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思索の海 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

歯切れが悪いのは仕様です。


2010-08-18

[][][]金谷武洋氏への批判記事についてのまとめ、あるいはFAQ

 このエントリは、金谷武洋『日本語に主語はいらない』批判記事のFAQです。個別記事は以下の目次からたどってください。

※ここでは、その性格から“厳密さ/丁寧さ”より“簡潔さ/わかりやすさ”に主眼を置いています。参考にしたり引用する際にはその点に注意することをおすすめします。

※ここでの質問には、実際に私が直接受けたものに限らず、ネット上で見かけたもの、他の項目の説明のために入れておいた方が良いと判断したものも含まれています。

※ところどころに出てくる「専門家」「素人」は職業研究者とそれ以外の人を指しているのではなく、十分な関連分野の専門的トレーニングを受けた人とそうでない人という意味合いで使っています。

基本

Q1. なぜ金谷武洋氏を批判しているのですか。

A1. 氏の著作、『日本語に主語はいらない』には、日本語学/生成文法研究の専門的な見地から見て見過ごせない程の、明らかに間違った記述が、見過ごせない程の数あるからです。

Q2. それは具体的には何ですか。

A2. 色々ありますが、最も大きな問題は以下の二点三点です。

  • 1) 生成文法によるものに限らず、日本語文法研究の研究史および現在の学界の研究の実情・水準について誤解を招く記述があります。
  • 2) 三上章の、日本語文法研究史上、あるいは現在の学界における評価について誤解を招く記述があります。
  • 3) 生成文法に対する誤解に満ちています。
Q3. 全然具体的ではありません。もっとわかりやすく!

A3. 上の番号に対応するように書くと、氏の捉え方には反して、

  • 1') 日本語文法を分析する際に「主語」という概念を採用しない、という立場は、葬り去られた/忘れられた/過小評価されている、ようなものでも、少数派ですらありません。むしろ現在では主流の一つ、標準的な考え方といって良いでしょう。
  • 2') 三上章は生前にも何人もの有名な研究者から評価を受けていましたし、その死後も日本語文法研究における重要な研究者として高く評価され続けています。現在でもその研究は直接引用されることが多いです。

関連エントリ:寄道(4)三上章は省みられていないか寄道(6)三上章『象は鼻が長い』の表紙の話(+おまけ)

  • 3') 簡単にまとめられないので、以下の各エントリを参考にしてください。

関連エントリ:

Q4. 一般向けの本なのである程度の間違いは仕方ないのではないですか。

A4. 一般向けの本であるからこそ問題です。なぜなら、上に書いたような問題(研究史上における位置付け、学界における受容)は、実際に資料や文献を調べたことがある人、実際に学界に身を置いている人、つまり専門家でないと気付けないことだからです。たとえば論理のおかしさ、などであればいわゆる素人でも気付く余地がありますが、素人が気付くことの大変難しい事実について、しかも一般向けの本で間違った記述をすることは、専門家として大変問題であると思います。

Q5. なんでそんなに怒っているのですか。心が狭いのですか。

A5. そうかもしれません。しかし、僕は生業である日本語文法研究/生成文法研究に尽力してきた、あるいは現在も尽力している多くの先人、現役研究者の貢献を歪めてしまうような情報が広まることを黙って見ていられるほど穏やかな人間ではないのです。

Q6. なぜあなたがやっているのですか。

A6. 僕は日本語文法研究/生成文法研究の両領域に関わる研究者であり、また三上章ファンであるという多くの関連要素が重なったため、他の方より金谷氏の著作に我慢できないところが多かったということがあると思います。あと、批判記事を書き始めたころは院生だったのでなんだかんだ忙しくてもなんとか時間が捻出できたのです。

Q7. 他の専門家による批判は見ませんが、むしろあなたの方が少数派なのではありませんか。

A7. 人脈のあまり無い若手研究者である私の周りの専門家で一番多い反応は「読んだこと無い」「そういえばそんな本出てたかしら」というようなものです。少しでも読んだことがある専門家の方々からは、よく「あんなのほっとけばいいのに」というアドバイスを受けます。良く評価している人にはまだ出会ったことがありません*1

Q8. 変な本ならほっとけばいいじゃないですか。それより研究しなさい。

A8. 僕は、こういった知識/事実を専門家でない人たちが入手可能なようにしておくのも、専門家にできる一つの社会貢献だと考えています。しかし、金谷氏が言語学の学位を持った「専門家」ではなく、氏の著作がかなり広く読まれ、またおおむね好意的に評価されているという事実が無ければ批判はしなかったかもしれません。研究は頑張ります。

