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2009-06-29

集団ストーカーの恐怖・後編

 

実は僕自身も「集団ストーカー」を信じてしまっている時期があった。

この辺りの話は『ワーキングプア死亡宣告』にも書いたので被る部分もあるが、両親がストーキングされていると言い出した時、僕は真に受けてしまったのだ。

まさか自分の親が嘘をついているとは、思わない。

そこで警察に通報したり、盗聴器発見機を探してきたり、いろいろと奮闘努力してしまった。

 

精神医学の世界には「二人組精神病」と呼ばれるモノあるらしい。

家族や組織の中に、ひとり妄想癖のあるひとが現れると、感染するように周囲の人々も妄想を共有してしまう。

発信源は確かに統合失調症なり脳の機能障害を負っている場合がある。

しかし、中心人物の発する言葉を「信じる」ことによって、そういった障害を持たない人々にまで影響を及ぼしてしまうのだという。

この、「病気」と呼んでいいのか困ってしまうような症状は、実は「信頼」だとか「信仰」だとか、そういった人間の美徳とされるものと紙一重な気がする。

 

当初、ストーカーの犯人は曖昧だった。

父と離婚して一人暮らしをしていた母親は「アパートの大家さんの息子なんじゃないかと思う」などと言っていた。しかし、さらに深く話を聞いてみるとそのアパートというのが実は当時母親が入信していた宗教団体の信者に紹介してもらったところだった。

僕は思わず「その宗教団体が怪しいのではないか?」とピンと来てしまったのだ。

これまた、「集団ストーカー」で一番やっかいな「根拠のない確信」だった。

狂信的な母親と、無宗教な父親の諍いで、我が家は崩壊していた。

僕はその宗教団体を逆恨みしていた。

 

しかもさらに厄介なことに、ネットでその宗教団体と「ストーカー」という言葉を調べたら大量にヒットしてしまったのだ。

根拠の無い勝手な妄想だったはずの「推理」に、「確証」が与えられてしまった。

「やっぱり被害者は自分たちだけじゃない!」と思い込んでしまったのだ。

 

もともと深夜の1時に手土産ももたず押しかけてきて、宗教の話をえんえん朝まで続けるなど、多少なりともその組織からの「迷惑行為」を受けてきた。それまで蓄積されたうっぷんなり、敵意のようなものがあって、これ幸いと僕も両親の妄想に乗っかってしまった部分があった。

「それ見たことか、やっぱり悪いヤツらだったじゃないか…」

自分がそれまで抱いていた憎しみの感情が正しかったのだと、証明されたような気になってしまったのだ。

 

それまで曖昧だった被害妄想に、明確なターゲットを植えつけてしまったのは僕自身だった。

後で僕はこのことをつくづく後悔させられるのだが、その時はかなり本気で「確信」を持っていた。

だから両親だけが「病気」で、自分だけは最初から最後まで「まとも」だったなどとは、思っていない。

 

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当時僕は、、両親が一緒に住んでいた団地に通うたび、周囲の視線に怯えていた。その地域は某宗教団体の勢力も強く、周囲の家の何割かは信者だったし、僕も子供の頃は二世会員として入信していたから、誰が信者なのか顔はわかっていた。

 

実家に出入りするたび、団地の入り口に、何をするでもなくただひたすら立っているおばさんなんかがいて、「ああ、やっぱり見張られている」と確信したものだった。

昼頃行って、夕方に帰ると、まだ立っていたりする。

別のおばさんとヒソヒソ話などをしていたら、なおさら恐怖心は募るのだった。

両親と会った日は、わざわざ尾行まくために遠回りして帰った。

「確証」は無くとも、「可能性」がある以上は用心するに越したことはないだろうという合理的な判断にもとづいた行動だった。

たまに家の前に、見知らぬ車が不自然に路上駐車していたりすると、その姿にも怯えたりした。

 

日本では10人に一人が信者だと言われる教団で、誰に相談していいのかもわからない。

相談にのるふりをして、本部に密告されてはかなわない。

誰も彼もが敵に思えた。

しかし一方で、不安と同時に自分が物語の主人公であるような「ときめき」を感じていたのも事実だ。

この世界にただひとり孤立して、自分は社会全体と敵対していると確信していた。

あの時期の自分は、前原圭一そのものだった。

あるいは、同じ被害にあっている(と思い込んでいる)家族だけの非常にカルトな関係性に依存し、溺れかけていた。

 

