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哲学者=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』 このページをアンテナに追加 RSSフィード



【山崎行太郎の著書】



哲学者=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』
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2015-08-30

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2015-08-29

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佐藤優とマルクス(5)ー宇野経済学における段階論とは何か?マルクス『資本論』とレーニンの『帝国主義論』は、どのような関係にあるのか?


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マルクス『資本論』は、資本主義経済を、国家論抜きで、純粋経済的論理のみで分析している。そこから、マルクスは、「商品」、あるいは「商品交換」を取り出す。資本主義経済は、商品によってなる立っており、商品交換の原理が貫いていると分析する。「労働力商品化」もその一つである資本主義経済社会は、「労働力商品化」によって独特の経済システム形成している。言い換えれば、ここまでは、原理である資本主義経済がその論理を貫徹していくと、必然的恐慌や格差を生み出し、資本主義経済は危機事態を招く。そこで国家が登場して、資本主義経済は帝国主義的な段階へ舵を切る。資本主義経済は国内矛盾国外に転化する。植民地化であるレーニンの『帝国主義論』の段階である。つまり、資本主義経済は、マルクスが分析したような純粋資本主義経済のまなではありえない。資本主義経済は歴史的に発展・変遷していく。特に資本主義経済に、国家(官僚)が介入することによって、資本主義経済は、重商主義(スペイン、ポルトガル)、自由主義(イギリス)、そして帝国主義(ドイツ)的段階を迎える。この資本主義経済の歴史的変遷を分析するのが、いわゆる宇野経済学の「段階論」である

(続く)



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2015-08-28

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2015-08-27

小沢一郎講演会(憲政記念館)。平野さんと小沢さんは、ともに元気溌剌、意気軒昂のようだった。

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昨日は、憲法記念館に行ってきた。駅の乗り換えや場所探しをしているうちに、1時間近く遅れてしまった。慶大大学院のU君が、玄関先で待っていてくれたので、二人で会場に入った。会場はほぼ満席でしばらく立見だった。小沢一郎さんが、平野さんを相手に、相変わらず意気軒昂、活発な憲法論を展開していた。個別的自衛権、集団的自衛権、集団的安全保障の違いや、国連中心主義、野党再編とオリーブの木構想など、小沢一郎の自民党幹事長時代からの持論や政策・・・。野党再編、野党結集は、やはり小沢一郎という戦後最大の政治家を軸にするしかないと思った。憲法記念館はほぼ満員の盛況だった。その後、U君と新橋で一杯。さらに五反田へ移動。そして終電車。



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2015-08-26

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佐藤優とマルクス(3)ー佐藤優は、マルクス主義経済学が「政治革命のために・・・」という政治的イデオロギーを中心に『資本論』を読むのに対して、マルクス経済学は、純粋に資本主義経済を「内在的論理」で分析解明するために『資本論』を読んでいく、と主張する。


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具体的に言えば、宇野弘蔵の『資本論』研究が、マルクス経済学である佐藤優は、浦和高校時代に、宇野弘蔵の弟子筋の鎌倉孝夫の「『資本論』読書会」に参加し、『資本論』の読み方の手ほどきを受けている。言い換えれば、佐藤優の『資本論』読解は、高校生時代から始まっており、かなり本格的で、筋金入りである。さて、では、宇野理論の特徴は何か。宇野は、『資本論』と革命運動や革命理論とを切り離し、純粋資本主義経済の分析理論として『資本論』を読んだ結果、『資本論』の中心的テーマは「労働力商品化」理論にあると考える。もちろん、宇野弘蔵ー鎌倉孝夫の流れで『資本論』を読む佐藤優も、この「労働力商品化論」を重視しながら『資本論』を読み解いていく。余談だが、佐藤優は『21世紀の資本論』で売れっ子になったフランスの経済学者・ピケテイと対談しているが、ピケテイが、マルクスの「労働力商品化」をまったく理解していないと批判している。あるいは、柄谷行人の『資本論』の読み方は、「労働力商品化」論ではなく、「価値形態論」を重視する。佐藤優と柄谷行人の差異は、「労働力商品化論」と「価値形態論」の差異であると言えるかもしれない。さて、宇野弘蔵や佐藤優が、マルクスの『資本論』の本質であると考える「労働力商品化」とは何か。簡単に言うと、何も売るものがない労働者が、労働力という商品を売り、その見返りに賃金を得るということである。つまり資本主義経済社会のシステムは、労働者(会社員サラリーマン)が、この労働力という商品を売り、賃金を得て生活するというシステムで成り立つ社会である






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2015-08-25

dokuhebiniki2015-08-25

佐藤優さんとの対談「日本を亡ぼす反知性主義」(「月刊日本」9月号)の冒頭の一部です。全文は、「月刊日本」の9月号(発売中)でお読みください。「月刊日本」定期購読購読の申し込みは以下のアドレスから 。

