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2007-06-11 【メディア・フェミニズム】マスコミ学会ワークショップ報告その1

 福岡空港経由で熊本から戻りました。これまで馬刺しだの熊本城だののすばらしさしか書き付けてこなかったのですが、遅まきながら熊本学園大学でのマスコミ学会ワークショップ「バックラッシュはどのように起きるのかーマスメディアとWeb言説空間との呼応関係」の報告をします。わたしは初めての司会を担当し、どぎまぎ状態でしたが、チキさん、今井さん、北田さん、山口さんのパネリストならびに参加してくださったみなさまがうまく盛り上げていただき首尾良くいろんな議論が楽しい雰囲気で進んでいきました。どうもありがとうございました。20歳の今井さんも参加されフレッシュな陣容となりました。なんとわたし以外は全員20代、30代!!「マスコミ学会とは思えないワークショップだ」というビミョーな感想が出ていましたが、こんなメンツでやること自体がマスコミ学会的には珍しいことだったということにしておきましょう。前日の宴会からのノリでワークショップはとても楽しめました。楽しめたということ自体がわたしにはとても収穫に思えました。

 雰囲気をちょっと伝えると、わたしは当初ふつーの白のちょっとエスニック風のTシャツだったのですが、それじゃビジネスおばさん風だとチェックされ、結局、胸には"Preserve Article 9" 、背中には”Celebrating Protest"というシカゴ製Tシャツを着て会場へ乗り込みました。他のパネリストも「産む機械Tシャツ」だったりでスーツやネクタイなどビジネスっぽい雰囲気はだれひとりありませんでした。というわけでノリノリの雰囲気になっていたと思います。中にはちょっと引いていた方もあったかもしれません(笑)。

 すでに「成城トランスカレッジ」でチキさんが問題提起者として問いかけたことを中心に報告をされていますのでご覧になってください。わたしはいくつかの論点を散発的に書いてみます。チキさんの補足という感じになるかもしれません。

 1)ワークショップでなされた重要な論点の一つに、若い経済弱者が右傾化しているという主流フェミニズムの主張への疑問がありました。例えば、「『下流』『フリーター』『無職』と呼ばれる人たちの一部が、・・・パソコンやテレビ、雑誌の前で・・・「サヨク・フェミニズム・弱者叩き」をしています」(伊田広行2006:177)といった主張に対する疑問です。人々が「右傾化」したのではなくそうした意見が「見えるようになった」「可視化」されたにすぎないという指摘が強力になされました。これはチキさん、今井さん、北田さんに共通した論点でした。チキさんは2ちゃんねるなどの利用者調査ならびに「ジェンダーフリー」へのバックラッシュ現象においてもともとあった右傾化言説がウエッブ空間を通過する中で焦点化や二極化され中で強調されて表れるというサイバー上の特徴とみなすべきだという指摘だったと思います。

 一方、今井さんはイラク人質になった時に受けたバッシングにひとつひとつ電話をかけて応答した経験から、北田さんはアンケート調査から「世の中が右傾化している」「不景気で不遇感をもつ若者がバッシングに走っている」という根強い見方に強力に反論されました。実際の体験からまたネット利用者へのアンケート調査を踏まえての主張は重要なものだったと思いました。 