Q9. そもそも日本語では主語が無い表現が多いと思いますが…

A9. 「実際の表現に主語が出てこないことがある」という“事実”と、「日本語の分析には「主語」という“概念”が必要である」という主張は無関係ではありませんが、論理的には独立した話です。金谷氏が批判しているのは後者です。

関連エントリ:(7)主語の必要性と主語という概念の必要性

Q10. じゃあ学校文法を擁護するんですか。

A10. 違います。むしろ、学校文法が日本語の学術的な分析という点から見て様々な問題を持つということは、数十年前に散々指摘されて、すでに学界の共通認識となっています。

Q11. 金谷氏の著作は面白いのに、ケチつけないでください。また、面白いだけでなく、三上章の名を広めたり、文法論に興味のある人が増えたりと色々良い影響があると思います。

A11. そういった影響は実際あると思いますし、良いことだと思います。しかし、フィクションならともかく、面白いなら、あるいは良い影響があるなら間違った記述を見過ごして良い、ということにはならないと思います。また、良い影響を受けた後に、僕の記事を読んで間違った知識をアップデートできるなら、素敵なことだと思いますが。

もう少しややこしい話、あるいはおまけ

Q(1). なんで批判すると言いつつ主語に関する議論はあまり取り上げてないのですか。

A(1). 主語に関する議論は大変難しいテーマで、きちんとした研究史まで含めて(わかりやすいように)まとめるとなると、正直この辺りの領域が専門で無い僕の手にはあまります。もう少し僕の研究テーマに直結していればなんとか片手間でもまとめられるかもしれないのですが。

Q(2). 専門でないのに批判しているのですか!信用できません!

A(2). 主語論が専門でなくとも明らかに問題であるとわかるところを中心に批判しています。また、専門で無い人にこれほど強く突っ込まれてしまうほど問題がある本なんだ、と考えてみてください。

Q(3). あなたの主語に対する立場を教えてください。

A(3). ここ最近のスタンダードな生成文法の考え方に即した形での主語の定義(TP Specにある要素)を採用するなら、主語は日本語にもある(場合もある)、と考えています。これは金谷氏の「主語」とも違いますし、柴谷、久野などの「主語」とも異なった概念なので、主語の有無という見方から同列に並べて議論することはできません。

Q(4). 生成文法は主語擁護派なのですか。

A(4). 違います。「主語」という概念で捉えられるものが日本語には無いとする生成文法の(有名な)研究もあります。

関連エントリ:(3)ちゃんと先行研究とか勉強してから批判してください

*1:特に問題だとは思わなかったという学部生や院生なら2, 3人ほど出会いました。

killhiguchikillhiguchi 2010/08/19 06:01  ご無沙汰しております。お疲れ様でございます。というか私が寝込んでいる間にこんなことが起こっていたとは、世界はなんて。
 トンデモ学説に反駁することは、直接学知の進展には関わらないでしょうけれど、学の社会における地位保全には役立つことだと思いますので、できれば、そういう言説に関しても、ペーパーとして出されたならば、「研究ノート」並み以上の業績評価はなされていいように思います。(学と社会を繋ぐ人がいないと、「なぜ日本のスーパーコンピュータは一番じゃないといけないのか」みたいな社会の問いに説得的に答えて、学のその分野のために税金を貰うという、学の社会的エンジンを動かせなくなるのですから。国研がなくなったらどのように国民に不利益があるか、とかを説得的に国民に示せる人も欲しいような気がします。)
 現状では、上のようなことはまだ合意ができてないと思いますので、業績にするには書評論文という形を取るしかないと思うのですが、押し売りで書評論文を書けないものでしょうか?
 dlitさんの労力が、トラックバックやブックマークや検索数の多さ以外で、もっと具体的な形で報われないかなあと思うのは、まあ、私の身勝手ですが。

rosechildrosechild 2010/08/21 20:47 ご無沙汰しております。tigerchild改めrosechildです。わかりやすく丁寧な批判、お疲れ様です。

