文藝や哲学を知らずして政治や経済を語るなかれ!!!
「三田文学」に発表した『小林秀雄とベルグソン』でデビューし、 先輩批評家の江藤淳や柄谷行人に認められ、文壇や論壇へ進出。大 西巨人との論争や、小泉・竹中批判、安倍批判、「青色発光ダイオ ード」の中村教授批判を展開。最近は「沖縄集団自決裁判」問題で、 曽野綾子や小林よしのり、及び保守論壇の守旧派・渡部昇一、秦郁彦……等を徹底批判。「イデオロギーから存在論へ」をモットーに 文壇・論壇に蔓延する予定調和的言説の脱構築的解体を目指すー。というわけで、山崎行太郎の思想・表現活動の拠点たる「ブログ」と「メルマガ」を読もう!!!
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2012-02-09
「小沢裁判」の政治学。野田が何と言おうと、岡田が何と言おうと、問題ではない。興味も関心もない。すべては「小沢一郎問題」である。沖縄米軍基地問題もtppも、「小沢問題」なしには考えられない。さて、小沢裁判が大詰めを迎えてきた。検察側も裁判所側も動きが慌ただしくなって来た。検察が、裁判所からの「捜査報告書」や関係書類の提出を求められたにもかかわらず、提出を拒絶したらしい。これで、ますます検察の「疑い」は濃厚になってきた。
小沢裁判こそ日本の戦後史を大きく転換させる契機となるべき裁判である。日本の敗戦、米軍による占領、サンフランシスコ条約による形式的な独立、そしてその後の「ポスト植民地主義的支配」という見えない占領政策・・・からの解放と独立を賭けた裁判である。いうまでもなく、この裁判は、小沢一郎という一人の政治家の資質や才能、キャラクターの問題に限定されるべき裁判ではない。小沢一郎は、2009/2/25に、大阪で、「米軍のプレゼンスは必要だが、第七艦隊で充分ではないのか・・・」とかなり大胆な、且つ刺激的な発言をした。誰が危機感と恐怖心を抱き、「小沢潰し」に動き出したかは明らかだ。必ずしも敵は外国人ではない。外国勢力と結託して日本を植民地支配し続け、甘い汁を吸い続けてきた、日本人の味方の振りをしている日本人こそ敵である。そこから、一連の小沢事件から小沢裁判と続く奇妙なドラマは始まったのである。小沢裁判の本質は、日米関係にあり、日米関係抜きには考えられない事件である。マスメデイアはあまり書かないが、小沢裁判の過程で、ふたつの大きな問題が明らかになった。一つは、小沢一郎を強制起訴に持ち込んだ検察審査会メンバーに提示された、検事作成の捜査報告書の改竄と隠蔽という事実が明らかになったこと。しかもこの問題に関連して、裁判所が、検察に捜査報告書をはじめ関係資料の提出を求めたにもかかわらず、それを検察が拒否したという事実。さらに某市民団体がこの問題を告発し、受理され、捜査中であるという事実。これらは検察側の問題であるが、もう一つの問題が明らかになっている。これもなかなか新聞、テレビなど、大手メデイアは報道しようとしないが、つまり一部の週刊誌やタブロイド新聞は報道しはじめているが、最高裁判所に「事務総局」という秘密組織のようなものがあり、ここが小沢裁判の司令塔になっているらしいという事実。さらに、驚くべきことに、小沢裁判における検察審査会メンバーの11人の選び方に、「選択ソフト」という奇妙な機械が使われており、この機械を使って、不正が行われているという事実。これらの疑惑と暴露された事実は、検察と最高裁判所という国家の根幹にかかわる権力機構にそのものをめぐる疑惑でありスキャンダルである。検察も裁判所も、小沢裁判で必要以上にやりすぎたために、そ正体が暴露され、今、かなり追い詰められていると言っていい。そこで、不可解なのは、大手マスコミの動きである。実は、瀬戸際に追い詰められているのは、マスコミ界も同じである。
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2012-02-08
「(小沢一郎)裁判をダメにする元凶"最高裁事務総局"の正体」を、「日刊ゲンダイ」に続いて「週刊プレイボーイ」が暴露
