どうして日本人はいつも忙しいのか

イタリア人の怠け者っぷりは有名ですが、「今日できることは明日もやらない」がモットーな私だって負けないくらい怠け者です。

そんな私は、会社での周りの皆さんの働きっぷりにビックリしっぱなしです。どうしてみんなあんなに働くんだろうとずっと(怠惰に)考えていましたが、それは根本的な思考が違うからだとわかり始めました。

そして30歳を目前に控えてようやく色々と説明できるようになったので、その辺のことを述べようと思います。これで皆さんも怠惰にしてみせます。

生きるために働くんです

もう65536回くらい聞いたことがあると思いますが、多くの日本人は働くために生きています。日本以外の国の人は、生きるために働いています。

再確認の意味で、ここでくどくどと長く述べることはしないので、格言の紹介のみにとどめます。

「死の床で、もっと働いておけば良かったと後悔する人間はいない」

バカンスと長期休暇について

ヨーロッパ諸国の労働者にとって、夏に長期休暇を取ってバカンスというのは常識であり、社会の共通認識です。このバカンスを日本でも取れるようにするためには、そもそも今の日本人の労働観とは違う次元の理解が必要です。

長くなりそうなのできちんと説明できるか不安ですが、以下でなんとか説明しようと努力します。ので、ついて来て下さい。

まずはよくある例の紹介から

例えばイタリアで、夏に銀行に行って海外からの送金を受け取ろうとすると、「今は担当者がいねぇから処理できねぇ。彼のバカンスが終わるまで待て」と言われます。

で、3週間くらい待ってようやく処理が終わると、彼は「良かったな」とニコニコしながら握手をしてくれます。あなたはそこで、東洋的アルカイックスマイルを浮かべながらきちんと"Grazie"と言いましょう。

他にも、「今、担当者がいねぇからダメだ。明日来い」というセリフは、本当によく言われます。あなたはおそらく「代わりに隣の人がやってくれればいいのに……」と思うことでしょう。

ろくな給料をもらっていないのだから、あなたが努力する必要はありません

海外送金担当の伝票は、隣の別の窓口の人は絶対に処理しません。なぜなら、彼はいつも通りの給料しかもらっていないのだから、そこで隣の人のぶんまで働くことは、労働価値の低下を意味するからです。もっと分かりやすく言えば、「同じ給料しかもらっていないのに、仕事が増えるのはおかしい。だからオレはいつも通りの仕事しかしないよ」ということです。

もし日本ならば、誰かが休みを取ると、他の誰かが頑張って働いてその穴埋めをしようとします。これは、筋金入りの奴隷根性と言って良いでしょうし、労働価値の低下を促して労働者全体の給与を下げるという最悪の結果を生み出します。(例えば、Aという仕事をして1万円もらっている人がいるとします。その人が休んでいた人のBというちょっとした仕事もすることにしました。しばらく経つと、「A+Bで1万円が給与として標準」となり、Aという仕事しかしない人は9000円に給料が減らされます)。

「でも、お客さんは困ってるし、業務が回らなくなって困るし……」とおそらくあなたは思うでしょう。ここであなたの目から鱗を落として差し上げると、そんなことは、ろくな給料ももらっていない労働者が考える必要はないのです。

たかが一人が休んだだけで業務が回らないなら、それはそんな少人数しか割り当てていない経営者が悪いのです。だから、仕事が回らなかろうが、んなことは知ったこっちゃありません。それで会社に損害が出ても、顧客からのクレームの嵐となっても、やはりそれはきちんと人員を配しない経営者の責任です。

残業もそうですよ

これは、最近日本で流行りの違法残業(なぜ、サービス残業なんて馬鹿な言葉を使うんでしょうね? 無給で強制労働させるのだから、違法残業以外に呼び名は必要ありません)にも当てはまります。「仕事が終わらないから」違法残業すると言いますが、仕事が終わらないなら帰ればいいんです。給料出ないんだし。

怠け者ばかりのイタリア人に、違法残業と言っても理解してもらえません。「給料出ない? なら帰るよ? なんで働いてんの?」で終了です。

繰り返しますが、仕事が終わらないなら、終わらせずに帰ります。それで会社が困っても、お客さんが困っても、それは仕事量に対して適切な人員を配しない経営側の責任です。「頼む、残業代を払うから仕事を終わらせてくれ」ならば筋が通ります。「残業代は払わないよ。でも与えられた仕事はきちんと終わらせないとダメだよ」は、経営側のただのワガママです。付き合う義理はありません。

