2012-05-17 [Thu]
■コグマコムと比較する

全国の引き籠もり対象にしたコグマコムのアンケートで、現代日本の引き籠もりたちは豊臣秀頼を理想の引き籠もりと考えていることがわかった。
豊臣秀頼は死ぬまでほとんど外に出ることなく、大阪城の中で生活したことで有名で、19歳の時に初めて牛を見たという逸話も残っている。歴史研究家の近藤英治氏は「秀頼は城の外の世界のことはほとんど何も知らなかった。大好物のあわびを手に入れられなかったと詫びる片桐且元に『且元はあわびの木も持っているのか』と語ったとされているくらい。そうした点が評価されたのでは。」と分析する。
この調査は今月10日から20日までの間に無作為に抽出した全国の引き籠もり1万人に対面調査の形で実施した。このうち9776名は対人恐怖症も併発していたため、面談できなかったが、224名から回答を得た(但し、このうち話している内容が理解不能だったものが140名あったため、有効回答数は84だった)。(10:00)
「引き蘢り」を語る上での味付けに使ったのが「豊臣秀頼」。また、後段に「有効回答数」という茶目っ気を入れている。
他方、「橋下徹(実名)」「小中学校」「twitter」「義務化」。どこに茶目っ気があったのだろうか。最近この手の茶目っ気のない記事が多くなっている気がしているけれど、「味付け」をする手間がかかるからなんじゃないかな。あやしいのログでも読んで勉強すると良いと思います。
2012-05-15 [Tue]
■タイトルを知りたい(または実在を確かめたい)

今朝、夢を見た。いわゆる「こわい夢」だったんだが、どうにも、もともと何かの作品だった気がしてならない。
1つめ。3つの人形?の話
- 羽海野チカが原作(だったと思っていたけど違う)
- 3つの人形は2つ同じもので残り1つは違うもの
- 残り1つがいわゆる「呪われてる」もの
- 人形は人のかたちではなく、何かのキャラクタ
- 残り1つは他の2つと違って、何かしら欠損がある
- 何らかのルールで人形が入れ替わる
- 主人公らは何らかのルールを逆手にとって、残り1つを袋小路に追いつめて自滅させる、という結末
2つめ。顔を見ると憑依される悪意の話
- ハリウッドっぽい感じ
- 相手の顔を見たことないのに結婚した女性
- 憑依されないように顔に包帯を巻いてる人
- いちどは取り押さえる(フォーク状のもので刺してその場に拘束する)
- 別のものに憑依して逃げる
- 憑依された者は大量殺戮する
- 警察が追っているが見当違いの相手に拳銃を向ける描写(既に別のものに憑依済み)
書き出してみると大した話じゃない感じだけど(特に2つめ)、怖かったんですよ。3D映画なんかよりも臨場感があるわけで。なにせ夢ですから。登場人物の主観で見てるのと同じだし。
ものすごくもやもやしている。あーなんだったんだろうあああああ。
2012-03-17 [Sat]
■環境について考える

環境といっても地球規模の環境問題について考えるわけではない。誤解である。単に私を取り巻くITないしITCな環境について、頭の整理がてら記すに過ぎない。
通信環境
- 現状
というわけで、こうしてみると毎月13,600円も通信環境で出費しているのだなぁと、しみじみ思う。これを今のところ、以下のように変更しようとしている。
- 第1ステップ
さて、ここからが問題である。
私は昨日3月16日、何の先の見通しもなく、以前勤めていた職場の先輩に唆されるまま、iPadを購入してしまっている(16GB・wifiモデル)。購入してしまったからには活用しなければ、というわけなのだが、とはいえ、自宅ではMacBook Airを使っており、iPadの出番はあまりない。やはり、外で使わないと意味がない。
個人的に一番良いと思われるのは、docomoの携帯電話をモバイルwifiルータ化してiPadから利用する、いわゆるテザリングだ。他方、docomoの携帯電話は会社用としても各種サービスの登録用としても使用しているため、通話機能をなくすわけにはいかない。
「通話機能を保持しながらも、モバイルwifiルータとしてテザリングする」。簡単なことのようだが、これがどうにもわかりにくい。
- 第2ステップ
