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思索の海 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

歯切れが悪いのは仕様です。


2008-07-28

[][][]表現内容と表現方法

 詳細は以下のエントリから色々辿ってみてください。

 あと、この件に関してはすでにTAKESANさんがわかりやすいエントリをお書きなので、そちらもどうぞ。

 気になったのは表現方法についてです。

 僕にとっては、「内容がよくわからないけれども表現方法がダメじゃない?」という批判自体が最初よくわからなかったというか。まあそりゃ明らかに放送禁止用語誹謗中傷を散りばめたものはそれだけで批判されても仕方が無いかな、と思いますけれど。むしろ強い表現、つまりレトリックというのは「内容がわからない人」にこそ有用なんじゃないか、と思ったのですよね。だって、内容が吟味できる人は強い調子で書いてあってもオブラートを何重にしてあっても、”ある程度*1”内容を切り離して評価できますから。

 この点については以前もちょっと考えたことがありまして↓

 自分の知識だけで怪しいものに気づけなかったり(これは研究者や何かの専門家にだって頻繁に起こりえます)、詳しい解説があっても自分では評価できないような場合には特に、強い表現で批判がされていたり注意喚起がなされている、というのは「これは気を付けた方が良いかな?」と気づくための一つの有益な手がかりになるんじゃないでしょうか。

 というような視点から見ると、「内容はわからないけれど表現が(強過ぎて)ダメ」というのは自分から手がかりや機会を放棄することにつながるように見えるんですよね。あるいは「気付きたくない」ということなのかもしれませんが。

 余談ですが、書き手という視点から見ると「どういう表現方法が人を不快にさせるのか」というのが結構人それぞれなので、強い表現を使用するというのはそれだけリスキーなのですよね。へたれな僕としてはなかなかそういうことができなかったして、毅然とした態度を取れないことにむしろへこんだりすることさえあるんですけどねえ(それでも一部のエントリではそこそこキレてるつもりなんですが…)。

*1:もちろん限度はあります。

TAKATAKA 2008/07/29 01:35 >「内容がよくわからないけれども表現方法がダメじゃない?」

こう言う主張でしょうか。「強い言葉の調子ばかりに注意を引かれ、肝心の内容を読み取る気力を損なう可能性が高い。特に読み取り能力の低い読者には。よって強い調子の文章は、批判方法としては、有効範囲が狭いと思われる。」

私も、きつい言葉の文章を見ると強い印象を受け、心に残ります。ただ論者がいつも強い調子だと、「なんだか批判したい気持ちが先に立っているようだ。ここは話半分に聞いて置いたほうが無難かも。」と判断します。たまになら、「おお、今日は先輩、本気で怒っているんだな。」と思い、「よし、その怒りの原因をじっくり探ってみよう。」という考えに成ります。

ちなみに私自身は、「笑える文章ならば、より多くの読者に私の言いたい事が伝わりやすくて、良いかも。」と考え、実践していました。結局これも、さほど良い方法では無かったようです。最近は笑い重視に成り、内容のほうが希薄に成っていたのでした。今の私は、「もしや、他の人のまじめな議論の邪魔に成っていただけなのでは?」という考えに成りました。

「怒りをこめた文章」、「滑稽で笑いを誘う文章」、「冷静で簡潔な文章」、この三つの姿勢を状況に応じて使い分けられてこそこの私も、人から一目置かれる論者に成れるのでしょう。
今後は焦らずに、出来る事から始めたいと考えています。

dlitdlit 2008/07/30 14:00 >TAKAさん

少なくともリンク先の方はそこまで考えているようには僕には読めなかったですけれどね。

TAKAさんはファンも増えてきたようなので芸風(というのは失礼な言い方でしょうか)を変えると悲しむ人が出ると思いますけれど、あのレトリックをずっと続けていくのは大変そうだなあ、と思います。

やっぱり、どんな種類でも目を引くレトリックというのは効果も強い分、扱いにくかったりリスキーだったりすると思うんですよねえ。

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