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2004-04-15 ユングの元型仮説でなぎさとほのかの家族を無理矢理説明する
■[非プリキュア]脳内ホルモン性格テスト
本題の前にちょと遊び。甘噛みさん(id:amagami)のところでスパスパ人間学ページが紹介されていたので遊んでみました。血液型や星座はだめだめだめん(第11話亮太の頼みをことわるなぎさ。ちょっと萌え)です。これはまあ単にいくつかの状況に対する各人の判断を9つ積み重ねることで性格類型を判断するという普通の心理テストということで。しかしそれに脳内ホルモンという「科学的」理屈付けをするところがなんともニューエイジのなれの果てでやれやれだが(という言葉を使う私もやれやれだな)、ともかく私は
◆snD(ドーパミンだけが多め)〜楽天的な冒険家〜好奇心旺盛で「楽しいかそうでないか」で物事を決める。単調な作業が苦手。今までの積み重ねが無駄になろうが後先を考えず突っ走るところがある。ストレスを感じにくい。明るく振舞えるので人が集まってきやすい性格。
でした。突然 dokoiko としてアニメ素人の分際でプリキュア全開の私としてはアレですね。あといずみのさん(id:izumino)が私の裏サイトを発掘していましたが、ここはあくまで dokoiko として身もフタもなく身も心もプリキュアにささげる覚悟完了なので特に隠すわけでもないですが金輪際リンクしません。あちらにも多少テイストを変えてプリキュア文載せてます。まあ見たいという方は別途ググるなどしてください。ところで第11話のメポはかわいかったな。そしてジュゴンの目は明らかにかわいくない気がする…
■[妄想]ユングの元型仮説でなぎさとほのかの家族を無理矢理説明する
追記(2004年4月17日):いずみのさん(id:izumino)さんが4月17日のユング心理学でプリキュアを語るでなぎさ−ほのかは影にならないという日記をしたためています。正統的ユング理解で理屈担当の人王者の風格です。援用適用というのはああでないとな。
要約:なぎさとほのかについてそれぞれの家族たちにユングの元型イメージを割り振ってみる。美墨家では岳(父)と亮太(弟)はトリックスター元型、理恵(母)がペルソナ元型を見せている気がする。雪城家では父母が太母元型、さなえ(祖母)が老賢人元型のような気がする。これは美墨家の人々がなぎさの性格と相似しており、雪城家の人々もまたほのかの性格と類似していることを意味する。
こんな見栄えしないことばかり書いていてもダメになってしまうので明日はなぎさの身体描写にこだわる予定ですが、久しぶりにユング解説本を読んだのでメモ程度に書いてみます。そろそろプリキュアが切れてきたな。まあまた日曜日にはブチ切れ文を書くのでしょうけれど。妄想カテゴリ表示の方は本日分を全表示する
■ 3 雪城家の人々と元型
- 父母:太母
- さなえ:老賢者
明らかに私の力不足でつまらなくなる予感があふれているので後はご想像にお任せします。なぎさとほのかはお互いがお互いのシャドウだと思います。ついでにこれは妄想に格下げしておきます。皆様よい夢を。
■追記:主にユングなので読む価値無しの追記。
下記いずみのさんコメントにはなぎさとほのかが(お互いにとっての。dokoiko補完)ゼーレとガイストであれば、というコメントもあります。ゼーレとガイストとは、ニーチェが『悲劇の誕生』で主題としたアポロとディオニュソスみたいなもの(とはいえニーチェはアポロとディオニュソスとに明確な価値の差異を込めているのだが)というと更にわけがわからなくなりそうだし原意を汲めばこんな理解は間違っているのだが私の理解では同じ位相にこの二つがある。ゼーレとガイストの統一が自己の統合であるとはいえ、ガイスト元型の特徴である神性がちょっと重過ぎるようにも感じられたので私はなぎさ−ほのかをゼーレ−ガイストと読まなかった。
塾の中学生たちを見ていると、自分が受け入れていない価値については即座に忌み嫌うべきものであるとか理解不能であるとか近寄りたくないといういろいろな意味をこめて「キモい」の一言で片付けることが非常に多い。これは僕が彼らぐらいのときの「ネアカ−ネクラ」図式からネクラという他者がごっそり抜け落ちた表現なのではないかと思う。「ネアカ−ネクラ」的二項対立では(おそらく)ネクラという言葉を与えられる他者を拒んでいるものの、何らかの言葉を他者に与えるという意味においてまだ他者を他者として自らの立つ地平と同じ地平に他者をおき、その上で距離を取るという様式だと考えられる。しかし「キモい」という言葉は自我の中心から放たれる一方的な感覚であり、地平の向こうになにかがあろうとなかろうとそれは問題ではない。
そんなわけで自己の半分を抑圧し無視した結果として立ち現れてくるシャドウ元型の人格化としてなぎさにとってのほのか、ほのかにとってのなぎさという図式を採用してみた。なぎさにとってほのかはプリキュアとしての運命を共にするまで、なぎさの世界には存在しなかったし、おそらくほのかにとってもなぎさは存在しなかったのだろうと考える。いままで全く見えなかった正反対の存在と向き合い、やがてお互いがお互いを認めるという交流様式はシャドウと向き合いやがて自己の中に統合するというプロセスで理解したほうが適当ではないかというのが私が提出した仮説だ。
