Hatena::ブログ(Diary)

読書する Barman

のろまな牛は鞍をほしがり、駄馬は耕作したがる(エセー)
PV  自2010年08月01日
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【お知らせ】 ミーナ・マッツィーニをヲチする"クレモナの虎観察記"は引越しました。お手数ですが次のurlへどうぞ。
http://minafan.exblog.jp/

2012-02-09

さかな記者が見た大震災 石巻讃歌 / 高成田 享(著)

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twitter上では、オルセー美術館で借りた解説オーディオの日本語がおかしいとか、パリのタクシー運転手の応対が不愉快だといったほほえましいつぶやきが流れていた。発言主の高成田享(たかなりた とおる)さんは朝日新聞社論説副主幹論説委員で定年を迎えたあと、自らの希望で石巻支局長として赴任しさらに3年を過ごし、2011年2月に40年間の新聞記者生活を終えたばかりだった。仕事抜きの夫婦水いらずの旅を「卒業旅行」と名づけて、パリやロンドンに滞在中だったのだ。
(高成田さんについての過去記事はこちら http://d.hatena.ne.jp/oxytonbar/20090520


3月11日を境につぶやきは一変する。
「まる1日経っているのに、石巻や東松島市の友人たちの安否がわからない(3月12日)」「石巻の友人から電話をもらった。店は全滅。なぐさめようと話をしていたら、私が石巻にいなくてよかったと夫婦で話していたところだと言われた。取材なんかで飛び出していたら命が危なかった、というのだ。「被災者」に思いやられて、涙が出た(3月19日)」


本書は3月11日からはじまる、港町の復興をかけた長い闘いの序盤を著している。高成田さんの動きはすばやかった。現地で友人知人の安否を確かめると、人々の集まりに参加しては復興への道筋を描いたうえでその障壁を取り除こうと様々な方面に援助を求め(たとえば、漁師さんたちが船に乗れるようになっても、港の冷蔵施設・水産加工業・「製氷設備」が復旧しなければ魚市場として機能しない)、平時のみならず非常時も動きのちぐはぐな役所にかけあい、ひとつの店の再開を、一隻の漁船の出港をともに喜び合う様子が描かれている。4月には、震災で親を亡くした子供たちを支援するために「東日本大震災こども未来基金」を立ち上げ、資金集めにも奔走しはじめる。


おなじく4月、当時の菅直人首相のもとで召集された「東日本大震災復興構想会議(http://www.cas.go.jp/jp/fukkou/)」の16名のメンバーのひとりに選ばれ、復興に向けた大きな枠組みづくりにも関わることになる。第3章に詳述されているが、マクロ経済を専門としていた高成田さんの提言や「霞ヶ関」とのやりとりを含むこの国の意思決定の仕方などは、とても興味深く読んだ。


話は逸れます。
管理人は震災報道を通じて、いろんなタイプの人たちがいるのだなあ、と眺めてきた。著名人なら政治的な意見や具体的な提言のいっさいを控えて、しかしパフォーマンスはしておく(現地での炊き出し)。一般の人で、現場に身を投じてそこにある問題をなんとかしようよ、とボランティアに参加した方々も多かったと聞く(瓦礫の撤去、いまも続く20km圏内での動物保護)。行動は起こさないが解説し論評し意見するだけなら、トラディショナルな大手マスコミから個人のブログまでごまんと存在した(当ブログ)。


そんな中にあって、マクロは復興構想に意見し意思決定に関わり、ミクロは現地の瓦礫撤去や雇用の問題に動き回る、できることからやっていく。労をいとわず梯子を上り下りできる人が、いったいどれだけいるのだろうか。高成田さんの発言や動きを追っていると、着眼大局・着手小局ということわざ思い出す。
政治的な立場に身をおいたり発言をすることを控える人が多いいっぽうで、現在の政治のシステムは人々の置かれた現状を汲み取る意志や能力に欠ける傾向が強い。管理人がバーカウンターから眺めているのは狭い世界だが、見えない世界を推し量っても、高成田さんのような人を、我々は得がたいのではないか。


