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歯切れが悪いのは仕様です。


2007-12-16

[]金谷武洋『日本語に主語はいらない』批判記事一覧

 金谷武洋(2002)『日本語に主語はいらない』批判記事の目次です。

※忙しい、記事が多すぎて一つずつ丁寧に読むのは大変そう、読んだけどなんかよくわからなかったというような方はまずこのエントリからどうぞ

金谷武洋『日本語に主語はいらない』に突っ込んでみます:個別記事

日本語に主語はいらない (講談社選書メチエ)

日本語に主語はいらない (講談社選書メチエ)

@Random@Random 2008/05/13 01:31 先日貴台の親ブログ(?)にコメントを送りましたら,具体的な突っ込みのリストはこちらにある,とのことでしたので早速拝見しました.と言ひましても読んだのは愚生にとって特に関心のある主語の問題のところ,つまり(7)主語の必要性と主語と言う概念の必要性,だけですが,これだけ読んでも貴台の主張の程度の低さが知れます.
コメンター”さらりーまん”氏は「主語を省いたら文章があいまいになって困る」と言ふやうなことを言ってゐますが,全くナンセンスな言ひ分で,それが主語必要論になると考へてゐるなら相当に頭が悪い.どんな言語にせよ,必要な情報を担ふ語を省いたら意味が通じなくなるのは当然でせう.そのやうな文章は書く人が悪いのであって,日本語に咎があるのではありません,金谷氏が言ってゐるのは,日本語では英語などの主語に当たる(場合もある)主格補語は,他の(を,に,へなどの助詞を伴ふ)補語と同様に文の要素としては同格で,なくても意味が明確であれば省いてよい,と言ふことです.決して主語に当たる語を入れてはいけないなどとは言ってゐません.一方,英語などでは主語を立てなければ文そのものが成り立たないわけですから,主語は文の不可欠の要素です.かう言ふ英佛独などの言語と日本語の本質的な構造の違ひをまづ認識してかかることが重要なのではないでせうか.

dlitdlit 2008/05/14 14:41 >@Randomさん

本当に僕の記事をお読みになりましたか?
僕はさらりーまんさんへの返答の中で、「主語を省いたら文章があいまいになって困る」というようなレベルの話と、言語理論における主語という概念の必要性は分けて考えるべきだと書いたはずです。
また、主語だけではなくてどんな要素でも必要なものを省いたら分かりにくくなって当然で、そこは言語を使用する上での技術の問題。従ってどうトレーニング(教育)するかという話だ、ということも書いてあるはずです。

また、日本語におけるガ格が主格補語とも言うべきもので、英語における主語ほど構文的に特別な性質は持っていない、という説は三上以降(というか実際はそれ以前にも説としてはあったと思うのですが)日本語学、日本語教育(学)と呼ばれる分野ではむしろ主流の一つとして選択されてきたアイディアで、別に金谷氏が画期的であるわけでも三上を再発見したわけでもありません。
もう一つ付け加えておくと、生成文法の中でも、そのようなアイディアを生成文法理論の中で実現している立場の研究者もいます。繰り返しますが、久野、柴谷の(しかも七十年代の)研究を生成文法の代表の意見のように取り扱うことが問題だと思います。

ちなみに、現代言語学においては主語の位置付けというかその性質は、欧米の各言語においてさえそれぞれ異なっているかもしれない、ということが追求されているような段階です。英語とドイツ語では主語(と呼ばれている要素)の構造的位置づけが違う、という話もありますし、英語の各方言だけ見ていっても、色々なvariationがあります。
そもそも、そこで議論されている様々な言語、現象を取り扱うためには金谷氏が提案しているようなマルチネの定義などでは荒すぎてあまり役に立ちません。というかマルチねの定義こそかなり限られた欧米の言語にのみ適用できるだけで、世界中の言語のデータが集積され続けている現代言語学で一般的概念として採用するにはあまりにも足りないものなのです(能格言語とかどうするんだ、とか)。

現代の生成文法においては、「主語」というのは一定の言語現象を括るための便利なラベルのようなもので、特別な理論的位置づけは持ちません。まあ紛らわしいから使わないでと言われたら別に明日から破棄しても良いのですが、研究者は(ほとんど)みなその辺りの事情を知っているのと、別に誤解する人もいないので使っているだけです。

