいいか」ではなく、「相手はどこで引っかかっているのか」にシフトさせることです。「どこまで合意できているのか」「どこで意見がズレているのか」「そのズレは何に起因しているのか」など。そういう意識をもって対話することで、意見の対立の原因を探り、適切な落とし所が見つけられるようになるはずです。

 

次回は心理的安全性について見ていきたいと思います。

 

to be continued...

 

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テイラー主義からの脱却は経営だけの責務ではない〜『組織を変える5つの対話』解説 II 〜

2024/3/5にオライリー・ジャパン様より出版された拙訳『組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る』を一個人が読む意味について掘り下げていきます。


 

導入

本書の原著のタイトルは『Agile Conversations: Transform Your Conversations, Transform Your Culture』で、副題の内容は「対話の変革を通じて(組織)文化を変革しよう」というものです。それに合わせて帯も「組織変革は対話から」としているのですが、「組織変革」というと話が大きすぎて、「それは経営がやることであって、個々人でできることはないのでは?」という疑問を抱く方も少なくないのではないでしょうか。

そこで、たしかに本書が目指しているような組織文化を創っていくために経営側の努力は必須なのですが、だからと言って個々人にできることがないわけではないのだ、というお話をしていきたいと思います。

テイラー主義アジャイル

前回の記事では、本書が「アジャイルの敵はテイラー主義である」と言っていると書きましたが、テイラー主義(的労働観)に対するアンチテーゼはアジャイルの文化では昔から見られます。

たとえば、ケント・ベックは『エクストリームプログラミング』の中に「テイラー主義とソフトウェア」(第18章)という章を設け、その中でソフトウェア開発におけるテイラー主義の問題点として仕事の社会構造を取り上げています。「計画と実行の分断」「開発と品質保証の分断」がテイラー主義によるヒエラルキーと分業の考え方を踏襲したものであり、そのせいで健全なソフトウェア開発に必要なコミュニケーションとフィードバックの流れが滞ってしまうのが問題だと論じています。

 

同様の観点は『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計: ソフトウェアの核心にある複雑さに立ち向かう』にも見られ、優れたオブジェクト指向設計のためには、各オブジェクトに「明白で限定された責務を与え、相互依存関係を最小限に減らす」必要があるのに対して、「うまくいっているプロジェクトには、他人のことに首を突っ込む人々が多い」のであり、「開発者はジェネラリストである」べきだとあります(p.502)。これはひとつにはプロジェクトを円滑に進めるためですが、すこし別の観点からも語られています。

DDDのエピローグにはこんなフレーズがあります。「純粋に技術的な課題は、通常、才能のあるソフトウェアエンジニアにとって最も興味深くやりがいがあるように見えるものだが、ドメイン駆動設計によって開かれる新しい挑戦の領域は、少なくともそれに匹敵する。(中略)複雑なドメインと格闘して、わかりやすいソフトウェア設計にすることは、優秀な技術者にとって刺激的な挑戦なのだ」(p.511)。つまり、エンジニアが技術領域に留まらずにビジネスを理解することは、出来上がるソフトウェアの内部品質を向上させるだけでなく、自身の「仕事の楽しさ」につながるというのです。

テイラー主義からの脱却のために

さて、色々と槍玉にあげられることの多いテイラー主義ですが、まったくの悪というわけではありません。標準化によって得られる効率性や予測可能性、再現性などはビジネスの根幹です。ただし、それを実現するために人間を歯車のように考えてしまうのが問題であり、働く人の満足度を高めて自己実現を後押しするためにも、また、現代における市場や環境の急速な変化に適応できるような柔軟性をビジネスが手にするためにも、テイラー主義を批判的に拡張しつつ人を中心に据えたアプローチがとられるようになってきています。

しかし、いくら経営側がこうした基盤を整えたところで「結局は人である」というアプローチを支えるのは結局は人です。つまり「言われたことをやるから指示してください」という人をいくら集めても実現できず、従業員の側にも結局は主体的なコミットメントが期待されることになります。「上で決めて下が実行する」といった階層と分業の構造から脱却するということは、思考や判断、意思決定といった要素が、従来であれば手を動かすだけだった従業員にも求められるようになるのです。

 

単に言われたことをやるのではなく、自分の意見をきちんと主張しつつ、周りの人たちとすり合わせながら進むべき道を決めていく仕事は楽しいものです。それは、技術力を高め、より難易度の高い問題を解決できるように自分が成長することに比べても、遜色のない充実感と達成感を得られると思っています。このように日々の仕事が楽しくなることは、会社が柔軟性を手に入れるということ以上に重要だと思うのです。