本書の印税はすべて「東日本大震災こども未来基金」の財源に充てられる、ということだ。一人でも多くの方に本書を手にとっていただけるようお願いします。最後になりましたが、高成田さん。どうか末永くご活躍ください。

高成田さんHP http://www.takanarita.com/
twitterアカウント @takanarita



さかな記者が見た大震災 石巻讃歌
高成田 享
講談社
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2011-12-06

新参者 / 東野圭吾

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本を読むことが好きだったり仕事にしているお客が多いのに、ベストセラー作家東野圭吾の名前はまったく出てこない。趣味嗜好を隠し欺いている可能性はゼロではないが、酒が入った席での日頃の会話から推察してわざわざ隠蔽しているとも思えない。それがある日突然
― 読んでみたから貸してあげる。おもしろかったよ。
とお客から手渡されて、戸惑いながらの初・東野圭吾だった。


東京下町の殺人事件を舞台に、主人公の加賀刑事が犯人探しをしながら解きほぐしてゆくのは、事件の周辺で平凡な暮らしを営む人々のわだかまりであり、馬鹿を見そうになる正直者の立場である。嫁姑の仲とその板挟みで苦悩する息子、主人の秘密を守る小僧の苦境を救いつつ、事件のカギを握る人物を絞ってゆく。


ミステリはよくわからないのだが、とてもよくできた小説だと感じた。大小のプロットの立て方が巧みで読み手の注意をそらさないし、人情話に似て各小編はすべて読者の心情を上向きにしておしまいになる。現在の日本で、なるほどベストセラーになるのはこういう小説なんだなあと納得するしかない、お伽噺のようにきれいな物語なのだった。


お約束の脱線です。
本書を読みながら既視感があって、記憶をたどるうちにある女性を思い出した。
八十をいくつか超えたお歳なのに非常に美しい女性で、それは外見ではなく言葉遣いや所作を通じて発せられており、精神の無色透明感とでも表現したら良いのか。そんなものがどうやって生身の人間に宿るのかが不思議だった。http://d.hatena.ne.jp/oxytonbar/20070602


理解しがたい美しさの秘密を「財布をもったことがないらしいからね」と説明してくれた人がいた。若いころに就いた職業は周囲が丸抱えして成立するから本人に金銭の感覚はない。ある人物に見初められて店をもち(スナック1軒・銀座のクラブといった類に非ず)買い物は「これとこれ」と言えば商品は店員が配達しに来るし請求は旦那に回る。そうした生活を70年近く続けてできあがった人を、当方が理解するのは不可能だと知った。


生身の人間だからこそ驚きようがある。しかし小説に登場する人物がみな善意に満ち人情にあふれ、枠からはみ出してゆくのは一人もいない、というのはいかがなものか。いかがわしい飲み屋や風俗店がひしめく裏通りの存在しない、ネオン輝く表通りのミステリである本書をとてもおもしろく読みはしたが、悪意やマイノリティーから目を背けるなという内なる声が、こういう本はあんたにはタブーだとつぶやくのだった。


(前々回の「神の火 / 眤七亜と好対照)



新参者
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東野 圭吾
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2011-12-01

三陸海岸大津波 / 吉村昭

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本書ははじめ「海の壁」のタイトルで1970年に中公新書から刊行されたが、のちに改題されたようだ。ずいぶんまえに図書館に予約を入れたのだが、やはり順番待ちで手元に届くまでに時間がかかった。


住民に海の恵みを与えながら時には厳しい試練を強いる、観光地と化していない三陸の海岸を旅することを筆者は好んだ。地元の人々との雑談のなかでしばしばあらわれる「津波」に興味をもち、そこから先は物語性をいっさい排除した記録文学の先駆者としての取材力と筆力をもって書き上げた1冊である。