 2)次に、フェミニズムへの「バックラッシュ」がかつてないスケールで起きているという論点についても議論されました。「日本でもバックラッシュが勢いづいたのは男女共同参画社会基本の施行とその全国的な広がりをみてのことである」(若桑2006:86)といい、それまでのフェミニズムへの批判はとるに足りなかったかのように言われています。これについては、山口智美さんから行動する女たちの会が「わたしつくる人僕食べる人」CMやNHKへの批判に対するマスメディアの「市川房枝さん、ヒステリックですね」といったバッシングの記事などをパワポで列挙しつつ、これまでのフェミニズムの歴史を欠落させた見解であると指摘されました。わたしもそれに加えてリブ運動の研究を踏まえ、今の女性学が「リブとは一線」と銘打ってアメリカの女性学・女性運動を経由して生まれたという誕生秘話(?)をつくりだしたのは、ひとえに「あんなひどいバッシングを受けたリブ運動と同一視されたくない」という理由だったことを紹介しました。女性学者のみなさんはリブ運動がいかに激しくバッシングされたかを身をもって体験してこられた方々であるにもかかわらず、近年のフェミニズムへのバッシングだけをバッシングとみなし、70-80年代のフェミニズムの歴史にバッシングはなかったと語られるのはおかしいと指摘しました。

 3)さらに、フェミニズムのネット活用度が低いこと、活用してもプレゼンス能力が低く逆効果になっているという論点がチキさんからだされました。チキさんは、Web2.0の時代なのにフェミニズムは、運動0.5だというこれについては山口さんから女性学会のHPが予算をかけて外注しているにもかかわらず未だに更新に手間がかかり、双方向なコミュニケーションができないホームページスタイルを継続していること、バックラッシュ対抗サイトを立ち上げても同様にホームページスタイルにこだわっているためにせっかくのウエッブにもかかわらず更新がなされずフレッシュな情報が提供されないという課題を出されました。情報を出しても一方通行でどのような反応がちまたで起きてるのかといった情報も入らないのは致命的な課題であると指摘されていました。また、女性学・女性運動系はなぜかメーリングリストだけしか活用しないことの課題も指摘されました。しかし、フェミニズムのネット発信、ほんとに増えないものか、と出会った人には「ブログを書こうよ」としきりに勧めているのでした。

 ところで、女性学・女性運動系でネット発信している数少ないブログである山口、斉藤の「ジェンダーフリーフェミニズム」サイト(やそれぞれのブログやなど)についても議論してもよかったねと終わってから話しました。この点については、みなさまからのご意見も受けたく思いますのでよろしくお願いします。もっとこうしたらなどという提案もうれしいです。

 このほかにもジェンダー論を教える際の困難などたくさんの論点が出されましたが、とりあえず上記の3点についてだけ簡単に紹介しておきます。誤解などあればどうぞご指摘いただければと思います。とにかくワークショップにご参加くださったみなさま本当にありがとうございました。時間が無くコメントが言えなかったという方、引き続きこの議論を続けようということをワークショップで確認したことでもありますので、どうぞ気軽にブログコメント欄に書き込んでください。よろしくお願いします。

今井紀明さんの報告を読んで

紀明のかけらでマスコミ学会ワークショップ参加の報告を書いておられます。それを読ませて頂いてとても共感した点を2つ書いておきます。今井さんとは地方在住という点で共通する思いを抱いているなあと感じました。

 まず、「学会という場に若い研究者の顔や女性の研究者がいないというのは広義な意味で視点が欠けるといってもいいんじゃないのかな」と書かれているのはまったく同感です。

 次に、「地方からメディアとして情報を発信するという点からBEPPoo!!をしているので、中央に溜まっているマスコミに対してなんだかいい感じを受けない。だいたい、これだけネットが発展したんだからもっといろんなことを地方のメディアとして発信したいし、この小さな別府という街をアカデミックな意味でも意味のある場所にしたい。」という思いにもそうだよなと思います。常々、マスメディアが東京から情報を発信するという中央集権主義的な志向をもっており、東京以外の情報はあくまでローカルネタとしか流通しない(ということは最初から東京情報とは別扱い)ことにはとことん辟易していたところなので、そうだそうだと思いましたです。

 今井さんのブログにはハッとさせられることが書かれており読ませていただくのが楽しみです。一つ前のエントリーでの「一つ自分が今言えるのは「ネット右翼」というのは本来そこまでいわれるほど存在するのか、ということだ。僕の考えとしてはクエッションマークだ。・・・・むしろ注目すべきなのは「ネット右翼」的な言説がなぜ広まったのか、というところにあるのではないかと思う。」もそうだ。とても重要な主張だと思う。上でも書いた「右傾化」ではなく「右派言説の可視化」だというところにつなげて読んで頂ければと思います。

