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2008-04-19

[]日本では戦前から「自存自衛」論に批判がありました。 16:32 日本では戦前から「自存自衛」論に批判がありました。を含むブックマーク 日本では戦前から「自存自衛」論に批判がありました。のブックマークコメント

靖国神社や自称保守・右派と呼ばれる人達の中には日本のやった戦争を正当化するために「自存自衛」という言葉をやたらと使いたがる人達がいます。この言葉を使えば「日本のやった戦争は正しい聖戦でした」という根拠付けができると思い込んでいるようですが、とんでもない錯覚です。なぜなら、日本が言ってきた「自存自衛」とは、元寇以来、中国から侵略されたこともないのに「満蒙は我国の生命線」だからとか、大東亜共栄圏という地域を勝手に決めて「自存自衛をまっとうし、大東亜の新秩序を建設するため対米英蘭戦争を決意し(帝国国策遂行要領より)」とかいう一方的な理屈だからです。こんな理屈がまかり通るなら、たとえば北朝鮮が日本の新潟をとつぜん侵略してきても「いや新潟は北朝鮮にとっては生命線だから自存自衛のためにやむを得ず占領しました。」なんてこともまかり通ってしまい、どんな侵略戦争でも「自存自衛」のための戦争ということになってしまいます。

で、今回は戦前、戦中に日本の「自存自衛」論を批判した人達のことを紹介しようと思います。たとえば「wikipedia:反軍演説」で有名なwikipedia:斎藤隆夫は次のように書いています。

「日本の大陸発展を以(もっ)て帝国生存に絶対必要なる条件なりと言はんも、自国の生存の為には他国を侵略することは可なりとする理屈は立たない。若(も)し之(これ)を正義とするならば切取(きりとり)強盗は悉(ことごと)く正義である。」

斉藤隆夫先生顕彰会刊「斎藤隆夫政治論集」233〜234頁)

「此(こ)の戦争の責任を塗抹(とまつ)せんが為に次から次と種々の理屈を考え出し、曰(いわ)く肇国(ちょうこく)の精神である。*1八紘為宇(はっこういう)の理想である。神武東征の継続である。自存自衛の為である。東洋民族の解放である。共栄圏の確立である。道義戦である。聖戦である。其(そ)の他ありとあらゆる理由を製造して国民を欺瞞(ぎまん)し、国民を駆って戦争の犠牲に供する。」(同前 236頁)


次に、今日では中国側が鉄道を爆破したという1931年の柳条湖事件関東軍の謀略であったことははっきりしていますが、それがわからない当時、中国兵の鉄道爆破を前提にしても、「自衛」論は成り立たないという批判がありました。当時、東京帝国大学教授で戦後、最高裁判所長官を務めたwikipedia:横田喜三郎は1931年10月5日付けの「帝国大学新聞」で次のように書いています。

軍部は最初から全く自衛のため止むを得ない行為であると主張した。しかし、厳正に公平に見て果して軍部一切の行動が自衛権として説明され得るであろうか。鉄道の爆破が事実であるとして、破壊しつつある軍隊に反撃を加えることは確かに自衛権の行使であろう。あるいは、その軍隊を追撃して*2北大営を占領したことも自衛権だといえばいえぬこともなかろう。しかし、北大営に対する攻撃とほとんど同時に秦天城内に対して攻撃を開始したことまで、自衛にために止むを得なかったといい得るであろうか。まして、鉄道の爆破に基く衝突(十八日午後十時半)から、僅(わず)かに六時間内外のうちに、四百キロも北方の*3寛城子を占領し(十九日午前四時四十分)、二百キロも南方の*4営口を占領した(同五時)ことまで果たして自衛のために止むを得ない行為であったといい得るであろうか。」

(日本の戦争はなんだったか 吉岡吉典 20頁)


だいたい


f:id:dj19:20080419135627j:image

出典「新詳日本史図説」 浜島書店 2000年:http://www.meigaku.ac.jp/kokusai/png/22.html


インドやオーストラリアにまで攻撃かけといて(どんだけぇ〜)

これで「自存自衛の戦争でした」ってありえねーだろ おかしーだろ

*1:八紘一宇ともいう。

*2:北大営=軍閥・張学良軍の宿舎。

*3:寛城子=長春北部あたり。

*4:営口(えいこう)=中国遼寧省の省轄市。

poppo-xpoppo-x 2008/04/19 18:20 こんにちは、毎度お世話になります。

そういえば、国家が侵略政策を行った場合は、国民は正義を実現するため国家を批判すべき、という内容の「国家の理想」と題する文章を日中戦争勃発の都市1937年に中央公論に書いたことが原因で攻撃され、東大教授の地位を追われた(戦後復帰して総長も勤めた)矢内原忠雄氏の例も有名ですね。

