"Fury"(邦題『フューリー』)


『フューリー』写真クレジット:Columbia Pictures
第二次世界大戦終結に向かっていた1945年4月、連合軍による欧州侵攻でナチス・ドイツの敗退は歴然。だがナチスはしぶとい抵抗を続け、米軍戦車隊はドイツ領内で激しい戦闘を繰り広げていた。フューリーと名付けた戦車の指揮官、通称ウォーダディー(ブラッド・ピット)と部下3人(シャイア・ラブーフマイケル・ペーニャジョン・バーンサル)も厳しい連戦を経て、仲間の一人を失っていた。
そこへ戦闘/戦車経験ゼロの18歳、ノーマン(ローガン・ラーマン)が配属された。彼は敵を見ても銃を向けることも出来ず、ウォーダディーは彼を戦闘員にすべく鍛えていく。だが、ナチスの抵抗は予想外に激しく、フューリーの隊員たちは苦戦と孤立化を強いられて行く。

第二次大戦中の欧州を舞台に、豪華キャストを配して絶望的な任務を担う指揮官と部下の姿を描く設定や、リアルで臨場感溢れる戦闘シーンなど『プライベート・ライアン』を思い出させる作品だ。きっとそれは製作側の意識にあったのだろう。『ライアン』を乗り越える戦争映画の傑作を、という作り手らの気概と迫力が感じられる力作ではある。

脚本/監督は『トレーニングデイ』(脚本のみ)、『エンド・オブ・ウォッチ』のデヴィッド・エアー。ロスの犯罪多発地域で育った元軍人という異色の経歴を持ち、暴力世界を生きる癖のあるバディものアクション映画に独自の視点を提示してきた。

本作には5人の男たち登場するが、やはり物語の中心は指揮官と若者の関係に置かれている。善悪の境界が見えない百戦錬磨のウォーダディーと無垢な若者ノーマンの対比と関係の変化は、エアー作品らしくくっきりと描かれ、作品の焦点になっている。

反面、戦闘部分の迫力に押されて、他の男たちの人間性を描く見せ場が少なく、隊員同士の『リオブラボー』的絆がさほど浮かび上がってこなかった。これが『ライアン』との大きな違いでもあるが、欠点だとは思わない。エアー作品に登場する男たちは基本的に皆一匹狼なのだ。

むしろ納得できるエンディングが、本作を戦争アクション映画のジャンルに閉じ込めてしまった感がある。優れた戦争映画は見終わった後に大きな問いかけを残してくれるものだ。

エアーは親族内に戦没者がいて、彼ら対する強い敬意を表明している。本作でも戦死者の描写には深い配慮が感じれた。ただ、戦没者への敬意や追悼が強調される時、戦没者を生む戦争そのものへの疑問は伏されてしまう。本作が戦争映画の傑作になれなかった理由は、その問いかけを避けていたからではないだろうか。

上映時間:2時間14分。 全米のシネコン等で上映中。日本では11月28日より劇場公開予定。
"Fury" 英語公式サイト:http://furymovie.tumblr.com/
『フューリー』日本語公式サイト:http://fury-movie.jp/