山口智美さんのレポート

気づいたのですが、山口智美さんのマスコミ学会の感想とレポートが掲載されています。ご参考に。

今井今井 2007/06/11 23:40  昨日はありがとうございました。僕はまた会えるのを楽しみにしているところです。これからいろんな方に来てもらう予定なので、ぜひ来てください。

おかしなことおかしなこと 2007/06/12 00:10 報告して頂いて、ありがとうございます。

フェミニズムとブログに関しての疑問です。
Web進化論の記述にもあったように、ブログがWEB2.0にとって重要な媒体であることは言うまでもないと思います。

疑問というのは、ジェンダーブログがhatenaに偏っていることです。hatenaブログの問題点は、hatena以外の人はコメント欄に自分のURLをリンクできないことがあります。それと、トラックバックの仕方も、hatena内と外では違いましたよね?

私は、hatenaブログは、hatenaムラ社会だと思っています。hatenaブログは、WEB2.0まではいかないで、WEB1.8くらいではないでしょうか?

かなり前から、hatenaブログのウチとソトを分けることに対して改善の要望がありますが、hatenaは全くその気がないようです。

http://i.hatena.ne.jp/idea/748

ウチとソトでブログのリンクの仕方を変える方式を取っているブログはhatenaくらいではないですか?hatena内に囲い込もうとする狭い了見での戦略が見え見えです。

従って、本当にWEB2.0のジェンダーブログを目指すのならばhatena以外にしたほうがいいと思います。

私のブログです。↓
http://okasinakoto.blog103.fc2.com/

まだ、全然書いてないです。

ジェンダーフリー主張のおかしなところなども書こうと思ってます。

discourdiscour 2007/06/12 06:52 今井さんご訪問ありがとう。別府には行きたいですー。それに富山にも来て頂けるようにできるといいなあと思っています。

おかしなことさん、はじめまして。hatenaに書いている人が多いのはそうかもですが、おかしなことさんのおっしゃる「ジェンダーブログ」ってなにを指すのでしょうか。
「WEB2.0のジェンダーブログを目指すのなら」とありますが、わたしが目指しているのは「ジェンダーブログ」ということでもないようなので、、、。名前が誤解を与えているのかな、、。一度、ブログの名称については書かないとまずいのかもしれません。

brother-tbrother-t 2007/06/12 21:32 >今井さん

 わざわざ電話応答されたのですかお疲れ様です。

>discourさん

1、に関しては個人的には右傾化・保守化と言う意味では一番注意しないといけないのは中流女性なのでは(こう言った言説も少なくないとは思いますが)と最近考えています。ネット右翼的な言説と言うのは目立ちますが、彼らは単に大声を張り上げているだけでそれも実は本質的にはえらそうにしているけど実質的にはニート化している偉そうな学者さんをはじめとした知的階層への反発と言うかやっかみだけで、実はこれからはそれをやる暇がなくなりそうでそれほど問題化しなくても良さそうに感じます。逆にこれまで静かに保守化していた中流女性のほうにネット右翼とは違った形での怖い部分が顕在化(この辺は漠然化しているのですが非婚化と物価上昇、金利上昇等「中の上が危ない」と言われている構造(参考:サラリーマンは2度破産する)が鍵を握りそうな気が・・・)してきそうな気がします。
2、むしろ逆に考えなくてはならないのはフェミニズムに限らず学問をやっている側の問題の様な気がします。ニート化と書いたのですが、現実問題社会的に存在意義が希薄化する中で反発に過剰反応をしむしろ自らのニート状態である事から目をそらす為にバックラッシュと言う言葉で差別的な行為を行っているような感じがします。
3、webに関しては外注すると言うのは余り得策に思えません。結局自らの責任で発信して試行錯誤していくしか無いと思います。