しかし、そのためにはやはり一定のスキルが必要となります。そこで求められるスキルはいわゆる技術的卓越性とはまた方向が異なります。ビジネスの現場における意思決定の技術は多岐にわたりますが、やはりコミュニケーションは避けて通れません。それも会議体といった形骸的なプラクティスではなく、もっと心掛けに近いような行きたプラクティスが必要になります。本書の価値はそういった点にあると考えています。

 

本書には対話の際に意識すべき本質的な価値観と、様々な局面に当てはめるべきプラクティスが豊富な事例と共に解説されています。すべてを実現するのは自分の力だけでは無理な部分もあるかもしれませんが、部分的にでも適用していけば、だいぶ仕事の質を高めることができるのではないでしょうか。それで読んでくださった方々の日々の仕事が少しでも楽しいものになったらいいなぁ、と思っています。今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

to be continued...

 

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アジャイルの敵はウォーターフォールではない〜『組織を変える5つの対話』解説 I 〜

2024/3/5にオライリー・ジャパン様より出版された拙訳『組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る』の内容を解説します。


 

導入

アジャイルが語られる時によくやり玉に上げられるのがウォーターフォールなのですが、この対比についてしっくりこなかった人も多いのではないでしょうか。「計画的に進める」とか「設計工程を段階的に進める」といったウォーターフォールの特徴に関して言えば、アジャイル開発においても計画はもちろん大事ですし、「アジャイルだから設計をしなくていい」とか「アジャイルだからドキュメントを作らない」という話もさすがに最近は聞かなくなっている気がします。「じゃあ、アジャイルウォーターフォールの違いって何だろう?」という話になるのですが、インクリメンタル開発にしても、ウォーターフォールの終盤戦で「段階リリース」をやるのはいつものことですし、バーンダウンチャートを引くからといってガントチャートから解放されるわけでもない。進捗会議を立ってやるか座ってやるかの違いなんて悪い冗談。「いつまでも机上でやってないで、さっさと動くものを見せなさい」は正しいけれど、別にウォーターフォールだってプロトタイプを作るわけで。

 

と、やや誇張して書いてきたわけですが、それでもやはり我々は「アジャイル」の考え方を初めて聞いたときに何か現状をもっとよくする可能性を感じたはずです。では、我々が魅力を感じたアジャイルの本質とは何だったのでしょう?そうしたモヤモヤをスッキリとさせてくれるのがこの本の主張です。曰く「我々が戦うべきはテイラー主義である」と。

テイラー主義とは

テイラー主義とは科学的管理法とも呼ばれる、20世紀初頭に機械技術者だったフレデリック・テイラーにより提唱された労働管理の理論です。作業効率を最大化し、生産性を向上させることを目的としますが、その根底には「何をするかは偉い人(プロの管理者やコンサルタント)が考えて、労働者は頭を使わずに決められた通りにひたすら手を動かせば良い」という発想があります。テイラー主義の説明をしている象徴的な一文を本書から引用します。

管理職は、すべての部品がどのように動くかを設計し、正しく動作するかどうかをチェックする機械工でした。労働者は単なる交換可能な歯車にすぎず、許容された範囲内で仕事をするか、そうでなければ欠陥があるとして廃棄されました。コミュニケーションはトップダウン方式で、命令と訂正のみでした。対話も協業も求められませんでした。思考に関しても、指示された仕事をこなす以上にはまったく必要とされなかったのです。(p.4)

このテイラー主義はソフトウェアの世界にも持ち込まれましたが結果としてはうまく機能せず、CHAOS Reportに代表されるようなソフトウェア開発の失敗例が報告されることになります。読者の方々の中にも、与えられた仕様を開発標準に従ってただひたすら実装することだけを求められた経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。それに対するアンチテーゼとしてソフトウェア開発の現場から提唱されたのが人間中心のアプローチであるとされます。

本書の1章はこうした人間中心のアプローチとして、アジャイル、リーン、DevOpsがいかに生まれたか、そしてプラクティスに目を奪われた結果、結局テイラー主義に戻っていってしまう過程が紹介されることになります。

人間中心アプローチを成功させるために

非人間的な大量生産のパラダイムを脱するための鍵は「人」です。人間中心のアプローチを成功させるためにはプラクティスを導入するだけではダメで、分業を廃して協業を重んじるように組織文化を変革しなければいけません。そのための手段が対話だとされます。