「月刊日本」➡︎ http://gekkan-nippon.com/?page_id=843


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日本を亡ぼす「反知性主義」  佐藤優×山崎行太郎 


 
今や論壇で「反知性主義」という言葉を目にしない日はない。この言葉現在の日本を読み解く上で重要キーワードとなっている。それでは反知性主義とは何を意味し、何が問題なのか。反知性主義という言葉を広めた作家の佐藤優氏と、哲学者山崎行太郎氏に、反知性主義をめぐる問題について縦横無尽に語っていただいた。
 
反知性主義とは何か
佐藤 まず私の問題意識からお話ししたいと思います反知性主義には二重の構造があります。一つは、無知蒙昧を恥じないという側面です。例えば、内閣官房副長官補の兼原信克さんが『戦略外交原論』という本を出しています。彼はその中で、名誉革命の結果マグナカルタができたと書いています。しかし、名誉革命が起こったのは1688〜89年、マグナカルタ作成されたのは1215年です。その他にも、宗教改革はイタリアから始まったとか、「スフ」が火炙りにされたなどと書いています。これは「フス」の間違いですね。
 他方で、反知性主義には無知蒙昧とは異なるもう一つの側面があります。それは知性の限界を知り、それを超克するというものです。近代になるまでは、合理性によって世界全体を説明できないということは、自明でした。ところが近代以降、理性によって全てを説明できるという考え方が出てきた。これが主知主義(知性主義)であり合理主義です。しかし、これらは結果的に第一次世界大戦をもたらしました。
 当時の優れた思想家たちは、それ以前からこうした知性主義危険性を見抜いていました。例えば、1905年のロシア第一次革命の頃に現れた「道標派」と呼ばれる人たちです。彼らはもともとロシアにマルクス主義を導入した人たちでしたが、ロシア革命が起こる中で、合理性では割り切れない要素が捨象されていることに危機感を抱くようになりました。これが知性の限界を知っているという意味での反知性主義です。
 しかし、こういう反知性主義レーニントロツキー、スターリンによって実践運動に利用されるようになると、知性を馬鹿にし、無知蒙昧でも構わないというように変化してしまいました。スターリン自身インテリでしたが、スターリン主義者たちは本当に粗野で、「この野郎、言うことを聞かないならもう少し殴ってみるか」と、このような感じでした。
 このように、知性の限界を知っているという意味での反知性主義は、すぐに無知蒙昧型の反知性主義に転化してしまいます。しかし、表面的な言説だけを見ると、両者は非常に似ていて見分けがつきにくいんです。
山崎 知性の限界を知り、それを超克するとは、例えば神を信じたり直観を重視するということだと思います。しかし、これらは上っ面だけを見れば、単に知性が足りないだけのようにも見える。実際、知性に反しているという点では、両者には似たようなところがある。しかし、これらは本質的に異なるので一緒にしてはならないということですね。
佐藤 私は反知性主義について議論する際、必ず「反知性主義とは、実証性と客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界理解する態度である」という暫定的定義から始めるようにしています。それは、無知蒙昧型の反知性主義と、知性の限界を知り、それを超克するという意味での反知性主義区別するためです。私が批判しているのは前者の方です。
山崎 今、佐藤さんが知性主義反知性主義、そして反知性主義の二重構造について整理してくれました。僕は少し違う角度からお話ししたいと思います
 僕は小林秀雄を通じてデカルトに興味を持ったのですが、デカルトは当時の中世的・ラテン語的な世界観の中で、敢えてラテン語ではなくフランス語論文を書きました。当時はフランス語俗語とされており、フランス語で本を書く人はいませんでした。それでは当時の学問的権威インテリ文化人たちがデカルトをどのように見たかと言えば、恐らく反知性主義無知蒙昧)と見たんじゃないかと思うんです。また、これは佐藤さんの専門ですが、ルターが出てきて宗教改革を行った。当時の体制側がルターをどう見ていたかというと、やっぱり反知性主義無知蒙昧)と見たんだろうと思うんです。
佐藤 反知性主義無知蒙昧)と見たでしょうね。
山崎 とすると、デカルトやルターのように世の中を変える革命性を持った人たちも、当時のシステムの中では無知蒙昧と見られていたということです。例えば、トーマス・クーンは『科学革命構造』の中で、科学革命が起きる局面では今まで通用していた科学的常識が通用しなくなると言っています。そこから考えると、体制を守っている側には、新しく湧き起こってくる革命的な思想運動は常に反知性主義無知蒙昧)に見えるのではないか。
 もちろんそれが極端になれば、暴力的ものになったり、ヘイトスピーチのような形になってしまいます。これは抑え込む必要がありますが、そこには同時に新しい文化を作り出すような野蛮な力も秘められている。僕はそのように考えています
佐藤 その通りだと思います。ただ、その時にどうしても重要になるのは、どこまで実証性と客観性を重視するかということだと思うんです。……
 
以下全文は本誌9月号をご覧ください。


日本を亡ぼす「反知性主義」  佐藤優×山崎行太郎 





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2015-08-24


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