Q9.のA9.は金谷氏が「日本語の分析には「主語」という“概念”が必要である」と主張しているように読めるのですが違いますよね。

関連エントリも読み直しております。上のkillhiguchiさんのコメントの最後の部分

>dlitさんの労力が、トラックバックやブックマークや検索数の多さ以外で、もっと具体的な形で報われないかなあ

にハゲしく賛同いたします。

dlitdlit 2010/08/23 13:36 > killhiguchiさん

どうもありがとうございます。

僕自身はブックマークのコメントを見るぐらいで満足しているのですが、公開場所がブログだけだと、どうしても届かない人たちはいるよなあ、というのは気になるところです。
論文のような形の方がある程度の信頼性も担保される(と考える人も多い)でしょうし、引用もしやすいですしね。引用するような事態がどれだけ発生するのか、というのは正直よくわかりませんが…

dlitdlit 2010/08/23 13:43 > rosechildさん

おお、ご無沙汰しています。
はてなの方、いくつか拝見していたのですがtigerchildさんだったとは気付かずでした。失礼しました(^^;

> Q9

ご指摘ありがとうございます!
なんともお恥ずかしいミスです。修正しておきました。

artharth 2010/09/01 17:16 はじめまして。ほかのページにもコメントを書いた、日本語文法や言語学に興味をもつ専門外の者です。(先程のは Recent Comments に、なぜか変な日付で載っています。)主語を巡る最近の学会の動向を教えて頂きたく、質問させて下さい。

日本語には主語を認定しない立場がむしろ主流、との記事がありますが、これは本当でしょうか。一般人に入手可能な書籍を読んでいる限り、金谷氏が声を上げないと主語擁護論が学会を席巻しているように感じられるのですが。また、多くの日本語文法関連の書籍に、最近に出版されたものも含めて、「主語」という用語が平気でちょくちょく出てきます。
実際のところ、主語を認めなくていいという立場の研究者と、いや主語は日本語にも必要だとする立場の方と、どんな比率なのでしょうか。

日本語に主語があるという立場の先生方の著書をみると、以下の《》で囲んだような語句が主語だと主張されています。これは少なくとも私の母語感覚とは大きくずれています。このような立場を取られる方は何割くらいいらっしゃるのでしょうか。それとも、現在こういう説を採る研究者はほとんどいないのでしょうか。

《東京都では》、麻薬撲滅キャンペーンを実施しています。
《お父さんから》注意してやって下さいよ。
《家族3人で》旅行に出かけました。

また、日本語に主語があると主張される方は、(多数派の意見としては)たとえば以下の文では何が主語だと同定するのでしょうか。

富士山が見える。
象は鼻が長い。
象が鼻が長い。(鼻が長いのは何かと聞かれての返事)
私はりんごが好きです。
私がりんごが好きです。(同様)
うちには今子どもが2人います。(お宅、お子さんは何人?と聞かれて)
うちには今近所の子どもが2人います。
この問題は解決が難しいと思われます。
私たち、結婚することになりました。
ここは禁煙です。

「長い」という述語に対する主語が「鼻」で、「象が長い」という述語に対する主語(または総主語)が「象」だ、という、昔からもあった解釈は認められないのでしょうか。主語は「象」か「鼻」か、という論争がよく聞かれ、そもそもなぜ二者択一をしなくてはいけないのかが分かりません。(なぜ主語が2つあってはいけないのでしょう。)
また、日本語に主語の概念を認める研究者の方は、文には「省略」された主語が常に存在するはずだ、と主張しているのでしょうか。あるいは、主語がそもそももとから存在しない文があってもよいと認めているのでしょうか。

研究者によって学説や立場が違うから一概に言えない、という記述や意見を見ることがよくあります。実験によって白黒が付く理系学問と違い、人間による判断が必要な言語学の宿命かもしれませんが、かりにも言語学が科学的な普遍理論の構築を標榜するのであれば、そもそも研究者によって定義や意見が違うなどという事態がほっておかれていること自体が問題ではないのでしょうか。また、学校文法に問題があるのだとしたら、問題だと指摘したまま何十年もそのままにしておくべきではなく、文科省に働きかけるなどしてすぐにでも教科書を書き換えるべきというのが学界の社会的責任なのではないでしょうか。なぜそれができないのでしょうか。小中学生には分かるわけないから、という態度で間違った文法を教え続けているのでしょうか。それとも学校文法を擁護する強力な重鎮がいらっしゃるのでしょうか。

本来は主語について専門的に研究されている方に質問できればいいのでしょうが、他につてもないので、ここで質問させて頂きました。是非お教え頂ければ幸いです。

dlitdlit 2010/09/06 17:19 > arthさん

先ほど別の個所への返信にも書いたのですが、いただいたコメントが長いため、なかなか返信を書く時間が取れません。もうしばらくお待ちください。

dlitdlit 2010/12/14 18:25 > arthさん

こちらへいただいたコメントへの返答は以下のエントリにまとめました。
http://d.hatena.ne.jp/dlit/20101214/1292318568

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