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文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』 このページをアンテナに追加 RSSフィード


文藝や哲学を知らずして政治や経済を語るなかれ!!!


「三田文学」に発表した『小林秀雄とベルグソン』でデビューし、 先輩批評家の江藤淳や柄谷行人に認められ、文壇や論壇へ進出。大 西巨人との論争や、小泉・竹中批判、安倍批判、「青色発光ダイオ ード」の中村教授批判を展開。最近は「沖縄集団自決裁判」問題で、 曽野綾子や小林よしのり、及び保守論壇の守旧派・渡部昇一、秦郁彦……等を徹底批判。「イデオロギーから存在論へ」をモットーに 文壇・論壇に蔓延する予定調和的言説の脱構築的解体を目指すー。というわけで、山崎行太郎の思想・表現活動の拠点たる「ブログ」と「メルマガ」を読もう!!!

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2006-03-17

議員辞職すべきなのは、お舞らだろうが・・・。(笑)

西村議員は議員辞職勧告を拒絶。「議員辞職決議案」なんて、漫画だ(笑)。


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鈴木宗男氏ら反対、永田氏は棄権 西村議員の辞職決議

 17日の衆院本会議で可決された西村真悟議員(民主党除籍)に対する辞職勧告決議。起立採決で賛成が圧倒的だったが、2002年に同様の決議をされた鈴木宗男議員らが反対。「送金指示メール」問題で懲罰委員会審査が始まった永田寿康氏(民主党党員資格停止中)は棄権した。

 鈴木議員は本会議後、反対の理由について記者団に「有権者が決めるべき話であって国会が決める話ではない」と説明。自らも辞職はしなかったが、起訴されたあっせん収賄罪を認めていないことを念頭に「西村議員は(弁護士法違反の)罪を認めている。それなら西村議員自身が判断すべきだ」と違いも強調した。

 郵政民営化関連法案に反対して無所属となった平沼赳夫氏も反対。「裁判の結果が出ていないのに、こういうことをやるのは賛成できない」と断言。拉致問題の解決に一緒に尽力してきた点に触れ「(西村議員は)今後も拉致解決に汗をかいていくという政治姿勢だ」とかばった。

 一方、永田氏は採決の間は議場の外で待機し、その後で場内へ。「法律を犯して逮捕されたのだから、先例に従えば一定の判断基準があるのかもしれない」と決議に理解を示しながらも「今の私は、他の人の進退をうんぬんする立場にない」と苦しい胸の内を語った。

sankei-web (03/17 19:50)

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●平沼赳夫議員と鈴木宗男議員がまともに見える。他の馬鹿代議士どもの方こそさっさと辞職すべきだな。と思いたくなる今日、このごろである。

●読者からのメール。


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拝啓、山崎行太郎

本日はわたしごときの駄文を、

大胆かつ緻密な山崎様のブログ・日記に載せて

いただきまして、まことに恐縮の至りでございます。

昼間書店にて「小林秀雄ベルグソン」の本を購入しましたが、

ちらっと見たところ、本を取り落とさんばかりに驚きました。

なぜなら、高校の時、小林の本を読んだ私は、

大学進学に物理学科を選んだからです。

うーむ、何か深いえにしを感じますね〜(笑

ただいま仕事先にて、

帰宅後夜間に続きのメールをさせていただきますので、

どうかご了承くださいませ。

それでは。

●前便の続きが遅くなり、申し訳ありません。

昨日昼間、堂島じゅんく堂で求めた「小林秀雄ベルクソン」(増補版)に

やっと一通り目を通させていただきました。

う〜ん、なんという圧倒的な筆力!