ここで「大事なのは対話だ」と言われるとガッカリする方もいらっしゃるのではないでしょうか。「いや、話ならしているよ」と思われる方も多いと思います。そこでここでは一つ、本書から「真摯な質問」という概念を紹介します。

仕事をするうえで日々数えきれないほどのコミュニケーションをしていると思いますが、その中で「結果によって自分の中の結論を変えるつもりがあるコミュニケーション」をどのくらいしているでしょうか。相手の話を聞く、あるいは積極的に質問するとしても、それは自分のための情報や相手の説得材料(反論ポイント)を集めているだけで、実はその内容によって自分の考えを変えるつもりがないということはないでしょうか。ドキっとした方は次に挙げる真摯な質問の特徴を改めて見てください。質問の形をしていても、この特徴に反する問いかけをしていることは少なからずあるのではないでしょうか。

  • 本当に答えを知りたい
  • 答えを聞いて驚くことがあってもそれは当然である
  • 答えに応じて自分の考えや行動を変えることをいとわない

このように本書の根底にあるのは、日々コミュニケーションを取っている、と思っていても見落としがちな基礎です。そのうえで、自分の日々の対話を診断しながら、自分のコミュニケーションを改善していくためのプラクティスが豊富な具体例と共に紹介されます。本書で紹介される5つの対話を着実に実行していけば、確実に組織文化を変えていくことができるでしょう。「コミュニケーションなら十分にやっている」という方にとっても示唆に富む内容であることは間違いありません。

 

具体的な内容については次の記事でご紹介していきたいと思います。

 

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『Agile Conversation』翻訳のお知らせ〜『組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る』

2024/3/5にオライリー・ジャパン様より出版される『組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る』のご紹介。

はじめに

こちらの本は Douglas Squirrel氏とJeffrey Fredrick氏の著作『Agile Conversations: Transform Your Conversations, Transform Your Culture』(IT Revolution Press、2020年)の全訳となります。翻訳をするのは『リーダーの作法』(オライリージャパン、2022年)以来約2年ぶり、8冊目になります。まずはこの本を翻訳することになったきっかけから。

フルストリームソリューションズも気づけば4期目に入っているのですが、ここ1、2年はクライアント様の基盤刷新やDX推進を支援しつつ、裏ではコミュニケーションに関する技術の整理を行っていました。以前に『スモールリーダーシップ』(翔泳社、2017)で書いたことの、さらに根っこを探る作業です。

「DXを実現するためには結局『人』が大切である」はもうわかりきったことではあるのですが、ここで「人」が意味するところは「優秀な人材を集めなければならない」ではなく「組織として未知の領域に踏み出していくためには、構成メンバー同士の建設的な話し合いが欠かせない」ということです。

そこで大切なのが「建設的な話し合いをする技術」なのですが、この点についてはあまり体系立てて語られることがなく、「コミュニケーション能力」という言葉で丸められ、各メンバーの素養だと考えられてしまう傾向があるように思います。しかし「社交性」や「話の上手い下手」といったことではなく「建設的な話し合い」に限れば、その技術は因数分解が可能だし、整理して体系立てることで教育することもできるだろうと考えていたのです。今回の翻訳はその一環で提案させていただいたものでした*1

2つの価値

さて、この「組織変革に欠かせない建設的な話し合いの技術」を体系化し、実践可能な形で整理しているのが『組織を変える5つの対話』です。「5つの対話」の内容は後述するとして、まず本書全体を通底する「2つの価値」について説明します。

2つの価値とは「自己開示」(transparency)と「他者理解」(curiosity)です。 自己開示とは「自分の意見を隠すところなく相手に伝えること」であり、他者理解とは「相手の意見に関心を寄せて、相手の言葉を通じて意見を理解しようとすること」です。こう書くと「話し合いをするんだからどっちも大切だよね」なのですが、実は両者を高い水準でバランスよく行うのは簡単ではありません。

ちょっと思い出してみてください。自己開示について、上司や同僚と話をするときに、考えていることをすべて言えているでしょうか。これは「嫌いな人に『嫌い』と言う」という低俗な話ではなく、例えば自分の中の違和感を「この点が違うと思う/おかしいと思う/こうしてくれないと困る」と言えているでしょうか?ということです。また他者理解について「何か自分と意見が違いそうだ」と感じた時にその違いをきちんと突き詰めて解決できているでしょうか。