- 自宅:NTTのBフレッツ(固定電話回線なし)。月額約5,000円
- 携帯電話:docomo。通話機能を保持しつつモバイルwifiルータ化。月額約10,000円まで
- iPhone:softbank。月額約5,500円(端末割賦代金が今年の8月に払い終わる)
- 合計:最大20,500円
これが限度だろう。できれば合計15,000円くらいで済ませたいのだが、そんな方法があるのか、docomoのサイトを見てもさっぱりわからない。
LAN(WAN)環境
- 現状
これらをうまくさばきたい。また、Linuxサーバをもう少しまともにしたい。さらに、有線LANをそろそろギガビットイーサにしたい。Let'snoteがギガビットイーサに対応しておらず、ファイルサーバへのファイル転送にやや時間がかかっている(と思う)。
- 目標
- Time Capsule。自宅内無線LANルータ(PPPoE接続。NAT等の設定)。1TBのストレージ(鈍重)。
- 自作PC。適度なスペック。静音省電力。ギガビットイーサ。内蔵HDD4〜5台(各3TB程度。ソフトウェアRAID)。Linuxサーバ(CentOS)。samba、webdav、VPNサーバ。外付けHDD(1TB、2TB)をUSB接続。
- Let's note W2。Linuxサーバ(CentOS)。Ruby on railsだとかGitだとかなんかそのあたりの練習用。
- iMac。いろいろのメインマシン。
- MacBook Air。普段使いのマシン。
- iPad。仕事用のメモ帳として、また、光回線化+モバイルwifiルータの導入により、外出時には自宅ファイルサーバにアクセスして使用。
- HPのネットブック。MPX専用マシン。
- MacBook Pro。遊休資産。
- PowerBook G4。某金属屋さんにお引き取り。
というわけで、MacBook Proの使い道がない。売却しても数万円程度。どうしたもんだろうか。
2012-03-10 [Sat]
2012-02-13 [Mon]
■「特に意味はない」が泣ける理由

主人公、鳳凰院凶真こと岡部倫太郎は、アトラクタフィールドの干渉を受けない唯一の世界線、到達すべき世界線を「シュタインズゲート世界線」と名付けた。そして、「シュタインズゲート」との名前に「特に意味はない」と言う。そこが泣けるわけである。
シュタインズゲートと命名した理由については、おそらく以下のような作品内外の理由が考えられる。
- タイトルが「シュタインズゲート」であるわけで、物語の核心部分にそのタイトルを付けるのは自然である。というよりも、作品としての成立上、そうするのが当然である。また、そうすべく、作品中においても、主人公にその言葉を多用させている。
- そもそも「シュタインズゲート」なるものは、いわゆる「厨二病」的な「設定」に過ぎず、絵空事であることが作品中において強調されている。その結果、「その絵空事が実現してしまう」という演出的効果が生じる。
- シュタインズゲートなる言葉は、作品中繰り返し使われており、鳳凰院凶真がそう名付けるに足るだけの、物語上の必然性がある。
以上の理解からすれば、「特に意味はない」とのフレーズは、作品を通じて繰り返されたフレーズであり、単にそれを反復するためだけのものだとも言える。
しかし、それだけではないと思えるのである。そして、それだけではないからこそ、このフレーズで泣けてしまうと思える。また、むしろそのようなロマンティシズムを介入させた方が、鑑賞態度として、より豊穣だろうとさえ思える。私はそのロマンティシズムを、「世界線の一回性」と「捨象された描写」に求める。どういうことか。
世界線の一回性
wikipediaによれば、シュタインズゲート世界線のダイバージェンスは「1.048596%」である。これ以外に、アトラクタフィールドの干渉を受けない、β世界線又はα世界線の収束から逃れられる世界線は存在しない。
ここで、「きっと『この』ダイバージェンスは、『β世界線をベースに何らかの演算を行って得られる解』だとか『β世界線の時の流れを経るうちに経験的に得られる解』ではなく、本当にたまたま、まったくの偶然にぽつんと存在する『単なる一つの値に過ぎない』」とのイメージが想起される。
