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2012-06-10

[][]慰安婦の強制連行(インドネシア・アンボン島とサパロワ島の事例) 慰安婦の強制連行(インドネシア・アンボン島とサパロワ島の事例)を含むブックマーク 慰安婦の強制連行(インドネシア・アンボン島とサパロワ島の事例)のブックマークコメント

日本軍が慰安婦を強制連行したケース - 誰かの妄想・はてな版 日本軍が慰安婦を強制連行したケース - 誰かの妄想・はてな版


海軍特別警察隊(海軍の憲兵隊)だった禾(のぎ)晴道中尉が手記のなかで語っているインドネシア・アンボン島での慰安婦強制連行について、scopedogさんが吉見義明『従軍慰安婦』を引用するかたちでエントリにしています。

禾晴道中尉の手記『海軍特別警察隊 - アンボン島BC級戦犯の手記』1975年は慰安婦問題について多少でも調べたことのある人なら知っている資料であると思いますが、軍のつくった慰安婦制度のもとで女性たちがどのような状況におかれていたのか、女性たちがどのように集められたのかなどが回想されています。ブログ『磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]』さんのところから一部を転載し、こちらにも資料として保存しておきます。


禾晴道 著『海軍特別警察隊 - アンボン島BC級戦犯の手記』太平出版社、1975年

磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

http://blog.goo.ne.jp/ryuzou42/e/57195a5b92d58de934d3a9c7738f1433

(太字強調は引用者)

IX 慰安婦狩り


 アンボン島のような小さなケシ粒のような島にも、中国大陸の戦線と同じように、男性の生理的欲求を処理するための「慰安所」が設置されていた。

(中略)

 そこには日本女性も動員されていたし、もちろん現地人女性が多く集められて運営されていた。彼女たちは、軍人を慰める目的であることから「慰安婦」と呼ばれていた。国家権力による強姦強要でもあった。

(中略)

 最初に、集める女の対象が検討された。第一に、慰安婦の体験者を対象にすること、それと売春の常習者。第二に、あの女は売春行為をやっているかどうかたしかではないが、やっているといううわさがある者。第三に、やってみたという志願者。

 対象が決定したので、つぎは方法であった。早急に対象となる女性のリストを作って、本人に交渉する。ある程度の強制はやむをえないだろうということだった。

(中略)

 副官の大島主計大尉は、なにがなんでもやってやるぞ、という決意を顔一面に現わして、「司令部の方針としては、多少の強制があっても、できるだけ多く集めること、そのためには、宣撫の物資を用意する。いまのところ集める場所は、海軍病院の近くにある元の神学校の校舎を使用する予定でいる。集まって来る女には、当分の間、うまい食事を腹いっぱい食べさせて共同生活をさせる。その間に、来てよかったという空気をつくらせてうわさになるようにしていきたい。そして、ひとりひとりの女性から、慰安婦として働いてもよいという承諾書をとって、自由意志で集まったようにすることにしています」。

 そこまで準備が考えられて、承諾書までとる話にはわたしも驚いた。副官は法科でもでているのか、と思われた。

 こんな小さな島に、これだけの銃をもった日本軍が陣地をつくっているのだから、日本軍の要求することを自由意志で拒否もでき、承諾もするという対等な自由が、本当に存在すると思っている考え方もじつに自分勝手であっただろうが、そんなことに気づいていなかった。

 だが侵略者というものは、その占領地の住民に非常に親切で、最大限の善政をやってやっている、といううぬぼれた大きな錯覚に自分勝手にひたっている場合が多いものだ。わたしは、それすらも気づいていなかった。

(中略)

 民政警察の指導にあたっていた木村司政官が敗戦後、戦犯容疑者として収容されたとき話してくれたが、その時の女性集めにはそうとう苦しいことがあったことを知った。

 「あの慰安婦集めでは、まったくひどいめに会いましたよ。サパロワ島で、リストに報告されていた娘を集めて強引に船に乗せようとしたとき、いまでも忘れられないが、娘たちの住んでいる部落の住民が、ぞくぞく港に集まって船に近づいてきて、娘を返せ!! 娘を返せ!! と叫んだ声が耳に残っていますよ。こぶしをふりあげた住民の集団は恐ろしかったですよ。思わず腰のピストルに手をかけましたよ。思い出しても、ゾーッとしますよ。敗れた日本で、占領軍に日本の娘があんなにされたんでは、だれでも怒るでしょうよ」。

 わたしは、そこまで強制されたとは知らなかった。


補足しておくとここで回想されていることは、1945年3月、インドネシアのアンボン島で一度は閉鎖された軍慰安所の復活が海軍の司令部参謀によって計画され、新しい軍慰安所3軒が同年5月頃に開設されるまでのものです。

海軍特別警察隊―アンボン島BC級戦犯の手記 (1975年)
禾 晴道

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