こうした点をふりかえるための具体的な手法として紹介されるのが「対話診断」です。これは紙を縦に二等分して左右に考えていたことと実際の発言をそれぞれ書くというシンプルなものですが、実際にやってみると「自己開示と他者理解を高度にバランスよく」というのがどれほど難しいのかよくわかります。興味を持たれた方はぜひ本書を読んで実践してみてください。

5つの対話

タイトルにもなっている「5つの対話」とは真に高パフォーマンスな組織になっていくために通らなければいけないステップを5つに分解したものです。

  1. 信頼関係を築く
  2. 心理的安全性を確立する(不安を乗り越える)
  3. 共通の理念(WHY)を作り上げる
  4. 約束をする(コミットメントを行う)
  5. 説明責任を果たす

自己開示と他者理解をベースにそれぞれを行うための手法が具体的な対話例とともに解説されていきます。「対話分析」を行いながら、各ステップの目的に照らしたときの問題点を発見し、具体的な手法を用いて対話のやり方を改善していくという流れです。

訳者あとがきでも少し触れたのですが、それぞれの具体的な手法で目新しいものがあるかと言えば必ずしもそうでもありません。全体としては何か「必殺技」というよりは、基礎の言語化というか何かしら知っていることだと思います。もちろん「人のためのテスト駆動開発」のように聞いたことがなくて興味をそそる手法も含まれてはいますし、「言われてみればそうだよね」というものも改めて定義すること意識・実践ができるようになるというのも大きいです。しかしそれ以上に価値があると思うのは、手法の使いどころと目的がはっきりしていること、そして実施すべき順序が明確になっていることだと思います。「できているつもりでも実は穴があった」ということに気づけるのは大きいですね。本書を一通り読んだ後で自分たちがどこまでできていて何が抜けているのか、それはなぜなのか、といったことを掘り下げる活動は意義深いものになると思います。

終わりに

今回の翻訳ではひとつ、これまでやりたかったけれどなかなか実現できなかったことができました。それが「読書会をやりながらの翻訳」です。本というものが一人で読むより大勢で議論しながら読んだ方が理解が深まるのはご存知のことと思いますが、これまで英語の本の読書会や翻訳の読書会の経験はあっても「翻訳原稿を作りながら読書会をする」はなかなかできなかったのです。

それが今回、翻訳チームのお二人の協力のおかげで実現できました。一人で訳すより理解も相当深まりましたし、何より楽しかったです。私のわがままに付き合ってくださったことに、この場を借りて深くお礼申し上げます。いつもありがとうございます。

この記事を読んでくださっている方々も、ぜひ読書会をすることをお勧めします(この点については著者の二人からのおすすめでもあります)。かなり実践的な本なので、実際に組織の中で活用していくためにも内容を理解して理念に共感している仲間が周りにいるのはとても心強いと思います。

 

 

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*1:他にカードゲームの開発やそれに基づく研修の開発も行なっているのですが、それについてはまた別の機会にご紹介できればと思います。

「一緒に歩く」ことについて

久しぶりのエントリですが、新会社設立のお知らせとなります。 

新会社設立のご挨拶

平素は格別のお引立てを賜り誠にありがとうございます。

このたび、株式会社フルストリームソリューションズを設立いたしましたので、謹んでお知らせ申し上げます。

みなさまのおかげで培うことのできた知識と経験を生かし、質の高いサービスを提供していきたいと考えております。

今後とも変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。 

株式会社フルストリームソリューションズ
代表取締役社長 和智右桂

コンセプト

近年のITを取り巻く環境の変化により、従来であればITへの依存がそれほど高くなかった事業会社においても、デジタル技術の活用を意識した事業の改革*1が求められるようになっています。しかし、こうした会社が事業改革を成功させ、新しい事業を軌道に乗せることは容易ではありません。それを難しくしている要因は大きく二つあると考えています。

ビジョン策定の難しさ

一つ目がビジョン策定の難しさです。事業会社がDXに取り組む際には、どうしても「デジタル」の方に目が行きがちですが、本質的に重要なのは「トランスフォーメーション」つまり、事業改革の方法です。「事業改革」である以上、まず重要なのは「どこに向かうか」を示すビジョンである、ということになります。

