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哲学者=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』 このページをアンテナに追加 RSSフィード



【山崎行太郎の著書】



哲学者=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』
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2015-08-03

佐藤優と田辺元(2)--反知性主義を脱構築する哲学。


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私は、佐藤優が取り上げるまで、田辺元という哲学者に全く興味がなかった。田辺元と野上弥生子の往復書簡の方にむしろ興味があったぐらいである。私は、『懺悔道としての哲学』などという通俗タイトルの本を書いて出版するような鈍感な哲学者は、宗教家ではあろうが、哲学者ではないだろうと、勝手判断していた。


私は、「日本の哲学は、西田幾多郎を例外にすると、<批評家>の方にあって、<哲学者>にはない」.という柄谷行人の言葉を信じていたからである。実際、今でもそう思っているが、田辺元を読むうちに、何かを感じ始めたようだ。最近、遅まきながら、佐藤優に影響されて、刊行されはじめた岩波文庫の「田辺元文庫」を読み始めた。




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2015-08-02

dokuhebiniki2015-08-02

佐藤優と田辺元ー反知性主義を脱構築するための哲学。


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戦前活躍した思想家哲学者田辺元という人がいた。西田幾多郎が、京都帝国大学の「助教授」として呼び寄せ、西田幾多郎が作り上げた「京大哲学」の伝統を引き継ぐべき後継者にした人物である戦時中は、大東亜戦争に協力したということで、その責任を感じて京大を辞職し、思想家哲学者としても沈黙し、軽井沢に隠棲したことで、あまり世間的には知られていないが、忘れてはいけない思想家.・哲学者である田辺元は、『懺悔道としての哲学』という本もあるが、これは、戦時中田辺元の言動とも関係する。田辺は、学徒出陣する学生たちに対し、「私は生きる、諸君死ぬ、死を恐れるな」「天皇のために死ぬことこ学生の使命だ」という趣旨の「励ましの言葉」を述べている。戦場へ向かう京都帝大生の一人ひとりが、田辺言葉をどううけとったかは、正確には分からないが、真面目に受け取り、「散華」していった学生も少なくないだろう。ある記録によれば、二百数十名の経済学部学生が、戦後、二十数名になっていたという。当時、助手だった上田泰治京大名誉教授は次のように書いている。


昭和8年10月、京大楽友会館の一室で小さなパーティーが開かれた。哲学科の学生5,6名が学徒動員で戦地へいく壮行会である。テーブルには田辺先生の奥様の心づくしの白い菊が飾られた。当時副手だった私は小豆を探して大原の里を歩いたが求めることができず、代用品で羊羹めいたものをつくった。食べ物らしいものはまったくなかった。戦地に赴く者はみんな同じ言葉をいった。『我々は往く。往くことに心残りはない。ただこれから田辺先生のご講義が聴なることだけが残念でたまらない』」

「黙然と聞いておられた先生言葉をつまらせ、嗚咽しながら 諸君言葉は過分です。ご期待に添える様な講義をしてきたとは思えない。まったく相済まないと思います』と目をハンケチでぬぐった。先生の涙を初めて見た。

これより少し前の同年五月に先生京大の全学生に〈死生〉と題して講演している。このときも悲壮感が漂っていたが、全体としては 『決死の覚悟で国難に向かい、そこに生の意義を発見せよ』、という激励の趣きが勝っていた。それに比べこの日は『済まない』と涙する先生だった。

先生はこのとき、出征していく学生に奨める書物として歎異抄と臨済録をあげられたことを思い出す」

(上田泰治京大名誉教授)




