『Precious: Based on the Novel Push by Sapphire』(邦題『プレシャス』)


『プレシャス』 写真クレジット:Lionsgate
娘に皿を投げつけ、フライパンで殴りかかり、「お前など誰も必要としていない」と罵詈雑言を浴びせかける母。実の子を憎み、蔑み、痛めつけることしか出来ない母親がいる。そんな親は想像以上に多いのかもしれない。
今年のサンダンス映画祭で最優秀審査員賞、観客賞など3賞を受賞し、オプラ・ウィンフリーが絶賛する前評判の高い作品でもある。

時代は87年、主人公プレシャス(ガブレイ・シディブ)はハーレムの高校に通う16才。生活保護を受けている母(モニーク)と二人暮らしだ。一日中家にいてテレビを観ている母は、「最愛の人」を意味するプレシャスの名を呼びながら、理由のない罵倒と虐待を繰り返す。

そんなプレシャスが二人目の子供を妊娠し、学校を追われる。転校先は学校を追われた子が集まる小さな学校。彼女はそこでレイン先生(ポーラ・パットン)と出会い、初めて読み書きを学ぶ。生まれて初めて体験する他者の愛だった。

プレシャスの妊娠は父親の強姦の果て。それを認める母親の涙は娘のためではなく、自分の男を娘に取られた哀れな自分のために流される。この母親がヤク中でもアル中でもないという設定が生きている。虐待を薬物のせいにする安易さを避けて、母親の背後に広がる荒涼とした貧困と無関心、無知の世界を見せようというのが狙いだ。

あまりにリアルな物語なので実話かと思ったが、フィクションである。原作は96年に出版され、話題になった詩人サファイアの初めての小説「Push」。彼女がハーレムで教師をしていた時の体験を下地にしている。虐待もここに極まれりという少女少年たちを多く見てきたのだろう。製作者の一人で、コメディを得意とする映画監督タイラー・ペリーも本作品のリリースに際して自身が受けた性的虐待を告白している。

アメリカの最暗部を生きた人々の痛みと勇気が結集し、作られるべくして作られた力作だ。プレシャスの外見や体験は特異かもしれないが、彼女の「私を愛して」という、言葉にならない命の声は観客の内奥に共鳴していくに違いない。
監督は『Monster Ball』の製作を手がけたリー・ダニエルス。出演は他に、歌手のマライア・キャリーレニー・クラヴィッツなど。

上映時間:1時間49分。11月13日上映開始予定。

『プレシャス』英語公式サイト:http://www.weareallprecious.com/