当時まだ多くいた昭和8年の津波の体験者と、かろうじて幾人かに出会うことができた明治29年の津波を経験した存命者への聞き取り、あるいは生き残った小学生たちが学校の課題として書いた作文が材料となり、それらは例によって、淡々と綴られる。


"津波は、自然現象である。ということは、今後も果てしなく反復されることを意味している。……三陸沿岸は、リアス式海岸という津波を受けるのに最も適した地形をしていて、本質的に津波の最大災害地としての条件を十分すぎるほど備えているといっていい。津波は、今後も三陸沿岸を襲い、その都度災害をあたえるにちがいない"


話は逸れますが。
もう少しで本書を読み終わろうとするころ、NHKの『シリーズ原発危機 安全神話〜当事者が語る事故の深層〜』を眺める機会があった。それぞれが専門家である原発安全神話の語りべの口から繰り返される「予想できなかった」「思いもよらなかった」の発言と、40年まえの一文学者の警告の齟齬をどう考えたらいいのだろうか。


時をおなじくして東浩紀さんの「一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル」が話題になっている。未読なので他人のブログとamazonをナナメ読みして要約すると、人々の無意識を現代の情報技術を駆使して可視化し、それを政治に反映することで民主主義の起源に戻ることを提唱する内容のようだ。


未読なのだから論評する資格がないのは承知のうえで、おこがましいが人々の無意識が意思決定のメインストリームであるべきだとは思えない。あまりに移ろい易い「民意」が頼りなら、長期的なプロジェクトや大がかりな投資は勝ち目の薄いギャンブルになってしまう。


しかし専門家や識者の見解(それは「利権」がからんで恣意的に形成されることもあると聞く)が意思決定に通ずる道は十分に整備されているように見える一方で、経験の集積としての庶民の知恵がそこに至る道程はいまだに獣道程度と見なしてほぼまちがいないだろう現状にあって、後者を少なくともおなじ程度のポジションに引き上げようではないか。という意味での「一般意思」はおおいにアリだと思った。
駄文におつきあいくださりありがとうございました。


三陸海岸大津波 (文春文庫)
吉村 昭
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2011-11-24

神の火 (上・下) / 眤七(著)

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お決まりの言い方をすれば、人は2つのタイプに分けられる。ルールの意味を問うたり疑ったりせずゲームを上手にこなすことに励む人と、それが器用にできない人と。意味や正当性をいちいち確かめないと動けなかったり、ふとしたはずみや納得できない反発からルールを破る側に回ってしまう人々が後者に分類されるのだろう。


眤失酩覆砲呂修Δ靴真擁が多く描かれる。
枠組みの中で模範的市民を演じているように見える登場人物も、その胸中にはぽっかりと穴が開き冷やりとした空気が流れ込んでいる。枠から逃れたがる精神を追いかけて肉体もろとも枠外に飛び出してしまう社会的マイノリティーに、ときどき大きな舞台を用意する著者が本作品で選んだのは原子力発電所だった。


昏い出生の秘密と結果としての容貌をもち、幼いころの出会いからスパイの教育を受け、情報をソ連に流していた原子力工学の専門家が国際情勢の変化にともなって居場所を失ってゆく。追い詰められ自ら墓所と定めたのはかつて設計に関わった原子力発電所だった。「臨界中の原子炉の蓋を開ける」べく潜入を試みる。


『一次冷却系広域圧力148.8KG。高温側温度302.9度、低温側温度289.5度。二次系主蒸気圧力71.3KG。タービン復水器真空度37.1MMHG。加圧器スプレイ・ヒータ《自動》。蒸気ヘッダ圧力制御モード《投入》。主蒸気流量、主給水流量、CVCS充填流量……。文句なしの《臨界》だった。』