このとき難しいのは、このビジョンを「どこまで地に足をつけて設定できるか」です。たしかに、優秀なコンサルティング会社は数多くありますし、そういった会社の提案をもらうことは一案でしょう。ただ、「VUCA*2」などと言われる現在において、客観的に正しい答えを目指すことはその会社にとっての正解とは必ずしもならず、必要なのは、その会社の文化というか、DNAが染み付いたビジョンを策定することになります。

そうしたビジョンの策定には、当然、その会社の経営陣を含め、会社の文化をよく知るメンバーでの深いコミュニケーションが必要になりますが、事業会社の主力メンバーは当然のように事業を運営するのに忙しいもので、腰を据えてビジョン策定をというわけにはなかなかいきません。

体制構築の難しさ

ビジョンが策定できたとして、そこに向かうための仕組みづくりの一環としてシステム構築が必要になるのはもちろんですが、並行して、その仕組みを運用保守していく組織体制を作っていかなければいけません。しかし、そうやって組織改革をしていく際にも当然、現行業務は続けなければいけません。それはつまり、「現行業務を続ける/新しい仕組みを作る/新しい仕組みに順応した組織を作る」の三つを同時にやらなければならないことを意味します。

これを自分たちだけでやりきるのは容易ではありませんが、だからと言ってどこかの会社に一括で外注して済む話でもありません。

 

こうしてみると、「ビジョン策定」にしても「体制構築」にしても、事業会社にとって必要なのは「一緒に歩く」相手ということになります。すなわち、自社の文化を尊重しつつ、一緒に考え、一緒に作るパートナーです。

 

***

 

そんな存在になりたいと思って設立したのが、株式会社フルストリームソリューションズです。まだまだ小さい会社ですが、お引き立てのほど、よろしくお願いします。 

*1:一般的には、デジタルトランスフォーメーション、略してDXと呼ばれるものです

*2:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べたもので、要は予測不能な状況を表しています

「協調型」リーダーのためのおすすめ3冊

9月に翔泳社より上梓した『スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー』のポイント整理と、「協調型」リーダーの理解を深めるためにあわせて読みたい本の紹介

『スモール・リーダーシップ』における「協調型」リーダー

『スモール・リーダーシップ』では、リーダーシップのあり方として、「協調型」という言葉を使っています。これについては平鍋さんの推薦の言葉を引用したいと思います。

自分で考え、自分で決め、自分が指示する、というやり方では、現代のプロジェクトは簡単に破綻します。それよりも、一緒に考え、一緒に決め、一緒にコミットするチームを作ること。そして、成功の喜びを分かち合う仲間を作ることのほうが、大きなビジネス成果を生み出すことができるのです。

つまり、リーダーに求められることを一言で言えば、「チームで考えながらゴールを目指す」ことになるのですが、それにあたって考えなければいけないことは大きく二つあります。一つは「チームで成果を出すこと」、そしてもう一つが「チームを成長させること」です。こう書くと簡単なようですが、そのために学ぶべき事柄は多岐にわたります。一方ではプロジェクトマネジメントの手法を知る必要があり、それと同時に、「チームで考え、問題を解決していく」ための広義のコミュニケーション能力が必要になるのです。


そこで、『スモール・リーダーシップ』では、チームとしてのゴールに向かうためのマネジメント手法と、コミュニケーションについて考えなければいけないことの二つを軸として整理しています。


本記事では、特に「コミュニケーション」にフォーカスを当てて、「協調型」リーダーにとって役に立つ本を紹介していきます。

スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー

スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー

リーダー/マネージャーの仕事を理解する

一冊目は、『最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』です。この本は、「リーダーとして、マネージャーとして何をしなければいけないのか」を実にわかりやすく教えてくれます。邦題が若干誤解を招きますが、「マネージャーとして知っておくべきこと」「リーダーとして知っておくべきこと」がそれぞれ個別に提示されています*1


要約すれば、マネージャーに求められるのは「『人』と向き合うこと、つまり、メンバーの個性を理解してそれを活かすこと」であり、リーダーに求められるのは「進むべき方向を明確に示すこと」です。


一見、普通の組織論に見えますが、どちらかというと「個人として読者がどうするか」という視点で書かれている印象です。事例も豊富で題材も多岐にわたるため、読み物としても楽しめます。

最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと

最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと

考える力を育てる

「コミュニケーション」というと「伝える」ことに目が行きがちですが、その前提として、いわゆる「論理的思考力」が備わっていなければなりません。さらに、「チームで考える」ことを目指すのであれば、自分が理解しているのは当然としたうえで、そうした「論理的思考力」をどう身につけてもらうかもあわせて考えなければいけないのです。