http://reads.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_448e.html
かくして我等が国家の理想として認識するところは、社会的且つ組織的なる原理、換言すれば社会に組織を附与するところの根本原理でなければならない。かかる性質を有する原理は「正義」である。正義とは人々が自己の尊厳を害せざる限度に於て自己の尊厳を主張することであり、この正義こそ人間が社会集団を成すに就いての根本原理である。かかる正義原則の確立維持は、社会成員中強者弱者間の関係の規律に於て特に重要である。更に具体的に言えば、弱者の権利をば強者の侵害圧迫より防衛する事が正義の内容である。「国家の理想」

osahuneosahune 2008/04/19 19:39 こんばんは
結局アジア太平洋戦争の原因は
「隣の芝生は青い」
なんですよねえ。
まず中国東北部の資源を狙って満州事変を起こしたはいいが大部分が「眠れる資源」であり資源開発がままならないので華北の資源を狙ったが、これも殆どが「眠れる資源」であり開発を考えておらず、思うように進まないので南印蘭印に眼をつけ…と見ていくと、自衛とは名ばかりでただ、計画性も何も無く食い散らしただけ、としか見えません。
おまけに南京では無計画の略奪殺のやりたい放題、シンガポールでは計画的に華僑の物資資材を収奪、大殺害を行い、重慶へは2年以上にわたる戦略爆撃…八路軍にはいいように弄ばれた挙句三光作戦…
これでよくもまあ自衛戦争と言えたものですよほんとに

dj19dj19 2008/04/19 20:29 poppo-xさん
矢内原忠雄は東京帝国大学経済学部の教授として植民地の研究をし、満州が日本の生命線であり満州を手中にすれば日本経済のさまざまな悩みは解決するというという当時の日本の政治家や軍部の考えを大いなる幻影であると見抜き、中国で今育ちつつあるのは「支那国民主義」であり昔のような軍閥勢力ではないとし、そのような中国の民族国家の歩みを見ないで、日本が「独断的政策を強行するとき、その災禍は遠く後代におよび、支那を苦しめ、日本国民を苦しめる、東洋の平和を苦しめるであろう」と主張したそうですね。その後、日本が歩んだ道はこの予測通りになってしまったわけですが……。こういう国益とは国民益のことだと理解し真剣に考えていた本物の愛国者はもっと評価されてもいいと思いますね。

矢内原の1937年10月1日、藤井武記念講演で皮肉たっぷりに語った「神の国」(「通信」に載った文章)はこちらで読めますね。
=====
『通信』1937年(昭和12)10月号:http://www.asahi-net.or.jp/~HW8M-MRKM/kate/00/yanaihara.life.html

「今日は、虚偽の世において、我々のかくも愛したる日本の国の理想、あるいは理想を失った日本の葬りの席であります。私は怒ることも怒れません。泣くことも泣けません。どうぞ皆さん、もし私の申したことがおわかりになったならば、日本の理想を生かすために、一先ずこの国を葬ってください。」
=====

dj19dj19 2008/04/19 22:39 osahuneさん
「隣の芝生は青く見えて」日本も欧米列強に遅れて中国にのりこんでいったわけですが、中国ナショナリズムの高揚で1920年代後半から中国での日本商品ボイコット運動は激しくなるわ、他から安い石炭が満州に入ってきたり世界恐慌があったりと、皮肉なことに満州事変がおこった1931年に満鉄は24年ぶりの赤字に転じてるんですよね。

満州事変を境に国民党政府(蒋介石)は中国共産党とも戦わなければいけないので当面は日本との全面対決を避ける方針をとり国際連盟に提訴などするわけですが、そこには安内攘外政策という、まず自らの力を強化し、しかる後に日本と戦うという戦略があったんですよね。それなのに日本軍は「中国兵って弱いじゃん。日本軍、強い!強い!やっぱ精神力の差だね。」と勘違いしちゃって……。
その後、戦線拡大→泥沼化→玉砕→敗戦と(ry

tukinohatukinoha 2008/04/21 21:57 はじめまして、大学で日本近代史を専攻しているtukinohaというものです。エントリの大要について異論はありませんが、斉藤隆夫を引き合いにだすことに若干の違和感を覚えたのでコメントさせていただきます。

斉藤隆夫はブログ主さんも仰っているとおり「反軍演説」で有名ですが、これは単純な軍批判ではなく、軍が国民に強いた負担(リスク)に見合う成果(リターン)が得られていない、という点を批判したものでした。すこし長くなりますが「反軍演説」から引用します。
「諸君もご承知のごとく、我国はかつて四十余年前に支那と戦った。三十余年前にロシアと戦った。これらの戦いはいずれも国運を賭したる戦いであったに相違はございませぬが、今回の戦いと比べまするならば、その規模の大なること、その犠牲の大なること、日を同じくして語るべきものではない。しかるにこれらの戦いは、如何なる条件をもって、和平克復を見るに至ったかということは、歴史がこれを明記しておりまするから、ここに述ぶる必要はない。それ故にこれを過去の歴史に鑑み、またこれを東亜における大日本帝国の将来に鑑み、これを基礎として、もって事変処理の内容を充実するにあらざれば、出征の将士は言うに及ばず、日本全国民は断じてこれを承知するものではない。(「ヒヤヒヤ」拍手)政府においてその用意があるかないか、私が問わんとするところはここにあるのであります」
この演説によって斉藤は衆議院から除名されますが、民衆の強い支持を受け、翼賛選挙の中再選を果たしたことはよく知られている通り。