眤失酩覆覆蕕任呂痢読者を置き去りにする精緻な「書き込み」は初期に位置づけられる本書でも目につくが、その度合い著しい「太陽を曳く馬」などの近著から比べればかなり易しい。
眤失酩覆砲海譴ら挑もうとする読者には取りつきやすい1冊だろうし、何冊かをこなした読者ならこれまでのように気合を入れて取りかかる必要はない。


大の男が、命と引き換えに自らの存在を微分して解に至るまでを描く、ただただ哀しく心に残る物語である。


(『…純粋な理論と人間の良心を信じた原発の存在が、現実世界の悪意と暴力の前でどれほど矛盾に満ちているかを、見つめるべきだ』★★★★★)



神の火〈上〉 (新潮文庫)
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2011-10-25

未来を生きるための教育 / 長岡昇・高橋章子 (著)

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管理人が働くBARのお客さんの著書を紹介します。


硬い話題の中でも、誰でも一家言もてるものとそうでないものがあるのだそうだ。管理人にとって、たとえばTPP参加の是非、反ウォール街デモの話題などが後者であり、意味のある発言をするのは難しい。おそらくは幅広い情報にもとづく現状分析と同時に文化や歴史をひも解く必要があるように思われ、だとすれば酒場の主が取り組むにはハードルが高すぎる。


誰でも参加できる話題のひとつが「教育」であって、そうでありながら日本の狭義の意味での教育が良い方向に向かっているという実感を持っている人は少ないのではないか。皮肉な物言いで恐縮だが、言いたい放題でなんの行動もおこさず責任もとらずに現場はお役所まかせ、で何かが変わるわけもないだろうに。


著者の長岡昇さんは教育の現場に飛び込んでいった。
新聞のアジア担当の論説委員としてアフガニスタン紛争、イラク戦争スマトラ沖地震などの取材に取りくんだ長岡さんが、故郷山形県朝日町の児童88人の小学校長に転職したのが2009年の4月。それ以来2年間にわたって現場で見聞し実感し実践した教育の本音を、ビックリハウスの元編集長である高橋章子さんとweb上でやりとりした(2010年3月から1年間)内容をまとめたのが本書だ。
※長岡さんについて過去の日記はこちら http://d.hatena.ne.jp/oxytonbar/20090203


現職の校長先生がここまで書くのは大変だったろうなあ、と素人にも見て取れる本書が学校教育関係者や保護者だけでなく多くの人の目に触れることを祈ります。
本書の販売収益のすべては長岡さんが2010年の春に立ち上げた地域おこしのNPO「ブナの森」http://bunanomori.org/index.htmlの運営資金に当てる予定、とのことだ。


教育について素人の一言、ですか? 蛇足ですが、
他職種の社会人経験5年以上を公立の小中高の教員採用条件にすること。公立の先生の給料をうんと上げて、20代後半から30代前半の転職先として「教員」が人気の職業になること。「授業」以外の学校運営の様々なこと、たとえば登下校時の警備や放課後の補習・クラブ活動などに地域住民の参加を義務付けること。教育現場が一変すると思うけれど、夢かな。



未来を生きるための教育
長岡 昇 高橋 章子
フリーダム



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2011-10-05

マグマ / 真山 仁

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2005年に書かれた本書は、地熱発電による電力ビジネスを舞台にした経済小説だ。使命感、成功や利権あるいは後悔など様々な思惑を抱えた主人公たちの前に強大な既得権を持つ政財官のトライアングルが立ちはだかる。その中心は、今では言うまでもないが原子力発電をめぐる利権である。


ストーリー中に巨大地震は発生せず、したがって原発は津波に洗われることなくメルトダウンも起こさない。しかし驚くべきことに、本書は6年後の危機到来の蓋然性を告発する内容になっている。あの日以来、ぼくらの上に停滞し続ける目に見えない黒雲の出現を予想しているのだ。そして起こった事実は小説より途方もなく大きく深刻だった。