しかも、いままで全く聞いたことのない切り口の小林秀雄三島由紀夫

そこに居るではありませんか、、、。読書中、精神はずーっと高揚しっ放しで、ずいぶん若返ったような感じがします(笑

前便でちらっと申しましたが、わたしは大学で物理を専攻しました。

しかし本書では、若き日の小林秀雄も実は、現代物理の基礎理論を精査しており、彼のそれ以後の思索における原理的徹底性の基礎となっていった、という意味のことが書かれてあるのを見まして、ある意味たいへん嬉しい思いをいたしました。

思えば、高校のとき、粒子性と波動性の二相問題、宇宙の膨張と収縮の同時性、無のはずの真空こそが素粒子で充たされ(ディラックの海)有である通常粒子の存在は充の空間に対する欠落であると捉え得ること等々、古典物理の地平から大きく離脱し、通常の人間論理では中々捉えきれない理論モデル(というか存在哲学)を、どう思惟するかにこころが占有されていたものでした。

結局、わたしの場合、多少の経験もあり、意識存在としての人間は、論理的整合性とは別個に、直接的・全的にこれら二元論的現象を矛盾なく「直知」し得るのではないか。

それが、西田哲学でいうところの「主客未分の直知?」に似ているのであれば、なんらかの特殊な身体訓練や意識訓練で恒常的にそこに至る道が拓けるのではないかと睨んで(笑)、今日に至っているのですが、今後本書で得たいくつかの知見が、時間とともに自分の中で醗酵していくのを見る楽しみが増えて喜んでおります。

遠藤さんは小沢征爾に関して著作もあるのですが、ここで小沢をもうひとりの指揮者宇宿允人さんと対置させてみると、前出のグローバル派vs民族派の図式に入ってくるのかもしれません。宇宿さんは、楽団員に渡す楽譜は全部自分の手書き。

演奏会場の設営も金槌もって全部自分が関わります。

氏の父親が京都の国宝級の美術を修理していた表装職人で、子も音作りにその技術を応用しているのだろうと思われます。この宇宿氏、匂いが小林さんとどこかしら似ているのですよね〜。白洲正子さんが生きていらしたら、この人の演奏を聞いてどう思われるか、お尋ねしたかったところではあります。

近年、亀井静香、西村眞悟といった代表的民族派議員に粛清の手が伸びていますが、

明治6年の政変以後の、政府による挑発粛清の状況と似てきたような気がします

。コイズミの父、鮫島純也は加世田の出身で、万世小学校に像が立っておりますが

、あの万世が「マンセー」に見えてきて仕方ない今日この頃です(笑)今年、頭山満生誕百五十年祭があり、葦津珍彦の本も見直されてきているようなので、岡潔を絶賛する藤原正彦氏の力とともに、止まる事を知らない日本的感性の凋落をなんとか防いで欲しいと危機感をもって思っています。

以上、まったく散漫な文章になってしまいましたが、このままお送りさせていただきます。

今回は確定申告が済んでから、気軽にメールを打ったことから意外な展開になり、収穫→大でありました。

文藝哲学を知らずして、政治や経済を語るなかれ」は、おそらくその通りだと思いますが、音楽も、政治を知らないと、作者の意図とはかけ離れた、ある意味健康で無邪気な(爆)演奏をしてしまうということを、最近遠藤浩一さんの解説で知りました。

(チャンネル桜解体新書21」、西洋音楽とからごころシリーズ、ショスタコビッチの五番に関する知見)。

と思って、西尾幹二さんの日録を覗くと、やはり確定申告でつくる会お別れ宣言以降久々のご発言がありました。この時期、皆さん開放的になるんでしょうね。

それでは、時折メールさせていただきますので、またよろしくお願いいたします。どうか、山崎先生のご活躍が天にとどきますことを衷心よりお祈り申し上げ、失礼させていただきます。

(SK生)

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●(from-山崎行太郎)