そこで二冊目は、『世界で800万人が実践! 考える力の育て方――ものごとを論理的にとらえ、目標達成できる子になる』です。タイトルにもあるように「子どもの考える力の育て方」の体裁をとってはいますが、ここで紹介されていることには子どもも大人も関係ありません。「答えを教えるのではなく、傾聴しながら相手が答えを出すのを支える」という姿勢は、協調型リーダーにとって欠かせないものです。


論理的思考のためのフレームワークとしては、TOCfEが採用されています。この本はTOCfEの教科書として見ても、きわめてわかりやすく解説されています。

共感力を高める

「『仕事』なのだから感情は持ち込むべきではない」という考え方はもちろん正しいのですが、人間そこまで割り切れるようにできてはいません。そして、押し殺された感情は必ず別の形で噴出することになります。したがって、リーダーは「論理」だけでなく、「感情」に寄り添うことが求められるのです。


そんな苦労の絶えないリーダーのための三冊目は、『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』です。NVCとは、Nonviolent Communication(非暴力コミュニケーション)の略で、「人を思いやる気持ちを引き出し、人と理解しあう」ためのコミュニケーションの方法論です。方向性としては、『スモールリーダーシップ』でも紹介した『話す技術・聞く技術―交渉で最高の成果を引き出す「3つの会話」』に近い部分もありますが、こちらの方がより深く感情に寄り添っています。


NVCの大きな特徴は、まずは自分の感情を見極めるところから始まる点にあります。感情に触れれば、当然自分の感情も揺れます。「そうした感情に対してどう向き合うのか」から丁寧に解説されています。

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法

まとめ

知識領域がどんどん幅広く、また深くなっている今、「知識労働においては、仕事の成果は「知的能力」×「コミュニケーション能力」で決まる」とも言われます*2。「知的能力」あるいは専門分野における能力を高めなければいけないのはもちろんですが、チームとして成果を出すためのコミュニケーション能力を高めるうえでフレームワークとなる本のご紹介でした。

*1:付け加えると、「個人として継続的に成功を収めるために知っておくべきこと」を含む三本の柱で構成されています。

*2:仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか? -p.156

組織と向き合うこと ~『スモール・リーダーシップ』出版のお知らせ~

9/11に翔泳社様より上梓した『スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー』について、簡単なまとめとふりかえり。

スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー

スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー

出版に至る道のり

ソフトハウスプログラマを始めて以来、システム開発のベンダー側に10年ほど勤めていましたが、2015年10月からユーザー企業の情報システム部に勤務しています。早いもので、もうすぐ二年が経つことになります。「発注者の側に回っても、システム開発に変わりはなかろう」と思っていた部分はあったのですが、いざ移ってみるとその見込みの甘さに気づくことになります。SIer側にいた頃と比べると、文化や基礎知識、さらには責任範囲もまったく違う環境に移った結果、今までの「最前線で手を動かしながら、全体としてのバランスを取る(もしくは、周りのメンバーに取ってもらう)」というやり方が通用しなくなったことを強く感じました。これは、今にして思えば、できあがるモノやそれを作るプロセスの前に、以前にも増して「組織」と向き合わなければならなくなったことを意味しているのですが、転職してすぐの頃はそこまではっきりとは理解できませんでした。


システム開発のような汎用性の高い知識は自分の中にある一方、業務知識はまったくない」という状況を受けて、最初のうちはチーム内の議論をファシリテートすることに徹していました。以前はそれほど多くなかった「ホワイトボードを使った認識合わせ」を数多くこなすうちに、そういう時のちょっとしたテクニックを言語化することは、「やろうとしてもなかなかうまくいかない」と困っている人の役に立つかもしれないと思い、最初はブログのネタとして書きためていました。そんな折に翔泳社の岩切さんから本を書かないかと勧めていただき、「実はホワイトボードの本を書きたいと思っているんです」とお願いしたのが、この本を書いたそもそものきっかけです*1


その後、書き進めるうちに、「そうやって認識合わせをしていることの目的は、実は会議をうまく進めることに留まらないのではないか?」と、自分の立ち位置に気づくことになります。そして、「書くべきなのはホワイトボードの話ではなく、リーダーとしての仕事のやり方の話だ」ということになりました。