原発の安全性やもっとも低コストな発電方法だとする神話への疑問を発するやりとりが随所に出てくる。
"…一番安いのが原発で、5.9円。…ただ、原発の5.9円というのは大嘘で、電力各社は大体9円程度だと言っています。ところが、それでもまだ原発で使用した高放射性廃棄物の処理費用が含まれていなかったり、…我々は、せいぜい15円がいいところじゃないかと見ています。ある学者の計算では、100円しても驚かないと言っています"(1キロワット/アワーの発電コストについて)


NHKでドラマ化され映画にもなった「ハゲタカ」の著者による本書は、横糸の設定や描写も巧みで小説としても十分に楽しめると思う。ラストがメロドラマ風味で管理人には少し厳しかったが、そもそも描写を味わう小説ではない。著者が徹底的に調べた上で示唆するぼくたちの未来について、読みながら考えたい小説だ。


最後に。
充実した仕事をするのも楽しく酒を飲むのも良い仲間や知り合いに恵まれてこそだと思うが、それは読書にも当てはまるようだ。いつも興味深い1冊を紹介してくださるMさんにお礼申し上げます。


(すでに「専門家のあいだでは常識」だったとある。★★★★★)




マグマ (角川文庫)
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真山 仁
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2011-09-14

これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学 / マイケル・サンデル (著) 鬼澤 忍 (訳)

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なぜいまさら本書なのかと問うのは止めていただきたい。新刊書を取り上げることは希だと、すでに何回かお知らせしているのだから。


1人の命を犠牲にすれば5人が救われる状況があったとする。(1)5人の命を救うために1人を殺す。(2)なにもしなければ5人の命が失われるのがわかっているが、何もしない。どちらが正しいのだろうか?
http://youtu.be/kBdfcR-8hEY
NHK教育テレビで『ハーバード白熱教室』が放映されたのが2010年4月から6月、本書の刊行が同年5月。サンデル教授が話題になってからすでに1年以上が経っており、そのあいだに様々な感想や論評を耳にすることができた。したがって本書については管理人の個人的な読書感想文というより、刷り込まれた他人の知恵の集積だと告白しておく。


結論から書いてしまうと、読みはじめの期待と読後の印象のギャップが大きくがっかりした1冊。タイトルどおりに「これからの」正義の話がなされると思っていたわたしがおバカでした。
コミュニタリアンとしてこれまでの正義のありかたを批判的に紹介し、これからの正義の議論の土台までは構築していると思うが、大きく展開するまでには至っていないのではないか。


本書はむしろ、即興でどれだけ有利に自論を主張するかの便法の技術指南書を思わせる。冒頭の設問設定の例なら、1と2のどちらが正義かを考察するというより、依頼人の利益に基づいて1か2の結論が先にあり、いずれの立場であれ正しいと陪審員に印象づけるための弁護士の討論スキルを学ぶ教科書として読むほうが適切な気がする。
あるいは、相も変わらず「会議中」の札の下がった部屋で行われるのが議論より連絡・報告の類が主流を占める社会において、議論の本場で行われるやりとりが新鮮で刺激的であったのかもしれない。


一般大衆を哲学的思考のとば口に立たせた功績は大きいにせよ、本書を哲学の本だとするにはおおきな違和感がある。本気で哲学している方々は困惑し立腹するのではないだろうか。
ある評論家さんがサンデル現象をめぐるおしゃべりのしまいに
― サンダルなんか履くな。ちゃんとした履物をはけ!
とサービス精神あふれる発言をしていたが、もちろんこれはマイケル・サンデルの全否定ではなく、この現象をもって哲学が一般社会に根付きつつあるとする、あるいはあたかも読者が哲学的思考の一端に触れたように勘違いする、学問のポピュリズム化批判であるのは言うまでもない。


(しかし本書を読んでカントに興味をもつことができた★★★★)