本当にどうかしていたと思う。

繰り返しになるが、この集団ストーカー妄想というのは、真実を確認する前に自分勝手に妄想を膨らませ、ひとりよがりに「確信」してしまうところに問題がある。

ある時、両親が二人で「この団地を出てどこか遠くに逃げよう」という話をしていたのだという。

そしたら翌日、近所に住んでいた信者が尋ねてきて、沖縄みやげを置いていった。黒砂糖飴だった。

両親は前日に自分たちが話していた会話を思い出してハッとした。

「沖縄に逃げようといっていた話を聞かれた!」と直感したらしい。

つまり「お前達の会話は筒抜けだぞ。どこへ逃げても追いかけてやる」という脅迫に思えたのだ。

おそらく会話の中では北海道から沖縄まで、日本全国の地名を挙げていたのだろうから、沖縄みやげを貰ったのだって偶然だろう。

しかし、妄想にかられるとすべての偶然が、必然にしか思えなくなってしまうのだ。

 

こんな話もあった。

これは母親で、職場のロッカーに巨大な蜘蛛を入れられ心臓が止まる思いをしたという。

嫌がらせを受けたと上司を呼んで再び開けたら、蜘蛛はいなくなっていた。

「嫌がらせの発覚をおそれて、そっと逃がしたに違いない」と確信したらしい。

これなんかも偶然に蜘蛛が紛れ込んでしまっただけの話だろう。

しかし、当事者は偶然というものがこの世に存在することを信じられなくなっているし、「こうして自分におかしな行動をとらせることで、周囲の人たちがわたしをキチガイ思い込ませようとしている!」と確信してしまうのだ。

だから「自分は狂ってないのに、おかしな人だと思われている」と苦悩するのだ。

 

家でも様々な嫌がらせが続いたという。

電話料金の振り込み用紙がなくなり、払えずにいたら止められる寸前に仏壇から出てきたなんて話も、これは完全に思い違いや、物忘れ、あるいは単に自分が探せなかっただけだろう。

たしか古牧 和都が『集団ストーカー』の中でも指摘していたと思うが、老いによる能力の低下を自分で受け入れる事が出来ず、自分の至らなさを他人のせいにしてしまう心理が働いているのかも知れない。

あるいは誰にも構ってもらえないよりは、集団ストーカーのような架空の存在に構って貰えることで脆弱な自尊心を保っているのかも知れない。

まるでベン・ライスの『ポビーとディンガン』みたいなものだ。

よく子供は純粋だから目に見えない妖精のような友だちを勝手に作り上げてしまうというロマンチックな思い込みがあるけれど、むしろ孤独な老人にこそ「架空の友だち」は訪れやすいような気がする。

 

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「集団ストーカー」の犯人とされるものに共通するのは「巨大で不明瞭な組織」である。

組織が大きいので構成員が多く、その活動が一般のひとからはわかりにくい組織というのはターゲットにされやすい。

宗教団体、政治団体、警察、CIA、FBIなんかが典型だろう。

自分にはよく理解出来ないからこそ、相手を過大評価して「何をしでかすかわからない」「何でもできる」という万能の「力」を相手に与えてしまう。

 

そういえば昔、友人から電話がかかってきて「一緒に警察に行って欲しい」と言われたことがある。

「お前も犯人に協力してるんだろ。もし共犯じゃないという証拠があるなら、警察に提出しろ」というのだ。

彼もまた「集団ストーカー」の被害者だった。

パソコンにウィルスを混入されたり、自宅に忍び込まれたのだという。

しかも、彼が相手にしていたのは「2ちゃんねるのメンヘル板」だった。

やはりうちの父親も、ウィルスを敵からの攻撃だと信じていた。

パソコンやインターネットというブラック・ボックスもまた、妄想を醸成する孵化装置になっている。

無知ゆえのトラブルが、すべて集団ストーカーという明確な「要因」に一元化されていくのだ。

彼らにとっては「まず結論ありき」で、すべてのトラブルが集団ストーカーのせいにされる。

だから、かなりアクロバティックで無理のある理屈が作り上げられていくのだ。

 