もし「戦争責任」ということを言うとすれば、田辺元にこそ、戦争責任はあると言うべきだろう。田辺元は、そいう意味で、現実や歴史と格闘し、その挙句に敗北し、傷ついた哲学者と言うべきだろう。むろん、私は、田辺元に戦争責任はあるだろうと思うが、思想責任があるとは思わない。小林秀雄と同様に、私は、むしろその現実や歴史との命懸けの闘争と、その思想一貫性尊敬する。むしろ、彼の思想本質秘密を知りたいと思う。田辺元の中心思想は、西田幾多郎の「場所哲学」に対して、「種の哲学」と言われる。「種の哲学」とは何か。「種」とは何か。種とは、個人ではなく、種=類ということだろうか。個人は死んでも民族は死なない。故に、個人は死んでも永遠に「種=類」として生きるということだろう。これは東洋思想の「ブラッドチェーン(血の鎖)」にもつながる思想のようにも見える。いずれにしろ、戦場へ向かう学生たちは、「死」を覚悟しなければならなかった。出陣学徒たちは、「死の合理化」が必要だった。田辺元の「種の哲学」は、「死の合理化」の哲学となったのかもしれない。さて、その田辺元に、佐藤優も、しばしば言及している。何故か。佐藤優田辺元。そこに、何があるのか?佐藤優が、ベストセラー作家として大量生産、大量消費を繰り返しているにもかかわらず、その才能が簡単に「消費=消耗」され、「劣化=枯渇」しない理由は、ここらあたりにあるのか?佐藤優には、情勢論的、ジャーナリスト的才能と同時に、ジャーナリストが決して持たない「原理思考」、あるいは、私が言うところの「存在論思考」がある。それは、戦後の社会科学優位の時代に無視され続けている「哲学的思考」と言ってもいい。おそらく佐藤優が、極限状況を生きた哲学者田辺元に注目するのも、そこに理由があるのだろう。田辺元の戦時中講義を聞いたという森嶋通夫は、「以後、絶対に『哲学』や『哲学者』を信用しない」と誓ったというが、多くの日本人の正直な感想だろう。しかし、そこに戦後思想の弱点があることも明らかである。(続く)





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◼️戸田の花火大会を見にいく。

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2015-08-01

dokuhebiniki2015-08-01

反知性主義と「デモつぶし」。


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安倍自民党安倍応援団の「反知性主義」もここに極まれり、か。デモに行くと就職に不利になる」「デモ参加者は就職出来ない」とかいう情報が、政府筋から流されているようだが、あまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。私の体験談を言えば、むしろ、「デモにも行かないような学生は、就職出来ない。」というのが正解である


現に、私自身がそうだった。私は、1回もデモに行ったことがない。元気のいい学生は、デモぐらいは行っていたと思う。その後、デモに行っていた学生はどーなったか。私は、大学院へ進学したから就職現場は知らない。しかし、10年か20年後、同窓会に出て、私は驚いた。学生活動家まがいのことをしていた元気のいい学生は、大手新聞社や電通、有名百貨店などに就職していた。


専属学生政治活動家は別として、デモなどに活発に参加していた学生のほとんどは、一流会社就職しており、また大学教授などになっている。いずれにしろ、こういう話が出てくるところに、「悪しき反知性主義」が、安倍政権やその周辺に蔓延していることの新聞がわかる。


佐藤優さんは、『知性とは何か』で、安倍政権反知性主義政権であることを厳しく批判している。「憲法改正ナチスに学べ」と言った麻生太郎副総理、「ポツダム宣言なんて知らない」と言った安倍首相。そして最近は、自民党勉強会で「沖縄の新聞はつぶせ」と言った安倍応援団の作家・百田尚樹、「スポンサー圧力をかけてマスコミを操作しろ」と言った自民党衆議院議員・大西英男、「法的安定性は問題ではない」と言った首相補佐官・礒崎陽輔。



日本は、「悪しき反知性主義」の蔓延で滅びるかもしれない。哲学者・柄谷行人は、「デモもない社会は民主主義のない社会だ」と言っている。



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2015-07-31

「反知性主義」と「ネット右翼亡国論」。

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佐藤優氏の『知性とは何か』と『反知性主義とファシズム』を読んだ。「反知性主義」という言葉を聞く機会が増えたが、どーもこの言葉仕掛け人は、佐藤優さんであるようだ。



実は、先月、吉野山上で行われた「月刊日本」主催の「佐藤塾(太平記を読む)」に参加した。京都で新幹線を降り、近鉄奈良線に乗り換え、着席してしばらくすると、背後から、「どーも」という声がする。振り向く間も無く、佐藤さんが、車掌に案内されて、通り過ぎて行った。



佐藤優さんは、5、6年前から吉野で勉強会を開いている。私は、「月刊日本」編集部員で、佐藤優さんの担当だった尾崎秀英さんに誘われて、二回目ぐらいから参加するようになった。


というわけで、私も吉野の「佐藤塾」に、4、5回参加している。私も「佐藤塾」の塾生ということになる。吉野は、再生と反逆の場所らしい。大海人皇子挙兵後醍醐天皇南朝・・・。私も、吉野に来るようになってから調子をとりもどしたようだ。



