"The Last Station"(原題『ザ・ラスト・ステーション』)


『ザ・ラスト・ステーション』 写真クレジット:Sony Pictures Classic
ロシアの文豪トルストイ私有財産に否定的で、晩年に印税や財産のすべてをロシア国民に残そうとしていた。ところが妻のソフィアは、「私は『戦争と平和』を6回も清書したのよ、残る家族のことを考えて」とこれに大反対。
きっぱりとした性格で、トルストイの理想主義などに耳をかさず、朝から晩まで再考を迫る。彼女はトルストイにとって48年間も連れ添った最愛の女性だが、この問題で仲の良かった夫婦関係に大きな危機が訪れ……というお話だ。

原作はジェイ・パリーニの『終着駅トルストイの死の謎』。彼の身近にいた人々の日記や記録をもとに、謎が多いと言われたトルストイの晩年の姿に迫った小説だ。

本作にもトルストイの理想を形として残そうする高弟や、トルストイを神のように崇める主治医が登場し、彼の一言一句を書き留めて、妻ソフィアを苛立たせる場面が出てくる。財産を守ろうと孤軍奮戦する妻の騒ぎぶりに辟易としたトルストイはついに家出する。

本作は、争いの絶えない老夫婦の関係と、トルストイの若い秘書の初々しい初恋を対比させながら、理想と現実のせめぎ合い、終わり行く人生とこれから始まる人生という古典的なテーマを描こうとした作品だ。だが、喧嘩しながらも寝室では愛情に満ちあふれた夫婦の姿も描き、堅苦しさはない。

見どころは豪華な俳優陣で、温厚なトルストイクリストファー・プラマー(この役でアカデミー主演助演男優賞にノミネート)、魅力的なソフィアにヘレン・ミレン、理想に燃える秘書にジェームズ・マカヴォイ、堅物の高弟にポール・ジアマッティを起用。ミレンは期待通りに素晴らしく(この役でアカデミー主演女優賞にノミネート)、他の俳優たちもみな良い味を出しているのだが、見終わると物足りない印象。

家出したトルストイは1910年、旅先の小さな駅で亡くなっている。82才だった。彼の死は世界中に報道され、特にロシアの農民たちの悲しみは大きかったという。トルストイの平和主義、反戦主義は世界中の人々に感銘を与え、日本でも自給自足の「新しき村」を興した武者小路実篤宮沢賢治などが影響を受けている。

その一方で、トルストイは大きな屋敷に住んで召使いを使い、オペラハウス建設を夢見る妻に苛まれる、という矛盾を生きた人でもあった。本作では理想と現実の狭間で揺れた文豪トルストイの晩年を、妻ソフィアとの対立を通して表現しようと試みたが、逆に彼自身の苦悩の陰影が見えなくなってしまった。もの足りない印象はそのためだろう。
脚本/監督は『卒業の朝』などのベテラン、マイケル・ホフマン

上映時間:1時間52分。サンフランシスコはサンダンス・カブキ、エンバカデロ・シアターなどで上映中。
『ザ・ラスト・ステーション』英語公式サイト:http://www.sonyclassics.com/thelaststation/