しかし、今の日本で、現実にこうした態度をすぐ取ることはなかなかできないでしょう。でもまぁ、この概念を理解しつつ「仕方が無く」現実に甘んじているならばまだよろしい。残念ながら日本がいつまで経っても劣悪な労働環境である原因は、こんな簡単な概念すら理解せずに、奴隷根性を誇りにして嬉々としながら違法残業する人が圧倒的多数なことなのです。

彼ら奴隷根性を誇りに持つ人間は、残業をしないで定時で帰る人間を怠け者とののしり、給料ぶんの仕事しかしようとしない人間を無責任と非難します。こうして今日も、奴隷労働者のおかげで日本の経営者はお金が儲かって仕方がありません。

どうして必死こいて働いている日本には余裕がなくて、適当に働いているヨーロッパの国には余裕があるのか

ところで、先のようにイタリアでは銀行業務が平気で止まるし、路線バスは日常的に道を間違えるし、鉄道は時間通りに来ると誰も思っていませんし、役所では手続き通りに書類が出てくる方がむしろ驚きです(私はイタリアが大好きであり、決して貶めるためにこういうことを書いているわけではありません。念のため)。

日本ならばマスゴミの方々が大騒ぎするところですが、イタリアでは誰も騒いでいません。それは、簡単に言えば、社会全体が過剰な品質を求めないからです。海外に行ってしばらく生活をしたことがある人は分かるでしょうが、日本の、特にサービス業の質は異常なほど高いです。

イタリアばかり出すとアレなので、アメリカに行った時の例を出しましょう。レジのおばちゃんは「いらっしゃいませ」の「い」の字も言いません。ガム噛みながら接客なんて当たり前で、アイスクリームを食べながらレジを打ってたりします。レジ前は長蛇の行列ですが、急ぎもせずに適当にレジを打ってます。

また、ドイツ人と言えば几帳面という印象があるでしょうが、そのドイツですら鉄道は平気で5分や10分遅れてやってきます。もちろん、それで誰も文句は言いませんし、それが当たり前です。これ以上のダイヤ通りの運行を要求すれば労働条件の悪化につながることがよく分かっているし、高コストにすることは鉄道事故という観点から安全的にもよろしくない。そしてムダなことは環境問題に貢献しないことも理解しているからです。

日本では鉄道を1分も遅れさせないために、とてつもない人数がとてつもない労働時間を費やし、とてつもないコストを費やしています。100円ショップの店員に、帝国ホテルのコンシェルジュ並のきめ細かいサービスを求める人のために、とてつもないサービスコストを費やしています。その結果として、社会全体がとてつもなく忙しいのです。

自分が楽になりたいなら、他人が楽になる権利も認めてあげましょう

バカンスで人がいないというのは、ヨーロッパ諸国では当たり前のことです。「自分だってバカンスを取るんだから、他人にもバカンスの権利を認めるべき」というのが共通認識です。だからこそサービス品質に鷹揚だという点もあるでしょう。

一方の日本では、例えば公務員が夏休みとか言っただけでみんな大騒ぎです。税金泥棒とかもっと働けとか休み取るなとか言い出します。その結果として、社会全体が休みを取らずに働き続けます。アホです。

この、異常なサービス品質を求めることと、それに付随して他人の労働者としての基本的な権利すら認めないこと。これが日本人の長時間労働を産みだしているもう一つの原因です。

電車の車掌、役所の窓口、レストランの店員、電話サポートのオペレーター。彼らはみんな、ロボットじゃありません。同じ労働者であり、同じ人間です。今の日本では、こんな基本的なことすら分からない人が多すぎます。

まとめ

  • どうせ低い給料です。頑張って働くのはやめましょう。
  • 同じ給料で隣の人のぶんまで仕事をすると、労働価値を減少させて、みんなの給料を下げて迷惑をかけることになります。
  • お前らは一度、イタリアのような、怠け者ばかりの国に行くべきです。
  • 鉄道が1分も遅れずに来るのが当たり前だと思っているあなたは、はっきり言ってビョーキです。