PKGPKG 2008/07/02 02:22 dlitさん、はじめまして
「日本語に主語はいらない」の批判記事、全部読ませていただきました
自分は、今年大学のゼミで日英言語比較、特に主語や助詞についての分野に着手することになりまして
「日本語 英語 主語」でググって、割と多くの言語学記事で金谷さんの著書が参考文献に挙がっているのを見て、「日本語に〜」を買ったんですが
さらに、この書籍についてググって、こちらのブログを見つけ、興味深く読ませていただきました

そこで質問させていただきたいのですが、結局のところ、金谷さんの著書における、「日本語に主語はいらない」という主張は、間違っているのでしょうか?
先行研究に対する敬意が欠けていらっしゃったり、「仮説」などの学術的文章に使用する言葉の意味のとりかたがあやふやだったり、「生成文法」の理解や知識が不十分なまま出版されている、つまり「配慮と研究の不足」という主張は、自分としては理解したつもりなのですが
これらは「もはや論理が破綻をきたす領域に達していて、お話にならない」のか「中学生が英語で作文をするような、綴りや文法にミスが目立つし、論理の組み立てもガタガタではあるけれど、ま、言いたいことはわかるよ。」なのか、どういったレベルでのミスなのでしょうか?イントロで主語論には踏み込まないと書いてありましたが、dlitさんが突っ込まれたミスのレベルは、とても気になります

勉強と研究を詰まれた方には、どれが致命的でどれが細部なのかの見分けがつくんだろうと思いますし、わからないのは僕の不勉強が原因であるとは思います。生成文法の難解さの記事ではないですが、結局わからないなら勉強するしかない!っておっしゃられるのはごもっともだと思うのですが
同時に、金谷さんの著書は、dlitさんも書かれていますが、「わかりやすい」。僕のような、文学部のなかでも少数派の、言語学に興味が湧いた人が集まる言語学ゼミの付け焼刃の知識の人間で、この著書を手に取った人間は少なくないんじゃないかと思います。僕はまだ金谷さんの論理を別に熱烈に支持もしていませんが、かといって反対の立場を取ったとして、ケチョンケチョンに反論することもできない段階です。三上さんのことを始め、読者がこの本から間違ったイメージを抱くことを懸念していらっしゃるわけですし、生成文法などの分野の研究者なら言わずとも神経を逆撫でされるなら、むしろ一度初心者向けに、「わかりやすさ」で票を集める当該著書について、スパっと、結局メインの主張は間違っているのかそこはとりあえず合っているのかというところを書いていただけたら有難いです

駆け出しが生意気なことを言ってしまって申し訳ございません、ですが言語学を学びたいと思ってゼミに入って最初に自主的に調べることなので、できるだけはっきりと理解してから歩き出したいという気持ちで質問させていただきました。お時間があるときにご検討いただけたら幸いです。では、駄文失礼しました

TAKATAKA 2008/07/04 03:45 「言語学は門外漢。」の私からも是非お願い、なのデース(^^。
専門家のdiltさんが、「これは、100パーセント間違っている!ていうか、マツガイ!」と断言すれば、この私はそれを鵜呑みにして、「はい師匠!100%全面的に信頼します!」と元気良く返事をするのデスパーニィヤ。

お時間が空いて、「泡盛飲みすぎたorz」の後にでも、まったりやって下さイスパーニィヤ。

もっとも、過去の自分の経験を振り返ってみると、「鵜呑みは禁物ですことよ。たとえお詳しそうな御方のご意見でも。複数の、「まともな専門家」の意見も参考にして比較検討すれば、理解に達する道が早く開けて自己責任なので御座います、なので御座いましたわ。おーほっほ(^-^」
という感じでしダスヴィダーニャ。

dlitdlit 2008/07/06 21:55 >PKGさん

コメントありがとうございます。
ここのところばたばたしていたので、返事が遅くなってしまい申し訳ありません。

しかし、PKGさんの

>結局のところ、金谷さんの著書における、「日本語に主語はいらない」という主張は、間違っているのでしょうか?