重要な点は、当時から多くの国民が「自存自衛の戦争」というお題目に対して不信感を持ちつつも、既に支払ったリスクを回収することを要求したために、いわば戦争の泥沼化に一役噛んでしまったこと、言い換えるなら、「厭戦気分」は見せても「反戦」には繋がらなかったことにあると思われます。
政府の要人(近衛文麿とか)でさえ信じていなかった「大東亜共栄圏」や「自存自衛」なんて言葉を現代人が信じるのは滑稽だと思いますが、だからと言って「だました軍部」「だまされた国民」という二項対立で捉えるのも正しくありません。
近代の民衆はもはや「大東亜戦争」というお題目に踊らされたり、あるいは戦争の負担に対して抵抗したりするだけでなく、国家に対して進んで利益を要求する「権利者」としての意識を持っていた、と言えるでしょう。その「権利者」である民衆の協力なしには総力戦を遂行出来ない以上、政府は彼らが罪の意識を感じることなく協力できるようお題目をでっち上げる必要があった、と考えられます。
そういった民衆意識の問題を抜きにすると、ちょっとバランスが悪くなってしまうのではないかと。

tukinohatukinoha 2008/04/21 22:09 す、すいません!長すぎですね。
ついでにもう少しだけ書かせていただくと、当時の政府にとって「自存自衛の戦争」という言葉には、対外的な危機意識だけでなく、慢性的な不況によって国内に生まれた急進的国家主義(橘孝三郎みたいな)や社会主義運動の先鋭化による政党批判、テロに対処するための戦争、という意味もあったのではないかと思われます。例えば石原莞爾も
「戦争は必ず景気を好転せしむべく爾後戦争長期に亘り経済上の困難甚だしきに至らんとする時は戒厳令下に於いて各種の改革を行ふべく平時に於ける所謂内部改造に比し遙に自然的に之を実行するを得べし」(『満蒙問題私見』)と書いていますね。近代の対外戦争とは国内問題であると言えるのかもしれません。

また長くなりましたが、今度こそ失礼しました。

dj19dj19 2008/04/22 21:07 tukinohaさん
戦前、戦中の数少ない「自存自衛」論への批判を紹介するエントリであるため最低限の引用をしたために反軍演説について説明不足な部分がありましたが、けっして先の戦争を民衆意識の問題を抜きにして考えようとしたり、「だました軍部」「だまされた国民」という二項対立や善悪二元論などで単純化して捉える意図からではないことを理解していただきたいと思います。

「反軍演説」については自分も普通の反軍隊演説ではないと理解しています。ですからコメを読んでみて、なんかこちらの説明不足を広い視点で補足していただいたようで、感謝したいと思います。

満州事変については当時の新聞報道を見ると、銃後の国民の愛国熱はこれまでにない熱烈さを示したことが報じられていますが、4年後にはうってかわって深刻な事態も報じられたりしてるんですよね。その当時の教科書に「戦争は必ず景気を好転させる」なんてのが書かれていたのもtukinohaさんのご指摘の通り政府が国民に罪の意識を感じることなく協力できるようにした方針からなんでしょうかね。

満州事変以降の日本は、対中貿易の悪化などもあり日満のブロック経済を強化しようとするけど悪化するばかりで中国も入れた日満華ブロック経済を形成しようとすんだけどうまくいかず、まぁこんな調子でノモハン事件の失敗などもあり演説のあった1940年には日本の財政は膨大な軍事費、大陸投資やらで、どうにもならない不況状態に陥っていたようですね。

Stray-CatStray-Cat 2008/05/05 19:20 はじめまして。お邪魔します。☆1万個くらいあげたいです。
最近、漫画読んだくらいでにわか歴史家気取りの御仁なんかが、得意になってアジアを植民地主義から守る戦争だった、などと、いけしゃーしゃー大手をふるようになりました。それに対しあまり反論する人もいなくなったような気がします。
しかし反論するも何も、もともと、こっちが正論だろう!! 
 dj19さんよくぞ言ってくれました。

dj19dj19 2008/05/06 00:44 Stray-Catさん
こちらこそはじめまして。☆どもども。
>それに対しあまり反論する人もいなくなったような気がします。

ネット上に貧弱な愛国心に溺れた可哀相なブログやサイトの一方的な電波が溢れている状態は素人の歴史認識を誤らせるだけですからね。このエントリの続編は途中まで書いたんですが時間が無くてそのままにトホホ…。

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