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思索の海 このページをアンテナに追加 RSSフィード


2008-05-04

[][]私は日本語を愛しています

 なんというかVIPのまとめに突っ込むのも野暮かなあ、と思ってぼーっと眺めてたんですけど、いつもなんとなく思うのは、特殊じゃないと愛せない(誇りを持てない)んですかね?日本語*1。いやスレの主旨がそうではないことはわかるんですけど、こういう議論を見るとどうもプラスにしろマイナスにしろ日本語はこの点で特殊なんだよ!っていう気持ちを読み取っちゃうんですよね。邪推かな。

 あと、この手の議論によく「日本語は論理的じゃないって言われるけど…」って出てくるんですけど、これって今時本気でこんなこと主張する人っているんですかね。いや、中にはいるのかもしれないですけどそんなにメジャーな意見なのかな。

 以前言語の複雑さを比較するのがいかに大変かということについてkillhiguchiさんとやりとりしたことがあるので興味のある方はどうぞ(コメ欄でのやりとり)↓

 まあそもそも「論理的」「情緒的」「曖昧」なんかも血液型性格判断で出てくる「性格」と一緒でその性質の中身を定義しないときちんとした説としては検証しようが無いんですけどね。

 どうもこう日本語の特殊性みたいなものを学問的に根拠付けたい、という人は一定数いるみたいなので少しアドバイスしておくと、言語学を学ぶと日本語の音節構造も語順(の自由さ)も要素の省略もそんなに特殊じゃなくて様々な言語に見られるってようなことばかりを知ってしまうので、いわゆる「知識人」とか「文化人」と言われるような人が書いた日本語に関するエッセイのようなものをお読みになることをお勧めしておきます。自分の気に入らない説なら「専門家じゃないから」と言って無視できますし、気に入った説だけ取り上げて「あの有名な〜が言っている」と言えば良いのです。簡単でしょ?

*1:逆かな。愛してるから特殊であって欲しいのかな。

shunsokushunsoku 2008/05/10 21:27 おじゃまします。

 「日本語は特殊だ」というようなことは、
少なくとも、高校の英語や国語の教師多数が口走っているのではないかと思います。
 わたしの周りにも、そういう教師は多数いますから。

曰く「敬語は日本語にしかない」、
曰く「日本語の語順は特殊だ(英語や他のラテン語系の言葉と比較して)」、などなど。

 この種の主張は、英語教育の雑誌や「国語」教育の雑誌に掲載されることもあるようです。
(教科書会社の販促用雑誌に現役教師が寄稿してる部分に見受けられます)

 私が思うに、日本語教育を「国語教育」などと言っているうちは、この手の主張は消えないのではないでしょうか。

dlitdlit 2008/05/11 06:48 >shunkouさん

こんにちは。

> 「日本語は特殊だ」というようなことは、少なくとも、高校の英語や国語の教師多数が口走っているのではないかと思います。

あれ、そうなんですか(^^;
うーむ、まあ世間では言葉に詳しいと思われている知識人とか、たまに関連分野の専門家も口走っているのを見ますから、驚くべきことではないのかな。
というか印欧語とだけ比べたってドイツ語(+いくつかのゲルマン系言語、というか古英語も)は基本はSOVだったりするのになあ。

>「日本語教育」と「国語教育」

これは学校教育の領域でも結構議論があるのでしょうか。研究の方では数年前「国語学会」が「日本語学会」になる時に色々議論がありましたけれど。
言語って容易に個々のアイデンティティや時にはナショナリズムと結びつきやすいと思うので、できるだけ正確な情報が伝わってほしいと思うんですけどね。教育に関してはカリキュラムとの関わりがあったりしてなかなか簡単な問題ではないのかもしれませんが。

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