懇切丁寧なメール、ありがとうございます。拙著をお買い求めていただいた上に、専門的な立場から懇切丁寧な批評、感激しました。「小林秀雄と理論物理学」という問題は、若い時に偶然に問題を発見し、集中的に考えてみたものです。自分で言うのもなんですが、この本は自信作で、この本を書けて出版できただけでも、生まれてきた価値があったと思っています。僕の本籍地は枕崎の別府で、知覧の境界に近く、知覧の「大隣」のすぐ近くです。最近、頻繁に田舎に帰り、田舎暮らしを楽しんでいます。知覧や頴娃方面にもよくドライブに出かけます。浅学非才の弱輩ですが今後ともよろしくお願いします。

日本財政危機論はガセネタの情報操作である。 1


日本の財政破綻寸前だというのが、政界、マスコミアカデミズムを通じて大方の常識である。それに対する対応策はいろいろ分かれるとしても、「財政危機」そのものは誰でもが否応なく認める前提だ、と思われている。したがって財政危機故に、財政再建が緊急の課題となり、そのためには支出を抑える緊縮財政や緊縮予算、あるいは大増税が必要不可欠というわけだ。これが小泉構造改革論理と連動していることは言うまでもないだろう。


一方には財政危機は、緊縮財政ではなく積極財政による総需要拡大政策を通してまず景気回復を目指し、景気回復後の税収増によつて財政を健全化しようとする一派もある。僕の立場はこれに近いのだが…(笑)。


しかしいずれにしろ、日本の財政破綻寸前にあるという常識だけは不変である。それに対する対応策が違うだけである。


ところで、唐突だが、もしいわゆる日本の財政危機という情報そのものが、財務省サイドによる情報操作のためのガセネタだったとしたら。言い換えれば、日本は財政危機でもなんでもないのだとすれば。小泉構造改革も緊縮財政も、「小さな政府」論も、そして積極財政論も、論理としては破綻せざるをえないだろう。そんなことがありうるのだろうか。まさか。


実はありうるのだ。日本の財政危機とはガセネタなのである。という経済学的主張がにわかに脚光を浴びつつある。


とすれば、昨日、財政再建のために県知事や副知事の退職金廃止を公約し、実現した村井宮城県知事など、ガセネタ情報に踊らされたピエロの典型ということになる。


では、「日本は実は財政危機ではない」というのであれば、その経済学論理はどういう論理なのか。そういう論理を展開して今注目されているのは、『増税が日本を破壊する』の著者・菊池英博で、「文藝春秋」四月号にも、「サラリーマン増税の大嘘を暴く」を書いて、「日本は財政危機ではない」、したがって「大増税は必要ない」と訴えている。


菊池によると、財政危機を煽っているのは財務省と日本政府である。なぜ、煽るのか。大増税への道筋を付けるためである。では、財務省の論理としての「財政危機説」とはどういうものか。


「債務」には「粗債務」という考え方と「純債務」という考え方がある。わかりやすく言えば、「粗債務」とは借金の合計である。一方、「純債務」とは、全借金額から貯金資産を引いた額である。財務省主導の財政危機論の論拠は、借金額の大きさだけを強調するものだが、これが「債務」を「粗債務」で考えていることは明らかである。


財務省サイドの債務を貯蓄や資産度外視した「粗債務」論は明らかにおかしい。莫大な借金を抱えていても莫大な資産や貯蓄を保有している例を考えてみればいい。


菊池は、一国の債務を「粗債務」ではなく「純債務」で考えるのは国際的な常識である、と言う。つまり日本の粗債務は確かに大きいが、しかし日本には莫大な金融資産がある。とすれば。


もっと具体的な数字で言えば、こうなる。政府発表によれば、日本国には2005年6月末で「795兆円」の債務がある。しかし、一方で、日本はほぼgdpに匹敵する巨大な金融資産を保有している。同じく2005年6月末で、日本が保有する金融資産は推計「480兆円」あると見られている。したがって「純債務」は「315兆円」にすぎない。これはgdpの60%で、別に、欧米先進国と比較しても財政危機でもなんでもないことがわかる。


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