佐藤氏や尾崎氏の案内で、後醍醐天皇が眠る如意輪寺(写真)や、蔵王堂の朝の勤行 、吉水神社、賀名生(あのう)皇居跡など、吉野のことは、かなり詳しくなった。同じ名所旧跡や観光地を、4、5回も訪ねたのは、吉野以外にない。



尾崎秀英さんは、今年1月に亡くなった。尾崎さんが、如意輪寺に植えた桜の木を見て、感激した。今回は、尾崎さんのご両親やお兄さんも同行していた。



さて、反知性主義起源をたどっていくと、「ネット右翼」や「2ちゃんねる」の誕生や浅田革命による「ポストモダン思想」の流行と結びつく。「思想商品化」「思想のファッション化」「大学のレジャーランド化」であった。それは、同時に「純文学の大衆文学化」であり、「文壇の学歴社会化」であった。



皮肉なことに、浅田彰の難解な『構造と力』ブームが、「学問の大衆化」「学問の反知性主義化」をもたらしたというわけである。安倍政権は、その反知性主義化の波の集大成ということができるかもしれない。



現代問題は、反知性主義の波が、政府や大学、官僚マスコミ世界にまで及んで来ていることだろう。私は、「反知性主義」や「ネット右翼」の問題を、低学歴ワーキングプアーの問題とは考えない。むしろ逆なのではないかと考える。



たとえば、『ネットと愛国』という本が話題になったことがある。悪名高い「在特会」やその代表櫻井某を、その生まれ育った故郷の町までを現地取材し、不幸な親子関係や貧しい生活環境を暴き出し、上から目線で愚弄し、誹謗中傷する本であった。



私は、この本を書いた安田某に、何か「いかがわしいもの」を感じた。これは大衆蔑視論であり、学歴礼賛論ではないか?「お前は何様のつもりだ?」と。これこそ反知性主義のものではないか?




私は、昔から無知無学な大衆を、上から目線批判・嘲笑するインテリ文化人が嫌いであった。私が、保守思想に興味を持ったのは、保守思想は、無知無学な大衆を、侮蔑も愚弄もしていいなかったからだ。



小林秀雄や吉本隆明は、「国民」とか「大衆」という存在を、その思想の基礎に置いていた。小林秀雄は、「国民は黙って事変に処した」と言い、吉本隆明は「大衆原像」という言葉で、大衆重視の思想立場を明確にした。小林秀雄も吉本隆明も、「国民」とか「大衆」という言葉を重視することによって、無知無学な大衆を、啓蒙対象としてしか見ずに、愚弄する「似非インテリ文化人」を激しく批判したのだ。



高学歴の頭デッカチこそ反知性主義である。「在特会」の櫻井某に、高卒の芥川賞作家・中上健次と共通するものを感得できない知性は、知性主義者のものではあるかもしれないが、知性派のものではない。大衆の「集合的無意識」が読み取れないものこそ反知性主義ではないのか?



現代の日本で、唯一、ホンモノの知性を感じさせる思想家・文学者の柄谷行人は、若いから「中上健次」や「中上健次的なもの」を共有していた。柄谷行人の知性は、「東大博士的知性」ではない。



反知性主義の時代とは、「ネット右翼」が氾濫すると同時に、毒にも薬にもならない「東大大学院博士」が氾濫する時代である。文壇も、「東大博士」たちの再就職先か掃き溜めになりつつある。文学が地盤沈下し始めたのは、様々な原因があるだろうが、「文壇の学歴社会化」、つまり「文壇の小市民社会化」にも原因があるだろうと思う。




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憲法学者も米占領軍の手先だった。

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憲法学者たちは、何故、憲法の成立過程の探求を放棄しているのか?何か都合の悪いことでもあるのか?あるのだ。憲法学者たちも、米国占領軍の手先だったのだ。米国占領軍は、占領軍への「協力者」を、つまり「日本国と日本国民への裏切り者」を探し、「米国占領軍の協力者」へと育てたのだ。



その「協力者(裏切り者)」の一翼を、戦後日本の憲法学者たちも担っていたのだ。民主党政権と小沢一郎をつぶし、アメリカが「日本を取り戻す」ために仕組んだ「小沢一郎裁判」を推し進めた警察官僚司法官僚・・・等も同類だろう。

(続く)


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2015-07-30

宮沢俊義の「コペルニクス的転回」について。


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護憲派憲法学者たちは、憲法の成立過程についてはほとんど言及していない。何故か?実は、そこには戦後の憲法学の大家宮沢俊義の「コペルニクス的転回」と、江藤淳が呼ぶ「変節」と「欺瞞」のドラマが隠されているからである