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しかし、自分がそんな妄想の世界から、なぜ生還できたのかといえば、遅ればせながら論理的に物事を考え始めるようになったからだった。

頭の中だけで形成した論理には、矛盾点が多くある。

その矛盾に気づいたとき、自分の意見と異なる論理を受け入れることができた。

あとはおそらく、多元的な情報に触れるというのも重要な要素だろう。

妄想にかられる人は自分に都合の良い情報ばかりを追いかけ、それだけを信じてしまう。

まさに宗教団体による情報の囲い込みや、ネット検索における情報の偏りなど、「自分で選んだ」と思い込まされることによって偏執してしまう情報の怖い一面がそこにある。

だからこそ、無作為な情報収集の必要がある。

多元的な情報を吸収することで、自分自身のモノの考え方が否定される瞬間がある。

自分が否定される瞬間にこそ、「気づき」のチャンスがあったのだ。

 

ほんの一市民でしかない老夫婦を、なぜ24時間体勢で監視しなければならないのか?

当たり前の疑問に、妄想を抱いている両親はこう応える。

それは自分が今受けている嫌がらせや宗教団体の正体を世間にバラされないためである。

そんな面倒なことをするくらいだったら、さっさと殺した方が早いだろと言えば、「だからこうして命を狙われているんだ」と反論される。

「オレが殺されまいと必死に戦っているから、生きてられるんだ。本当だったらとっくに殺されている。あいつらも、オレがここまでしぶといとは誤算だったんだろう」などと胸を張る。

 

たった一人の人間を、24時間体勢でどこまでも追いかけるには予算的にも技術的にも無理がある。そういったことを論理的に説明しても、聞く耳を持たない。

巨大な組織だから、まだ誰も知らないような技術を使っているのだとか、あるいはみんな信者たちだからタダで働くのだという。

いや、それにしても定年退職して家でぼんやりしている老人のアパートの隣に引っ越してきて、ひがな一日盗聴し続ける姿というのは、想像するだけでもマヌケだ。

もしそんな人間が実在するなら、確かに相手の方がキチガイだろう。

でも、そんなキチガイは存在しない。

 

ちなみに後で精神科医に相談したとき、被害妄想を抱いている人に対して矛盾点を追求すると、相手は無理矢理に言い訳を考え出そうとして妄想が激化するのでやってはいけないと注意された。

僕は、無知ゆえに事態を悪化させてしまっていたのだった。

 

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「証拠がないのが証拠である」というのが自称「集団ストーカー被害者」たちの言い分だ。

相手は証拠を残さずに嫌がらせをする。

口でははっきり言わないが、思わせぶりな態度で脅迫してくる。

だから証拠がないから相手の犯罪を暴けない、だから自分は周囲からキチガイ扱いされる。

 

自分で自分の誤りに気づく意外に、この被害から逃れる術はない。

だから余計に厄介なのだ。

人は自分のことを否定されたくないという防御本能がある。

批評の世界なんかにも、過去の自分を肯定し続けるためだけに論理を飛躍させ、おかしなことになっている人なんかもいるくらいだ。

 

こういう話は出版メディアでは、やりにくい。

差別的でタブーな部分もあるし、詐欺やオカルト商法で食っている人にとってはネタばらしになるので営業妨害になってしまう。

何よりやっても売れない。

よって一般社会に知識や情報として広がっていかない。

だから僕のように勘違いして被害を拡大してしまう愚か者が発生するのだ。

 

非常にやるせない話だが、そんな実在しないがゆえに、「現実」に多大な影響を与えてしまう「集団ストーカー」なるものが存在することを、もっと早く知っておきたかった。

できれば「オレオレ詐欺」や「ゴミ屋敷」みたく、ワイドショー化した夕方の報道番組あたりで特集してもいいんじゃないかと思う。

明らかにこの妄想の被害者は多いし、自分が犠牲者であることにすら気づいてないひとは多いのだから。

 

 

ワーキングプア死亡宣告 (晋遊舎ブラック新書 13)

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集団ストーカー―盗聴発見業者が見た真実 (晋遊舎ブラック新書 001)

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ポビーとディンガン

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