なぜなら、「シュタインズゲートという特に意味のない名前を付ける程度に、シュタインズゲートとしか言いようがない程に、他の手がかりがない、他の要素が介在しないという意味で、それ自体にも意味のない値なのだろう」と言えるからである(演算や経験で到達可能であれば、その演算方法や経験的な事象を冠した名称を付すことも可能だったはずだから)。
このイメージはそのまま、私たちが今まさに生きているこの世界線(あるいは人生)に置き換えることができる。私たちが今まさに生きているこの世界線もまた、それ自体に意味のない値でしかないのだろう。そのことは、「今この時点の自分の生を見つめ直し、能動的に取り組むべきだ」のような説教臭いフレーズを介すことなく、それ自体そのままで、奇跡的で感動的なものなのだと思い起こされる(一回性)。結果、泣けるのである。
捨象された描写
シュタインズゲート世界線のダイバージェンスを「特に意味はない」単なる一つの値に過ぎないと解することはそのまま、それを探し求め15年間過ごしてきた岡部倫太郎の執念・努力の印象を違うものへと変える。
この15年間について、作品中(少なくともアニメにおいては)特段描写されていない。
タイムマシンを完成させ、シュタインズゲート世界線への到達条件を「助手の救助失敗、論文の抹殺、最初の自分を騙すこと」と実に簡明な解として導き出した上、親友の娘をそのタイムマシンに乗せて過去に送り込み、また、過去の自分自身へDメールを送信する(まったく異なる別の世界線へ移行しかねないリスクがある)、といった一連の行為に出るためには、α世界線で何十回も失敗した岡部倫太郎にとっては、その確信を確信足らしめるようなありとあらゆる努力を振り払ったのだろうと想起できる。しかもその上、求めるべきダイバージェンスは演算や経験では求められない「単なる一つの値」に過ぎないのである。
このように理解することは、岡部倫太郎が「シュタインズゲート」と名付けた、名付けざるを得なかった別のイメージを想起させることになる。
すなわち、そういった「一連の過程全体」が「シュタインズゲート」なのである。
そうした事象・環境・所作といった諸々の、他の何とも置換できない「一回」の過程が、概念として「シュタインズゲート」なのであり、だからこそそう名付けざるを得ない、また、他の要素で置換した上で一言で説明可能なものではない、もはや「シュタインズゲート」以外の何ものでもないのである。
そして、そのような認識に至った岡部倫太郎の15年間に想いを馳せることで、結果、泣けるのである。
というわけで、泣ける理由について考えてみた。あとはまぁ、宮野君のステレオヴォイスがかっこいいなぁとかそういうのもあるわけで、いろいろ考えてみると楽しいかもね。ということで、エル・プサイ・コングルゥ。
2012-01-21 [Sat]
■山形さんの方法

http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20120121/1327143576
食べ物についての禁忌(つまり何を食べていいかについてのカテゴリー分類)は、それがどのくらい食中毒を起こしやすいかという話とかなり相関がある。認識の結果を大ざっぱにまとめたものにすぎない。これについては拙訳ハーツォグ『それでもぼくらは肉を食う』を参照。
おそらくこんな例を挙げる昆虫亀は、本物のうんこがどんな味だか知らないだろう。ぼくは残念ながら知っている。別にスカトロ趣味があるからじゃない。ぼくはインフラ屋で、下水処理施設や使用中の下水管もときどき見る。その際に不本意ながら口に入ってしまうことも、ままあるのだ。
「うんこ」というカテゴリーが、どんな加工をしようとまったく不変に存在し続ける、という考え方だ。でも、そんな絶対不変のカテゴリーはない。とすると、昆虫亀の議論は成立しないか、したとしてもある程度限られた期間や加工についてのみしか成立しないものとなる。その「程度」がどのくらいかを見極める作業には、ぼくは意味があると思うけれど、たぶん美学の人がそれをやることはないだろうねえ。
http://d.hatena.ne.jp/doko/20111123#p1
こないだ、
