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哲学者=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』 このページをアンテナに追加 RSSフィード



【山崎行太郎の著書】



哲学者=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』
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2007-03-18

イジメやニートを内側から描く……田中慎也『図書準備室』を読む


今、日本中では、イジメやニートと呼ばれる問題が社会現象にまでなり、とうとう政治家までがその問題解決に乗り出さざるをえないような大問題になっている。しかし、その問題の取り上げ方は、イジメやニートを一つの異常現象、あるいは病理現象としてとらえる議論ばかりである。つまり、政治家教育者社会学者、精神医学者等を中心に議論されているイジメ論やニート論は、「いかにしたらイジメをなくすことが出来るか」「いかにすればニートが社会復帰出来るか」というような、いわゆる社会的に「健全な」立場からの議論ばかりである。そこに抜け落ちているのは、イジメ問題の深刻化やニートの大量発生に、歴史的、思想的な必然性はないのか、というような本質的な議論である。これを、文学や芸術というジャンルから見ると、イジメやニートを肯定的に、あるいは内在的にとらえる視点が欠如しているということだ。ここで取り上げる田中慎也『図書準備室』とは、まさにそういうイジメ問題やニート問題に対して内在的な、もしくは肯定的な問題意識を体現した小説集である。表題作の「図書準備室」は芥川賞候補にもなった作品だが、主人公は今では「ニート」と呼ばれることになっている青年である。「私は三十歳になった。一度も働いたことがない。病気でもない。」と堂々と主張する青年だ。この小説は、このニート青年が、「アルバイトでもしたら」と勧める親戚たちを前にして、「自分がニートである理由」を、延々と喋り続けるという形式と構造の小説である。主人公は、いわゆる父親のいない母子家庭であるあるにもかかわらず、30歳になっても働かず、母親の稼ぐお金で生活し、酒を飲んでいる青年である。しかも、この青年は働かないが、よく喋る。働かないで母親の稼ぎを当てにして暮らしている自分の存在理由を、少年時代中学生時代の教師たちとの出会い、あるいは最近死んだ祖父との思い出話を通して、延々と話し続ける。たとえば、「戦争へ行けと言われたら私は逃げ出すでしょうね」と、国家が主導する「戦争の大義」を拒絶して「兵役拒否」をした戦時中の青年と、ニートである自分を重ね合わせるような政治的な発言までする。つまり、ニートにはニートなりの言い分があるというわけだ。作者は、「ニート」と呼ばれる青年を批判したり、「彼らを社会復帰させるにはどういう対策が必要か」と分析したりすることはしない。むしろ「ニートの言い分」を肯定的に描いている。これは、かなり優れた文学的才能なくしては不可能な、反社会的な文学的挑戦と言っていいだろう。また、もう一つの「冷たい水の羊」は、田中慎也のテビュー作で、イジメ問題を解決すべき問題としてではなく、イジメそのものの内部構造とイジメ必然性を当事者たちの側から描いている。いずれも、健全な社会的な良識派から見ればとんでもない小説ということになるだろうが、むしろ、そこに田中慎也という新鋭作家の存在意義はあると言っていいはずである。


(これは、「共同通信」配信の「新聞用原稿」の下書きです。)



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