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2011-09-04

シューマンの指 / 奥泉 光

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本書を知るとき、多くはミステリー小説として知るだろう。一言そえて音楽ミステリー小説として紹介されることがあれば、それは親切なようで実は非常な不親切でもある。
著者の奥泉さん自らも(amazonに動画あり)音楽ミステリーだと言っているが、そんなつもりで読み始めると酷い目に遭う。むしろ「シューマンへのオマージュ」、もはや読み手は存在しないラヴ・レターであり音楽評論として捉えたほうが良いだろう。仮にミステリーとするならば、必須の要素の事件がページの半分を過ぎないと起こらない奇書だ。


本書ははっきり読み手を選ぶ。あなたが選ぶのではなくて、本書が選ぶのである。小学校のリコーダー以来、いっさいの楽器と縁がなくもちろん譜面も読めず、いわゆるクラシック音楽の世界をうさんくさい思いで眺めている管理人は、ほんとうなら読者ではありえなかった。
それが、さいきん機会があっていくつかのいわゆるクラシック音楽の動画に刺激され(サルヴァトーレ・アッカルドヴァレンティーナ・リシッツァ)、その地平の広大さと見えぬ頂の高さに圧倒されて若干の興味をもち、またここには書かない理由によってかろうじて最後まで読むことができた。


ミステリーとしては、たぶん、なんということもない。このジャンルに詳しくないが、おそらく禁じ手を使っているのではないか。しかし世の中のピアノを弾く人々、クラシック音楽に興味をもつ人々にはぜひ読んでもらいたい1冊だ。著者の偏愛ぶりをあざけても良い。著者はそれを覚悟して、また期待して書いたのだろうから。


(「いまさら音にしなくても、音楽はすでにここにある」★★★★★)



シューマンの指 (100周年書き下ろし)
奥泉 光
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2011-08-29

2011_08_29

図書館でバラバラに予約していた本がいっぺんに届いてしまった。


これからの「正義」の話をしよう/マイケル・サンデル
シューマンの指/奥泉 光
自由の精神/萩原 延寿
ドラッカーの遺言/ピーター・F.ドラッカー


読み残し必至の、たいへん厳しい2週間になりそうだ。



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2011-08-09

遠い崖4 アーネスト・サトウ日記抄 慶喜登場 / 萩原延壽

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幕末から明治にかけて日本に滞在した英国外交官アーネスト・サトウを中心に、関連する人々の書簡や日記から日本の近代黎明期をひも解く全14巻中の4巻目。著者の萩原延壽は全巻の刊行がかなった2001年、それを待つかのように没している。


第14代将軍家茂の夭逝にともなう後継者選びの状況を本国イギリスに報告する書簡のやりとりで本書ははじまる。英明とされる慶喜が最有力だと伝える一方で、次のような記述もある。


"…老中たちは、かれらがいっそう容易に左右することのできる、より劣った人物をえらぶことによって、自分たちの勢力を保持するか、あるいは増大することを、むしろ好むであろうといわれている。"


歴史は繰り返すという前提に立てば、一国のトップを引きずりおろそうとする発言が盛んな場合において、引用した力学が働いていることは十分に吟味されるべきだろう。万年野党だった現与党からはいまだに情報が取りにくいからむかしの与党が懐かしい的マスコミのノスタルジーが加わったとすると、その論調は加速される。こんにちの政治的話題のからくりは、案外そのへんにあるのではないだろうか。われわれの不幸は、現代のアーネスト・サトウを見つけ出しにくいことにあるのかもしれない。


エンタメ化された歴史物語ももちろん楽しい。そこを一歩踏み込んで、司馬遼太郎の幕末ものに惹かれるなら本書や吉田松陰全集、"坂の上の雲"が気に入ったなら"ロシヤにおける広瀬武夫"を手にとってみれば、歴史の中に繰り返しあらわれる世の中のしくみや人の動きなどがより一般化して理解できると思っているが、じゅうぶんに応用できていない当方の現況を省みると、読者として力量不足ということか。
今回も駄文で失礼しました。


(ゆくかもどるか、14分の4★★★★★)




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