日々の仕事に追い回されていると「組織に対して自分は何をするべきなのか/したいのか」という根本的な問いかけをする機会は意外とありません。著者である自分自身にとっても、考えていることを言葉にできたことは大きな価値があったと思っており、お声がけくださった岩切さんに深く感謝しています。そして何より、読者の方にとって、日々のチーム運営の奥にある「人と向き合うこと」を改めて考えることが意味あることになれば幸いです。

本書で伝えたかったこと

「特定の問題を解決して成果を出すこと」と「組織と向き合うこと」は本来切り離せないはずですが、両者の必要な知識セットはだいぶ異なります。メンバー(プレーヤー)として仕事をしているときには自分で考えて答えを出せばよかったことも、リーダーになって「考えるプロセス」自体を共有しようと思えば、そのプロセスを改めて言葉にする必要が出てきます。ガラッと変わった環境に適応するため、私自身ここ二年ほどは、「組織」や「チーム」といったテーマについて、意識して本を多く読むように努めていました。


そういった活動を通じて感じたことが大きくは二つあります。

  • どこまで行っても定跡は大切
  • 定跡の奥には常に「人」がいる

どちらも基本的なことではあるのですが、一通り理解することはなかなか容易ではありません。

どこまで行っても定跡は大切

あるジャンルを扱った本を何冊か読んでいると、「根底に流れている考え方」もっと言えば「定跡」のようなものがぼんやりと見えてきます。システム開発で言うなら、例えば、「V字をきちんと設計しましょう」(つまり、「仕様は検証しましょう(横のつながり)」/「成果物間の連携は正確にとりましょう(縦のつながり)」)というような話です。


チームの文脈に置き換えるなら、「目標を設定し、そこに向けてメンバーの意識を揃え、そこに至る道筋を作り、日々発生する問題を解決し、定期的にふりかえって改善する」ということになるでしょう。これ自体は普通のことなのですが、目の前のタスクでいっぱいになってしまうと、こうした定跡が崩壊しつつあることに気づけないこともあります。そんな時に、拠り所になる場所があるだけで随分と違うものです。「計画づくりや線表術、問題解決、PDCAといったチーム運営の話について、ある程度わかりやすく整理することには価値があるだろう」という思いがまずはありました。


ただし、ここまでであれば通常の「プロジェクトマネジメント」の教科書のカバー範囲です。あえて書きたいと思ったことにはもう一つの理由があります。

定跡の奥には常に「人」がいる

こうした定跡は、確かに形を真似するだけでも一定の効果はある(というより表面的にでもなぞっておかないとひどい目にあう)のですが、本来的には、チームとして納得感を持って進めなければ、真価は発揮できません。チームで定跡を適用しようとした場合に、そうした定跡の奥で「人」と向き合うことが結局欠かせないのです。


しかし、そのために学ばなければいけないことは少なくありません。ロジカルシンキングファシリテーション、図解力、交渉術、セルフコントロールなど、少し考えただけで多岐にわたります。もちろん、一つ一つを取り上げれば名著は少なくありません*2。その一方で、チーム運営に必要なこれらの知識について、「チーム」あるいは「リーダー」という観点から、プロジェクトマネジメント自体の知識と合わせて包括的に説明してくれている本は存在しないように思いました*3


結局自分としては、これまでの経験に加え、新しい環境での日々の体験と様々な本を読むことで得られた学びを実践に取り込み、試行錯誤しながらリーダーとしての仕事を進めることになりました。本書はこうして得た学びを気づきをまとめたものとなります。本書の内容について、私自身がすべてを100点満点で実践できているとも思いませんが、少なくとも心がけていることであり、また自分にとって一定の基準となっていることでもあります。そうである以上は、「リーダー」という役職で私と同じように悩み、手探りで進んでいる人にとって、手がかりになれるはずだと考えています。やや自画自賛ですが、仕事を抱え込んでメンバーを振り回していた5年ほど前の自分がこの本を読んでいたら、随分と仕事のやり方を変えられたのではないかと思っています。


チームがうまく機能していれば、リーダーの仕事はむしろそうしたチームの機能を促進し、周りの横槍から守ることになります。しかし、チームがうまく回っていない時には、成果だけでなく、チームとして向かう方向について指針を示さなければいけません。端的にいえば、「チームの仕事についてどう考えるか」という価値観を共有しなければいけないのです。「どう仕事をするか」「それについてどう考えるべきか」といった価値観について、なるべく地に足をつけながら記述したつもりです。