以下に、この問題を追求している「一市民T」ブログ(http://civilopinions.main.jp/)から引用する。
2月8日 『裁判をダメにする元凶「最高裁事務総局」の正体』(週刊プレイボーイ)
以下の内容を拙ブログに書き続けてきた。
「最高裁事務総局が発注した審査員選定クジ引きソフトは"審査員にしたい人"を自在に加え、選挙管理委員会選出候補者を自在に消除できる仕組みを持っている。
そして、事務総局傘下の検察審査会事務局がこれを悪用し"審査員にしたい人"を審査員にし、小沢起訴議決をした。」
この問題はネットでは少しづつ浸透してきたように思う。
しかし、大手メディアはおかしいとわかっていながら、見て見ぬ振りをしている。
ところが、一部の活字メディアが少しずつ動き始めた。
<日刊ゲンダイ「小沢強制起訴"黒幕"は最高裁事務総局」で、活字メディアの先鞭>
1月18日、日刊ゲンダイが「小沢強制起訴"黒幕"は最高裁事務総局」という記事を掲載した。
この記事の反響は大きかった。
活字メディアとして初めて、最高裁事務総局という強力な闇組織の存在を紹介し、その組織が小沢事件で検察審査会事務局そして裁判官を動かしていたことを報じた。
巨大闇組織に敢然と向かっていった日刊ゲンダイと取り上げた記者さんに感謝したい。
一市民Tはこれを『1月19日 ゲンダイ記事「小沢強制起訴"黒幕"は最高裁事務総局」は市民反攻の序章!』と報じた。
http://civilopinions.main.jp/2012/01/119.html
「市民反攻の序章」になってほしいという願望もこめた。
週刊プレイボーイがこれに続いた。
<週刊プレイボーイ「裁判をダメにする元凶"最高裁事務総局"の正体」>
2月13日号「裁判をダメにする元凶"最高裁事務総局"の正体」(1月30日発売)
書き出し部分を以下に
『陸山会事件石川知裕衆院議員に下された推認判決は最高裁の思惑だった!?
昨年9月、有罪判決を受けた小沢一郎氏の元秘書・石川知裕被告。しかし、その判決文には「推認」という言葉が用いられ、強引とも思える事実認定のあり方が問題視されている。証拠を積み上げ真実を明らかにするはずの法廷で、なぜこうした不可解な裁判が行われているのか?エリート集団が抱えるゆがんだキャリア志向、最高裁による内部統制......。これが日本の司法のあきれた実態だ!!』
<心ある活字メディア・ネットメディアがこれに続くことを期待!>
日本のほとんどの大メディアは腐っている。
彼らは読者・視聴者から完全にそっぽを向かれるまで、既得権者を擁護する記事を書き続けるだろう。彼らには期待できない。
メディアの大きな使命である"社会の監視"をしてくれる数社の雑誌社に期待している。
ネットメディアの皆様も大いに発信して、多くの国民に真実を伝えるようお願いしたい。
真実を知れば国民は行動を起こすと信じて。
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日本保守主義研究会機関誌『澪標』(早瀬善彦編集長)が発売されました。井尻千男(元拓殖大学教授)、桶谷秀昭(文芸評論家)、田中英道(東北大学名誉教授)、岩田温(代表)、早瀬善彦(編集長)等が執筆しています。
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2012-02-07
実存主義から構造主義へ。三田誠広の近著に『実存と構造』がある。僕がちょうど大学生だった頃、「実存主義から構造主義へ」の急激な思想的展開があったが、その思想史的展開の意味を、文学を素材に分析・解明しようとしているのが『実存と構造』。この展開は思想家の名前で言うと、サルトルからレヴィ・ストロースへ、あるいはサルトルからフーコーへ、という展開である。この思想的展開は、良かれ悪しかれ、その後の思想や文学、あるいは政治の解釈・批評にも大きな影響を与えている。たとえば、小沢一郎問題の場合、小沢一郎個人の問題として分析・解明しようとすれば実存主義的であり、反対に小沢一郎個人ではなく、国家や国際関係、あるいは経済界、官僚、マスコミを含む植民地支配の構造的問題として分析・解明しようとすれば構造主義的であると言えるだろう。田中角栄なの時代と小沢一郎の時代との違いの一つは、ここにある。
