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2006-06-09 過激さんウィーク
■[メモ]過激さんIII 電子の要塞
ということで三回目です。
ポルンの評価
id:dokoiko:20060608では過激さんのポルン理解および評価をまとめてみた。そこでますます強引にまとめてしまうのだ。
こんな感じだと思われる。ポルンがそのようであるというのは僕も同意する。上記「ポルン」を「○○○」にしてみれば、僕にもこういうことはある。しかしだからといって過激さんのような具体的かつ徹底的かつ継続的な行動は取ったことが無い。「大好きなプリキュア」にこのポルンが登場したことが、過激さんを過激にしているのだろう。
作品に対する接し方
過激さんと僕が異なるのは「ふたりはプリキュア」という番組の受け取り方であるように思える。ある観点からすると、過激さんは行動的である。「過激さんが好きなプリキュア」を取り戻すために、無意味かつ間違った行動かもしれないけれど過激さんなりの行動をしている。しかし別の観点からすれば、過激さんは受動的である。「過激さんが好きなプリキュア」に縛られていて、「ふたりはプリキュア」においてポルンが果たしている役割や、ポルンを通して描かれたものを受け入れることができない。
「ふたりはプリキュア」においてポルンにはいくつか重要な役割が与えられている。またポルンを通して描かれたものも少なくない。過激さんがもしポルンを我慢できるぐらいには受容できるのであれば、過激さんはもっともっとプリキュアを楽しむことができただろう。
たとえば無印の最終決戦ではポルンが最後のカギであったわけだが、ポルンの歴史を丁寧に見ていれば、あの大化けを「ご都合主義」だとは思わないだろう。MHでは九条ひかりの成長や心情がポルンとの関係を通じて描かれる場面があり、九条ひかりのストーリーはポルン込みのほうがずっと厚みが増す。
過激さんから見れば僕は一方で「与えられたポルンを無批判に受け入れるアニオタ」であり「ポルンの害毒を追求しない愚者」であろうし、また一方「ポルンに躓かずにプリキュアを楽しめた勝ち組み」かもしれない。
■ 追記:不毛な議論、理解と同意
あんたがポポ糞を許容するなら、あんたと俺の考えは永遠に理解しあえない
なにを話しても水掛け論だ、これ以上質問しても「不毛」なだけだぜ・・・
たしかに、過激さんがポルンを許せない理由がわかった以上、あまりそれについて質問することは残っていないと思う。しかしそれは、たとえばもし過激さんがポルン大好きで、「ポルンかわいいよポルン」の理由を尋ねたとしても同じだろう。どちらにせよ、そうそう何度も聞かなくていい話だ。
過激さんにいただいたコメントを通じて、僕は過激さんの感じ方や考え方を知った。しかし僕はそうではない。一般化した言い方をすれば、ポルンに対する過激さんの思いを、僕は理解するけれど同意しない。それを図にするとこんな感じになる。

この図の意味において、過激さんとコメントを投げ合うことはポルナレフ状態から強敵と書いて(ry状態への移行であると思われる。これが「不毛」かというと、僕は不毛ではないと思う。不毛というのは理解も無ければ同意も無い、お互いが別の世界に住んでいて敵意だけがあるという状態だろう。
さらに今回の件で言うと「ポルンかわいいよポルン(;´Д`)」とか「ポポ畜氏ねや(゚Д゚)」とかどちらでもよいのだけれどスローガンだけで意気投合してしまうのは、僕にとっては楽しくない。たとえばプリキュアのオフでひたすら「なぎさタンはぁはぁ」という人がいたらそんな人はいやだ。たぶんそういう人にとって、僕のように意味を考えてばかりの人は嫌だろうけれど。
言葉を交わすということは、上の図では下側から上側へ移動することだ。ポルナレフから強敵になるということであるし、うわべの付き合いからナカーマになるということだ。それは言葉を交わしてゆけばやがて必然的に動いていくだろう。しかし右から左、左から右という移動は、個人の歴史や信条や状況がかかわる事である。必然的に強敵からナカーマになるわけではないし、その逆もまた然り。
だからナカーマにならなくとも、強敵になれるだけでもすばらしいことだと思う。
dokoiko
2006/06/11 23:13
僕としては結構楽しく文章を書くことができました。過激さんありがとう。で、過激さんのプリキュアベスト話数はどれ、とか一番好きな登場人物は誰、とか一番感動したシーンはどこ、とかなんでプリキュア見始めたの、とか聞きたいなーと思うのだった。しかしまあ過激さんがこれに付き合う義理もないことはそのとおりなので、それはそうなったらもうけものということで。