yamtomyamtom 2007/06/13 08:05 私もwebの外注は得策だとは思わないし、かえって業者への連絡という手間ひまもかかり、更新も滞りがちになるなど、マイナス点が多いと思います。しかしながら、「ウェブは外注するもの」といった思い込み(?)が女性学やフェミニズム系団体の中では根強いのでは?と感じることもしばしばです。また、自分たちで更新となっても、一部のできる人にばかり更新の負担がかかってしまうという問題も、、。

JosefJosef 2007/06/13 14:05 >今の女性学が「リブとは一線」と銘打ってアメリカの女性学・女性運動を経由して生まれたという誕生秘話(?)をつくりだしたのは、ひとえに「あんなひどいバッシングを受けたリブ運動と同一視されたくない」という理由だったこと(discourさん)

そうなんですか?リブもフェミもジェンダーもアメリカの後追いをしてるだけだと思ってましたが(その他、ポスモダ、ポスコロ、カルスタ等も同様)。横文字をそのまま使う頻度が高くなった分、生活からの遊離度は増してきたかもしれず、それが却って制度化の進んだ証しであるという日本的悲喜劇があると思います。制度的インテリは目はカッコ付きの「先進国」にばかり向き(擬似インテリはそれを戯画化するようにもっと酷いスノビズムとなる)、自国の民を蔑視するという昔から繰り返されてきたコロニアリズム的風景です。

discourdiscour 2007/06/14 11:22 Josefさん、>今の女性学が「リブとは一線」と銘打ってアメリカの女性学・女性運動を経由して生まれたという誕生秘話

これは江原由美子さんの『フェミニズム論争ー70年代から90年代へ』に書かれており、それが多くの方に引用され定説化しています。「リブと女性学」が断絶している、運動と学問の断絶というのはその後のフェミニズムに重大な影響を与えていると考えています。わたしの「『ウーマンリブとメディア』『リブと女性学』の断絶を再考する」『女性学年報』24号(2003)は、わたしがそれに対する批判として書いたものです。これについては、一度エントリーで取りあげます。

JosefJosef 2007/06/14 12:04 ご教示ありがとうございます>discourさん
リブとフェミの断絶(もちろん連続性もあるが)は英語圏でも同じだと思います。「講壇哲学」という揶揄を含んだ言い方がありますが、「学問」として制度化が進むとともに、民衆の生活から遊離し、その時々の流行思想と戯れながら観念遊戯に終始する自己目的化した「講壇フェミ」が力を持ってきて、従来の草の根的な運動を食い荒しているように傍目には見えなくもありません。「ジェンフリ」はこの乖離の中で生まれたグロテスクな現象だったのではないか(下の者にとっては上から降りてきた有難いご宣託に見え、上の者にとっては下の者が勝手に誤解しているアホなスローガンに見える)。もちろん以上は「悪意で見れば」という限定的なモノの見方ですが。
discourさんがいずれ取り上げるというエントリーを楽しみにしています。

discourdiscour 2007/06/14 12:31 江原フェミニズム史観については、山口智美さんのエントリーhttp://d.hatena.ne.jp/yamtom/20060706/1152164096で批判が書かれていますのでご参照下さい。
>
「講壇フェミ」が力を持ってきて、従来の草の根的な運動を食い荒しているように傍目には見えなくもありません。

>「悪意で見れば」という限定的なモノの見方ですが。(Josefさん)

うーん、1980年から富山で女性運動の現場にいて、全国の女性運動を見続けてきたわたしからみると、現在は全国一律の運動がはびこり、「草の根的な運動」は壊滅状態になってしまったなーと感じております。「食い荒らされた」のか、自主的に飼い馴らされようとしたのかは不明ですが。