ただしこれはいずみのさんとの対立を意味するわけではないと思う。ユングへのアプローチ角度の違いとか、私のユング理解の浅さとかいう状況が表出する言葉の違いとして見えているということであって、もしかしたら同じモノを違う角度から切り出しているということなのかもしれない。
対立しているならば対立しているでも構わない。いずみのさんの眼力はピーサード論にも確かに現れているように私は感じるし、そのようないずみのさんがなぎさとほのかをどう理解しようとしているのかを、私は知りたい。
またシャドウ図式をなぎさとほのかに見たのは、backbeat.comの「ユング心理学的アプローチで考察するジョン・レノンとその楽曲群」という大力作を読んでいるということもあるだろう。ジョン・レノンが心に抱えた魔物のように巨大なシャドウを「Strawberry Fields Forever」の製作を通じて視野に捉え、「MOTHER」の製作を通じてシャドウを心の最奥から引きずりあげ、「God」の完成を持って見事に統合した(しかし生まれ出た新たなジョン・レノンは剥き身の赤子であり無力だった。ここからアルバム「Double Fantasy」の製作直前までの長い第二の成長過程が始まった。そして「Double Fantasy」を生み出しとうとう一人の足で立てるようになった瞬間、死は彼を迎えるのだった)。backbeatの人はこのプロセスを精密に描き出しており、その見事さが私の心に刻まれている*1。
*1:backbeatの人は Great Mother としての母ジュリアと息子ジョンの物語として論考を進めている。しかし母はレノンが17歳のときすでに死を迎えており、レノンが実際に立ち向かったのは母の喪失を認めないために暴虐と冷笑を身に付けた彼のシャドウである。彼のシャドウを自己へと統合するためには、シャドウの生命維持装置であった母の喪失がもたらす狂気のエネルギーを解放する必要があった。狂気のエネルギーを解放するには、母の喪失をシャドウに認めさせなければならなかった。レノンの最終目的は母との和解であったけれども、局地的にはシャドウとの一騎打ちとして描かれるべき物語である。まあ backbeat の人はちゃんとそれを抑えている
itamasu
2004/04/16 04:40
僕もやってみました。snd型でした。………。「見たいという方は別途ググるなどしてください」と書きつつizuminoさんの所にはリンクが貼ってあるという(笑)。まぁそれはさておき、ちょっと気に入った絵が描けたのでdokoikoさんにお送りしたいのですが向こうのサイトのメアドに送っていいですか?
dokoiko
2004/04/16 09:26
どうぞどうぞ送ってください待ってます。いずみのさんへのリンクはいろいろ考えたのですが、dokoikoにくる人ならずっと前からピアノ・ファイアを知っているだろうし、ピアノ・ファイアにリンクしないのはご自身のページを割いて紹介していただいたいずみのさんに失礼だと思いました。まあ金輪際発言は「途中でずるずるとプリキュアから離れたりしませんよ」宣言(と自戒)です。早く絵が見たいな。では仕事するのでまた夜に。
izumino
2004/04/16 14:55
亮太は「永遠の少年」元型(そういうのもある)ではないかなと。あと、なぎほのはお互いのシャドウではなくゼーレであったりガイストであったりしたらいいなあと考えています。まぁ俗流解釈なんですが(ユングの原典は女→女間の元型解釈に乏しいから、そのままだと当てはめにくいんですよね)
itamasu
2004/04/16 17:16
じゃあ帰ったらすぐに。シンプルな絵ですけど久しぶりに気持ちよく線が引けたので。ところで全然関係ないですが黒と白だからマーブルでチョコレートなのかと今日になってようやく気付いたのは僕だけですか。そうですか。
dokoiko
2004/04/16 21:42
うーむ。永遠の少年元型については負の側面が気になってどうしようか迷ったのですが、正の側面が人格化していると考えればやはり亮太は永遠の少年ですね。あと「少年てそのままやんけ(Jキング様)」というのもちょっとあったり。まあ女性間の問題は奥さんに譲っていますし。ユングの方法が内側に突き抜けてゆくものだっただけに、女→女について沈黙したのは彼の学問的誠実の現れなので仕方ないですね。まあ、それをいずみのさんが成し遂げるということで。itamasuさん返事送りましたよ。やっぱり違うんだよなあ僕のとは。いいなあ。
itamasu
2004/04/17 04:53
ああッやっぱり僕だけだったのか_| ̄|○
dokoiko
2004/04/17 08:50
| ;)ノシ
itamasu
2004/04/17 17:03
ワーイヽ(´∀`)ノナカマイタヨー
