ほぼプリキュアの決意 Splash☆Star このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2006-05-17 昨日の続きのようで続きじゃないかも

[]エピソードとストーリー(2)

id:dokoiko:20060516の続きです。昨日分の日記では時系列に従いストーリーを挙げ、先代プリキュアには常にストーリーが用意されていたことを見てみた。今回は時系列ではなく構造を図示するところからはじめてみる。

(申し訳ないッス。いつのまにか話が先代のラストについてになっています……)

 3 入れ子の対立

先代プリキュアは(といっても現S☆Sにも当てはまることである)対立のストーリーであった。それは主人公が対照的なふたりだとか、大枠が光と闇との戦いだとか、ジャアクキング様とクイーンが表裏一体だという設定だけではない。先代プリキュアにおいては、何もかもが表裏一体であると言ってよい。なぎさ個人において外面と内面が対照を成して存在する。ほのかにも外面と内面が対照を成している。そしてなぎさの外面とほのかの内面が呼応し、なぎさの内面とほのかの外面が呼応する。なぎさとほのかは対となり、さらになぎさとほのかはブラックホワイトと対になっている。

プリキュアたちと闇の人々が対であり、光の園ドツクゾーンが対になる。そのような感じで全部書くと大変なので図示する。

入れ子の対立

上図のように、先代プリキュアにおいては対立が入れ子になって連続している。それはなぎさおよびほのかの個人的心理にはじまり、日常と非日常という世界のありようにまで連綿と続く。そして、ある対立はその上位の対立と絡み合いながら物語を駆動していた。たとえば……

  1. なぎさ心理の、友達相手に見せる快活さに対して、藤P相手の意気地なさが無印第8話の基礎となった。同様にほのかは外向きの明晰さと内向きの気弱さが無印第8話の基礎である。さらに上位の対立として、そのようななぎさとほのかの対立が第8話の中核だった。
  2. なぎさの中で美墨なぎさであることとキュアブラックであることが対立していた。これは無印第11話までの物語を駆動した。その後この対立は「日常と非日常」というより大きな枠組みへと組替えられた。
  3. プリキュアと闇の人々とが対立する、というのは非日常のエピソードを形成する基本的な枠組みだった。
  4. 闇の人々とジャアクキング様とが対立していた。しかし光の園プリキュアも、思想的には対立していた。それは普通中学生として日常を大切にしたいなぎほのにとって、光の園およびクイーンなぎさとほのかに非日常を強いるものであるからだ。
  5. 光の園ドツクゾーンクイーンジャアクキング様が対立する存在だった。しかし彼らはどちらも非日常の両極であり、
  6. 最終的に物語の枠組みは「侵食してくる非日常から日常を守る」ものとなる。ここではクイーンおよび光の園ですらなぎほのにとっては、最終的に排除されるべき「自分ではないもの」となる。

ここで物語は、もう光の園ドツクゾーン(すなわち正義と悪)という対立ではなくなっている。主人公であるなぎさとほのかにとっては。物語のはじまりが「非日常への違和感」であった。なぎさとほのかがプリキュアであることを引き受けたのは、ドツクゾーン彼女たちの日常を踏みにじるモノであるからだった。つまり彼女たちに押し寄せる外部であるからだった。

外部から自身を守るために、なぎさとほのかはプリキュアという外部(プリキュアであることは彼女たちにとって非日常である)であることを受け入れた。しかし彼女たちにとって、それがたとえ外部への抵抗であるにせよ、プリキュアであることおよびプリキュアとして力を振るうことは彼女たちの本来ではない。彼女たちがプリキュアとしてジャアクキング様を倒すということは、外部に対抗するために外部になりきることであって、彼女たちにとってプリキュアであるということは矛盾である。

彼女たちにとって本当に乗り越えるべきモノとは、プリキュアという「正義の戦士」として「悪の敵」と戦うことそのものなのだった。

 4 大反転〜究極の外部としての宇宙、究極の内部としての宇宙

というところまでたどり着いていたのが、MH決戦の状況だった。そして究極の外部として登場したのが「宇宙そのもの」であるジャアクキング最終形態であった。ジャアクキング宇宙そのものであるというのは一見、ドラゴンボール的な強さのインフレであるかのようにも見える。もちろんそういう側面もある。しかし上記のようになぎほのがたどり着いた問題が「外部と内部」「世界と自身」「非日常と日常」というものであると整理するとき、宇宙とは単に究極の外部という意味になる。彼女たちがプリキュアとして立つ限り外部には勝てない。

反転

ということで「非日常と日常」という対立が実は「外部」と言う概念でひとくくりにできるものであり、上位に位置する対立とは「外部と内部」になる。だからこそ、彼女たちは物理法則を無視するような意志の力でジャアクキングを上回らなければならなかったし、プリキュアの技ではない意志の技でジャアクキングをドツけなければならなかったし、九条ひかり宿命を無視して存在しつづけなければならなかった。

さてそこでようやく話はS☆Sに行くはずなのだが、明日に続く。

itamasuitamasu 2006/05/18 00:49 図がどんどん進化していくなぁ…(笑)。

dokoikodokoiko 2006/05/18 01:31 図は進化しているかもしれませんが、私の時間は先代プリキュアで止まっているという……

itamasuitamasu 2006/05/20 13:22 今のところ、S☆Sには分析が必要なほどの複雑な物語構造が現れてませんからね。

dokoikodokoiko 2006/05/20 23:07 こんばんわ。先代の構造が大人向けで純文学的なところへ突撃していったので、方向性を変えてきたのだと思います。成田氏の日記では好調とのことなので、その点よかった。

itamasuitamasu 2006/05/21 00:10 もうじき咲舞と満薫の対立構造がビジュアル的にも明確とされる模様です。楽しみですね。

dokoikodokoiko 2006/05/22 00:37 今その話はしたくない!! というか突然すみませんです。事前情報については積極的に入れるようにはしないようにしているので、よくわからんです。対立構造かあ。どうなるんだろう。

itamasuitamasu 2006/05/22 22:26 まぁ、実は新しく出るおもちゃの名前が明らかになってるだけで、そこから勝手に想像してるだけなんですけどね。本当のところはどうなるのかはまだわかりません。

dokoikodokoiko 2006/05/24 01:43 いたますさんこんばんわ。おもちゃですか。じゃあアマゾンを検索するのはやめておこうっと。