日本の文壇や論壇、ジャーナリズム、アカデミズムの流行の言説の傾向性を支配するのはフランス現代思想の動向である。フランス本国の流行思想が変われば、主体的な必然性なしで、日本の多くの知識人、学者たちの「言葉」や「文体」が変わる。無論、それを主導するのは、一部のフランスかぶれのインテリやインテリ予備軍である 。実存主義から構造主義への変遷、転向はその典型である。昨日までサルトルだの実存主義だのと大騒ぎしていた連中が、一夜あけると、「実存主義はもう古い」「サルトルは終わった」と言い始め、今度は、構造主義だ、レヴィ・ストロースだ、フーコーだ、デリダだと声高に語り始める 。彼らは「主義」から「主義」へと飛び跳ねるだけの連中である。小林秀雄がいうところの「様々なる意匠」に振り回される連中、あるいは「様々なる意匠」を気軽に振り回す連中である。僕は、そいう時、流行に乗り遅れ、自分の問題に拘りつずけるような不器用な思想家や文学者が好きだった。つまり気楽に、実存主義から構造主義に飛び移れない思想家たちである。ところで、三田誠広が『実存と構造』で書いていることで重要なことは、「実存」と「構造」を、「実存主義から構造主義へ」というように、単純に図式的に捉えずに、実存と構造は表裏一体のもの、背中合わせのものと捉えていることだ。「実存主義から構造主義へ」というような単純な図式で考えている人たちは、構造主義と言う場合、実存や実存主義をまるごと切り捨てる。彼らの思考には何かが欠如することになる。つまり、文学者や思想家にとって不可欠の「実存」が欠如する。逆に、たとえば、日本で、フランス直輸入の構造主義流行する前から、文壇や論壇で活躍していた江藤淳や吉本隆明のような思想家たちは、実存的、あるいは実存主義的であったが、同時に、構造や構造主義という言葉は使わないが、文字通り構造主義的でもあった。実存と構造は、それこそ彼らのラディカルな思考においては表裏一体の関係であった。だが、現今の自称「構造主義者」たちのイデオロギー的思考には、実存という問題が欠如している。彼らは、実存主義か構造主義かを二者択一的に選択しているからだ。江藤淳や吉本隆明はラディカルな実存的思想家だった。だがそれ故に構造主義的でもあった。今、「小沢一郎」をめぐる問題は日米関係の構造問題を抜きには語れない。少なくとも小沢一郎個人の問題として理解・解釈している限り、真の小沢一郎問題を捉えることはできない。小沢一郎問題の本質は理解できない。小沢一郎問題の構造性に最初に着目したのは江藤淳である。言い換えれば、江藤淳が「小沢一郎」にこだわったのは、そこに日米関係という構造的な問題を感受したからだ。江藤淳の『閉ざされた言語空間』をはじめとする、一連の米軍による検閲問題の延長に「小沢一郎問題」はある。ロッキード事件で逮捕された田中角栄の場合、一部では、確かに「田中角栄は、エネルギー問題でアメリカの尻尾を踏んだから消された・・・」と言われたが、しかし、その論調が主流になることはなかった。あくまでも田中角栄という一人の特異な政治家個人の問題として処理された。しかし、小沢一郎問題の場合は、すでに小沢一郎個人の問題ではなくなっている。むろん、マスコミを中心とする既存勢力は、さかんに小沢一郎個人の「金権体質」の問題に還元しようとしている。しかし、その種の「小沢バッシング」に失敗し、逆に、その動機や背後関係が暴露されたのが今回の「小沢一郎問題」であった。ここにも、構造主義的な思考とでも呼ぶべきものがある。実存主義的思考だけでは、「小沢一郎問題」の構造分析は不可能であったろ。しかし、自称「構造主義者」や「ポスト構造主義者」たちは、小沢一郎問題に関心も興味もないように見える。何故か。彼らには、思考そのものの力が不足している。つまり実存的思考が欠如しているが故に、「心理をこえたものの影」(小林秀雄)も、つまり構造の問題も見えてこない。「小沢一郎問題」に無関心でいられるということの中に、彼らのインチキさが表れている。