出版後のあれこれ

本書は予約時点から、Amazonのカテゴリ「経営理論」部門で第1位を獲得(9/2時点)、また、東洋経済の「売れているビジネス・経済書200冊ランキング」(9/12)で36位を獲得と望外のご好評をいただきました。予約してくださった方々のお手元には届いているかと思いますが、ご満足いただけていることを願ってやみません。


9/8のデブサミ関西では、「チームで議論すること」をテーマに読書会ワークショップを開催いたしましたが、こちらも参加者の方々の間で熱い議論が展開されました。積極的に参加してくださったことに感謝するばかりですが、書籍の内容が、多くの方々の抱える悩みに何かしら刺さる部分があったのであれば幸いです。

おまけ

今回本を書くうえで、いくつか軸となった価値観があります。裏話的ではありますが、この機会にそれらをご紹介したいと思います。

ポップであること

すごく当たり前のことなのですが、文章としてのタッチが柔らかいことは、内容のレベルが低いことを意味しません。重要なのは、根本にあるメッセージとそれを伝えるための論理構成であって、文体ではないのです。ともすれば耳慣れない概念を引っ張り出して、難しく説明したがる私の拙い文章を、適切に噛み砕いて平易な表現に直しつつ、全体の論理構成に目を配ってくださった編集の秦さんには何とお礼を言っていいのかわかりません*4。秦さんとの会話を通じて、文章を書くときの「間合い」が少しずつわかっていったことを覚えています。


特に最初にドヤ顔で提出した草稿の出来は凄まじく、今となっては自分でも正視に耐えないところもあるのですが、そんな草稿からスマートな目次案を示してくださった時には、匠の業を見た思いでした*5。そんなこともあって、草稿まで含めると、実際に書籍になった分量の1.5倍強は文字を書いたような気がしています。

学びを書くこと

前述した通り、「学ぶこと」と「実践すること」と「書くこと」がほぼ同時に起きている本ではありました*6。その時に勇気を与えてくれたのが、結城浩さんのこちらのツイートです。「自分が今回の執筆中に発見した喜びと驚きと感動を書く。そこにこそ本物の道がある」と(ぜひ全文を呼んでください)。正直、原稿の段階では受け売りっぽい内容が混入していたケースもありましたが、そういったものは推敲の時に細心の注意を払って排除し、自分が自分の言葉で語れることだけを書くように心がけました。これは、自分の言葉を刻む作業であると同時に、自分に言葉を刻みこむ作業でもあったように思います。必ずしも「斬新なこと」が書いてある本ではありませんが、地に足をつけることについては成功していると自分では思っています。

全体を貫く信念を持つこと

もう一つ大切にしていたのが、これもやはり結城さんのこちらの言葉。「本を書くときには全体を綴じる「糸」が必要で、それは著者の「意図」である」と。性質上、ノウハウ集的に散らかりそうになっていたところを、この言葉を見て軸を取り戻すことができました*7。本書で一貫して大切にしているのは「言葉」です。「言葉にする」ということは自分なりのものごとのとらえ方を宣言する、ということでもあります。だからこそ、リーダーとして自分の思想を言葉にすること、そしてメンバーの言葉を引き出すことは何よりも大切なのです。そういった信念を「糸」として全体の記述を見直して初めて、本としてのまとまりが得られたように思っています。


本書が読者の方とチームにとって、価値ある一冊となれば幸いです。

スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー

スモール・リーダーシップ チームを育てながらゴールに導く「協調型」リーダー

*1:この「ホワイトボード」の発想はAmazonの予約特典でひっそりと復活しました。

*2:特に、交渉術の『話す技術・聞く技術―交渉で最高の成果を引き出す「3つの会話」』、セルフコントロールの『サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』は読んで損のない2冊です。

*3:もちろん、これは私の狭い観測範囲に限ったことですので、私の知らない名著はあるのかもしれません。そうであればぜひ教えていただきたいと思います。

*4:もちろん、今の書籍の内容や構成に何か問題があれば、それは著者である私の責任です。

*5:岩切さんからも、「あなた、とりあえず本をたくさん読みなさい」と何冊もお借りしたことを覚えています。

*6:その意味で会社で一緒に仕事をしてくださっている方々全員に深く感謝しています。

*7:連ツイの日付を見ると5/24とありますが、期日的にはギリギリまで手を入れていました。恐ろしい量の赤に対応してくださった組版のBUCH+さんと何度も絵を描き直してくださったデザイナーの荒川さん(ことのはデザイン)には深く感謝いたします。