言い換えれば、戦後日本の憲法学界の主流は、「宮沢俊義転向」とともに形成されたのである宮沢俊義とは逆に、戦後憲法への「コペルニクス的転回」を拒否した枢密院議長の清水澄は、戦後憲法に反対し、つまり明治憲法に殉じて、熱海で投身自殺したと、江藤淳は、『占領史秘録』の解説で書いている。


逆に改憲派の学者思想家たちは、江藤淳以来、まず憲法の成立過程暴露から憲法論や憲法改正論を始める。憲法改正論を大きな声として拡大し、市民権を得るようになったのは、「戦後平和憲法は、GHQがつくった」という、江藤淳が暴露=解明した憲法成立過程秘密が、公然たる常識として定着しつつあるからだろう。


宮沢俊義は、戦後憲法成立過程秘密を知り抜いていたからこそ、それを秘密にしたまま、つまり戦後憲法の成立過程秘密隠蔽したまま、戦後を、戦後憲法の守護神として生きたのである。江藤淳は、その宮沢俊義の「コペルニクス的転回」における「変節」と「欺瞞」を、文藝評論家特有の鋭い感受性と実証的探究心を武器に、徹底的に暴露したにのである




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2015-07-29

最近の政治家たちは、何故、「ネット右翼化」しているのか?

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礒崎陽輔については、以前、「月刊日本」に載った青木理の「礒崎批判」のコラムで知り、何か起こしそうな政治家だと思っていたが、予想通り、「法の安定性などどーでもいい」とか、とんでもない暴言を撒き散らしたらしい。


礒崎陽輔は、twitterなどでも、ネット右翼的言動を繰り返しているとかいうことだが、百田尚樹や小林よしのりなどを「勉強会」の講師に呼んだらしい政治家たちとともに、「ネット右翼」そのものというしかない。


礒崎陽輔は、大分県出身で東大法学部卒、自治省(総務省)を経て参議院議員。現在首相補佐官。「鯛は頭から腐る」というが、礒崎陽輔を見ていると、まさにそうだと思う。


ちなみに民主党も、海江田万里が代表時代に、海江田代表も出席した「民主党大学」とかなんとかい勉強会に、「小林よしのり」を講師に呼んでいるというから、自民党とか民主党とかの区別なしに、最近政治家たちは「ネット右翼化」しているらしい。共産党の政治家たちだけがまともなのかもしれない?(続く)




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2015-07-28

江藤淳は、何故、宮沢俊義を批判したのか?

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江藤淳の『一九四六年憲法ーその拘束』(文春学術ライブラリー)を読むと、江藤淳の関心が憲法の意味解釈ではなく、憲法の「起源」であり、憲法の成立過程秘密の探究と分析であることが分かる。いわゆる憲法学者たちとは違う。


憲法学者たちには、憲法の原理、あるいは起源を、もしくは起源起源を問うという「原理思考」が、つまり「哲学的思考」がない。江藤淳には、それがある。江藤淳を批判冒涜することを仕事としているらしい凡人の小谷野敦には、何も見えていない。哀れというしかない。


さて、憲法学者たちは、憲法成立過程に関心を持っていないだけではなく、それを隠蔽しようとしている。その代表東大法学部教授で、戦後の憲法学の権威者となった宮沢俊義だったのだ。宮沢俊義は、マッカーサー憲法の成立過程秘密を、協力者としてかなり詳しく知っていたが故に、それを必死隠蔽しようとしたのだ。江藤淳の「宮沢俊義批判」の意味はそこにある。


戦後護憲派憲法学者たちは、「平和憲法」の成立過程を誰も問題にしようとしない。長谷部恭男も樋口陽一も、「立憲主義」を強調するだけで、戦後憲法、つまりGHQ憲法の成立過程問題にしない。出来ないのだ。だから彼等の憲法論や憲法研究は、「憲法論ごっこ」にすぎない。


それは、護憲派憲法学者たちが生きて行く上での存在理由、つまり戦後憲法学者たちの「タブー」なのだ。江藤淳は、その戦後護憲派憲法学者たちの「タブー」を暴露・解明しようとしたのだ。だから、『江藤淳の言い分』で斉藤禎が言うように、江藤淳は潰され、以後、不当に無視黙殺され続けているのだ。しかし、いつまでも、それが続くわけではない。「新潮45」という月刊誌で、「江藤淳は甦る」という連載も始まったらしい。(続く)





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