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2012-02-05
田中防衛相をネチネチ責め立てる自民党議員たちを見ていると、哀れになってくる。答弁にオロオロする田中防衛相もみっともないが、田中防衛相を、くだらない質問でネチネチ攻撃する自民党議員を見ていると自民党もダメだということが分かる。何故、自民党議員は、田中防衛相を責め立てるように、増税路線を突っ走る野田政権の総本山を、増税路線の間違いと、増税のインチキとウソを理論的に明らかにし、集中攻撃しないのか。それとも自民党も消費税増税に賛成なのか。あるいは、財務省主導の増税のカラクリを暴露して行くだけの経済理論がよく理解できていないのか。田中防衛相攻撃は、自民党の「経済音痴」「経済無策」を隠す「隠れ蓑」になっているのではないか。
財務省主導の財政再建と増税路線を突っ走る野田政権だが、当初の予定では、増税路線を批判攻撃され、今頃は、政権運営に行き詰まっているはずだが、その気配がまったく感じられない。それは、野党第1党である自民党が、野田政権の増税路線を理論的に集中攻撃出来ないということを意味する。その自民党の不勉強と失態を隠蔽しようとしているのが田中防衛相に対するネチネチとした集中攻撃だろう。「防衛オタク」が売物の石破某まで田中防衛相攻撃に参加し、いかにもオタクらしいプラモデル少年的質問を繰り返したようだが、これは、石破某が「経済学」や「消費税増税」に関しては、まったく無知無学であることを証明している。
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2012-02-04
今日は雨降りだから「本屋さん」で「立ち読み」でもしようか・・・。というのは冗談だが、僕が、昨日、「諸君!」臨時増刊号を立ち読みしたと書いたところ、「立ち読み」とはけしからん。批評するならちゃんと買って読め、とメールを送ってきた馬鹿がいる。本や雑誌が出来上がるのに印刷や製本、その他の作業を行っている労働者たちのことも考えろ、ということらしい。本や雑誌を特別に過大評価し、神聖視するかのような、こういう反動的な言動を繰り返す時代錯誤的な馬鹿者がいるから本は売れなくなったのである。言うまでもなく本や雑誌だけが特殊なわけではない。野菜も肉も、洋服も車も、それが商品である限り、商品になるまでには多くの人の手が加わっている。しかし、買うか買わないかは「消費者」の権利である。本や雑誌も「買ってもらう」ためには、それ相当の才能と労働と時間が必要だろう。くだらない本や雑誌は誰も買わない。買わない消費者が悪いのではない。買うに値しない本や雑誌しか作れない製造者・生産者が悪いのである。今、進行中のメディア革命は・・・。
僕は嫌いだが、最近、頻繁に使われる「ビジネスモデル」という言葉がある。さしずめ本や雑誌の場合のビジネスモデルとは、本や雑誌を大量生産し、それを商品として書店の店頭で売る、そしてその売り上げから、材料費、人件費、原稿料・・・など必要経費を差し引いた分を利益として計上するというものだろう。このビジネスモデルが、インターネットの登場によって危機的状況に追い込まれつつあるというのが、今、進行中のメディア革命と言っていい。つまり、われわれは長い間、情報や知識、思想を、本や雑誌を「買う」ということで得ると思い込んでいたが、ネット社会の普及とともに、このビジネスモデルが崩れつつあるというわけだ。僕もそうだが、特に最近の若者たちの多くが本を買わないし、新聞も購読しない。テレビも見ない。要するに情報や知識、思想・・・をネットでタダで得ることが出来るからだ。しかも、紙を使用しない電子書籍の登場によって、本や雑誌はさらに深刻な状況に追い込まれつつある。むろん、書籍や雑誌がゼロになるわけではない。おそらく共存状態が続くだろう。しかし、中心が、書籍や雑誌から次第にネットや電子書籍の方向へ移行しつつある傾向は押しとどめることはできない。そういう時、「本を買う」「雑誌を買う」という習慣が減少していくことは否定できない。