という質問には答えるのが難しいですねえ。
とりあえずその命題を額面どおり受け取るとしても、最低でも「主語」の定義と「いらない」で何を表しているか、ということを明らかにしなければなりません。そのためには金谷氏の主張を構成している多数の具体的な議論を追っていかなければなりません。なので、例えば否定的な結論を導き出すとしても、「信頼できない議論が含まれているので、その結論は導き出せない」というようなものになりそうですね。これを「間違っている」と言えるのか…中にはそれなりに妥当な議論も含まれているかもしれませんし。
そもそも現時点で主語論争自体が「合ってる/間違ってる」と言い切れるような性格のものであれば、僕ら言語の研究者もだいぶ楽なのですけれど(その分面白くなかったり仕事が減っちゃったりするかもしれませんが)

なんかごちゃごちゃ書いてしまいましたが、「結論」についての正否は書きたくないですし、僕の力量では書けそうにもないです。議論の「過程」についての是非は気が向いたらいくつか書いてもいいかな、とは考えているのですが(ちょっと最近言語関係の一般書は食傷気味なので)。

金谷氏の本を読むこと自体が問題だとは思いませんし、もし言語研究や文法研究に詳しくないのであれば、その内容をある程度妥当だと思っても不思議ではないと思います。僕だって大学一年生の時に出会っていたらどう評価していたかわかりません。
重要なのは、金谷氏の本だけで分かった気にならないことだと思います。その後三上章の著作に挑戦するでも良いし、批判されている久野・柴谷の原著・原論文も読んで、その批判の内容について検討してみる、などのステップに進めば、それはとても良いトレーニングになると思います。

僕もまだまだ修行中の身なので、偉そうなことを言ってしまうのは気が引けるのですが、

>言語学を学びたいと思ってゼミに入って最初に自主的に調べることなので、できるだけはっきりと理解してから歩き出したいという気持ちで質問させていただきました

という表現がちょっと気になりました。
別に一般書だけにとどまらず、怪しい議論というのは有名な査読論文にだってあります。というか、ほとんど疑問をさしはさむ余地のない、全てがパーフェクトな論文、本なんて珍しいですよ(論文なら内容や長さにもよりますが)。そういうものを識別する能力というのは、とりあえず色々なものを読んでいく上で徐々に身に付けていくしかないのかな、というのが僕の持論だったりします。
というわけで、躊躇するぐらいならとりあえずざっとでも読んでみた方がいいんじゃないかなあ、なんて思います。学生、特に初学者であるならばそんな能力が無いのも、間違うのも当たり前ですし。

やっぱりなんか説教くさいですね。気に障ったらすいません。

金谷氏の本については、あの本からでなければ得られない重要な議論があるとは僕にはあまり思えないので、スキップする、という選択でもそんなに問題無いと考えていますが、人によってはあの本を読んで良いインスピレーションを得ることもあるかもしれません。ただ、論拠にするのはちょっと危ないかと思いますけれど。

今後、かの本の具体的な文法の議論についての記事を書くかどうかはもう少し考えてみます。というのも自分の博論執筆の真っ最中だったりしまして(^^;
具体的な議論だったら、イントロの記事でリンクをはってある、killhiguchiさんのエントリが参考になると思いますのでぜひ読んでみてください。

お返事になってるかどうかわかりませんが、とりあえずこんなところで。

dlitdlit 2008/07/06 22:01 >TAKAさん

僕が専門的なエントリで「100%」なんて言葉を使ったら、ここに定期的にお越しの皆さんから決定的に信用を失うか、エントリ自体がネタだと判断されるかのどちらかでしょうねえ。

どちらかというと僕が発信していきたいのは「学問ってそんなに簡単にはっきり分かるようなものだったら苦労しないんだって」というようなことだったり。まあ本気(笑)を出したってわかりやすいものが書けるわけでもないんですけどね(^^;

RavenRaven 2008/11/28 23:10 dlitさま。

はじめまして。
Ravenと申します。

言語学については全くの素人なのですが、本書を読んだ時に何となくモヤモヤしたものが残り、本書をどう評価してよいのやら途方に暮れてしまいました。

こちらの一連のエントリを拝読して、多少とも気分がすっきりしました。
もっとも、専門的な議論については残念ながらついていけませんでした。
しかし、先行研究をめぐる問題については大変参考になりました。

取り急ぎ御礼まで。

dlitdlit 2008/11/29 18:00 >Ravenさん

コメントありがとうございます。

あの一連の記事はまさに「専門じゃないけれども何か引っかかる」という方の参考になれば、というのが目的の一つでしたので、そういう点で少しでもお役に立てたようで非常に嬉しいです。

記事も読みましたが、Ravenさんのように専門ではなくても表現や論理展開などに気をつけながら懐疑的に読んでくれる方がいるというのは非常に頼もしく思います。

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