「欲望」や「意志」については、山形さんが、専門分野を科学的にキリキリ詰めて可視化している人を翻訳によって紹介して日本人にとって可視化していく、という正面突破の方法を取っている、科学的に王道を突き進んでいる
こう書いたのはこういうことだ。山形さんは徹底して王道だ。揺るぎない。でも、そういった正しさを、そのままの正しさとして受け入れられる程、人間は賢くないとも思えるときがあるので、だからこそ、山形さんには常に揺るぎなく徹底して王道であって欲しいと思える。
2012-01-16 [Mon]
■アニメ酔いをする

1話から最終話までぶっ通しで見ることによって、現実感覚が希薄になったり、無茶な行動をとったり、不意に思い出して涙が出てきたり、聖地巡礼したりするような、日常生活に支障が生じるくらいの没頭感をアニメ酔いと名付けてみた。二日酔いのような感覚。
直近だとシュタインズゲートでアニメ酔いしている。秋葉原をうろうろしたり、OPだとか挿入歌をえんえんループして聞いたり、夢に出てきたりしている。
その前はあの花。秩父に行ったりしてた。
とらドラも多少は酔ったけれど、実在の地名だとかが出てくるわけではなく「この現実」感がない、身につまされない、みたいなところで踏みとどまった感がある。あとそのすぐ後にシュタゲ見ちゃったし。
その前だと何になるんだろう。
電脳コイルは、実はアニメ酔いをしていない。リアルタイムで毎週追っていたからだ。
ハルヒはどうだろう。消失はアニメ酔いをしたかもしれない。ちょうど試験中でぐったりしていた深夜に見ていたからかもしれない。
あとは、時かけは、した。新宿の映画館で見て、無職で、真夏で、歩いて市ヶ谷あたりまで出て、その間、ずっと涙が止まらなかったのを覚えている。端から見たら気持ち悪いことこの上ない。
JinMazaki
不思議と、実写には感情移入できんのですよ(´・ω・`)
アニメだから色々思ったり感じたりできる私も、たぶん曰くの「アニメ酔い」な方なんだと思いますですヽ(´▽`)ノ
時かけは、しましたね、はい。
元々筒井康隆御大のは好きですし、星新一とかも。
電脳とハルヒ、とらドラは未見、いいとは聞くが機会が(^^;)
タイムトラベル&パラドックスな感じのはいいですね。
メインシナリオの横で色んなシナリオが並列してて、最後にそれが絡み合ってというシチュエーションは大好物です(笑)
てことでまどマギもFateも好きだったり(無節操)
doko
どもです(´ー`)
タイムトラベルもの、と言えるほどSFを見聞きしてないのでアレなんですが、「圧倒的な因果に主人公が絡めとられつつ何度も繰り返して足掻く」ってのはぐっときますね。
そんな意味で、シュタゲはクロノス・ジョウンターの伝説を思い出しました。といっても見たのはその一部、しかも、キャラメルボックスの演劇だったんですけども。
となると、まどマギを楽しめそうと思いきや、実は、あんまりなんですね。「3話で魔法少女の首を刎ねたアニメ」という認識を超えることはなかったなぁ。いちお最終回とそのいっこ前は見たんですけど、登場人物が不憫過ぎてダメでした。理不尽だ。
「圧倒的な因果」に作者の顔とか都合や理不尽さが見え隠れしちゃうと、作者のわがままに付き合ってるような感覚になるので疲れてしまいます。ベルセルクがさっぱりだめなのはそれが理由だったり。
ハルヒはいろいろなSFがちょこちょことちりばめられてるようで、お手軽で面白いなぁと思ってます。無敵の長門さんがかっこいいし(´ー`)
2012-01-08 [Sun]
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色んな楽しみ方があるもんですね。
今、親友にむりくり勧め…結果、途中からはまってくれやがりまして(´Д` )
アニメの二巡目に入ってしまい…、そやつf^_^;)
埼玉から都内通勤の車中で、iPod touchで見てるのがいたら…私の関係者かもしれません(笑)
自分が何に反応したのかをくどくど考えるのが割と好きです
あの花見たときも「なんで俺こんなに泣いてるんだろう」とか思って考えたりしました
私も前の前の会社(SEの頃)の先輩をひきずりこみましたよ
一緒にサンボに行ったりして楽しいです(´ー`)