したがって、近頃の若者たちが「本を買わない」「雑誌を買わない」というのは、批判の言葉にはなりえない。新芥川賞作家・田中慎弥は、携帯もパソコンも持っていない、と自慢たらしく強調していたが、別に自慢するべきことでも、強調すべきことでもない。携帯もパソコンも持たないとか、チラシの裏に最初の原稿を書くとか、それ自体が、何年か、何十年前のモダニズムにすぎない。たとえば、「チラシの裏に最初の原稿を書く・・・」のは、どう見ても中上健次の模倣である。「携帯もパソコンも持たない」というのも、モダニズムの変種にすぎない。パソコンではなく、鉛筆や万年筆、ボールペンを・・・と言うこと自体が、ひねくれたモダニズム(流行)である。「本を買わない」「雑誌を買わない」という人間の登場は、一つの歴史的な自然過程であるにすぎない。
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2012-02-03
「諸君!」臨時増刊号を、池袋「リブロ」で立ち読みする。昨年の「朝日ジャーナル」に続いて「諸君!」の臨時増刊号が出ている。復刊かと思ったが、一号限りの臨時増刊号のようである。期待しつつ読んだが、かなり失望した。「北朝鮮」特集で、金正日の死と世代交代を特集しているが、相変わらず銃口を向ける方向を間違っていると言わざるをえない。今、特集すべきは、批判するにせよ肯定するにせよ、「小沢一郎裁判」だろう。「諸君!」と同じく保守系オピニオン雑誌の「正論」も「will」も、このところ売れ行きが激減しているらしいが、時代が読めなくなった以上、売れ行きが激減するのも当然だろう。
それにしても保守系と称する雑誌の書き手たちの貧困さには呆れるほかわない。そおそも「保守」とか「保守思想」を声高に語る人間にロクな奴はいない。まともな保守思想家で、「保守」や「保守思想」の定義や意味などを声高に語った人はいない。小林秀雄、福田恒存、三島由紀夫、江藤淳・・・。彼等は、自分のやりたい仕事を、つまりそれぞれの専門分野での仕事を黙々とやったにすぎない。彼等には、「保守」とか「保守思想」の定義などどうでもいいことだった。結果的に、保守思想家と言われることになっただけである。最近の自称「保守」とか「自称・保守思想家」を見ていると、「保守」って「バカ」の代名詞なのではないか、と侘しくなる。小林よしのりの漫画だけでなく、保守と名の付く本も雑誌も売れなくなるはずである。
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2012-02-02
何故、今、「首都圏直下型地震」騒動が起きているのか ?小泉純一郎政権以降、政府が政治的危機に陥ると必らず、何か大騒動が起きることになっている。政治危機から国民の目をそらすかのように・・・。消費税国会が始まると同時に、「首都圏直下型地震騒動」が、突然、持ち上がった。4年以内に「首都圏直下型地震」の発生確率が70%だ・・・と東大地震研が発表したというものだ。新聞、テレビ、週刊誌などは一斉に、これを、「大ニュース」扱いで報道している。さて、このニュースは果たして新しいのか。情報源は何処なのか。実は、東大地震研が、昨年9月に発表したものとたいして違いはない。「30年以内に90%・・・」と書いていたものに、同じ調査資料を元に、「4年以内に70%・・・」を書き加えただけである。何故、今、そういうニュースが必要なのか。「消費税増税国会」「消費税増税」のニュースから国民の目をそらすためではないのか?
「原子力村」があったように「地震村」もあるのではないか、と思わせたのが、ちょうど消費税増税国会が始まるのにタイミングを合わせて公表され、マスコミで大騒動になっている今回の「首都圏直下型地震騒動」である。おそらく政府側に都合のいい時に都合のいいニュースを流す役割をになっているのが、「原子力村」であり「地震村」であろう。科学者たちも、政府の飼い犬にならざるをえないものと見える。当然と言えば当然だが、悲しいものである。
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