新幹線はエレベータより静かに停車した。それとともに乗客が次々に立ち上がり、降り口を目指した。わたしもそれに続いた。改札は駅の建屋の二階だった。そこへ向かうエスカレータに乗りながら、先ほど見失った記憶のことを考えてみた。だが、すぐに夢の記憶などに捉われることの馬鹿馬鹿しさに気付いた。夢の中の価値観はひどく主観的で、だからとても大切なことだと感じただけに違いない。現実の世界では大して重要なことではないのだ。
 改札から出た時、既に観光案内センターは閉まっていた。ぺデストリアンデッキから見降ろす街は寒々しく、都会の喧騒になれた身には寂しさが増した。時計を見ると夜の10時を回っていた。仕方なく改札で宿を訊ねた。駅からそう遠くないところで手ごろな値段のビジネスホテルを紹介して貰った。駅前広場から大通りの交差点を渡ると大手の証券会社が巨大な看板を掲げた近代的なビルが立っていた。その裏手にコンビニエンス・ストアやドーナッツのフランチャイズチェーンの入った共同ビルがあった。その入り口の「セントラル・ホテル」という電飾看板の下を潜り抜けると、小さなカウンターが顔を覗かせた。カウンターには年配の痩せた係員が立っていて、わたしの顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。都会の場末のビジネスホテルに比べ、愛想がいい分、救われた気がした。取り敢えずのねぐらを確保して安心したわたしは、案内された部屋に入ると、シャワーも浴びず、ベッドに突っ伏した。新幹線の中で二時間も眠っていたというのに、すぐに睡魔が襲ってきた。新幹線の中の二時間は、夢を観るのに費やされてしまったらしい。なんとかズボンとワイシャツを脱いだところで意識が途切れた。

 僕の記憶はまだ、最後の鳥居を潜ってはいなかった。


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